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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第二章 A級冒険者との出会い

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第11話 鉄壁と、壊れる鎧


 翌朝。


 ソアは冒険者ギルドの入口に立っていた。


「……眠い」


 昨日は壊れた鎧を修理に出したあと、遅くまで装備の手入れをしていた。


 そして今朝。


 修理費の見積もりを聞いて、さらに眠くなった。


「……高い」


 ソアは受付で頭を抱えた。


「仕方ないですよ。かなり壊れてましたから」


「でも……」


 ソアは悲しそうに自分の鎧を見る。


「私の鎧……」


「大切なのはわかりますけど」


「はい」


「新しい鎧を買うという選択肢は?」


「ありません」


「即答ですね」


「この鎧がいいんです」


 ソアは胸当てを撫でた。


「傷も含めて、私の鎧なので」


 受付嬢は少しだけ微笑んだ。


「……そういうところは、いい冒険者だと思いますよ」


「ありがとうございます!」


「ただ、修理費は払ってくださいね」


「…………はい」


     ◆


「遅い」


 ギルドの外で、レイナが腕を組んで待っていた。


「すみません!」


「何してたの?」


「鎧の修理費を見てました」


「……昨日の今日で?」


「はい」


「もう修理に出したの?」


「出しました」


「早いわね……」


 レイナは呆れた。


「あなた、本当に鎧が好きなのね」


「はい!」


 ソアは胸を張った。


「ところで、今日は何をするんですか?」


「昨日の魔物がいた場所へ戻る」


「調査ですか?」


「そう」


 レイナは地図を広げた。


「昨日倒した魔物は、この辺りにいた」


 指で森を示す。


「でも、魔物が出てきた方向はもっと奥だった」


「何かいる?」


「その可能性が高い」


「強い魔物ですか?」


「たぶん」


 レイナが真剣な顔になる。


「だから、今日は二人で行く」


「二人だけ?」


「ええ」


「大丈夫ですか?」


「私がいるから大丈夫」


 レイナは自信を持って言った。


「それに――」


 ソアを見る。


「あなたもいる」


「……!」


 ソアは少し嬉しくなった。


「頼りにされてます?」


「昨日の戦いを見た限りではね」


「やった!」


「ただし」


 レイナの表情が厳しくなる。


「勝手に突っ込まない」


「はい!」


「無茶をしない」


「はい!」


「装備を全部外そうとしない」


「…………」


「ソア?」


「はい!」


「今、目を逸らしたわよね?」


「気のせいです!」


「絶対違う」


     ◆


 森の奥。


 二人は慎重に進んでいた。


「静かですね」


 ソアが呟く。


「静かすぎる」


 レイナも周囲を警戒する。


 鳥の声がない。


 小さな魔物の気配もない。


 ただ、森の奥へ進むほど――。


 空気が重くなっていく。


「……何かいます」


 ソアが立ち止まった。


「わかるの?」


「はい」


 前方。


 木々の間から、黒い煙が流れてきている。


 昨日見たものと同じだった。


「これ……」


 レイナが眉をひそめる。


「昨日の魔物から出ていた煙と同じね」


「じゃあ、やっぱり原因はこの先?」


「行きましょう」


 二人はさらに奥へ進んだ。


     ◆


 しばらくすると、森が突然開けた。


 そこには巨大な岩壁があった。


 その中央に――。


 黒い亀裂が走っている。


「洞窟……?」


「違う」


 レイナが剣を抜く。


「あれは自然にできたものじゃない」


 亀裂の奥から、黒い煙が漏れ出している。


 そして――。


 グルルル……。


 低い唸り声。


「来る!」


 レイナが叫んだ。


 岩壁が崩れた。


 中から巨大な魔物が飛び出してくる。


「大きい!」


 ソアが叫ぶ。


 四本の脚。


 巨大な角。


 全身を黒い甲殻が覆っている。


 そして口から、紫色の煙を吐いていた。


「毒?」


「違う!」


 レイナが叫ぶ。


「下がって!」


 紫色の煙が広がる。


 ソアは盾を構えた。


「《盾術》!」


 煙を防ごうとする。


 しかし――。


「……え?」


 煙が盾をすり抜けた。


「ソア!」


 レイナが駆け込む。


「息を止めて!」


「もう遅いです!」


 ソアの身体が重くなった。


「……あれ?」


 足が動かない。


 腕も重い。


 視界が少しぼやける。


「状態異常……!」


 レイナが魔物を睨む。


「ソア、下がって!」


「でも……」


「いいから!」


 レイナが前に出る。


 大剣を振り下ろす。


 ガキィン!


 甲殻に弾かれた。


「硬い……!」


 魔物が突進する。


「《鉄壁》!」


 レイナの前に巨大な防壁が展開される。


 ドゴォン!


 レイナが吹き飛ばされる。


「レイナさん!」


「大丈夫!」


 レイナは立ち上がる。


「あなたは休んで!」


「でも……」


「この魔物は私が止める!」


 レイナが再び魔物へ向かう。


 大剣を振る。


 受ける。


 弾かれる。


 それでも下がらない。


 何度攻撃されても、レイナは立ち上がる。


「……すごい」


 ソアは呟いた。


 これが――。


 A級冒険者。


 鉄壁のレイナ。


 絶対に仲間を後ろへ通さない。


 その戦い方は、ソアが大好きな「重い鎧」と少し似ていた。


     ◆


「……でも」


 ソアは自分の身体を見る。


 重い。


 動けない。


 さっきの煙を吸ってから、明らかに身体能力が落ちている。


 ステータスを確認する。


【状態:異常】


【体力:低下】


【筋力:低下】


【敏捷:低下】


【魔力:低下】


「……」


 ソアは思い出した。


 自分には――。


 もう一つの固有スキルがある。


「《全解除》……」


 しかし。


 ソアの顔が青くなる。


「……ダメ」


 あれを使ったら。


 全部、なくなる。


 鎧も。


 服も。


 そして――。


「恥ずかしい……」


「ソア!」


 レイナの叫び声。


 見ると、レイナが魔物に押されている。


「くっ……!」


 防壁がひび割れる。


「レイナさん!」


 ソアは立ち上がった。


 足は震えている。


 身体は重い。


 でも。


 レイナは戦っている。


 自分を守るために。


「……だったら」


 ソアは盾を握り直した。


「全部じゃなくていい」


 《全解除》。


 それではない。


 自分には――。


 新しく覚えた力がある。


「《全解除・パージ》!」


 カチッ。


 胸元の装備が一つ外れた。


 それと同時に――。


 身体が軽くなる。


「……!」


 さらに。


「パージ!」


 腰の装備が外れる。


 身体がまた軽くなる。


「これなら……!」


 ソアは走った。


 さっきまで動かなかった身体が、嘘のように動く。


 魔物の攻撃をかわす。


 一撃。


 二撃。


 そして――。


 ソアの剣が魔物の脚を斬り裂いた。


「グォォォッ!」


 魔物がよろめく。


「今です!」


 レイナが叫ぶ。


「任せて!」


 ソアが跳ぶ。


 空中で身体をひねる。


「――せいやぁっ!」


 剣が甲殻の隙間へ突き刺さった。


 魔物が大きく咆哮する。


 レイナが最後の一撃を叩き込む。


 ズドンッ!


 巨大な魔物が倒れた。


     ◆


「……終わった」


 ソアが息を吐く。


 レイナも大剣を下ろした。


「大丈夫?」


「はい!」


「状態異常は?」


「もう大丈夫です」


 ソアは自分の外した装備を見る。


 壊れてはいない。


 ちゃんと手元にある。


「……便利」


 ソアは嬉しそうに笑った。


「これなら、服までなくならない!」


「……?」


 レイナが怪訝そうな顔をする。


「何の話?」


「いえ、こっちの話です!」


 ソアは慌てて装備を拾った。


     ◆


 その後。


 二人は洞窟の奥を調べた。


 しかし、魔物はもういなかった。


 ただ、壁には奇妙な黒い跡が残っている。


「……これ、魔物がいた場所じゃない」


 レイナが言った。


「じゃあ?」


「何かが、ここを通った跡」


 ソアが黒い跡に手を近づける。


 ――ビリッ。


「痛っ!」


 慌てて手を引っ込める。


「触らないで!」


「すみません!」


 レイナが跡を見る。


「この魔力……」


「何かわかります?」


「わからない」


 レイナは首を横に振った。


「でも、一つだけ確かなことがある」


「何ですか?」


「昨日から増えている魔物は、この森が原因じゃない」


 レイナは洞窟の奥を見つめた。


「何かが、この森に入り込んでいる」


 ソアもその方向を見る。


「……何かって?」


「それをこれから調べる」


 レイナが剣をしまう。


「ギルドに報告しましょう」


「はい!」


 ソアは頷いた。


 そして、外した装備を袋に詰め始める。


「……?」


 レイナがそれを見る。


「それ、持って帰るの?」


「もちろんです」


「使わないのに?」


「大切な装備なので!」


 ソアは笑った。


「壊れてなくても、私の鎧ですから」


 レイナは少しだけ目を細めた。


「……変な子」


「よく言われます!」


「それ、気に入ってるの?」


「はい!」


 二人は森を後にした。


     ◆


 その頃。


 二人が去った洞窟の奥。


 黒い亀裂のさらに向こう側。


 暗闇の中で――。


 何かが、ゆっくりと目を開いた。


 赤い瞳。


 そして。


 低い声が響く。


「……また、世界樹の力が動いたか」


 黒い煙が、ゆっくりと広がっていく。


 その先には――。


 誰も知らない、巨大な迷宮があった。

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