第13話 呪われた鎖
「……今日は本気でいくわ」
街の外れにある訓練場。
ミレイユは、ソアを前にしてそう言った。
「はい!」
ソアは嬉しそうに頷く。
その横では、レイナが腕を組んでいる。
「本当にやるの?」
「ええ」
ミレイユは黒いローブを整えた。
「昨日の戦いでは、私の呪いをほとんど理解できていなかった」
「そうね」
レイナがソアを見る。
「この子、呪いを外すことしか考えてなかったもの」
「でも、今日は違うわ」
ミレイユの目が鋭くなる。
「私が本気で呪えば、そう簡単には外せない」
「……!」
ソアの目が輝く。
「本気の呪い!」
「そこ、喜ぶところじゃないから」
レイナが呆れる。
「だって、ミレイユさんの本気ですよ?」
「そうだけど……」
「楽しみです!」
「本当に変な子ね」
ミレイユは小さく笑った。
「それじゃあ――」
右手を上げる。
「始めましょう」
◆
最初の一撃は、突然だった。
「《呪鎖》」
黒い鎖が地面から飛び出す。
一本。
二本。
三本。
ソアの両腕と脚へ向かって伸びる。
「《全解除・パージ》!」
カチッ。
一本目が外れる。
ソアが笑う。
「取れました!」
「まだよ」
二本目。
三本目。
四本目。
次々と鎖が飛んでくる。
「パージ!」
カチッ。
「パージ!」
カチッ。
「パージ!」
カチッ。
鎖が次々と地面へ落ちる。
「……」
ミレイユの眉が動いた。
普通なら、ここまで連続して呪いを解除することなどできない。
しかしソアは違う。
取りついたものを、一つずつ確実に外していく。
「なるほど」
ミレイユが呟いた。
「なら、数を増やすだけね」
「え?」
次の瞬間。
地面から大量の鎖が噴き出した。
「ええええ!?」
ソアの顔が引きつる。
「多いです!」
「百呪の魔女を甘く見ないことね」
鎖が一斉にソアへ絡みつく。
腕。
脚。
腰。
肩。
胸当て。
盾。
剣。
装備にまで絡みついていく。
「動けない……!」
「その状態で、いくつ外せるかしら?」
「やってみます!」
ソアは笑った。
「《全解除・パージ》!」
カチッ。
腕の鎖が外れる。
「パージ!」
脚。
「パージ!」
腰。
「パージ!」
肩。
「パージ!」
盾。
「パージ!」
剣。
次々と鎖が外れていく。
そして。
「……速くなってる」
レイナが呟いた。
ソアの動きが、明らかに変わっている。
「さっきより速い」
「そうね」
ミレイユも気づいていた。
最初は動きが重かった。
しかし、呪鎖を外すたびに――。
ソアの動きが鋭くなっている。
「……やっぱり」
ミレイユが目を細める。
◆
「まだいけます!」
ソアが走る。
ミレイユが手を振る。
「《呪鎖》」
十本。
二十本。
鎖が一斉に飛ぶ。
「《パージ》!」
外す。
「《パージ》!」
外す。
「《パージ》!」
外す。
しかし。
一本だけ、ソアの左足に絡みついた。
「……!」
ソアの動きが止まる。
「捕まえた」
ミレイユが笑った。
「その鎖には、少し特殊な呪いを入れてあるわ」
「特殊?」
「《行動遅延》」
ソアの身体が重くなる。
足が動かない。
「さらに――」
ミレイユが指を鳴らす。
「《筋力低下》」
「うっ……!」
「《敏捷低下》」
「……!」
「《魔力低下》」
ソアの身体から力が抜ける。
「どう?」
ミレイユが問いかける。
「これでも外せる?」
ソアは鎖を見る。
黒い鎖。
足にしっかりと絡みついている。
「……」
そして。
ソアは笑った。
「もちろんです」
「!」
「《全解除・パージ》!」
カチッ。
鎖が外れる。
その瞬間。
ソアの身体が跳ねるように前へ出た。
「速い!」
レイナが驚く。
ソアは一瞬でミレイユの前まで移動した。
「――そこ!」
剣を振る。
しかし。
ミレイユは一歩下がった。
「甘いわ」
黒い魔法陣が展開される。
「《百呪領域》」
空間そのものが変わった。
◆
ソアの身体に、一気に異常が起きる。
「……え?」
足が重い。
腕が重い。
頭がぼんやりする。
「何これ……」
レイナが叫ぶ。
「ソア、気をつけて!」
「わかってます!」
ミレイユが静かに言う。
「ここは私の領域」
無数の呪いが空間に満ちている。
「あなたが一つ外すたびに、別の呪いがかかる」
「えっ!?」
「筋力低下」
ズン。
「敏捷低下」
ズン。
「魔力低下」
ズン。
「感覚阻害」
視界がぼやける。
「詠唱阻害」
「私、魔法使わないですよ!」
「なら意味はないわね」
「じゃあ言わないでください!」
ソアが叫ぶ。
レイナが思わず笑った。
「余裕あるじゃない」
「余裕ありません!」
ソアは必死に動く。
しかし。
いくら《全解除・パージ》を使っても、空間そのものにかかった呪いは外せない。
「……これは、まずい」
ソアが初めて焦った。
「どうする?」
レイナが聞く。
「……」
ソアは考える。
そして。
「一つずつ外します!」
「できるの?」
「やってみます!」
ソアは自分に取りついている呪いを探した。
「これ!」
腕についた黒い紋様。
「《パージ》!」
カチッ。
消えた。
「次!」
脚。
「パージ!」
消えた。
「次!」
胸。
「パージ!」
消えた。
呪いが一つ消える。
身体が少し軽くなる。
もう一つ。
また軽くなる。
さらに一つ。
さらに。
さらに。
ソアの動きが、どんどん速くなっていく。
◆
「……おかしい」
ミレイユが呟いた。
最初は自分の方が圧倒的に有利だった。
呪いを重ねる。
ソアが弱る。
それをさらに追い込む。
いつもの戦い方。
なのに。
ソアは。
弱らせれば弱らせるほど――。
強くなっている。
「……まさか」
ミレイユはソアを見つめる。
「呪いが強化の条件なんじゃない」
「え?」
レイナが振り返る。
「どういうこと?」
ミレイユは答えなかった。
ソアが最後の呪いを外す。
「《全解除・パージ》!」
カチッ。
最後の鎖が落ちた。
ソアが息を吐く。
「……軽い」
そして。
ミレイユを見た。
「ミレイユさん!」
「何?」
「もう一回お願いします!」
「……は?」
「もう一回、呪ってください!」
「…………」
ミレイユの顔から表情が消えた。
「どうして?」
「もっと強くなれるかもしれないので!」
「だから私はあなたを倒したいのよ!」
「はい!」
「わかってないでしょう!」
「わかってます!」
「絶対わかってない!」
レイナが腹を抱えて笑った。
「ミレイユ、諦めなさい」
「レイナ!」
「この子、たぶんあなたの呪いを完全に『修行』だと思ってる」
「……」
ミレイユはソアを見る。
満面の笑顔。
「お願いします!」
ミレイユは深くため息をついた。
「……今日のところは終わり」
「ええー!」
「これ以上やったら、本当にあなたを倒してしまいそうだから」
「それは困ります!」
「じゃあ帰るわよ」
「はい!」
ソアは素直についていく。
◆
帰り道。
レイナがミレイユに尋ねた。
「さっき言ってたこと」
「何?」
「『呪いが強化の条件じゃない』って」
ミレイユは少し黙った。
「……まだ仮説よ」
「どういう意味?」
「ソアは、呪いを受けたから強くなっているわけじゃない」
「じゃあ?」
「呪いを――」
ミレイユはソアの背中を見る。
ソアは少し離れたところで、壊れた装備を拾い集めていた。
「……手放したときに、強くなっている」
「手放したとき?」
「ええ」
ミレイユは考え込む。
「装備も、呪鎖も、呪いも」
ソアは、それらを自分から外す。
そして。
外したものがなくなるたびに――。
強くなる。
「もしそうなら……」
ミレイユは小さく呟いた。
「この子の能力は、単純な強化じゃない」
レイナが聞き返す。
「じゃあ、何?」
「まだわからない」
ミレイユは空を見上げた。
「でも――」
その瞳に、初めて真剣な興味が宿った。
「私は、この子の能力をもっと知りたい」
少し前を歩くソアが振り返る。
「ミレイユさん!」
「何?」
「明日もお願いします!」
「……嫌よ」
「えー!」
「絶対に嫌」
「お願いします!」
「嫌」
「お願いします!」
「…………」
ミレイユは頭を抱えた。
「……本当に、変な子」
レイナが笑う。
「でも、面白いでしょ?」
「……ええ」
ミレイユは小さく笑った。
「かなりね」
◆
その夜。
ギルドの資料室。
ミレイユは一人で古い資料を読んでいた。
世界樹。
古代魔術。
特殊能力。
そして――。
《解放》。
ページをめくる。
古い記述が一つだけ目に入った。
――力を得る者ではない。
――力を手放す者こそ、世界樹に選ばれる。
「…………」
ミレイユの手が止まった。
しかし、その文章が何を意味するのか。
まだ彼女にはわからなかった。
ただ。
ソア・ミュスカという少女が――。
普通の冒険者ではないことだけは、確信していた。




