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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第十二章 帰還と、忘れられた王国

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第152話 王都へ続く道


 ――記録への不正接続を検知。


 ――防衛機構を再起動します。


 銀色の光が、記録庫の床を走った。


「……ねえ、エリアスさん」


「何だ?」


「これって、私たちが何か悪いことをしたってこと?」


「正確には、記録庫がそう判断したということだ」


「つまり?」


「侵入者として扱われている」


「やっぱり悪いことしてるじゃん!」


「まだ何もしていないだろう」


「してないのに侵入者扱い!?」


 ソアは納得いかないという顔で両手を広げた。


 その間にも、床の紋様が次々と点灯していく。


 記録庫の奥。


 銀色の壁が左右に開き、巨大な機械仕掛けの腕が姿を現した。


 腕の先には、鋭い刃のような結晶。


 さらに天井から細い光が降り注ぎ、床に複数の魔法陣を描いていく。


「……ずいぶん物々しいね」


 レイナが大剣を構えた。


「記録庫を守るための防衛機構でしょう。問題は、何から守るためのものなのか」


「記録を傷つける者から、だろうな」


 エリアスが答えた。


「だが、すでに役目を終えたはずの機構だ。ここまで強く反応するとは……」


「私たちを敵だと思ってるんだね」


 ミレイユが杖を構える。


「なら、壊せばいいのでは?」


「駄目です!」


 ソアが即座に叫んだ。


「さっき、記録を壊すと消失率が上がるって言ってたよね!」


「分かっているわよ。だから、機構だけを止めるの」


「機構だけって、どうやって?」


「それを今から考えるのよ」


「考えてから起動してほしかったなあ!」


「起動したのは私たちじゃないわ!」


 そのとき。


 銀眼の魔物たちが一斉に動いた。


「ギャウッ!」


 狼型の魔物が床を蹴り、機械の腕へ飛びかかる。


 ガキィン!


 結晶の刃が弾かれた。


 続いて、もう一体が魔法陣の上へ前脚を置く。


 銀色の光が乱れ、床の紋様が一瞬だけ消えた。


「……あれ?」


 ソアが目を見開く。


「この子たち、防衛機構を止めようとしてる?」


「いや」


 エリアスは目を細めた。


「おそらく、記録庫を守ろうとしている。防衛機構が記録そのものを傷つけるほど暴走しているのだろう」


「守るための仕組みが、守るものを壊しちゃうんだ……」


 ソアは剣を握り直した。


「それ、絶対に止めないと!」


 機械の腕が振り下ろされた。


「来る!」


 レイナが前に出る。


「《鉄壁》!」


 ガァンッ!


 大剣と結晶の刃がぶつかり、衝撃が床を揺らした。


「くっ……重い!」


 レイナの足が沈む。


 ミレイユが杖を振った。


「《呪鎖》!」


 黒い鎖が機械の腕に絡みつく。


「今よ、ソア!」


「うん!」


 ソアは駆け出した。


 鎧の重さが身体にのしかかる。


 それでも、以前のようにただ正面から突っ込むことはしなかった。


 機械の腕が動く。


 右。


 ソアは盾を傾け、刃を受け流した。


 ガァン!


 衝撃を横へ逃がす。


 そのまま一歩踏み込み、機械の関節部分へ剣を差し込んだ。


 ギギギギッ!


「止まって!」


 剣が噛み合い、腕の動きが鈍る。


「レイナ、今!」


「任せて!」


 レイナが力を込める。


 ミレイユの鎖が引き絞られ、機械の腕が床へ押さえつけられた。


 だが、防衛機構は止まらない。


 天井の魔法陣が明滅し、今度は記録庫の中央へ光が集中していく。


「まずい!」


 エリアスの顔色が変わった。


「中央の記録領域に、魔力が流れ込んでいる!」


「止められないの!?」


「制御権が失われている。無理に魔力を遮断すれば、記録まで巻き込む!」


「じゃあ、どうすれば……!」


 ソアは中央の台座を見た。


 銀眼の魔物たちは、その周囲を取り囲んでいる。


 攻撃しているのではない。


 誰も台座に近づけないようにしている。


 まるで、そこにあるものを必死に守っているようだった。


「……そっか」


 ソアは小さく呟いた。


「この子たち、記録を守りたいんだ」


「ソア?」


「機械を壊すんじゃなくて、魔力の流れを変えればいいんだよね?」


 ミレイユが眉を寄せた。


「簡単に言うけれど、暴走した魔力をどうやって?」


「それは……」


 ソアは自分の胸元に触れた。


 《世界巡鎧》の装甲が、かすかに光っている。


「……みんなの力を、少しだけ貸して」


 レイナはすぐに頷いた。


「分かった」


 ミレイユも鎖を握り直す。


「無茶をするなら、せめて一人でやらないことね」


「うん!」


 レイナが盾の力を解放する。


 ミレイユの《願結び》が、その力を受け止めた。


 二人の魔力が、細い光となってソアの鎧へ流れ込む。


 ソアは目を閉じた。


 強引に止めない。


 押し返さない。


 流れを奪わない。


 ただ、行き場を失った力に、別の道を作る。


「……《世界樹共鳴》!」


 胸元の《巡りの雫》が淡く輝いた。


 鎧の表面を光が走り、床の魔法陣へ広がっていく。


 暴走していた魔力が、少しずつ向きを変えた。


 中央の台座へ集中していた光が、記録庫の壁に刻まれた紋様へ流れ込む。


 銀色の結晶が、ひとつずつ穏やかな光を取り戻していった。


 ――防衛機構、出力低下。


 ――記録領域への損傷、停止。


 ――記録保護機能を優先します。


「……止まった?」


 ソアが目を開けた。


 機械の腕が動きを止める。


 天井の光も消え、記録庫に静けさが戻った。


「止まったぁ……!」


 ソアはその場にへたり込んだ。


「よかった……。記録が消えたらどうしようかと思った……」


「よくやったわね」


 ミレイユがソアの肩を叩く。


「ただし、今の共鳴を何度も使えると思わないこと。かなり消耗しているわ」


「うん……。もう、立つのも大変……」


 ソアは立ち上がろうとした。


 ガシャッ。


 鎧の膝が床に当たる。


「……あれ?」


 もう一度、立とうとする。


 ガシャッ。


「……立てない」


「ソア?」


「鎧が……重い……」


 レイナが手を差し出した。


「ほら、掴まって」


「ありがとう……。やっぱり鎧って、重いね……」


「今さら?」


「今さらだけど、重いものは重いんだよ……」


 ミレイユがため息をつく。


「世界を救う力を使った直後の感想がそれなの?」


「だって、重いんだもん……」


 エリアスは、そんなソアたちをしばらく眺めていた。


 そして、静かに口を開いた。


「君たちは、力を独占しなかった」


「え?」


「誰か一人に負担を押しつけることも、記録を守るために他のものを犠牲にすることもなかった。力を分け、流れを変え、守るべきものを守った」


 エリアスは中央の台座を見つめた。


「……かつての王都では、できなかったことだ」


 ソアは少しだけ困ったように笑った。


「私一人じゃ、絶対に無理だったよ」


「それでも、君が道を選んだ」


「……うん」


 ソアは仲間たちを見た。


「でも、みんなが一緒だったからできたんだよ」


 レイナが頷く。


「一人で守り切ろうとしない。それが、今の私たちのやり方だからな」


「悪くないわね」


 ミレイユも微笑んだ。


 そのとき、中央の台座から淡い光が浮かび上がった。


 文字が空中に並ぶ。


 ――防衛機構、停止。


 ――記録庫の保護状態を確認。


 ――未復元記録への接続を許可します。


「……まだ、記録が残っているんだ」


 ソアは台座へ近づいた。


 今度は魔物たちも道を塞がなかった。


 狼型の魔物が一歩退き、静かに頭を下げる。


 まるで、先へ進むことを認めたかのように。


 台座に触れると、地図が浮かび上がった。


 北の山脈。


 その奥に描かれた、巨大な都市。


 都市の中央には王城らしき建物があり、そこから世界樹へ続く古い道が伸びていた。


 そして、都市の名が表示される。


 ――北境王都。


 その下に、もう一つの文字。


 ――最終記録保管地点。


「ここが……」


 レイナが地図を見つめる。


「エリアスさんが言っていた、最後の王都ね」


「ああ」


 エリアスは静かに頷いた。


「私が最後に記録を守ろうとした場所だ」


 地図の端に、さらに文字が浮かぶ。


 ――記録保持者、エリアス。


 ――最終意思の確認を待機中。


 エリアスの表情が曇った。


「……まだ、私の意思が必要なのか」


「どういうこと?」


 ソアが尋ねる。


「この記録庫は、私が最後に確認しなかった記録を保管しているのだろう。あの王都で何が起きたのか。そして、私が何を選び、何を選ばなかったのか……」


 エリアスは拳を握った。


「私は長い間、記録を残すことだけを考えていた。だが、その記録を誰に、どのように渡すべきなのか。それを決めることから逃げていたのかもしれない」


 ソアは少し考えたあと、首を横に振った。


「だったら、今から考えようよ」


「……簡単に言うのだな」


「簡単じゃないよ。でも、考えないままにするよりいいでしょ?」


 エリアスは目を伏せた。


「……そうだな」


 地図がゆっくりと縮小していく。


 北境王都へ続く道が、一本の銀色の線となって浮かび上がった。


 その道の先には、まだ見ぬ真実が待っている。


 王国は、なぜ世界樹との接続を制限したのか。


 人々は、なぜ自らの記録を閉じたのか。


 そして、エリアスが最後まで確かめられなかった選択とは何だったのか。


 その答えは、北境王都にある。


     *


 記録庫を出る前に、ソアは銀眼の狼へ近づいた。


「ねえ。君たちは、これからどうするの?」


 狼は答えない。


 ただ、ソアの胸元の《巡りの雫》を見つめている。


 やがて、狼はゆっくりと身を翻した。


 ほかの魔物たちも、その後に続いていく。


 彼らは記録庫の奥へ戻るのではなく、村の出口へ向かっていた。


「……案内してくれるのかな?」


「そうかもしれないな」


 レイナが答える。


「彼らも、記録を守る役目を続けているのだろう」


「そっか……」


 ソアは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、よろしくね!」


 狼の耳が、ぴくりと動いた。


 それを見て、ソアは満足そうに頷いた。


「今、返事してくれたよね?」


「……していないと思うわ」


「絶対してたって!」


「ソア、都合よく解釈しすぎだ」


「そんなことないもん!」


 いつものやり取りに、少しだけ空気が和らいだ。


 しかし、北へ向かう道はまだ長い。


 ソアは鎧の胸元を軽く叩いた。


「よし。北境王都へ行こう!」


 その直後。


 ガシャッ。


 鎧の留め具が小さく鳴った。


「……あ」


 ソアの笑顔が固まる。


「今の音、修理代に響くかな……」


「そこを心配するのか!?」


 レイナの声が、廃村の空へ響いた。


 ミレイユは額に手を当て、エリアスは呆れたように息を吐いた。


 それでも、誰も足を止めなかった。


 閉ざされた記録を守るために。


 失われた人々の選択を知るために。


 そして、過去の過ちを未来へ繰り返さないために。


 一行は、北境王都へ続く道を歩き始めた。

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