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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第十一章 竜皇砲と、集められる力

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第143話 世界へ返す


 黒い刃が、ソアへと迫る。


 その一撃を、ソアは真正面から受け止めなかった。


「右から来るよ!」


「分かっている!」


 ヴァルトが地面を蹴り、巨大な拳を黒い刃の側面へ叩き込む。


 ゴォンッ!!


 軌道がわずかに逸れた。


 その隙に、レイナが《絶対鏡盾》を構える。


「ミレイユ!」


「はいはい、分かってるわよ!」


 ミレイユの《願結び》が盾と繋がり、ヴァルトの拳が生んだ衝撃を受け取る。


 レイナはそれを真正面から押し返した。


 ドォォォン!!


 黒い巨体が、初めて大きく揺らいだ。


「今だ、ソア!」


「うん!」


 ソアは地面を蹴った。


 ダッ!!


 身体が弾丸のように飛び出す。


 《SKIN BOOST:ORIGIN》。


 目覚めたばかりの力が、全身を駆け巡っていた。


 けれど――


「っ……!」


 力が強すぎる。


 速く走ろうとすれば、身体が前へ飛びすぎる。


 剣を振ろうとすれば、狙いがわずかにずれる。


 力を制御しようとするほど、身体の奥で何かが暴れた。


「ソア! 無理に抑え込まないで!」


 シードの声が響いた。


「……え?」


「……ながれ、きいて」


 シードの葉が、淡い緑色に輝く。


「……ソアの、ちから。ひとりで、もたなくていい」


「……そっか」


 ソアは剣を握り直した。


 今までの自分なら、きっと力を制御しようとしていた。


 自分の身体だから。


 自分のスキルだから。


 自分で何とかしなければいけないと思っていた。


 けれど。


「みんな! もう一回、力を貸して!」


「何度でも!」


 レイナが盾を構える。


「今度は私が、受け取るわ!」


 ミレイユの呪鎖が緑色の光を帯びる。


「暴走したら、私が繋ぎ止めてあげる!」


 ヴァルトも拳を握った。


「俺は道を開く!」


 シードの葉が、さらに強く輝いた。


「……みんなで、かえる」


 四人の力が、ソアのもとへ流れ込む。


 しかし、それは一つに混ざり合う力ではなかった。


 盾は盾として。


 呪いは繋ぐ力として。


 拳は道を開く力として。


 記憶は、次へ渡す力として。


 それぞれが自分の役割を保ったまま、互いを支えていた。


 ソアは笑った。


「うん! これなら――!」


 踏み込む。


 今度は、力に振り回されなかった。


 速さも。


 強さも。


 仲間から受け取った力も。


 すべてを自分だけのものにしようとせず、流れの中で使う。


 ソアの剣が、黒い巨体の胸へと迫った。


 ガキィィン!!


 だが、刃は弾かれた。


「うそっ!?」


 黒い装甲が再生する。


 ひび割れた胸部が、見る間に元へ戻っていった。


 管理者の声が響く。


『無意味です』


『接続された七つの器は、すでに一つの循環へ統合されつつあります』


『外部からの攻撃は、すべて再生に利用されます』


「攻撃すればするほど、回復するってこと!?」


『その通りです』


「それ、反則じゃない!?」


「敵に反則という概念はない!」


 ヴァルトが即座に言い返した。


「分かってるけどさぁ!」


 ソアは頬を膨らませた。


 だが、すぐに真剣な表情へ戻る。


「……壊すだけじゃ、駄目なんだ」


 シードが胸元を指差した。


「……あそこ。ちから、あつまってる」


 黒い巨体の胸部。


 そこには、七つの紋章が浮かんでいた。


 それぞれの器から吸い上げられた力が、中央の黒い結晶へ集められている。


 その結晶が、世界樹の循環を無理やり押さえつけていた。


 ソアは目を細める。


「力を集めている場所を壊しても、また繋がっちゃうんだよね」


「ならば、繋がりそのものを断つ必要がある」


 レイナが言った。


 ミレイユも頷く。


「でも、無理やり切れば、溜め込まれた魔力が一気に逆流する。世界樹が耐えられるか分からないわ」


 その時だった。


 ヴァルトの右腕が、黒い光を放った。


「……っ!」


 《巨神の籠手》が、勝手に動き始めていた。


 黒い結晶が腕を覆い、胸部の紋章へと伸びていく。


『巨神の器を確認』


『接続を再開します』


「くそっ……!」


 ヴァルトが左手で右腕を押さえ込む。


 しかし、籠手は彼の意思に反して、黒い巨体へ引き寄せられていた。


 ゴゴゴゴゴ……!


 床が震える。


 黒い結晶の鎖が、ヴァルトの腕から胸へと伸びた。


『巨神の器は、統合のために必要です』


『抵抗を停止してください』


「……黙れ」


 ヴァルトは歯を食いしばった。


「もう、俺の力を勝手に使わせはしない」


 拳を握り締める。


 だが、籠手はさらに強く輝いた。


 ヴァルトの顔が苦痛に歪む。


「ヴァルト!」


 ソアが駆け寄ろうとした。


「来るな!」


 ヴァルトの怒声が響いた。


 ソアの足が止まる。


「……俺が、何とかする」


「でも!」


「俺が持っていた力だ。俺が責任を取る」


 ヴァルトは黒い結晶に覆われた腕を見つめた。


 かつての自分は、力を集めれば誰も失わずに済むと信じていた。


 守るために。


 失わないために。


 そのためなら、他人の力を奪ってもいいと思っていた。


 そして今。


 同じことを、再び繰り返そうとしている。


「……違う」


 ヴァルトは小さく呟いた。


「俺が責任を取るというのは……全部を俺一人で抱えることじゃない」


 彼は、右腕を押さえていた左手を離した。


「ヴァルト!?」


 ソアが叫ぶ。


 ヴァルトは静かに目を閉じた。


「巨神の器よ」


 右腕の籠手が、強く輝いた。


「俺は、お前を使って誰も失わない世界を作ろうとした」


 黒い結晶が、彼の肩まで這い上がる。


「だが、そのために、俺は多くのものを奪った」


 ヴァルトはゆっくりと右手を開いた。


「……もう、俺のために力を留めておく必要はない」


 その瞬間。


 籠手の輝きが変わった。


 黒い光の奥に、金色の光が生まれる。


 それは、かつてヴァルトが初めてこの器を手にした時に見た光だった。


 巨神の器は、彼の腕からゆっくりと離れた。


 ガシャン。


 籠手が地面へ落ちる。


 いや。


 落ちる寸前、ふわりと浮かび上がった。


 まるで、自分自身の意思で動いているかのように。


 ヴァルトは、その姿を見つめた。


「……そうか」


 彼は小さく笑った。


「お前も、誰かのものとして留まる必要はなかったんだな」


 籠手は一度だけ、金色の光を放った。


 そして、中央の黒い結晶へと向かって飛んでいく。


「ヴァルト!」


 ソアが手を伸ばした。


 しかし、籠手は止まらなかった。


 巨神の器は、黒い結晶へ触れる直前で向きを変えた。


 そして――


 自らの内部に蓄えられた力を、世界樹へ向けて解き放った。


 ドォォォォォン!!


 金色の光が、黒い巨体の胸部を貫いた。


『――異常』


『巨神の器、出力の放棄を確認』


『統合率、低下』


 管理者の声に、初めて乱れが生じた。


 黒い結晶の鎖が、次々と砕けていく。


 ヴァルトは右腕を押さえた。


 そこには、もう籠手はなかった。


 彼の身体がぐらりと傾く。


「ヴァルト!」


 ソアが駆け寄り、肩を支えた。


「大丈夫!?」


「……ああ」


 ヴァルトは苦笑した。


「少し、腕が軽くなった」


「そっか」


 ソアはほっと息をついた。


「……でも」


 ヴァルトは、空になった右手を見つめる。


「俺は、これから自分の力だけで、やったことの責任を取らなければならない」


「うん」


 ソアは頷いた。


「それは、これからだよ」


「……ああ」


「でも、今は一緒に戦おう」


 ソアは手を差し出した。


「まだ終わってないからね!」


 ヴァルトはその手を見つめた。


 そして、ゆっくりと握り返した。


「……ああ」


 立ち上がる。


 籠手を失っても、彼は戦うことをやめなかった。


     *


 中央の黒い結晶に、巨大な亀裂が走った。


 その奥から、細い光が漏れ出している。


 緑色の光。


 世界樹の光だった。


「……みえた」


 シードが呟いた。


 葉が震える。


「……ほんとうの、みち」


 結晶の根元。


 七つの紋章の下に、今まで隠されていた小さな台座が現れていた。


 そこには、一本の剣が浮かんでいた。


 黒くも、金色でもない。


 透き通るような銀色の刃。


 刀身には、細い亀裂のような模様が走っている。


 けれど、その刃からは不思議な静けさが感じられた。


 ソアは目を瞬かせる。


「……剣?」


 シードが頷いた。


「……おわりの、つるぎ」


 レイナが息を呑む。


「《終焉の剣》……!」


 かつて、世界樹の記録に残されていた第六の器。


 蓄積された余剰の力を断ち、停滞した流れを解き放つもの。


 それは、何かを滅ぼすためだけの剣ではなかった。


 終わらせるべきものを終わらせ、次へ進むための道を作る剣だった。


 だが、その剣は誰の手にも握られていない。


 ただ台座の上に浮かび、黒い結晶と世界樹の光を繋いでいた。


「……あれを使えば、無理やり繋がれた流れを切れるの?」


 ソアが尋ねる。


 シードは剣を見つめた。


「……きれる」


 そして、小さく首を振る。


「……でも、ちからだけ、きったら……だめ」


「……うん」


 ソアは頷いた。


「力を切るだけじゃなくて、ちゃんと返さなきゃいけないんだね」


 シードは微笑んだ。


「……そう」


 その時。


 管理者の声が、再び響いた。


『終焉の器を確認』


『管理経路への干渉を許可しません』


 黒い巨体が、胸部から無数の刃を生み出した。


 先ほどまでとは違う。


 そのすべてが、中央の剣へ向けられていた。


「シードを守れ!」


 レイナが盾を構える。


 ミレイユの呪鎖が広がり、刃の進路を縛る。


 ヴァルトは籠手のない右拳を握り締めた。


「今度は、俺自身の力で道を開く!」


 黒い刃が、一斉に襲いかかる。


 ドドドドドドッ!!


 レイナが受け止める。


 ミレイユが繋ぐ。


 ヴァルトが弾く。


 そしてソアは、シードの前に立った。


「シード!」


「……うん」


「剣に繋いで! みんなの力を、あの結晶まで!」


 シードの葉が、強く輝いた。


「……わかった!」


 緑色の光が床を走る。


 レイナの盾。


 ミレイユの呪鎖。


 ヴァルトが開いた道。


 そして、ソアの身体を巡る《SKIN BOOST:ORIGIN》。


 それぞれの力が、銀色の剣へと流れ込んだ。


 剣が震える。


 キィィィン……!


 銀色の刃に、緑色の光が浮かび上がった。


 その光は、黒い結晶の表面を伝い、七つの紋章へと広がっていく。


『警告』


『管理経路への侵入を確認』


『接続を維持してください』


 管理者の声が、焦りを帯びた。


 しかし、剣は黒い結晶を破壊しなかった。


 代わりに、そこへ押し込められていた力の流れを照らし出した。


 どこから奪われたのか。


 どこへ戻るべきなのか。


 誰の記憶が、どこに閉じ込められているのか。


 そのすべてが、光の筋となって現れた。


 そして。


 一本の細い光が、管理者の胸部へと繋がっていた。


 ソアは息を呑んだ。


「……あれは?」


 シードの表情が変わった。


 いつもの柔らかな顔ではない。


 大切なものを見つけた時の、真剣な顔だった。


「……あのひとの、きおく」


「管理者の?」


「……うん」


 光の中に、ひとりの少女が浮かび上がった。


 幼い頃の管理者と、一緒に笑っていた少女。


 瓦礫の中で、彼の手を握っていた少女。


 そして、彼がずっと失いたくなかった人。


 管理者の巨体が、ぴたりと動きを止めた。


『……その記憶は』


 声が震えた。


『……返しては、ならない』


 ソアは剣を構えたまま、静かに答えた。


「……でも、あなたのものだけでもないんだよ」


『何を……』


「その子が生きた時間も、あなたと過ごした時間も。あなたが全部抱えて、閉じ込めておくものじゃない」


 ソアはシードを振り返った。


「シード。受け取れる?」


 シードは、少女の記憶を見つめた。


 小さな葉が揺れる。


「……うん」


 そして、ゆっくりと手を伸ばした。


「……わたし、うけとる」


 緑色の光が、シードの手のひらに降り注いだ。


「……でも」


 シードは顔を上げた。


「……ぜんぶ、わたしのものには、しない」


 その言葉とともに、少女の記憶が開かれた。


 幼い少年の笑顔。


 世界樹の根元で交わした約束。


 災害の中で、彼を守ろうとした少女の姿。


 そして、最後の瞬間。


 少女は、少年の手を握っていた。


『……生きて』


 かすかな声が響く。


『あなたは、あなたのままで、生きて』


 少年は泣いていた。


 何もできない自分を責めて。


 少女を失うことを恐れて。


 それでも、少女は微笑んでいた。


『世界樹を、守ってね』


『でも……』


『みんなを、あなたの思い通りにしなくていいの』


 少女の手が、ゆっくりと離れていく。


『あなたも、自分の人生を生きて』


 光が、静かに広がった。


 管理者の巨体が震えた。


『……やめろ』


 その声には、もう威圧する力がなかった。


『……私は』


 黒い結晶に、亀裂が走る。


『私は……お前を、失いたくなかった』


 ソアは剣を下ろさなかった。


 けれど、その声を遮りもしなかった。


「……うん」


 ソアは静かに頷いた。


「大切だったんだね」


『……ああ』


「だから、忘れたくなかった」


『……ああ』


「でも」


 ソアは、銀色の剣を見つめた。


「忘れないことと、閉じ込めておくことは、違うんだよ」


 管理者は答えなかった。


 シードの手の中で、少女の記憶が淡く輝いている。


 それは、消えていく光ではなかった。


 誰かが受け取り、次へ渡すための光だった。


 シードはそっと目を閉じた。


「……あなたが、すきだった」


 少女の声が、もう一度響いた。


「……だから、あなたには……あなたのままで、生きてほしい」


 管理者の胸部に、深い亀裂が走った。


 その奥から、黒い光が溢れ出す。


 長い間、押し込められていた力。


 失われた記憶。


 誰にも渡されなかった願い。


 それらが、世界樹へ戻ろうとしていた。


『……私は』


 管理者が、ゆっくりと顔を上げた。


『私は……間違えていたのか』


 ソアはすぐには答えなかった。


 ただ、シードの隣に立った。


「……これから、決めればいいよ」


 管理者の目が、ソアを見つめる。


「過去に何をしたかは、なかったことにはできない」


 ソアはまっすぐに言った。


「でも、これからどうするかは、まだ選べる」


 そして、少しだけ笑った。


「私たちも、一緒に手伝うから」


 管理者は、長い沈黙のあと、目を閉じた。


『……そうか』


 その声は、初めてひとりの人間のように聞こえた。


『……まだ、選べるのか』


 シードが頷く。


「……うん」


 小さな葉が、優しく揺れた。


「……まだ、つぎが、ある」


     *


 銀色の剣が、ひときわ強く輝いた。


 シードが顔を上げる。


「……いま」


「うん!」


 ソアは剣を構え直した。


 黒い結晶は、まだ完全には崩れていない。


 管理者の力も、世界樹の循環も、まだ不安定なままだ。


 このまま放置すれば、再び力が滞り、世界に異常が起こるかもしれない。


 だからこそ、最後に必要なことがある。


 無理やり繋がれた流れを断ち。


 閉じ込められた力を解き放ち。


 それぞれが、本来戻るべき場所へ帰る道を作ること。


 ソアは仲間たちを見た。


「みんな、準備はいい?」


「もちろんだ!」


 レイナが盾を掲げる。


「いつでもいいわよ!」


 ミレイユの呪鎖が、銀色の光を帯びる。


「俺も行ける」


 ヴァルトが、空になった右手を握った。


 シードは、ソアの隣で頷いた。


「……みんなで、かえる」


 ソアは笑った。


「うん。みんなで帰ろう!」


 彼女は地面を蹴った。


 ダッ!!


 《SKIN BOOST:ORIGIN》が、仲間たちの力と共鳴する。


 その瞬間、銀色の剣から光の刃が伸びた。


 ソアの手にある普通の剣が、世界樹の力を帯びて輝く。


 それは《終焉の剣》そのものを手に入れたということではない。


 世界樹が本来持っていた、停滞した流れを断つ機能。


 その力が、仲間たちの意思を通じて、ソアの剣へと届いていた。


 ソアは振りかぶる。


 狙うのは、管理者の身体ではない。


 胸部の黒い結晶でもない。


 そこから伸びる、七つの器を無理やり束ねた接続の中心。


「これで――!」


 ソアは剣を振り下ろした。


「終わらせるよ!」


 ザァァァァン!!


 銀色の光が、世界樹の中心を走り抜けた。


 黒い鎖が、一本。


 二本。


 三本。


 次々と切れていく。


 しかし、切れた鎖から溢れた魔力は、暴走することなく、緑色の光に包まれて流れ始めた。


 レイナが盾で流れを受け止め、ミレイユが《願結び》で道を繋ぐ。


 ヴァルトは、残った黒い結晶を拳で砕いた。


 シードは、溢れ出す記憶を受け取り、次へ渡していく。


 そしてソアは、流れを押さえ込むことなく、その勢いを前へと導いた。


 世界樹の根が、光を取り戻す。


 黒く染まっていた幹に、緑色の筋が走る。


 七つの紋章が、ひとつずつ輝きを失っていく。


 それは、器が壊れているのではなかった。


 器に閉じ込められていた力が、解放されているのだ。


『……接続が』


 管理者の声が響いた。


『……解除されていく』


 黒い巨体の翼が、崩れ始めた。


 腕の装甲が剥がれ、胸部の結晶が砕けていく。


 それでも、ソアは剣を振るうのをやめなかった。


 最後の鎖が、管理者の胸部から世界樹へ伸びていた。


 その鎖だけは、ひときわ太く、強く輝いている。


「……あれが、最後」


 ソアは息を整えた。


 身体は限界に近かった。


 《SKIN BOOST:ORIGIN》の力も、もう長くは保たない。


 それでも。


「……大丈夫」


 ソアは仲間たちを見た。


「みんながいるから」


 レイナが頷く。


 ミレイユが微笑む。


 ヴァルトが拳を握る。


 シードの葉が、優しく輝く。


 四人の力が、再びソアへと流れ込んだ。


 ソアは最後の一歩を踏み出す。


 そして――


 最後の鎖へ、剣を振り下ろした。


 キィィィィン……!


 澄んだ音が、世界樹の中心に響いた。


 鎖が、静かに切れた。


 その瞬間。


 世界樹の中心から、まばゆい緑色の光が溢れ出した。


 それは、爆発ではなかった。


 誰かを押し潰す力でもなかった。


 長い間、閉じ込められていたものが、ようやく外へ出ていく光だった。


 魔力が流れる。


 記憶が流れる。


 誰かの願いが、次の命へと渡されていく。


 ソアは、その光の中で目を細めた。


「……きれい」


 シードが隣に立った。


「……うん」


 二人は、世界樹を見上げた。


 その幹に、新しい緑が芽吹いていく。


 ひとつ。


 また、ひとつ。


 世界が、ゆっくりと息を吹き返していた。


 そして、光の中心に立つ管理者が、静かに膝をついた。


『……終わったのか』


 ソアは、剣を下ろした。


「……ううん」


 少しだけ笑う。


「ここからだよ」


 管理者は、顔を上げた。


 世界樹の光が、その身体を包み込んでいる。


 もう、誰かの力を奪うための光ではない。


 これから、彼が償いながら生きていくための光だった。


 シードが、そっと手を伸ばす。


「……かえろう」


 その言葉に、ソアは頷いた。


「うん」


 そして、仲間たちを振り返る。


「みんなで帰ろう!」


 世界樹の中心に、穏やかな風が吹いた。


 その風は、遠い昔に失われたものを運んでいく。


 失ったものを、なかったことにはできない。


 けれど、失ったものから受け取った願いは、次へと渡していける。


 ソアは、その光を見つめながら思った。


 大切だからって、全部自分のものにしなくてもいい。


 大切だからこそ、手放して、誰かへ渡せるものもある。


 そして――


 何かを手放したからといって、自分まで失うわけではない。


 ソアは笑った。


「……よし!」


 世界樹の中心で、最後の光が静かに流れていった。


 長い戦いは、ようやく終わりを迎えようとしていた。

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