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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第三章 世界樹と小さな種

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第22話 小さな芽


 ――ぽたり。


 緑色の光が、小さな種の表面を滑り落ちた。


 ソアは、じっとその種を見つめていた。


「……芽、出てきた」


 さっきまで固い殻に包まれていた種。


 その中央に、小さな亀裂が走っている。


 そして、その亀裂から。


 ほんの少しだけ。


 緑色の芽が顔を出していた。


「かわいい……」


 思わず、ソアは顔を近づける。


 すると――


 ぴくっ。


 芽が動いた。


「……?」


 ソアが首を傾げる。


 芽も、ソアの動きに合わせるように傾いた。


「…………」


「…………」


 しばらく見つめ合う。


「……真似してる?」


 ソアが右に首を傾ける。


 芽も右に傾く。


 左に傾ける。


 芽も左に傾く。


「…………かわいい」


 ソアは完全に気に入った。


 そっと指先で芽に触れる。


 すると――


 ふわっ。


 緑色の光が広がった。


「わっ……!」


 光はソアの指先から腕へ。


 そして胸元へと流れていく。


 痛くはない。


 むしろ、暖かい。


 懐かしい。


 初めて触れたはずなのに。


 ずっと昔から知っていたような、不思議な感覚だった。


「……なんだろう。この感じ」


 ソアが呟く。


 その瞬間。


 芽が、ほんの少しだけ震えた。


『……』


「え?」


 今。


 何か聞こえた気がした。


 ソアは周囲を見回す。


 巨大な根。


 緑色に輝く壁。


 どこまでも続く暗闇。


 誰もいない。


「気のせい……かな?」


 もう一度、種を見る。


 すると。


 芽の先が、ソアの指に触れた。


「……お腹空いてるのかな?」


 ソアは真剣に考えた。


「植物って……何食べるんだろ」


 当然、答えはない。


「水?」


 近くの根元に流れている水を見つける。


「……よし」


 ソアは手のひらに少しだけ水をすくった。


「飲む?」


 種の前に差し出す。


 すると――


 芽が水に触れた。


 次の瞬間。


 水が一瞬で消えた。


「…………」


 ソアが固まる。


「え?」


 もう一度、水をすくう。


 芽に近づける。


 すっ。


 また消えた。


「……飲んだ?」


 芽が、ぴこっと揺れた。


「飲んだんだ!」


 ソアの顔が明るくなる。


「よかったー!」


 まるで小さな子どもを世話するように、何度も水を与える。


 すると。


 芽が少しずつ大きくなっていった。


「えっ」


 さらに水を与える。


 また伸びる。


「ええっ!?」


 もう一度。


 伸びる。


「…………」


 ソアは無言になった。


「成長、早すぎない?」


 さすがに少し心配になった、そのとき。


 種の殻が――


 ぱきっ。


 完全に割れた。


 中から小さな植物が姿を現す。


 細い茎。


 一枚の小さな葉。


 そして――


 ころん。


 小さな身体が、根元から転がり落ちた。


「わっ!」


 ソアが慌てて受け止める。


「……え?」


 手のひらに乗っていたのは。


 植物のような。


 小さな人のような。


 なんとも不思議な生き物だった。


 身長はソアの手のひらほど。


 緑色の身体。


 細い手足。


 そして頭の上には、一枚だけ小さな葉っぱ。


「…………」


「…………」


 小さな生き物がソアを見上げる。


 ソアも見つめ返す。


「こんにちは?」


「…………」


「聞こえてる?」


 小さな生き物が、こくんと頷いた。


「えっ」


 ソアの目が大きくなる。


「しゃべれるの?」


 小さな生き物は首を横に振った。


「まだ?」


 こくん。


「そっか」


 ソアは少し考えた。


「じゃあ……名前は?」


 小さな生き物が首を傾げる。


「名前、ないの?」


 こくん。


「じゃあ……」


 ソアは小さな身体を両手で包み込む。


 その頭に乗った一枚の葉を見る。


「種から生まれたんだから……」


 少し考えて。


「シード」


 小さな生き物が、ぴくっと反応した。


「シードでどう?」


 こくん。


 今度は、はっきりと頷いた。


「決まり!」


 ソアは嬉しそうに笑った。


「今日からあなたは、シードね!」


「……!」


 シードが小さな手を上げる。


 そして――


 ぱあっ。


 身体から緑色の光が溢れた。


「わっ……!」


 光が広がる。


 巨大な根が震える。


 部屋全体が、まるで喜んでいるかのように明るく輝いた。


 そして。


 遠く離れた場所。


 世界樹の森。


 レイナとミレイユが戦っていた巨大な魔物にも、変化が起きていた。


「……これは……!」


 レイナが目を見開く。


 《鉄壁》に絡みついていた緑色の光が、一気に強くなった。


「世界樹の魔力が……!」


 ミレイユも驚いた顔で自分の呪鎖を見る。


 紫色の鎖。


 その表面を、緑色の光が走っている。


「……ソアのところで、何か起きたわね」


「分かるの?」


「ええ」


 ミレイユは目を細める。


「この森全体が、喜んでいるみたい」


 その言葉と同時に。


 目の前の巨大な魔物が咆哮した。


「グオオオオオッ!」


「来る!」


 レイナが大盾を構える。


 ――ドンッ!


 巨大な爪が《鉄壁》に叩きつけられる。


 しかし。


 今までとは違った。


 緑色の根が《鉄壁》の表面を走り、盾の力をさらに押し上げる。


「……強くなってる」


 レイナが呟く。


 ミレイユも呪鎖を握り直した。


「私の方もね」


 呪鎖が、一本。


 また一本。


 増えていく。


「どうやら私たちも、ただ待っているわけにはいかないみたい」


 レイナが頷く。


「ソアは先に進んだ」


「ええ」


「なら、私たちはここを守る」


 ミレイユが微笑む。


「守る者と、繋ぐ者……ね」


 二人は、それぞれの力を構えた。


 そのころ。


 世界樹の根の奥では。


 ソアがシードを肩に乗せて歩いていた。


「ねえ、シード」


「?」


「あなたって、何ができるの?」


 シードは少し考えるように首を傾げる。


 そして。


 小さな手を前に出した。


 すると――


 地面から一本の木の枝が伸びてきた。


 シードの手の中で、枝が形を変えていく。


 盾。


 小さな木製の盾へと変わった。


「……盾?」


 シードがこくんと頷く。


「守れるの?」


 こくん。


「へえ……」


 ソアは目を輝かせる。


「じゃあ、私の盾になってくれる?」


 シードは少しだけ考えて。


 ソアの肩から飛び降りた。


 そして、彼女の前に立つ。


 小さな木の盾を構えた。


「……ふふっ」


 ソアは笑った。


「頼りになるね、シード」


 シードは嬉しそうに葉を揺らした。


 その瞬間。


 世界樹の根の奥から――


 低い音が響いた。


 ゴゴゴゴゴ……。


「……?」


 ソアが振り返る。


 巨大な根の一部がゆっくりと動いていた。


 その奥に。


 新たな道が現れる。


 そして、その先には――


 七つの光。


 いや。


 正確には。


 七つの空洞のうち、ひとつだけ。


 緑色の光が灯っていた。


 シードが、その光を見る。


 小さな身体が震える。


「……シード?」


 ソアが声をかける。


 シードは七つの空洞を見つめながら。


 初めて――


 小さな声を出した。


「……しってる」


「え?」


 ソアが目を見開く。


「今……しゃべった?」


 シードは、もう一度。


 小さな声で言った。


「……しってる」


 七つの光が、静かに輝く。


 そして。


 世界樹のどこかで。


 長い眠りについていた何かが――


 ゆっくりと、目を覚ました。

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