↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第十二章 帰還と、忘れられた王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
148/158

第150話 帰還者の村


 銀色の光が消えたあと。


 ソアたちは、しばらく誰も口を開かなかった。


 目の前にあるのは、古びた石造りの部屋。


 壁には無数の文字が刻まれ、中央には第八の記録へと繋がる装置が静かに佇んでいる。


 先ほどまで映し出されていた、かつての北方王都。


 世界樹の力に満ちた、輝かしい都市。


 そして、その力を誰に分け与えるのかを巡って、人々が選択を迫られた歴史。


 すべてが消えた今、残されたのは静寂だけだった。


「……なんか、考えさせられる話だったね」


 ソアがぽつりと呟いた。


「力を集めた人たちが悪かった、ってだけじゃないんだよね」


「そうだな」


 ヴァルトが腕を組む。


「最初は誰かを守るためだったのかもしれない。だが、一度握った力を手放せなくなった」


「守るために始めたことが、いつの間にか誰かを苦しめていた……ということね」


 レイナの言葉に、ミレイユも小さく頷いた。


「厄介なのは、本人たちがそれを正しいと信じていた可能性があることよ」


「……うん」


 ソアは胸元のペンダントに触れた。


 《巡りの雫》は、淡い銀色の光を返している。


 その光を見つめながら、ソアはエリアスへと向き直った。


「ねえ、エリアス」


「何だ?」


「さっきの記録に出てきた人たちって、みんな王都にいた人なの?」


「いや」


 エリアスはゆっくりと首を振った。


「王都に暮らしていた者もいれば、王都の外にいた者もいる。世界樹との接続が制限されたあとも、この地に残った者たちがいた」


「この地に……?」


「そうだ。彼らは王都から離れた村々に住み、限られた魔力で生活を続けた」


 エリアスは、部屋の壁に刻まれた文字を見上げた。


「その者たちを、王都の記録ではこう呼んでいた」


 一瞬の沈黙。


「――帰還者」


 ソアは目を瞬かせた。


「帰還者って……どこから帰ってきたの?」


「それは、彼ら自身が決めた名だ。世界樹との繋がりを失ったあとも、いつか再び世界の循環へ戻ることを願った者たち。あるいは、一度離れた繋がりを、自分たちの意思で結び直そうとした者たちだ」


「……そっか」


 ソアは考え込んだ。


 帰還者。


 単に王都から逃げた人たちではない。


 失われたものを、もう一度取り戻そうとした人たち。


「じゃあ、この村も……?」


「その可能性は高い」


 エリアスは頷いた。


「だが、正確なことはまだ分からない。この村がいつまで存続し、何を守り、なぜ記録から姿を消したのか。それを知るには、残された記録を調べる必要がある」


「よし!」


 ソアは勢いよく立ち上がった。


「じゃあ、調べよう!」


「……ずいぶん簡単に言うな」


「だって、気になるじゃん!」


 ソアは胸を張った。


「ここまで来て、分からないまま帰るなんてもったいないよ!」


「お前の場合、調査より先に遺跡の床を壊さないか心配だ」


「壊さないよ!」


 ヴァルトが視線を落とす。


 ソアの足元には、細かな石片が散らばっていた。


「……さっき、立ち上がったときに踏んだだろ」


「これは床が古かっただけ!」


「便利な言い訳ね」


 ミレイユが呆れた声を出した。


「その理屈なら、あなたが転んでも地面の責任になるわね」


「そうだよ!」


「認めるな!」


 レイナのツッコミが、静かな遺跡に響いた。


     ◇


 地下遺跡を出ると、森には薄い霧が立ち込めていた。


 村の入口へ戻ったソアたちは、改めて周囲を調べ始めた。


 崩れた家屋。


 苔に覆われた井戸。


 倒れた柵。


 どれも長い年月を感じさせるものばかりだ。


 しかし、不思議なことに、すべてが完全に朽ちているわけではなかった。


 家の扉には、最近ついたような傷がある。


 井戸の縁には、誰かが何度も触れたような跡が残っている。


 そして、村の広場にある石造りの台には、薄く埃をかぶった金属板が置かれていた。


「……ここ、誰かが来てるよね?」


 ソアがしゃがみ込み、金属板を覗き込む。


「足跡も残っているわ」


 レイナが地面を確認した。


「ただし、少なくとも数日は前のものね」


「魔物の足跡も混じっているな」


 ヴァルトが周囲を警戒する。


「銀色の結晶を持った連中か?」


「おそらくね」


 ミレイユは魔力を探るように目を閉じた。


「この場所には、まだ微弱な魔力が残っている。けれど、単なる魔物の巣という感じではないわ」


「守ってる……とか?」


 ソアの問いに、ミレイユは目を開いた。


「その可能性はあるわね。少なくとも、無差別に襲いかかってくるだけの魔物とは違う印象を受ける」


 ソアは金属板へ視線を戻した。


 そこには、見覚えのある紋章が刻まれていた。


 小さな王冠。


 その周囲を囲む、七本の線。


 《巡りの雫》が、胸元でかすかに震える。


「……やっぱり、これも関係あるんだ」


 ソアが金属板に触れようとした、そのとき。


「待て」


 エリアスが静かに制した。


「不用意に触れるな。これは記録装置の一部かもしれない」


「……あ、そっか。ごめん」


 ソアは素直に手を引っ込めた。


 すると、エリアスは金属板の周囲を調べ、縁にある小さな刻印を指でなぞった。


「ここに、古い文字がある」


「何て書いてあるの?」


「……『記録の開示には、帰還者の意思を必要とする』」


 その言葉に、全員が顔を見合わせた。


「帰還者の意思……?」


 レイナが繰り返す。


「記録を開くために、誰かの意思が必要ってことかしら」


「そうだろうな」


 エリアスは金属板から手を離した。


「王都の装置は、記録を残すためのものだ。だが、すべてを無条件に公開する仕組みではなかったのだろう」


 ソアは眉を寄せた。


「でも、村の人たちはもういないんじゃ……」


 言いかけて、口を閉じる。


 それは、まだ分からない。


 村が滅びたのか。


 人々が別の土地へ移ったのか。


 それとも、あえて記録を閉じたのか。


 何も確かめられていないのだ。


「……決めつけるのは、まだ早いね」


 ソアは小さく頷いた。


「まずは、ここに何が残っているのか調べよう」


     ◇


 村の奥には、他の建物よりも大きな石造りの建物があった。


 入口の上には、王冠と七本の線。


 その下に、かろうじて読める文字が刻まれている。


 ――帰還者記録庫。


「記録庫……!」


 ソアの目が輝いた。


「ここなら、村のことが分かるかもしれない!」


「待ちなさい。今度こそ慎重に――」


 ミレイユが言い終える前に、ソアは入口の前へ駆け寄っていた。


 ガシャッ!


 鎧が大きな音を立てる。


「……ソア」


「大丈夫! 今回は触ってないよ!」


「走って近づくこと自体を慎重にしなさい!」


 レイナが額を押さえた。


 ソアは入口の前で立ち止まり、扉に刻まれた紋章を見上げた。


 すると。


 胸元の《巡りの雫》が、ひときわ強く輝いた。


 銀色の光が紋章へと流れ込む。


 カチリ。


 扉の内側から、小さな音がした。


 だが、扉は開かない。


 代わりに、石壁の一部が淡く光り、文字が浮かび上がった。


 ――記録保持者の意思を確認してください。


「……また、意思?」


 ソアが首を傾げる。


 続いて、別の文字が浮かんだ。


 ――記録保持者、所在不明。


 ――代替認証を開始します。


 ――継承者候補、ソア・ミュスカ。


「えっ!?」


 ソアは思わず自分を指さした。


「私!?」


 ヴァルトが剣の柄に手を置く。


「おい。何かが起きるぞ」


 レイナも盾を構え、ミレイユは魔力を集中させた。


 エリアスだけが、浮かび上がった文字を見つめたまま動かなかった。


「……そんなはずはない」


「エリアス?」


「この記録庫は、王都の管理者でさえ自由には開けなかった。継承者を選ぶ機能が残っているとは……」


 彼の声が、わずかに震えていた。


 そのとき。


 扉の向こうから、かすかな音が聞こえた。


 コツン。


 コツン。


 まるで、誰かが内側から扉を叩いているような音。


 ソアは息を呑んだ。


「……誰か、いるの?」


 返事はない。


 もう一度。


 コツン。


 今度は、扉の向こうから声が響いた。


『……まだ、記録を受け取る者がいたのか』


 古びた声だった。


 けれど、確かに生きた人間の声のように聞こえた。


 ソアは一歩、扉に近づいた。


「ねえ! あなたは誰?」


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて、声が答えた。


『私は、この村の最後の記録を守る者』


『そして――』


 扉の紋章が、ゆっくりと輝き始める。


『お前たちが知ろうとしている歴史を、あえて閉ざした者の一人だ』


 ソアの表情が変わった。


 エリアスが、かすれた声で呟く。


「……まさか」


 扉の奥から、再び声が響いた。


『世界樹との繋がりを失ったあと、我々は何を選んだのか』


『その答えを知る覚悟があるのなら――』


 ゴゴゴゴゴ……。


 重い音とともに、石の扉がわずかに開き始めた。


『入るがいい』


 銀色の光が、隙間から溢れ出す。


 ソアは剣の柄を握り直した。


 そして、仲間たちを振り返る。


「……行こう」


 いつもの明るい声ではなかった。


 けれど、迷いもなかった。


「この人たちが何を守ろうとしたのか、ちゃんと聞きたい」


 レイナが頷く。


「ええ。一緒に行きましょう」


 ミレイユも微笑んだ。


「今度は、扉を壊さないで済むといいわね」


「私、そんなに扉を壊してないよ!?」


「否定できるほどではないな」


「ヴァルトまで!?」


 小さな笑いが、張り詰めた空気をほんの少しだけ和らげた。


 ソアたちは、ゆっくりと開く扉の向こうへ足を踏み入れる。


 そこに残されているのは、失われた村の記録。


 そして、歴史から消えることを選んだ人々の、本当の意思。


 その選択が正しかったのかどうか。


 まだ、誰にも分からない。


 ただ一つ確かなのは――


 **この村の人々は、ただ歴史から消されたわけではなかった。**


 彼ら自身もまた、何かを守るために、記録を閉ざしたのだ。


 その理由を知るための扉が、今、開かれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。