第15話 A級魔女の本気
北の森。
三人が森の奥へ進むほど、空気は重くなっていった。
木々の間から差し込む光が、少しずつ減っている。
まるで森そのものが、何かを恐れているようだった。
「……静かすぎない?」
ソアが周囲を見回す。
さっきまで聞こえていた鳥の声も、虫の音もない。
レイナが大剣を構えた。
「来る」
「え?」
次の瞬間。
地面が大きく盛り上がった。
ドォォォン!!
土と木の根を吹き飛ばしながら、巨大な魔物が姿を現した。
黒い体。
四本の腕。
そして、その全身から紫色の煙が噴き出している。
「また、あの煙……!」
ソアが盾を構える。
だが。
魔物は一体ではなかった。
森の奥から、同じような魔物が次々と現れる。
一体。
二体。
三体。
さらに奥にも、影がある。
「ちょっと待って」
ミレイユが目を細めた。
「数が多すぎるわね」
「倒せる?」
ソアが聞く。
ミレイユは小さく笑った。
「誰に言っているの?」
紫色の瞳が鋭く光る。
「私は――百呪の魔女よ」
ミレイユが杖を掲げた。
「《百呪領域》」
瞬間。
森全体を紫色の魔力が覆った。
空気が変わる。
魔物たちの動きが一斉に鈍った。
「グ……ガ……」
一体が苦しそうに呻く。
筋力低下。
敏捷低下。
魔力低下。
視界阻害。
平衡感覚低下。
さらに、回復能力まで低下していく。
一つ。
二つ。
三つ。
呪いが重なっていく。
「すご……」
ソアが思わず声を漏らした。
「これが……A級……」
レイナも驚いていた。
「ここまで広範囲に呪いを重ねるなんて……」
「感心している場合?」
ミレイユが振り返る。
「動けるようになったら、お願いね」
「うん!」
ソアが走り出す。
「任せて!」
「だから――」
ミレイユがため息をつく。
「私の呪いを、強化アイテムみたいに扱わないで!」
「え?」
ソアは本気で不思議そうな顔をした。
「だって外したら強くなるし」
「だから、それはあなたの能力!」
「でもミレイユの呪いがないと外すものが――」
「話がややこしいのよ!」
その間にも、魔物が迫る。
レイナが前へ出た。
「話は後だ!」
大剣を振り下ろす。
ズガンッ!!
魔物の腕を真正面から叩き潰した。
しかし。
別の魔物が横から襲いかかる。
「《鉄壁》!」
巨大な防御障壁が展開される。
ドォォン!!
魔物の拳が障壁に激突した。
レイナの足が地面にめり込む。
「ぐっ……!」
「レイナ!」
ソアが駆ける。
その瞬間。
バキッ!
左肩の装甲が砕けた。
「……あ」
ソアの身体が、一気に軽くなる。
踏み込みが速い。
視界が広い。
身体が思った通りに動く。
「やっぱり……!」
ソアは笑った。
「これなら!」
地面を蹴る。
一瞬で魔物の懐へ入り込む。
「せいっ!」
剣を振り抜く。
ザシュッ!!
魔物の腕が吹き飛んだ。
「速い……!」
レイナが目を見開く。
ミレイユも目を細める。
「また一段上がった……」
ソアは自分の肩を見る。
「装備が外れると、やっぱり強くなる」
「……ええ」
ミレイユが答える。
「もう疑いようがないわね」
その瞬間。
地面から黒い触手が伸びた。
「危ない!」
レイナが叫ぶ。
ソアが振り向く。
だが、遅い。
触手がソアの足に絡みついた。
「しまっ――」
ギュルルルッ!
一気に締め上げられる。
「ソア!」
レイナが助けに向かおうとする。
しかし。
「動かないで」
ミレイユの声が響いた。
「え?」
「私がやる」
ミレイユが杖を向ける。
紫色の鎖が大量に出現した。
「《呪鎖・百重》」
ズガガガガガガッ!!
無数の鎖が魔物へ飛んでいく。
腕。
脚。
胴体。
首。
次々と絡みついていく。
魔物の動きが完全に止まった。
「今よ!」
ソアが足元を見る。
絡みついた触手。
そして――
自分に取りついているもの。
「《全解除・パージ》!」
パァン!
足に絡みついていた触手が消えた。
同時に。
身体がさらに軽くなる。
「よし!」
ソアは地面を蹴った。
一瞬。
本当に一瞬だった。
魔物の目の前にソアが現れる。
「終わり!」
剣が閃く。
ドンッ!!
魔物が吹き飛んだ。
木を何本もなぎ倒しながら、森の奥へ転がっていく。
「……」
レイナが呆然とする。
ミレイユも黙っていた。
やがて。
ミレイユが口を開く。
「……あなた」
「なに?」
「本当に、面倒な能力ね」
「ありがとう!」
「褒めてないわ」
ソアは笑った。
しかし。
その直後。
森の奥から、低い音が響いた。
ゴゴゴゴゴ……。
三人の表情が変わる。
倒したはずの魔物たちが、ゆっくりと立ち上がっていた。
しかも。
さっきまでとは様子が違う。
黒い煙が、森の奥へ向かって流れている。
まるで何かに吸い込まれているように。
ミレイユが呟いた。
「……やっぱり」
「何が?」
「この魔物たちが原因じゃない」
ミレイユは森のさらに奥を見つめる。
「何かが、この森の魔力を吸い上げている」
レイナが大剣を握り直した。
「つまり……」
「こいつらは、そこから逃げてきた」
ソアが森の奥を見る。
「じゃあ……」
三人の視線が重なる。
「もっと奥に、何かいるってこと?」
ミレイユは答えなかった。
ただ、森の奥。
木々の向こうに見える黒い霧を見つめていた。
そして。
ほんの一瞬。
その霧の中で――
赤い光が瞬いた。
「……行きましょう」
ミレイユが言った。
「ここから先は、たぶん普通の魔物退治じゃないわ」
ソアは剣を握り直す。
レイナも頷く。
三人は、黒い霧の中へ歩き始めた。
その足元で。
誰にも気づかれないまま。
小さな緑色の光が、一度だけ瞬いた。




