第17話 強くなった理由
翌朝。
冒険者ギルドの資料室。
ソアは一冊の古い本を机の上に置いていた。
「……」
本を開く。
閉じる。
もう一度開く。
「読めない」
「でしょうね」
向かいに座っているミレイユが答えた。
「古代語だから」
「古代語……」
ソアは本をじっと見る。
「じゃあ、なんで私に読ませたの?」
「あなたが持ってきたんでしょう」
「あ、そうだった」
レイナが隣でため息をつく。
「昨日、ミレイユが言っていただろう」
「うん」
「『手放すことで力を得る者』について調べる、と」
「そうそう!」
ソアは頷いた。
昨日の訓練。
呪いそのものではない。
呪いを解除するだけでもない。
自分に取りついているものを――
外したとき。
その瞬間に、ソアの力は増幅する。
それは、もう偶然とは言えなかった。
「だから調べてみたのよ」
ミレイユが本を開く。
「古い冒険者の記録、魔術師の研究書、神殿の文献……」
机の上には何冊もの本が積まれていた。
「その中で、一つだけ気になる記述があった」
「どんなの?」
ミレイユがページをめくる。
そこには、古びた挿絵が描かれていた。
巨大な木。
その根元に、人が一人立っている。
そして――
人の身体から、鎧や武器のようなものが離れていく様子が描かれていた。
「……これ」
ソアが身を乗り出す。
「私?」
「似ているわね」
レイナも覗き込む。
「でも、この絵は何百年も前のものだろう?」
「ええ」
ミレイユが答える。
「だから気になるのよ」
ページの下には、古代語の文章が並んでいる。
ミレイユはそれを指で追いながら読み上げた。
「『力を求め、力を身につける者は多い』」
「うん」
「『だが、世界樹が選ぶのは――』」
そこで、ミレイユの声が止まった。
「……何?」
ソアが聞く。
ミレイユは少し考えた。
「この部分、訳し方が難しいわね」
「どんな意味?」
「いくつか解釈があるけど……」
ミレイユはゆっくり口にした。
「『力を手放す者』」
ソアが瞬きをする。
「……私?」
「可能性はある」
レイナが腕を組む。
「だが、世界樹って何だ?」
その言葉に。
ミレイユの表情が変わった。
「知らないの?」
「名前くらいは知っている」
レイナが答える。
「世界のどこかにある巨大な樹だろう?」
「ええ。でも、それだけじゃない」
ミレイユは別の本を開いた。
「世界樹は、この世界の魔力の流れに関係していると言われている」
「魔力の流れ?」
「大地から生まれた魔力を吸い上げ、世界へ循環させる樹」
ソアは首を傾げた。
「じゃあ、世界樹が元気なら魔力も元気?」
「かなり大雑把だけど、そういうこと」
「じゃあ、世界樹が弱ったら?」
ミレイユが答える前に。
レイナが言った。
「魔物が増える」
三人が黙った。
昨日。
北の森で見た異常な魔物。
黒い煙。
そして、森の奥へ吸い込まれていった魔力。
「……まさか」
ソアが呟く。
ミレイユも頷いた。
「私も、同じことを考えている」
「世界樹が関係している?」
「まだ分からない」
ミレイユは本を閉じた。
「でも、可能性は高い」
ソアは少しだけ考えた。
そして。
「じゃあ、見に行こう!」
「……」
「……」
レイナとミレイユが同時にソアを見る。
「世界樹!」
「そんなに簡単に言うものじゃないわよ」
「でも気になる!」
「世界樹がどこにあるかも分からない」
「探せばいいよ」
「世界樹を?」
「うん!」
「……」
ミレイユは頭を抱えた。
「あなた、本当に行動力だけはあるわね」
「褒めてる?」
「褒めてない」
「じゃあ、いつものやつだね!」
「何よ、いつものやつって」
ソアは笑った。
その日の午後。
三人はギルドの掲示板を調べていた。
世界樹に関する依頼。
古代遺跡。
未知の魔力。
森の異常。
何か手がかりがないか探す。
しかし。
「ないな」
レイナが言う。
「世界樹の情報なんて、ほとんどないわ」
ミレイユも首を振る。
「古代の文献にはある。でも、場所については全部曖昧」
「うーん……」
ソアは掲示板を眺める。
そして。
一枚の紙に目を止めた。
「これ!」
「何?」
「『北西部、迷宮森林で原因不明の魔力異常』」
レイナが紙を見る。
「……これ、昨日の森とは別だな」
「うん」
ミレイユが続ける。
「でも、内容が似すぎている」
異常な魔力。
魔物の凶暴化。
黒い霧。
そして――
古い記録に残る、世界樹の異常。
「行ってみよう」
ソアが言った。
「そこに何かあるかもしれない」
レイナが頷く。
「私も賛成だ」
ミレイユも少し考えたあと、笑った。
「いいでしょう」
「やった!」
「ただし」
ミレイユが人差し指を立てる。
「今回は調査が目的よ」
「うん」
「勝手に奥へ行かない」
「うん」
「鎧を全部外そうとしない」
「……」
ソアが目を逸らした。
「それは約束できない」
「そこは約束しなさいよ!」
レイナが吹き出した。
「ははっ!」
「レイナまで!」
三人は笑った。
しかし。
誰も気づいていなかった。
ギルドの資料室。
ソアが先ほど読んでいた古い本。
その最後のページに――
小さな文字が残されていたことを。
ミレイユが戻ってきて、そのページをめくる。
「……?」
何かを感じた。
ページの端に、古い挿絵。
世界樹の根元に立つ一人の人間。
その人物の周囲には――
七つの光。
そして。
そのすべてが、人から離れている。
ミレイユは目を細めた。
「七つ……?」
その瞬間。
本の上に、緑色の光が一瞬だけ浮かんだ。
「……!」
ミレイユが手を伸ばす。
しかし。
光はすぐに消えた。
「今のは……?」
誰も答えない。
ただ。
遠く離れた北西の森。
深い地下。
巨大な根が絡み合う場所で――
小さな種が、ほんの少しだけ動いた。
そして。
まだ誰にも聞こえないほど小さな音で。
「……」
何かが、芽吹こうとしていた。




