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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第十二章 帰還と、忘れられた王国

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第146話 北方街道と、消えた村


 ガシャッ。


 ガシャッ。


 ガシャッ。


「……遠い」


 ソア・ミュスカは、街道を歩きながら呟いた。


「まだ半日も歩いていないわよ」


 ミレイユが即座に答える。


「分かってるよ! でも、遠いものは遠い!」


「鎧を着ているからでしょう?」


「それもある!」


「あるんだ……」


 レイナが苦笑した。


 北方街道。


 かつては商人や旅人が行き交う、比較的安全な街道だったらしい。


 ところが、ここ数週間で魔物の目撃情報が急増。


 荷馬車が襲われ、旅人が道を外れて避難する事態まで起きているという。


 今回の依頼は、その原因を調べること。


 討伐だけで済むなら簡単だが、魔物が増えた理由が分からなければ、また同じことが起きるかもしれない。


「……ねえ、ヴァルト」


 ソアは歩きながら尋ねた。


「この辺りに、何か心当たりはない?」


「ないな。俺が知っているのは、七つの器に関係する古い遺跡くらいだ」


「そっか」


「ただ、北方には古い王国があったと聞いたことがある」


 レイナが振り返った。


「古い王国?」


「ああ。ずいぶん昔に滅びたらしい。詳しい記録は残っていない」


 ミレイユが地図を取り出す。


「この辺りに遺跡らしい印はないわね」


「うーん……」


 ソアは地図を覗き込んだ。


 そして、すぐに顔を上げた。


「……まあ、歩いていれば何か見つかるよ!」


「調査という仕事に対して、ずいぶん大雑把ね」


「大丈夫! 何か見つけるまで歩けばいいんだよ!」


「それは調査というより、散歩ではないか?」


 ヴァルトが呆れたように言った。


「魔物が出てくる散歩だね!」


「危険度を上げるな!」


 そんなやり取りをしながら、一行は街道を進んでいった。


     *


 昼過ぎ。


 森の入口に差しかかったところで、レイナが足を止めた。


「……待って」


 全員が立ち止まる。


「どうしたの?」


「道の端を見て」


 レイナが指差した先には、折れた車輪が転がっていた。


 近くの木には、深い爪痕。


 地面には、何かを引きずったような跡が残っている。


 ミレイユがしゃがみ込んだ。


「新しいわね。少なくとも、数日以内のものだと思う」


 ヴァルトは木の爪痕を調べた。


「大型の魔物か……いや」


 彼は眉をひそめた。


「この高さに、この幅の傷。普通の獣とは違う」


 ソアも地面を覗き込む。


「魔物が荷馬車を襲ったのかな?」


「その可能性が高いわね」


 ミレイユは地面の跡をたどった。


「でも、おかしいわ」


「何が?」


「荷馬車を襲ったなら、普通は積み荷を荒らした痕跡があるはず。でも、この辺りにはほとんど残っていない」


 レイナが周囲を見渡す。


「……運び去られた?」


「ええ。ただ、魔物が荷物を運ぶ理由が分からないわ」


 ソアは立ち上がった。


「じゃあ、跡を追ってみよう!」


 迷いのない声だった。


 レイナは頷く。


「そうね。まずは何が起きたのか確認しましょう」


 四人は荷馬車の跡を追い、森の中へ入っていった。


     *


 森の奥へ進むにつれ、妙なことが増えていった。


 鳥の声がしない。


 風が吹いているのに、木々の葉がほとんど揺れない。


 そして、魔物の気配があるはずなのに、姿が見えなかった。


「……静かすぎるわね」


 ミレイユが小さく呟いた。


「魔物がいないの?」


 ソアが尋ねる。


「逆よ。いる気配はするのに、見つからない」


 ヴァルトが拳を握った。


「警戒しろ。何かがおかしい」


 その時だった。


 ガサッ。


 茂みが揺れた。


「来る!」


 レイナが盾を構える。


 次の瞬間、茂みの向こうから、三匹の魔物が飛び出してきた。


 狼に似た姿。


 しかし、その身体には黒い斑点が浮かび、目は淡い銀色に光っている。


「……見たことのない魔物ね」


 ミレイユが呟く。


「まずは動きを止めるわ!」


 呪鎖が走る。


 だが、魔物たちは鎖を避けるように動いた。


「速い!」


 一匹がレイナへ飛びかかる。


 ガァンッ!


 盾が受け止めた。


 その隙に、ソアが横から踏み込む。


「えいっ!」


 剣を振り下ろす。


 魔物は身をひねり、刃をかわした。


「……あれ?」


 ソアが固まる。


「今、避けた?」


「敵が攻撃を避けるのは普通でしょう!」


 ミレイユが叫ぶ。


「そうだけど! なんか動きが変!」


 魔物は、まるでソアの剣の軌道を知っていたかのように動いていた。


 ヴァルトが拳を振るう。


 魔物は後退する。


 しかし、逃げるのではなく、四人の位置を確かめるように円を描いていた。


「……こいつら、俺たちを観察しているのか?」


 ヴァルトの声が低くなる。


 その瞬間、三匹の魔物が一斉に飛びかかった。


「レイナ!」


「任せて!」


 レイナが盾を構え、三匹の攻撃を受け止める。


 ミレイユの呪鎖が脚を絡め取り、動きを封じた。


「今よ、ソア!」


「うん!」


 ソアは一匹の懐へ踏み込み、剣の柄で頭部を打った。


 ドッ!


 魔物が地面に倒れる。


 続いて、レイナが二匹目を押し返し、ヴァルトが拳を叩き込んだ。


 ドォン!


 三匹目も地面に転がった。


 静寂が戻る。


「……倒せたね」


 ソアは剣を下ろした。


 しかし、すぐに首を傾げる。


「でも、なんだろう。普通の魔物と違う感じがした」


 ミレイユが倒れた魔物を調べた。


「身体の中に魔力が残っているわ。けれど、魔物自身の魔力というより……何かを埋め込まれたような」


「埋め込まれた?」


 レイナが尋ねる。


「ええ。自然に発生した魔力の流れじゃない」


 ヴァルトが、魔物の首元を指差した。


「……これを見ろ」


 毛の奥に、小さな銀色の結晶が埋まっていた。


 ソアがそっと近づく。


 その瞬間。


 胸元の《巡りの雫》が、淡く輝いた。


「……まただ」


 銀色の結晶が、ペンダントに呼応するように光っている。


 そして、一瞬だけ、あの見慣れない紋章が浮かび上がった。


 小さな王冠。


 その周囲を囲む、七本の線。


「……やっぱり、何か関係があるんだ」


 ソアは結晶を見つめた。


 世界樹で見たものと同じ紋章。


 けれど、なぜ魔物の身体に埋め込まれているのか。


 その答えは、まだ分からなかった。


     *


 さらに森の奥へ進むと、木々の間に石造りの壁が見えてきた。


「……あれは?」


 レイナが目を細める。


 近づくにつれ、それが建物の残骸だと分かった。


 崩れた石壁。


 半分埋まった道。


 苔に覆われた階段。


 そして、かつて人々が暮らしていたと思われる家々の跡。


「……村?」


 ソアが呟いた。


 ミレイユは地図を確認した。


「この辺りに村は記録されていないわ」


「でも、建物がある」


「ええ」


 ヴァルトは崩れた門の前で足を止めた。


 石柱には、古い文字が刻まれている。


 大部分は風化していたが、かろうじて読める文字があった。


 ――王領北境、帰還者の村。


「……帰還者の村?」


 レイナが読み上げた。


「何から帰還した人たちなのかしら」


 誰も答えられなかった。


 ソアは門をくぐり、村の中へ入った。


 建物は古い。


 少なくとも、数十年や百年という時間ではないように見える。


 だが、完全に自然に飲み込まれたわけでもなかった。


 家の扉には、最近ついたような傷がある。


 石畳の隙間には、新しい足跡も残っていた。


「……誰か、ここに来ているね」


 ソアが呟いた。


 レイナが頷く。


「ええ。しかも、つい最近」


 ミレイユは周囲を見渡した。


「魔物がここに集まっている理由も、この村にあるのかもしれないわ」


 その時。


 ソアの足元で、何かが光った。


「……ん?」


 しゃがみ込む。


 石畳の隙間に、小さな金属板が落ちていた。


 拾い上げると、表面には見慣れない紋章が刻まれている。


 小さな王冠。


 その周囲を囲む、七本の線。


「……これもだ」


 ペンダントが、再び淡く輝いた。


 今度は、先ほどよりも強い。


 金属板の紋章が光り、その奥から、かすかな声が聞こえた。


『……認証を確認』


 ソアは目を見開いた。


「えっ!?」


 仲間たちが一斉に振り向く。


『……記録保持者を確認できません』


『……代替認証を開始します』


 金属板の表面に、細い光の線が走った。


 そして、石畳の下から、低い振動が伝わってくる。


 ゴゴゴゴゴ……。


「……何かが動いている!」


 レイナが盾を構える。


 村の中央。


 崩れた広場の石畳が、ゆっくりと左右へ開いていった。


 その下から現れたのは、地下へ続く階段だった。


 暗闇の奥から、銀色の光が漏れている。


 ソアは階段を覗き込んだ。


「……ここに、何かあるんだ」


 ヴァルトが険しい表情で頷く。


「間違いない。世界樹の事件と無関係とは思えない」


 ミレイユは、ソアの手にある金属板を見つめた。


「でも、どうしてソアのペンダントに反応したのかしら」


「……分からない」


 ソアは正直に答えた。


「でも、行ってみよう」


 レイナが一歩前に出た。


「危険があるかもしれない。全員で慎重に進みましょう」


「うん!」


 ソアは剣を握り直した。


 そして、最初の一歩を踏み出す。


 ガシャッ。


 重い鎧の音が、地下への階段に響いた。


     *


 同じ頃。


 北方の森のさらに奥。


 古い建物の地下では、銀色の光が広がっていた。


 石板に刻まれた文字が、一つずつ浮かび上がる。


『第八の記録』


『認証経路――接続』


『外部からの接触を確認』


 そして、最後の一文が表示された。


『……継承者、来訪』


 暗闇の向こうで、誰かがゆっくりと目を開いた。


「……ようやく、来たか」


 その声は、長い眠りから覚めた者のように掠れていた。


「世界樹が、再び流れ始めたのだな」


 銀色の光が、静かに強まる。


「ならば……今度こそ、確かめなければならない」


 その人物は、ゆっくりと立ち上がった。


「世界は、本当に変わったのか」


 そして、暗闇の中に、七本の線に囲まれた小さな王冠が浮かび上がった。


 ――第八の記録。


 世界樹の歴史から失われた、もう一つの記録。


 その扉が、今、開かれようとしていた。

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