第16話 残念なA級冒険者
北の森から戻った三人は、街の冒険者ギルドへ向かっていた。
森での戦闘から一夜。
ソアはというと――。
「うーん……」
自分の肩を眺めていた。
左肩の装甲。
見事に壊れている。
「また壊れちゃった……」
「また、じゃないわよ」
隣を歩くミレイユが呆れた声を出す。
「昨日だけで何個壊したと思っているの?」
「えっと……」
ソアは指を折る。
「肩が一つと、腕が一つと……」
「覚えてないのね」
「壊れすぎて分からなくなっちゃった」
「……」
ミレイユは額を押さえた。
レイナも隣でため息をつく。
「修理費、大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃない!」
ソアは即答した。
「でも、直す!」
「即答するところじゃないだろう……」
ソアにとっては大問題だった。
強くなることよりも。
世界の危機よりも。
今は――。
「私の鎧を元に戻さないと!」
「そこなの?」
ミレイユが呟いた。
ギルドに入る。
受付へ向かう途中、ソアは二人を振り返った。
「そういえば」
「何?」
「二人って、A級冒険者なんだよね?」
「そうだけど」
「うん」
「A級って、すごいんだよね?」
レイナが答える。
「一応、冒険者の中では上位だ」
ミレイユも頷く。
「普通の冒険者なら、一生かけても届かない人間も多いわね」
「へえ……」
ソアは二人をじっと見つめる。
そして。
「じゃあ、二人とも私より強い?」
「…………」
レイナとミレイユが同時に黙った。
「?」
ソアは首を傾げる。
レイナが先に口を開いた。
「……まあ」
「まあ?」
「状況による」
ミレイユも続ける。
「相性もあるわ」
「なるほど!」
ソアは納得した。
「じゃあ、私が二人に勝てることもあるんだ!」
「……」
「……」
レイナとミレイユが顔を見合わせる。
「何?」
「いや」
レイナが目を逸らした。
「なんでもない」
ミレイユが小さく笑う。
「ええ。なんでもないわ」
その笑顔は、どこか怖かった。
ギルドの一角。
三人はテーブルを囲んでいた。
昨日の戦闘について、ギルドへ報告するためだ。
「では確認します」
受付嬢が書類を読み上げる。
「北の森で異常発生した魔物を三名で討伐」
「はい」
「A級冒険者、レイナ・ヴァルハート」
「はい」
「A級冒険者、ミレイユ・アルカナ」
「はい」
「そして……」
受付嬢がソアを見る。
「ソア・ミュスカ」
「はい!」
「……ランク未定」
「はい!」
「……」
受付嬢が少し困った顔をした。
「ソアさん」
「はい?」
「どうしてA級二人と一緒に?」
「クエストで一緒になりました!」
「そうですか……」
受付嬢は納得したような、していないような顔をした。
「それと」
「はい?」
「昨日の戦闘記録ですが」
受付嬢が報告書を見る。
「魔物の討伐数が、ソアさんだけ異常に多いのですが……」
「そうなんですか?」
「はい」
ソアは嬉しそうに笑った。
「頑張りました!」
レイナが頭を抱える。
ミレイユは腕を組んだ。
「……やっぱりおかしいわね」
「何が?」
「あなたの強さよ」
ミレイユが真剣な顔になる。
「最初に会ったときより、明らかに強くなっている」
「そうかな?」
「そうよ」
「鎧が壊れたからじゃない?」
「それは分かっているわ」
ミレイユは机に指を置く。
「問題は――なぜ壊れると強くなるのか」
ソアが固まった。
「……」
「……」
「……」
レイナが口を挟む。
「ソア」
「はい」
「お前、自分の能力について何か分かったことは?」
ソアは少し考える。
「あるよ」
「本当か?」
「うん」
二人が身を乗り出す。
ソアは真剣な顔で言った。
「鎧が壊れると強くなる」
「それは分かっている!」
レイナが思わず叫んだ。
「じゃあ、どうしてそうなるのかは?」
「分からない!」
「……」
「……」
ミレイユが静かに顔を伏せた。
「この子……」
「うん」
レイナも頷く。
「思った以上に残念だな」
「聞こえてるよ!」
ソアが頬を膨らませる。
その後。
三人はギルドの訓練場へ移動した。
「もう一度確認するわ」
ミレイユが言う。
「ソア。私の呪いを受けて」
「うん!」
「そのあと、何も外さずに解除してみて」
「分かった!」
ミレイユが杖を向ける。
「《呪鎖》」
紫色の鎖がソアの腕に絡みついた。
「《筋力低下》」
「うっ……」
ソアの身体が重くなる。
「《敏捷低下》」
さらに身体が鈍くなる。
「《魔力低下》」
ソアの魔力も落ちる。
「ここで《全解除・パージ》」
ソアが唱える。
「《全解除・パージ》!」
パァン!
鎖が外れる。
ソアの身体が軽くなった。
「……うん」
ミレイユが頷く。
「予想通り」
「何が?」
「呪いを解除しただけでは、元に戻るだけ」
「?」
「強くなってはいない」
ソアは自分の身体を動かす。
確かに。
以前のような、異常な加速は起きていない。
「じゃあ……」
ミレイユが新しい鎖を出す。
「今度は、鎖そのものを外して」
「うん」
ソアが《全解除・パージ》を使う。
カシャン。
鎖が地面に落ちる。
その瞬間。
ソアの身体が変わった。
「……!」
一歩。
踏み出しただけなのに、風が巻き起こる。
「これだ」
ミレイユの目が鋭くなる。
「呪いじゃない」
レイナも頷く。
「取りついているものを外したときだ」
ソアは二人の顔を見る。
「つまり……」
三人が同時に言った。
「手放すと強くなる」
「そう!」
ソアが嬉しそうに手を叩く。
「やっと分かった!」
ミレイユがため息をつく。
「やっとね」
「じゃあ、いっぱい外せばもっと強くなるんだ!」
「……そうなるでしょうね」
「じゃあ――」
ソアは自分の全身鎧を見る。
「全部外せば?」
レイナとミレイユが同時に止まった。
「……」
「……」
ソアは二人を見る。
「?」
レイナが咳払いした。
「まあ……理論上は」
ミレイユも頷く。
「おそらく、かなり強くなるでしょうね」
「じゃあ試してみよう!」
「待て」
レイナが即座に止めた。
「ここでやるな」
「どうして?」
「どうしてって……」
レイナは困った顔をする。
「お前、前にも言っていただろう」
「?」
「恥ずかしいから使わないって」
「あ」
ソアの顔が真っ赤になる。
「……そうだった」
ミレイユがニヤリと笑った。
「なるほど」
「何?」
「あなたにも、ちゃんと苦手なものがあるのね」
「あるよ!」
ソアは胸を張った。
「恥ずかしいのは無理!」
「そこは普通なのね」
その日の夕方。
ギルドを出た三人は、街の通りを歩いていた。
「ところで」
ミレイユが言う。
「私たち二人はA級でしょう?」
「うん」
「なのに」
ミレイユはソアを見る。
「どうして私たちは、あなたに勝てないのかしらね」
レイナが黙った。
「……」
ソアは考える。
そして。
「二人とも、鎧を着てないからじゃない?」
「違う」
レイナが即答した。
「そういう問題じゃないわ」
ミレイユも呆れた。
「じゃあ何で?」
「分からん」
「分からないんだ」
「分からない」
三人はしばらく歩いた。
すると。
ソアが突然立ち止まった。
「ねえ」
「何?」
「二人とも」
「?」
ソアは笑った。
「また一緒に冒険しようよ」
レイナが少し驚く。
ミレイユも目を瞬かせる。
「……どうして?」
「楽しいから!」
あまりにも素直な答えだった。
レイナは少しだけ笑った。
「……そうだな」
ミレイユも肩をすくめる。
「仕方ないわね」
「やった!」
ソアが喜ぶ。
その後ろ姿を見ながら、レイナが小さく呟いた。
「……次は勝つ」
「当然でしょう」
ミレイユも続ける。
「私も、次こそ勝つわ」
「?」
ソアは振り返る。
「何か言った?」
「何も」
「何も言ってないわ」
二人は同時に答えた。
ソアは首を傾げながら歩き出す。
その背中を見ながら。
レイナとミレイユは、もう一度顔を見合わせた。
「……絶対に勝つ」
「ええ」
「……でも」
レイナが苦笑する。
「今のところ、一度も勝ててないな」
ミレイユも苦笑した。
「残念ね。A級なのに」
「お前もだろ」
「あなたもでしょう」
「……」
「……」
二人は同時にため息をついた。
その前を歩くソアだけが、楽しそうに笑っていた。
そして。
街のはるか遠く。
北の森のさらに奥。
誰にも見えない場所で――
一本の巨大な木の根が、ほんの少しだけ緑色に輝いた。




