第19話 世界樹の森
長い階段を下り続けた。
どれくらい歩いただろう。
途中から、階段の段差がほとんどなくなっていた。
それでも、道はまだ続いている。
「……長いわね」
レイナが前を見ながら呟く。
「本当にねぇ。こんな地下に、いったい何があるのかしら」
ミレイユも少しだけ疲れた様子で言った。
ソアは二人の前を歩きながら、何度も周囲を見回していた。
不思議だった。
さっきからずっと、胸の奥が温かい。
まるで誰かに呼ばれているような感覚。
「……こっち」
「え?」
レイナが振り返る。
「どうしたの?」
「なんとなく……こっちだと思う」
ソアが指差した先には、何もない。
ただ、暗い階段が続いているだけだった。
ミレイユが眉をひそめる。
「何を根拠に?」
「……わからない」
「わからないのに?」
「うん」
「……まあ、あなたらしいわね」
ミレイユは小さくため息をついた。
三人はそのまま進んだ。
そして――
階段が突然、途切れた。
「……え?」
ソアが目を見開く。
目の前に広がっていたのは、地下とは思えないほど広大な空間だった。
「これは……」
レイナも言葉を失う。
そこには森があった。
木々が生い茂り、花が咲き、川が流れている。
しかも――
空まである。
青い空。
白い雲。
まるで地上の森を、そのまま地下に閉じ込めたようだった。
「……地下、よね?」
「そのはずね」
ミレイユも空を見上げる。
「でも、あれ……本物の雲じゃないわ」
よく見ると、雲の一部が淡い緑色の光を帯びている。
木々の葉も、普通の植物とは違った。
葉脈の中を、かすかな光が流れている。
「魔力……」
ソアが呟いた。
「この森全部が……魔力で動いてるみたい」
三人が森へ足を踏み入れる。
すると――
一羽の小鳥が、ソアの肩に止まった。
「わっ」
ソアが驚く。
小鳥は逃げるどころか、ソアの頬をつついた。
「……かわいい」
ソアが笑う。
その瞬間。
小鳥の身体が淡く光った。
「え?」
ソアが触れていた木の葉も光る。
さらに、その近くに咲いていた花まで一斉に開いた。
レイナが目を見張る。
「……ソアが触れた瞬間に、魔力が反応した?」
「そうみたいね」
ミレイユが周囲を見渡す。
「でも、私たちには何も起きていないわ」
ソアは不思議そうに自分の手を見る。
「私、ここに来たことないのに……」
なぜだろう。
初めて見る場所なのに。
どこか懐かしい。
胸の奥が、ほんの少しだけ安心する。
「……なんだろう」
ソアが小さく呟いた。
「この場所……好きかも」
その言葉に反応するように。
森の奥から、淡い緑色の光が差し込んだ。
「ソア」
レイナが呼ぶ。
「今、あっちが光ったわ」
「うん」
ソアは迷わず歩き出した。
三人が森の奥へ進んでいく。
しばらくすると――
巨大なものが見えてきた。
「……根?」
レイナが呟く。
それは山のように巨大な木の根だった。
何本もの根が絡み合い、壁のようにそびえ立っている。
その表面には、古代文字が刻まれていた。
ミレイユが近づき、文字を調べる。
「……古代文字ね」
「読める?」
「完全には無理。でも……」
ミレイユが指先で文字をなぞる。
すると――
根が淡く光った。
「!」
三人が身構える。
巨大な根の奥から、低い振動音が響いた。
ズズズズズ……。
そして。
ソアの目の前で、根がゆっくりと動き始めた。
絡み合っていた根が左右へ開いていく。
その先に、人ひとりが通れるほどの道が現れた。
「……道ができた」
レイナが驚く。
「私たちにも?」
ミレイユも思わず一歩前へ出る。
しかし――
根の道に足を踏み入れようとした瞬間。
バチッ!
見えない何かに弾かれた。
「っ!」
ミレイユが後ろへ下がる。
レイナも手を伸ばすが、同じように弾かれた。
「これは……結界?」
ミレイユが目を細める。
「違うわ。拒絶されている」
ソアだけが、何の抵抗もなく道の前に立っている。
「……私だけ?」
ソアが一歩進む。
何も起こらない。
もう一歩。
それでも何も起こらない。
レイナがソアを見る。
「どういうこと……?」
「わからない」
ソアは振り返った。
「二人とも、来られないの?」
「……みたいね」
レイナが悔しそうに手を握る。
「でも、ここまで一緒に来たんだ。ソアだけに行かせるわけには――」
レイナがもう一度、道へ踏み込もうとする。
バチッ!
やはり弾かれる。
その瞬間。
レイナの《鉄壁》が淡く光った。
「……え?」
レイナが自分の手を見る。
今までとは違う。
《鉄壁》の光が、根の光と呼応している。
巨大な根の一部が、まるでレイナの盾に応えるように輝いた。
ミレイユもそれに気づく。
「レイナ……」
「私の《鉄壁》に反応してる?」
さらにミレイユが《百呪領域》を展開する。
紫色の魔力が広がる。
すると――
巨大な根から無数の細い根が伸びてきた。
ミレイユの魔力に触れる。
そして、まるで絡みつくように魔力を受け止めた。
「……私の力にも?」
三人とも言葉を失った。
ソアが二人を見る。
「もしかして……」
根に刻まれた古代文字が、一文字ずつ光り始める。
そして、三人の目の前に淡い光の文字が浮かび上がった。
――手放す者。
――守る者。
――繋ぐ者。
ソアはその文字を見つめた。
「……手放す者」
レイナが自分を見る。
「守る者……」
ミレイユが目を細める。
「繋ぐ者、ね」
三人の足元から、緑色の光が広がっていく。
だが、その意味までは誰にもわからなかった。
ただ一つだけ。
この場所が、自分たち三人の力を知っている。
そのことだけは、はっきりと感じられた。
ソアはもう一度、道の奥を見る。
そこから、不思議な温かさが伝わってくる。
まるで――
「……待ってる」
ソアが呟いた。
「誰かが、私を待ってる」
レイナがソアを見る。
「……行ってきなさい」
「レイナ?」
「ここは私たちがいる」
ミレイユも小さく笑う。
「あなた一人で全部背負え、なんて言ってるわけじゃないわ」
「……うん」
ソアは頷いた。
そして。
一歩。
根の道へ足を踏み入れた。
今度は、緑色の光がソアの身体を優しく包み込んだ。
その瞬間――
森の遥か奥。
誰にも見えない場所で。
小さな種が、ほんの少しだけ震えた。
そして。
その表面に――
小さな亀裂が入った。




