第11話 鉄壁と、壊れる鎧
翌朝。
ソアは冒険者ギルドの入口に立っていた。
「……眠い」
昨日は壊れた鎧を修理に出したあと、遅くまで装備の手入れをしていた。
そして今朝。
修理費の見積もりを聞いて、さらに眠くなった。
「……高い」
ソアは受付で頭を抱えた。
「仕方ないですよ。かなり壊れてましたから」
「でも……」
ソアは悲しそうに自分の鎧を見る。
「私の鎧……」
「大切なのはわかりますけど」
「はい」
「新しい鎧を買うという選択肢は?」
「ありません」
「即答ですね」
「この鎧がいいんです」
ソアは胸当てを撫でた。
「傷も含めて、私の鎧なので」
受付嬢は少しだけ微笑んだ。
「……そういうところは、いい冒険者だと思いますよ」
「ありがとうございます!」
「ただ、修理費は払ってくださいね」
「…………はい」
◆
「遅い」
ギルドの外で、レイナが腕を組んで待っていた。
「すみません!」
「何してたの?」
「鎧の修理費を見てました」
「……昨日の今日で?」
「はい」
「もう修理に出したの?」
「出しました」
「早いわね……」
レイナは呆れた。
「あなた、本当に鎧が好きなのね」
「はい!」
ソアは胸を張った。
「ところで、今日は何をするんですか?」
「昨日の魔物がいた場所へ戻る」
「調査ですか?」
「そう」
レイナは地図を広げた。
「昨日倒した魔物は、この辺りにいた」
指で森を示す。
「でも、魔物が出てきた方向はもっと奥だった」
「何かいる?」
「その可能性が高い」
「強い魔物ですか?」
「たぶん」
レイナが真剣な顔になる。
「だから、今日は二人で行く」
「二人だけ?」
「ええ」
「大丈夫ですか?」
「私がいるから大丈夫」
レイナは自信を持って言った。
「それに――」
ソアを見る。
「あなたもいる」
「……!」
ソアは少し嬉しくなった。
「頼りにされてます?」
「昨日の戦いを見た限りではね」
「やった!」
「ただし」
レイナの表情が厳しくなる。
「勝手に突っ込まない」
「はい!」
「無茶をしない」
「はい!」
「装備を全部外そうとしない」
「…………」
「ソア?」
「はい!」
「今、目を逸らしたわよね?」
「気のせいです!」
「絶対違う」
◆
森の奥。
二人は慎重に進んでいた。
「静かですね」
ソアが呟く。
「静かすぎる」
レイナも周囲を警戒する。
鳥の声がない。
小さな魔物の気配もない。
ただ、森の奥へ進むほど――。
空気が重くなっていく。
「……何かいます」
ソアが立ち止まった。
「わかるの?」
「はい」
前方。
木々の間から、黒い煙が流れてきている。
昨日見たものと同じだった。
「これ……」
レイナが眉をひそめる。
「昨日の魔物から出ていた煙と同じね」
「じゃあ、やっぱり原因はこの先?」
「行きましょう」
二人はさらに奥へ進んだ。
◆
しばらくすると、森が突然開けた。
そこには巨大な岩壁があった。
その中央に――。
黒い亀裂が走っている。
「洞窟……?」
「違う」
レイナが剣を抜く。
「あれは自然にできたものじゃない」
亀裂の奥から、黒い煙が漏れ出している。
そして――。
グルルル……。
低い唸り声。
「来る!」
レイナが叫んだ。
岩壁が崩れた。
中から巨大な魔物が飛び出してくる。
「大きい!」
ソアが叫ぶ。
四本の脚。
巨大な角。
全身を黒い甲殻が覆っている。
そして口から、紫色の煙を吐いていた。
「毒?」
「違う!」
レイナが叫ぶ。
「下がって!」
紫色の煙が広がる。
ソアは盾を構えた。
「《盾術》!」
煙を防ごうとする。
しかし――。
「……え?」
煙が盾をすり抜けた。
「ソア!」
レイナが駆け込む。
「息を止めて!」
「もう遅いです!」
ソアの身体が重くなった。
「……あれ?」
足が動かない。
腕も重い。
視界が少しぼやける。
「状態異常……!」
レイナが魔物を睨む。
「ソア、下がって!」
「でも……」
「いいから!」
レイナが前に出る。
大剣を振り下ろす。
ガキィン!
甲殻に弾かれた。
「硬い……!」
魔物が突進する。
「《鉄壁》!」
レイナの前に巨大な防壁が展開される。
ドゴォン!
レイナが吹き飛ばされる。
「レイナさん!」
「大丈夫!」
レイナは立ち上がる。
「あなたは休んで!」
「でも……」
「この魔物は私が止める!」
レイナが再び魔物へ向かう。
大剣を振る。
受ける。
弾かれる。
それでも下がらない。
何度攻撃されても、レイナは立ち上がる。
「……すごい」
ソアは呟いた。
これが――。
A級冒険者。
鉄壁のレイナ。
絶対に仲間を後ろへ通さない。
その戦い方は、ソアが大好きな「重い鎧」と少し似ていた。
◆
「……でも」
ソアは自分の身体を見る。
重い。
動けない。
さっきの煙を吸ってから、明らかに身体能力が落ちている。
ステータスを確認する。
【状態:異常】
【体力:低下】
【筋力:低下】
【敏捷:低下】
【魔力:低下】
「……」
ソアは思い出した。
自分には――。
もう一つの固有スキルがある。
「《全解除》……」
しかし。
ソアの顔が青くなる。
「……ダメ」
あれを使ったら。
全部、なくなる。
鎧も。
服も。
そして――。
「恥ずかしい……」
「ソア!」
レイナの叫び声。
見ると、レイナが魔物に押されている。
「くっ……!」
防壁がひび割れる。
「レイナさん!」
ソアは立ち上がった。
足は震えている。
身体は重い。
でも。
レイナは戦っている。
自分を守るために。
「……だったら」
ソアは盾を握り直した。
「全部じゃなくていい」
《全解除》。
それではない。
自分には――。
新しく覚えた力がある。
「《全解除・パージ》!」
カチッ。
胸元の装備が一つ外れた。
それと同時に――。
身体が軽くなる。
「……!」
さらに。
「パージ!」
腰の装備が外れる。
身体がまた軽くなる。
「これなら……!」
ソアは走った。
さっきまで動かなかった身体が、嘘のように動く。
魔物の攻撃をかわす。
一撃。
二撃。
そして――。
ソアの剣が魔物の脚を斬り裂いた。
「グォォォッ!」
魔物がよろめく。
「今です!」
レイナが叫ぶ。
「任せて!」
ソアが跳ぶ。
空中で身体をひねる。
「――せいやぁっ!」
剣が甲殻の隙間へ突き刺さった。
魔物が大きく咆哮する。
レイナが最後の一撃を叩き込む。
ズドンッ!
巨大な魔物が倒れた。
◆
「……終わった」
ソアが息を吐く。
レイナも大剣を下ろした。
「大丈夫?」
「はい!」
「状態異常は?」
「もう大丈夫です」
ソアは自分の外した装備を見る。
壊れてはいない。
ちゃんと手元にある。
「……便利」
ソアは嬉しそうに笑った。
「これなら、服までなくならない!」
「……?」
レイナが怪訝そうな顔をする。
「何の話?」
「いえ、こっちの話です!」
ソアは慌てて装備を拾った。
◆
その後。
二人は洞窟の奥を調べた。
しかし、魔物はもういなかった。
ただ、壁には奇妙な黒い跡が残っている。
「……これ、魔物がいた場所じゃない」
レイナが言った。
「じゃあ?」
「何かが、ここを通った跡」
ソアが黒い跡に手を近づける。
――ビリッ。
「痛っ!」
慌てて手を引っ込める。
「触らないで!」
「すみません!」
レイナが跡を見る。
「この魔力……」
「何かわかります?」
「わからない」
レイナは首を横に振った。
「でも、一つだけ確かなことがある」
「何ですか?」
「昨日から増えている魔物は、この森が原因じゃない」
レイナは洞窟の奥を見つめた。
「何かが、この森に入り込んでいる」
ソアもその方向を見る。
「……何かって?」
「それをこれから調べる」
レイナが剣をしまう。
「ギルドに報告しましょう」
「はい!」
ソアは頷いた。
そして、外した装備を袋に詰め始める。
「……?」
レイナがそれを見る。
「それ、持って帰るの?」
「もちろんです」
「使わないのに?」
「大切な装備なので!」
ソアは笑った。
「壊れてなくても、私の鎧ですから」
レイナは少しだけ目を細めた。
「……変な子」
「よく言われます!」
「それ、気に入ってるの?」
「はい!」
二人は森を後にした。
◆
その頃。
二人が去った洞窟の奥。
黒い亀裂のさらに向こう側。
暗闇の中で――。
何かが、ゆっくりと目を開いた。
赤い瞳。
そして。
低い声が響く。
「……また、世界樹の力が動いたか」
黒い煙が、ゆっくりと広がっていく。
その先には――。
誰も知らない、巨大な迷宮があった。




