幕間 世界の裏側
――どこか遠く。
人の住む街から、遥かに離れた場所。
地図にも記されていない地下遺跡。
そこには、巨大な石造りの部屋があった。
天井は高く、壁には古い文字が刻まれている。
中央にあるのは、大きな黒い水晶。
その水晶の中には、ぼんやりと世界の景色が映し出されていた。
森。
砂漠。
海。
山。
そして――巨大な木。
しかし、その木は枯れていた。
幹は黒く変色し、枝のほとんどは朽ちている。
世界樹。
かつて世界の魔力を循環させていたとされる、伝説の大樹。
その姿を見つめる、一人の男がいた。
長い黒衣。
顔は影に隠れている。
「……動いたか」
低い声が響く。
男の前には、別の人物が跪いていた。
「はい」
「どこだ?」
「北の森です」
黒い水晶に映る景色が変わる。
そこには、荒れ果てた森が映し出された。
倒れた木々。
黒く染まった地面。
そして、紫色の煙。
「魔力の流出量は?」
「以前の記録と比較して、およそ三倍」
「三倍……」
男は静かに笑った。
「思ったより早い」
「原因は不明です」
「不明?」
「はい。ですが――」
跪いていた人物が顔を上げる。
「何者かが、あの森の魔物を大量に討伐したようです」
男の表情が変わった。
「誰が?」
「まだ分かっていません」
「冒険者か?」
「おそらく」
男はしばらく水晶を見つめた。
やがて。
「調べろ」
「はい」
「強さではない」
「……?」
「その者が、何をしたのかを調べろ」
男は水晶に手をかざす。
すると。
北の森の映像が消えた。
代わりに、七つの場所が浮かび上がった。
砂漠。
海底。
空。
火山。
氷原。
古代遺跡。
そして――
巨大な樹の根元。
七つの場所。
それぞれに、小さな光が灯っている。
しかし。
最後の一つだけは、まだ暗い。
「七つの器」
男が呟く。
「長い間、眠っていた」
跪く人物が尋ねる。
「器が……目覚めるのですか?」
「まだ分からない」
「では、なぜ?」
男は答えなかった。
代わりに、黒い水晶の奥を見つめる。
そこに映った世界樹。
その根元。
ほんの一瞬だけ――
緑色の光が瞬いた。
「……!」
跪いていた人物が息を呑む。
「今のは……」
「見えたか」
「はい」
男の声が低くなる。
「世界樹だ」
「ですが、世界樹は……」
「死んだ」
男が言う。
「少なくとも、我々はそう考えていた」
沈黙。
水晶の中で、緑色の光がもう一度瞬く。
「ならば……」
跪く人物が恐る恐る尋ねる。
「何が起きているのでしょう?」
男はしばらく黙っていた。
そして。
「再生だ」
「……!」
「世界樹が、再び力を取り戻そうとしている」
男は水晶から手を離す。
「だが、それには条件がある」
「条件?」
「選ばれた者が必要だ」
「選ばれた者……」
男が振り返る。
影の中から、赤い瞳だけが浮かび上がった。
「力を手に入れる者ではない」
「……」
「力を手放す者だ」
その言葉に、跪いていた人物が顔を上げる。
「まさか……」
「まだ何も分からない」
男は歩き始めた。
「だが、世界樹が動いた以上――」
部屋の奥。
巨大な扉の向こうから、低い振動音が響いた。
ゴゴゴゴゴ……。
壁に刻まれた古代文字が、淡く赤く光る。
男は足を止めた。
「我々も動く」
「七つの器を?」
「そうだ」
「もし、先に誰かが手に入れたら?」
男は振り返った。
「奪え」
短い言葉だった。
「七つすべてを?」
「ああ」
「なぜです?」
男は少しだけ笑った。
「決まっている」
その目が赤く光る。
「世界樹が再び力を取り戻す前に――」
黒い水晶に映る世界樹。
その根元に、一瞬だけ小さな光が浮かぶ。
「世界樹そのものを、手に入れる」
その瞬間。
世界のどこかで。
巨大な音が響いた。
――ドクン。
まるで。
何かが、目を覚ましたように。
黒い水晶に亀裂が走る。
「……!」
男が振り返る。
亀裂の向こう。
そこに映っていたのは――
まだ見ぬ森。
その奥にある、巨大な根。
そして。
その根元に置かれた――
小さな種。
種の表面に。
ほんのわずかに。
緑色の芽が現れていた。
男は、それを見つめる。
「……始まったか」
誰もいない地下遺跡に。
その声だけが響いた。




