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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第二章 A級冒険者との出会い

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第14話 ソアの勘違い


 翌朝。


 冒険者ギルドの訓練場。


「お願いします!」


 ソアは元気よく頭を下げた。


「……」


 ミレイユは無言だった。


「お願いします!」


 もう一度。


「……」


「ミレイユさん?」


「嫌よ」


「まだ何も言ってませんよ?」


「言わなくてもわかるわ」


 ミレイユはため息をついた。


「どうせ今日も、私に呪ってほしいんでしょう?」


「はい!」


「即答ね……」


 ソアは胸を張る。


「昨日わかりました!」


「何が?」


「ミレイユさんの呪いを受けると、強くなれる!」


「…………」


 ミレイユの顔が引きつった。


「違うわ」


「え?」


「そこからして違う」


「でも、昨日は呪いを外すたびに強くなりましたよ?」


「それは――」


 ミレイユが言葉を止める。


 ソアは真剣な顔で続けた。


「だから、もっと強い呪いをかけてもらって、それを全部外せば、もっと強くなれるんですよね?」


「違う」


「え?」


「違うのよ」


「でも……」


「あなたは本当に、どうしてそこに行き着くの?」


 レイナが横で笑いをこらえている。


「ミレイユ」


「何?」


「もう説明しても無駄じゃない?」


「あなたまで!」


 ソアは首を傾げた。


「じゃあ……」


 少し考える。


「弱い呪いじゃダメなんですか?」


「そういう問題でもない!」


「じゃあ強い呪い?」


「だから!」


 ミレイユは頭を抱えた。


「あなた、自分の能力について何も理解してないでしょう」


「……はい」


「そこは素直なのね」


     ◆


「いいわ」


 ミレイユが立ち上がった。


「一度、実験しましょう」


「実験?」


「あなたが本当に何によって強くなっているのか確かめる」


 ソアの目が輝く。


「お願いします!」


 ミレイユは一本の黒い鎖を取り出した。


「これは昨日と同じ《呪鎖》」


 ソアの腕に巻きつく。


 カチッ。


「今から筋力低下の呪いをかける」


「はい」


「その状態で動いてみて」


「わかりました」


 ソアが剣を振る。


 遅い。


 明らかに身体が重い。


「どう?」


「重いです」


「じゃあ、次」


 ミレイユが指を鳴らす。


「呪いを解除する」


「え?」


 黒い鎖はそのまま。


 しかし、呪いだけが消えた。


「動いて」


 ソアが剣を振る。


 先ほどより速い。


「戻りました!」


「そうね」


 ミレイユは次に、ソアの肩当てを見る。


「今度はその肩当てを外して」


「はい」


 ソアが《全解除・パージ》を使う。


 カチッ。


 肩当てが外れる。


「もう一度、剣を振って」


「はい!」


 ブンッ!


 さっきより速い。


「……!」


 ソアが目を丸くする。


 ミレイユは静かに言った。


「わかった?」


「はい!」


「じゃあ言ってみて」


 ソアは少し考えた。


「呪いがなくなると強くなる!」


「違う」


「えっ」


「そこじゃない」


「じゃあ……」


 ソアは肩から外れた装備を見る。


「装備が外れると強くなる!」


「……」


「正解ですか?」


「半分だけ」


「半分?」


「そう」


 ミレイユはソアの手首を見る。


「では、これを外してみて」


 そこには何もついていない。


「……?」


 ソアが困惑する。


「何をですか?」


「何もないでしょう?」


「はい」


「じゃあ、それ以上強くならない」


「……」


 ソアは考え込む。


「なるほど」


「わかった?」


「はい!」


 ソアは力強く頷いた。


「外すものがなくなるまで外せばいいんですね!」


「…………」


 ミレイユは天を仰いだ。


「どうしてそうなるの……」


     ◆


「ちょっと待って」


 レイナが口を挟む。


「それなら、最初に全身鎧を全部脱げばいいんじゃない?」


「……!」


 ソアの動きが止まる。


「それは……」


 顔が赤くなる。


「ダメです」


「どうして?」


「恥ずかしいからです!」


「……なるほど」


 レイナは納得した。


「そこだけは、ちゃんとしてるのね」


「ちゃんとしてます!」


 ミレイユが小さく笑った。


「なら、あなたにとって重要なのは、単純に強くなることではないのかもしれないわね」


「?」


「あなたは、鎧が好きでしょう?」


「はい!」


「強くなるためなら、鎧を捨てる?」


「……」


 ソアは少しだけ考えた。


「嫌です」


「でしょうね」


「だって、この鎧が好きなので」


 ソアは外した肩当てを大切そうに持ち上げる。


「強くなれるから好きなんじゃなくて」


 少し笑う。


「好きだから着てるんです」


 ミレイユは黙った。


 レイナも何も言わなかった。


 ソアは肩当てを袋にしまう。


「だから、できれば鎧を着たまま強くなりたいです」


「……」


 ミレイユはソアを見る。


 そして、ほんの少しだけ笑った。


「なるほどね」


「何かわかりました?」


「少しだけ」


「教えてください!」


「まだ教えない」


「えー!」


「あなた自身が気づくべきことだから」


「むむむ……」


 ソアは頬を膨らませた。


     ◆


 そのとき。


 ギルドの鐘が鳴った。


 ――カン、カン、カン!


 緊急招集の鐘だ。


「何?」


 レイナが立ち上がる。


 ギルド職員が訓練場へ駆け込んできた。


「レイナさん!」


「どうしたの?」


「北の森で、また魔物の群れが確認されました!」


「また?」


「はい!」


 職員が息を切らしながら続ける。


「しかも今回は――」


 顔が青ざめていた。


「昨日より強い魔物が、何十匹も確認されています」


 レイナとミレイユの表情が変わる。


「……増えている」


 ミレイユが呟いた。


「原因を探す必要があるわね」


 ソアも立ち上がる。


「行きましょう!」


「待って」


 レイナがソアを見る。


「今回はかなり危険よ」


「はい」


「無理はしないで」


「はい!」


「それから――」


 レイナがソアの壊れかけた装備を見る。


「その鎧、昨日より傷んでない?」


「……はい」


「どうして?」


「昨日の帰り道に、ちょっと転びました」


「…………」


「ちょっとだけです」


「あなた、本当に大丈夫?」


「大丈夫です!」


 ミレイユが横から口を挟む。


「でも、その鎧が壊れれば強くなるんでしょう?」


「はい!」


「なら――」


 ミレイユが黒い鎖を取り出した。


「これも持っていく?」


「お願いします!」


「…………」


 レイナが呆れる。


「もう完全に利用されてるじゃない」


「違うわよ!」


「そう?」


「私は敵なの!」


「ソアにとっては?」


 二人がソアを見る。


「仲間です!」


「違う!」


「仲間じゃない!」


 ミレイユとレイナの声が重なった。


「……息ぴったりですね」


「どこがよ!」


「どこがよ!」


 また声が重なった。


「やっぱり仲良しですね!」


「違う!」


 今度はレイナだけが叫んだ。


     ◆


 北の森。


 三人が到着したときには、すでに多くの冒険者が戦っていた。


「多すぎる……」


 レイナが呟く。


 狼型。


 猪型。


 鳥型。


 そして――。


「……あれは」


 ミレイユの顔が険しくなる。


 森の奥に、巨大な魔物が立っていた。


 全身を黒い霧が包んでいる。


「昨日の魔物より、さらに強い」


 レイナが大剣を抜く。


「私が前に出る」


「じゃあ、私は――」


 ソアが剣を構える。


「装備を外します!」


「待ちなさい!」


「はい?」


「最初から外すな!」


「でも強くなるので!」


「敵の前で自分から装備を外す冒険者なんて聞いたことないわよ!」


「でも……」


 ソアは巨大な魔物を見る。


 そして。


 にっこり笑った。


「ちょっとだけ、試してみたいです」


「嫌な予感しかしない」


 レイナが呟く。


 ミレイユはソアを見ていた。


 そして。


 黒い鎖を握る。


「……なら」


「?」


「私も試してみようかしら」


「お願いします!」


「まだ何も言ってないでしょう」


「呪ってくれるんですよね?」


「……」


 ミレイユはため息をついた。


「本当にあなたは――」


 そのとき。


 巨大な魔物が咆哮した。


 黒い霧が森を覆う。


 ミレイユの表情が変わった。


「……来るわよ」


「はい!」


 レイナが大剣を構える。


 ミレイユが無数の呪鎖を展開する。


 そしてソアは――。


 自分の鎧を見た。


「……よし」


 その手が、肩当てへ伸びる。


 カチッ。


 《全解除・パージ》。


 肩当てが外れた。


「行きます!」


 三人が同時に走り出した。


     ◆


 誰も知らない。


 この森で起きている異常が――。


 世界のどこかで起き始めた、もっと大きな異変の一部だということを。


 そして。


 ソアが一つずつ「手放して」いくたびに。


 世界樹のどこかで――。


 小さな光が、一つずつ灯り始めていることを。

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