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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第一章 鎧の少女

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第2話 重すぎる鎧と、壊れた胸当て


「……当たらない」


ソア・ミュスカは、剣を構えたまま呆然としていた。


目の前には一匹のゴブリン。


身長はソアの腰ほどしかない。


手には粗末な木製の棍棒。


どう見ても、ソアが負けるような相手には見えない。


実際、ゴブリンの攻撃はソアにまったく通じていなかった。


「ギャッ!」


ゴブリンが棍棒を振り下ろす。


ガァンッ!


鈍い金属音が草原に響いた。


「……ふふ」


ソアは胸を張った。


「やっぱり、この鎧すごい!」


棍棒を受けた胸当てには、傷ひとつない。


痛みもない。


恐怖もない。


さすがは三十キロの魔法鋼製全身鎧。


「さあ、次は私の番!」


ソアは剣を振り上げた。


「えいっ!」


ブンッ!


ゴブリンは横に跳んだ。


「……あれ?」


空振り。


「もう一回!」


ソアが剣を横薙ぎに振る。


ブンッ!


ゴブリンはしゃがんだ。


「……」


「ギャギャッ!」


ゴブリンが笑った。


「……今、笑った?」


「ギャギャギャ!」


「笑ったよね!?」


ソアの眉がピクッと動く。


「もう一回!」


今度は盾を構えて突進する。


ドスドスドスドスッ!


走っているつもりだった。


本人としては全力疾走だった。


しかし――


遅い。


ゴブリンは軽々と横へ逃げた。


「待って!」


ソアが方向を変える。


ザッ!


しかし鎧が重い。


身体が思ったようについてこない。


「ちょっ……!」


足がもつれる。


ドシィン!


「いたた……」


地面に手をついて立ち上がる。


ゴブリンは少し離れた場所から、こちらを見ている。


「……」


「ギャッ」


「……」


「ギャギャッ!」


「……笑うなぁぁぁぁ!!」


ソアは再び走り出した。


ドスドスドスドス!


ゴブリンが逃げる。


ドスドスドスドス!


ゴブリンが逃げる。


ドスドスドスドス!


「待ってってばぁぁぁ!!」


――結局、ソアの剣は一度もゴブリンに当たらなかった。


◇


しばらくして。


ソアは肩で息をしていた。


「はぁ……はぁ……」


ゴブリンも息を切らしている。


どうやら向こうも逃げ続けるのに疲れたらしい。


ソアは剣を握り直した。


「……なるほど」


ソアは真剣な顔をした。


「つまり、剣で斬るから逃げられるんだ」


ゴブリンが首を傾げる。


「だったら――」


ソアは剣を鞘に戻した。


そして盾を構える。


「捕まえる!」


「ギャ?」


ソアが突進した。


今までとは違う。


剣を振らない。


ただ、ひたすら距離を詰める。


ゴブリンが横へ逃げる。


ソアも身体をねじる。


「逃がさない!」


ガシッ!


「ギャッ!?」


ついにソアの腕がゴブリンを捕らえた。


「捕まえたぁぁぁ!」


ゴブリンが暴れる。


「ギャッ! ギャッ!」


「もう逃がさない!」


ソアはゴブリンを抱え込んだ。


「これなら……」


そこで、ふと気づいた。


ゴブリンを抱えたまま、足元を見る。


「……」


崖だった。


「…………」


ゴブリンも足元を見る。


「…………」


二人は顔を見合わせた。


「ギャ」


「……」


ソアが青ざめる。


「ちょっと待って」


ゴブリンが暴れる。


「待って! 暴れないで!」


「ギャア!」


「落ちるから!」


一歩。


ソアの足が滑った。


「え?」


ズルッ。


「うそ」


ズルズルッ。


「ちょっ――」


ガクンッ!


「うわああああああああああ!!」


「ギャアアアアアアアア!!」


二人の姿は、そのまま崖の下へ消えていった。


◇


ドォォォン!!


大きな音が谷底に響いた。


「……」


ソアは目を開けた。


「……生きてる?」


身体を起こす。


全身が痛い。


しかし――


「……鎧、すご」


胸当てには大きな傷がついている。


それでも壊れてはいない。


そして、すぐ隣にはゴブリンが倒れていた。


ピクリとも動かない。


「……勝った?」


ソアは立ち上がった。


「私、勝ったんだ!」


両手を上げる。


「やったぁ!」


崖から飛び降りてゴブリンを倒す。


普通なら、とても「やったぁ!」で済ませられる勝ち方ではない。


だがソアは気にしなかった。


「やっぱり鎧って最高!」


そう言って胸当てを撫でた。


その時だった。


「……?」


谷の奥から、何かが聞こえた。


グルルルル……


ソアの笑顔が消える。


「……今の、何?」


草むらが揺れた。


ズシン。


地面が震える。


ズシン。


何かが近づいてくる。


ソアは剣を抜いた。


「……まさか」


茂みの向こうから姿を現したのは――


巨大な魔物だった。


ゴブリンとは比べ物にならない。


四本の脚。


巨大な牙。


鋭い爪。


そして、ソアを見つめる赤い目。


「……大きい」


魔物が唸った。


グルルルル……


ソアは盾を構える。


「……さっきの戦いで、かなり疲れてるんだけどな」


魔物が地面を蹴った。


「来る!」


ソアは盾を前に出した。


ドォン!!


凄まじい衝撃。


「ぐっ……!」


足が地面を滑る。


それでも耐える。


「このくらいなら……!」


魔物が爪を振り上げた。


ソアは盾で受ける。


ガァン!!


「くっ……!」


腕が痺れる。


だが、耐えられる。


「やっぱり、この鎧――」


魔物がさらに力を込める。


「――強い!」


次の瞬間。


バキィィン!!


「え?」


胸元から、嫌な音がした。


視線を落とす。


魔法鋼の胸当てに、亀裂が走っていた。


「……嘘」


魔物が振り払う。


ドンッ!!


ソアの身体が吹き飛んだ。


「きゃあっ!」


地面を転がる。


「痛……」


ソアは起き上がろうとした。


その瞬間だった。


胸元から――


ガシャン。


壊れた胸当ての一部が地面に落ちた。


「……鎧が」


ソアは胸元を見る。


胸当ての中央部分が大きく壊れ、そこから身体が露出している。


「……壊れちゃった」


その瞬間。


ソアの身体に、奇妙な感覚が走った。


ゾクッ。


「……え?」


まるで、身体の内側に何かが流れ込んだような感覚。


次の瞬間――


魔物が跳んだ。


「!」


ソアは反射的に横へ飛んだ。


ドォン!!


さっきまでソアがいた場所に、魔物の爪が突き刺さる。


「……え?」


ソア自身が驚いた。


今までなら、絶対に避けられなかった。


いや。


避けようと考えるより先に――


身体が動いていた。


「今の……私?」


魔物が振り返る。


そして再び襲いかかってきた。


「!」


ソアは剣を構える。


魔物の動きが、少しだけ見える。


右。


左。


次は――


「そこ!」


ソアが踏み込んだ。


ザシュッ!


剣が魔物の脚をかすめた。


「当たった……!」


驚いている暇はない。


魔物が反撃する。


ソアは盾を構えた。


ガァン!!


再び衝撃。


だが――


「さっきより、軽い……?」


自分の身体が、妙に軽い。


胸当てが壊れたからだろうか。


それとも、さっきまで疲れていた身体が、少し回復しただけなのか。


ソアには分からなかった。


魔物が再び迫る。


「考えるのは後!」


ソアは走った。


ダッ!


自分でも驚くほど速い。


「えっ……」


一気に距離が縮まる。


「今なら――!」


剣を振る。


ガキィン!


魔物の牙と剣がぶつかった。


弾き飛ばされる。


だが、ソアも踏みとどまった。


「まだ!」


魔物が爪を振る。


ソアは身体をひねった。


シュッ!


爪が目の前を通り過ぎる。


「避けられる!」


ソアは笑った。


「私、さっきまでこんなに動けなかったのに!」


しかし、魔物も強い。


一瞬の隙を突いて、巨大な身体をぶつけてくる。


ドンッ!!


「きゃあっ!」


ソアは吹き飛ばされた。


ガシャン!


今度は左肩の肩当てが地面に転がった。


「……!」


まただ。


あの奇妙な感覚。


身体の奥が熱くなる。


ソアは立ち上がる。


そして――


「……あれ?」


身体が軽い。


さっきより、さらに。


「……何これ」


魔物が迫る。


ソアは走った。


ダッ!


速い。


明らかに、さっきより速い。


「速……!」


自分でも驚くほどだった。


魔物の懐に入り込む。


「今度こそ!」


ズバッ!


剣が魔物の身体を切り裂いた。


魔物が吠える。


「グオオオオオッ!」


「まだ倒れないの!?」


魔物が最後の力を振り絞って突進してくる。


ソアも剣を握り直す。


「だったら――」


一歩。


踏み込む。


「これで――!」


ソアの剣が、魔物の急所を捉えた。


ドサッ。


巨大な身体が倒れた。


静寂。


「…………」


ソアは剣を下ろした。


「…………勝った?」


魔物は動かない。


「……」


ソアはその場にへたり込んだ。


「勝ったぁぁぁぁ……!」


しばらく、そのまま動けなかった。


◇


どれくらい時間が経っただろう。


ソアはようやく立ち上がった。


「……疲れた」


そして、自分の身体を見る。


胸当ては壊れている。


左肩の肩当てもない。


それ以外にも、いくつかの装甲がひしゃげていた。


「……」


ソアは少しだけ悲しそうな顔をした。


「私の鎧……」


しかし、その直後。


「……でも」


ソアは歩き出した。


一歩。


タッ。


「……軽い」


もう一歩。


タッ。


さらに一歩。


タッ。


「やっぱり……」


ソアは少しだけ走ってみた。


ダッ!


「……速い」


もう少し速度を上げる。


ダダッ!


「……速い!」


思わず笑顔になる。


「私、こんなに速く走れたんだ!」


けれど、すぐに首を傾げた。


「……でも」


ソアは壊れた胸当てを見る。


「胸当てがなくなったから、軽くなっただけ?」


確かに、三十キロもある鎧だ。


胸当てや肩当てがなくなれば、それだけ身体は軽くなる。


「それなら、これくらい速くなっても……おかしくないのかな?」


しかし。


ソアは思い出していた。


胸当てが壊れた時。


肩当てが壊れた時。


そのたびに、自分の身体に妙な感覚が走った。


「……」


ソアは首を傾げる。


「……気のせい?」


今のソアには、答えが分からなかった。


「そういえば……」


ソアは手をかざした。


淡い光が浮かび上がる。


【ステータス】


名前:ソア・ミュスカ

種族:人間

レベル:3

状態:正常


体力:普通

筋力:普通

敏捷:やや高い

魔力:普通

精神:普通


スキル:

剣術

盾術

スキンブースト【固有】

全解除【固有】


装備:

魔法鋼の全身鎧

鉄の剣

鉄の盾


「……レベル、3?」


ソアは目を瞬かせた。


「ゴブリンを倒したから……かな?」


そして、さっきの巨大な魔物を見る。


「たぶん、あの魔物がすごく強かったから、一気に上がったんだ」


レベルが上がったことには納得できる。


けれど――


「……」


ソアの視線は、別の場所に止まった。


敏捷:やや高い


「……これ、いつから?」


最初にステータスを確認した時は、確か――


敏捷:低い


だった。


「レベルが上がったから?」


ソアは少し考える。


「でも……」


胸当てが壊れた時。


身体が軽くなった。


肩当てが壊れた時。


さらに身体が軽くなった。


「……」


ソアは壊れた鎧を見る。


そして、自分の身体を見る。


「鎧が軽くなったから……なのかな?」


答えは出ない。


ただ一つだけ分かることがある。


「……私」


ソアは自分の足元を見る。


「さっきより、ずっと速い」


その理由を、ソアはまだ知らなかった。


彼女自身も気づかないまま――


固有スキル《スキンブースト》は、静かにその力を発揮していた。

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