第12話 百呪の魔女
冒険者ギルドに戻ると、ソアとレイナはすぐにギルドマスターの部屋へ呼ばれた。
「森の奥に、未知の魔力反応?」
ギルドマスターが報告書を読む。
「はい」
レイナが答える。
「魔物の異常発生も、その影響だと思います」
「そうか……」
ギルドマスターは難しい顔をした。
「実は、別の場所でも同じ報告が上がっている」
「別の場所?」
「北の森だ」
ソアが首を傾げる。
「同じ黒い魔力が?」
「そうだ」
ギルドマスターは一枚の地図を広げた。
「さらに厄介なのは、その魔力に触れた魔物が、通常より強くなっていることだ」
「強くなっている……」
ソアが呟く。
「だから、A級冒険者をもう一人呼んでいる」
「もう一人?」
そのときだった。
部屋の扉が開いた。
「呼んだ?」
落ち着いた女性の声。
ゆっくりと部屋に入ってきたのは、一人の女性だった。
長い黒髪。
紫色の瞳。
黒を基調としたローブ。
腰にはいくつもの小さな魔道具が吊るされている。
見た目だけなら、どこか妖艶な雰囲気を持つ美しい女性だった。
しかし――。
ソアはすぐに気づいた。
この人。
なんだか、怖い。
「ミレイユ・アルカナ」
レイナが名前を呼ぶ。
「久しぶりね、レイナ」
「相変わらずね」
「あなたもね」
二人は短く言葉を交わす。
そしてミレイユの視線がソアへ向いた。
「……この子が?」
「そう」
レイナが答える。
「ソア・ミュスカ」
ミレイユはソアをじっと見る。
「あなたが、最近噂になっている子ね」
「噂?」
「鎧を壊しながら戦う変な冒険者」
「…………」
ソアは少し考えた。
「褒め言葉ですか?」
「どうしてそうなるの?」
ミレイユが小さく笑った。
「面白い子ね」
「よく言われます!」
「それ、気に入ってるのね」
「はい!」
レイナがため息をつく。
「ミレイユ。ソアをからかうのはそのくらいにして」
「からかってないわ」
ミレイユは笑みを消した。
「ただ、興味があるだけ」
「私に?」
「ええ」
紫色の瞳が、ソアを捉える。
「あなたの能力に」
◆
「ミレイユさんは、どんな能力を使うんですか?」
ソアが尋ねた。
「私は呪術師よ」
「呪術……」
「そう」
ミレイユが指を鳴らす。
すると、床から黒い鎖が一本だけ伸びてきた。
「《呪鎖》」
ジャラッ。
鎖が宙を舞う。
先端には黒い手枷のようなものがついている。
「それ、武器ですか?」
「武器でもあるわね」
「何ができるんですか?」
「相手に取りついて、呪いを与える」
「どんな呪い?」
「いろいろ」
ミレイユが笑う。
「筋力低下」
鎖が揺れる。
「敏捷低下」
もう一本。
「魔力低下」
さらに一本。
「防御力低下」
また一本。
「回復阻害」
さらに一本。
「詠唱速度低下」
さらに。
「感覚阻害」
さらに。
気がつけば、ミレイユの周囲には大量の黒い鎖が浮かんでいた。
「……多くないですか?」
ソアが目を丸くする。
「私は『百呪の魔女』と呼ばれているから」
ミレイユが微笑む。
「百種類くらいは使えるわ」
「すごい!」
「ありがとう」
「全部覚えてるんですか?」
「もちろん」
「すごい!」
「……あなた、反応が素直すぎない?」
レイナが横から口を挟んだ。
「この人は本当に危険よ」
「レイナ、それはどういう意味かしら?」
「敵に回したくないってこと」
「正解」
ミレイユは楽しそうに笑った。
◆
その日の午後。
三人は街の外へ出ていた。
目的は、森に残された黒い魔力の調査。
「ここね」
ミレイユが足を止める。
昨日ソアとレイナが見つけた黒い跡。
ミレイユはしゃがみ込み、地面を指でなぞった。
「……なるほど」
「何かわかります?」
ソアが聞く。
「かなり濃い呪いが残っている」
「呪い?」
「ええ」
ミレイユが立ち上がる。
「これ以上近づくのは危険ね」
「じゃあ、どうします?」
「魔物を一匹捕まえる」
「捕まえる?」
「呪いがどう作用しているのか調べたいの」
ミレイユが手を上げる。
「《呪鎖》」
黒い鎖が飛ぶ。
森の奥から飛び出してきた狼型の魔物に絡みついた。
「グルァッ!」
魔物が暴れる。
しかし鎖は外れない。
「《筋力低下》」
魔物の動きが鈍る。
「《敏捷低下》」
さらに遅くなる。
「《魔力低下》」
魔物から放たれていた魔力が弱くなる。
ソアは目を輝かせた。
「すごい……」
ミレイユは余裕の表情だった。
「これが私の戦い方」
「強いですね!」
「でしょう?」
「でも――」
ソアが自分の鎧を見る。
「私にもできますかね?」
「何を?」
「その鎖」
「試してみる?」
「お願いします!」
「……本当に?」
「はい!」
ミレイユは少しだけ笑った。
「いいわ」
指を鳴らす。
「《呪鎖》」
黒い鎖がソアへ飛んだ。
ジャラッ!
両腕に手枷が取りつく。
「どう?」
「……重い」
「筋力低下の呪いを入れてあるわ」
「なるほど」
ソアは腕を動かしてみる。
「確かに力が入りにくいです」
「さらに敏捷低下も」
身体が重くなる。
「魔力低下も」
「うっ……」
ソアがよろめく。
レイナが心配そうに見る。
「ミレイユ、やりすぎじゃない?」
「大丈夫よ」
ミレイユはソアを見る。
「この程度なら問題ないでしょう」
ソアは自分の身体を確認する。
「……なるほど」
「何?」
「これを外せば――」
ミレイユが眉を上げた。
「外す?」
「はい」
ソアは自分の腕についた手枷を見る。
「《全解除・パージ》」
カチッ。
手枷が外れた。
床に落ちる。
同時に。
ソアの身体が軽くなった。
「……!」
さらに。
力が戻ってくる。
「……あ」
ソアは拳を握る。
「強くなった」
「……?」
ミレイユが目を細める。
「今、何をしたの?」
「外しただけです!」
「呪いは?」
「消えました!」
「なぜ?」
「たぶん、この手枷がなくなったからです!」
ソアは嬉しそうに手枷を拾った。
「これ、すごくいいですね!」
「……?」
ミレイユが困惑する。
「何が?」
「この鎖です!」
「鎖?」
「はい!」
ソアは目を輝かせる。
「つけてもらうと、外したときに強くなれる!」
「…………」
ミレイユが固まった。
「ソア」
「はい?」
「私はあなたを弱らせたのだけど?」
「はい!」
「そこは理解してる?」
「もちろんです!」
「なら、なぜ嬉しそうなの?」
「だって、外したら強くなりました!」
「…………」
ミレイユは額に手を当てた。
「そういうこと……?」
レイナが苦笑する。
「ミレイユ」
「何?」
「この子、たぶんあなたの能力を完全に勘違いしてる」
「ええ」
ミレイユはソアを見る。
ソアは楽しそうに、外した手枷を眺めている。
「そのようね」
「?」
「ソア」
「はい!」
「もう一度、つけてあげる」
「お願いします!」
「…………」
ミレイユのこめかみに、小さな青筋が浮かんだ。
◆
「《呪鎖》」
再び手枷が取りつく。
「《筋力低下》」
「うっ」
「《敏捷低下》」
「重い……」
「《魔力低下》」
「むむむ……」
「《回復阻害》」
「それもですか!」
「《感覚阻害》」
「ちょっと待ってください!」
ソアの身体がふらつく。
「もう限界!」
ソアが叫ぶ。
「《全解除・パージ》!」
カチッ。
手枷が外れる。
ソアの身体が一気に軽くなる。
「……!」
さっきよりも、さらに動きやすい。
「すごい!」
ソアが笑う。
「ミレイユさん!」
「何?」
「ありがとうございます!」
「…………」
ミレイユは無言でソアを見る。
「私はあなたを倒そうとしているのだけど?」
「はい!」
「……」
「でも、結果的に強くなれました!」
「……あなた」
ミレイユが深く息を吐く。
「本当に変な子ね」
「よく言われます!」
レイナが頭を抱えた。
「また始まった……」
◆
その夜。
三人は街へ戻った。
レイナは報告書を書いている。
ミレイユは今日の出来事を整理している。
そしてソアは――。
「明日も呪ってもらえますか?」
ミレイユを見つめていた。
「断るわ」
「えっ」
「私はあなたを強くするために呪っているわけじゃないの」
「でも、外すと強くなりますよ?」
「それはあなたの能力でしょ」
「じゃあ、もっと試したいです!」
「嫌」
「お願いします!」
「嫌」
「お願いします!」
「…………」
ミレイユは頭を抱えた。
レイナが横で笑っている。
「諦めたほうがいいわよ、ミレイユ」
「あなた、楽しんでるでしょう?」
「少しだけ」
「……覚えておきなさい」
ミレイユはソアを見る。
「次は、本気であなたを弱らせるから」
「はい!」
「返事が嬉しそうなのが腹立つわね……」
こうして。
A級冒険者――。
《百呪の魔女》ミレイユ・アルカナ。
彼女とソアの、少し変わった関係が始まった。
◆
そして誰も気づいていなかった。
ソアが手枷を外した瞬間。
黒い鎖に込められていた呪いが消えるだけではなく――。
ソアの身体に、わずかな変化が起きていたことを。
《スキンブースト》は。
呪いそのものではなく。
「自分に取りついていたものを手放したこと」
そのものを力へ変えていた。
ソアはまだ、それを知らない。




