第142話 SKIN BOOST:ORIGIN
ドクンッ!!
世界樹の中心が、激しく脈動した。
管理者の背後に浮かぶ巨大な黒い球体。
その表面に、七つの紋章が浮かび上がる。
巨神の籠手。
天翔の翼。
絶対鏡盾。
深淵の呪鎖。
竜皇砲。
終焉の剣。
そして、第七の器。
七つの光が、一本の黒い線で繋がれた。
『最終統合、開始』
管理者の身体が変化していく。
黒い結晶が腕を覆い、肩を覆い、胸部を覆う。
背中からは巨大な結晶の翼が広がり、頭部には王冠のような突起が伸びた。
その姿は、もはや人間の形を留めていなかった。
世界樹そのものを鎧としてまとった、巨大な黒い王。
『ワタシガ、世界ノ全テヲ管理スル』
ソアは顔を上げた。
「……うわぁ」
思わず声が漏れる。
「すごい姿になったね……」
「感心している場合か!」
レイナが叫んだ。
「分かってるよ!」
ソアは剣を構えた。
「でも、あれはちょっと……鎧としては重そうだね」
「そこを見るのか!?」
ヴァルトが思わず突っ込んだ。
「だって、あんなに大きいんだよ!?」
「今は敵の装備を評価している場合ではない!」
「はい!」
ソアは素直に返事をした。
そして、真剣な顔に戻る。
「……行こう」
◇
管理者が右腕を振り上げた。
その瞬間、黒い光が集まる。
「来るぞ!」
レイナが盾を構えた。
ドォォォォォン!!
巨大な衝撃波が放たれた。
「くっ……!」
レイナが踏ん張る。
ミレイユは杖を掲げたが、魔力はほとんど戻っていない。
ヴァルトが前に出る。
「俺が受ける!」
「一人で受けないで!」
ソアが叫んだ。
だが、衝撃波はすでに目の前まで迫っていた。
ソアは地面を蹴った。
ダッ!!
翼の力をわずかに引き出し、身体を浮かせる。
衝撃波の端をかすめるように飛び越えた。
「っ……!」
着地した瞬間、膝が揺れる。
「……重い!」
身体が思うように動かない。
世界樹との接続を断たれた影響は、まだ残っていた。
それでも、ソアは走る。
「今度は、こっち!」
管理者の足元へ潜り込み、剣を振り抜いた。
ガキィン!!
刃が黒い装甲に弾かれる。
「……うそ!」
亀裂すら入らない。
管理者が振り返った。
巨大な拳が迫る。
「ソア!」
ヴァルトの声。
ソアはとっさに横へ跳んだ。
ドォン!!
拳が床を砕く。
衝撃で身体が吹き飛ばされた。
「きゃあっ!」
床を転がり、何とか立ち上がる。
「……痛たた……」
剣を握る手が震えていた。
速さが足りない。
攻撃も通じない。
このままでは、時間をかけるほど不利になる。
「……どうする?」
ソアは、管理者を見上げた。
◇
「ソア!」
シードが叫んだ。
「……からだ、だいじょうぶ?」
「うん! まだ動ける!」
ソアは笑ってみせた。
けれど、シードは小さな葉を震わせた。
「……うそ」
「……えっ?」
「……いたいの、がまんしてる」
ソアは言葉に詰まった。
「……そっか」
小さく笑う。
「シードには、分かっちゃうか」
「……うん」
シードはソアの手を握った。
「……でも、ひとりで、がんばらないで」
ソアは、仲間たちを見た。
レイナは盾を構え直している。
ミレイユは、使える魔力を探りながら杖を握っていた。
ヴァルトは、沈黙した籠手を装着したまま、敵を見据えている。
誰も、諦めていなかった。
そして、誰もソア一人にすべてを任せようとはしていなかった。
「……うん」
ソアは頷いた。
「一緒に戦おう」
◇
管理者が再び動いた。
今度は、腕だけではない。
背中の結晶翼が開き、無数の黒い刃が生まれる。
「……あれ、全部飛ばす気!?」
ソアが目を見開いた。
次の瞬間。
ギュンッ!!
無数の刃が、四方八方から襲いかかってきた。
「散開!」
レイナが叫ぶ。
ソアは横へ跳んだ。
ミレイユは柱の陰へ滑り込み、ヴァルトは拳で迫る刃を弾く。
しかし、刃は砕けても、すぐに新たな刃が生まれた。
「きりがないわ!」
ミレイユが叫んだ。
レイナが盾を掲げる。
「ならば、攻撃の隙を作る!」
盾で刃の軌道を変え、仲間たちが通れる道を開く。
ヴァルトがそこへ飛び込み、巨大な拳を管理者の脚部へ叩き込んだ。
ゴォン!!
装甲がわずかに揺れた。
「効いている!」
だが、管理者はすぐに脚を振り上げた。
ヴァルトが吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
ソアは翼を広げた。
「ヴァルト!」
空中で軌道を変え、彼の身体を受け止める。
ドンッ!
二人は床を滑った。
「……悪い」
ヴァルトが立ち上がる。
「謝らなくていいよ!」
ソアはすぐに剣を構え直した。
「それより、あれ……どうやって倒そう?」
ヴァルトは管理者を見上げた。
「正面からでは難しい。装甲が厚すぎる」
「じゃあ、装甲を剥がせばいいんだね!」
「簡単に言うな!」
「簡単じゃないのは分かってるよ!」
ソアは笑った。
「でも、やるしかないでしょ!」
◇
そのときだった。
ソアの胸元で、《巡りの雫》が輝いた。
淡い光。
それは、世界樹との接続が切れる前から、何度も彼女を導いてきた光だった。
ソアは胸元に手を当てた。
「……ねえ」
誰にともなく呟く。
「私のスキルって、何なんだろうね」
《スキンブースト》。
装備が壊れるたびに、身体が軽くなった。
装備を外すたびに、力が増した。
けれど、それは単に強くなるためのスキルなのだろうか。
ソアは、かつての戦いを思い出した。
鎧が壊れたとき。
肩当てが外れたとき。
そして、狭い通路を進むために、世界巡鎧を置いてきたとき。
そのたびに、自分は強くなった。
でも、鎧を失ったわけではない。
あの鎧は、今も通路の奥にある。
帰ったら、また着るつもりだ。
「……そっか」
ソアは、ゆっくりと顔を上げた。
「鎧を脱ぐことが、目的じゃないんだ」
装備を捨てることでも。
強さを求めて、何かを失い続けることでもない。
自分を縛るものを手放し、それでも自分自身で立つこと。
そして、必要なときには、仲間の力を借りること。
「……私、まだ勘違いしてたのかも」
ソアは剣を握り直した。
「強くなるって、何でも一人でできるようになることじゃないんだね」
レイナが振り返った。
「……ソア?」
「ううん。何でもない!」
ソアは笑った。
「ちょっと、分かった気がしただけ!」
◇
管理者が、再び魔力を集め始めた。
黒い結晶翼が大きく開く。
『最終攻撃ヲ開始スル』
空間全体が、黒い光に覆われた。
この一撃を受ければ、全員が無事では済まない。
ソアは、仲間たちを見た。
「みんな!」
レイナが盾を構える。
ミレイユが杖を掲げる。
ヴァルトが拳を握る。
シードが、二枚の葉を輝かせた。
「……私、ちょっと試したいことがあるんだ」
レイナが頷いた。
「何をするつもりだ?」
「まだ、うまく説明できない!」
「……ソアらしいな」
ヴァルトが苦笑した。
「でも、今までの私たちならできると思う!」
ソアは胸元の《巡りの雫》に手を当てた。
「みんなの力を、一つにするんじゃない」
一歩、前へ出る。
「みんなの力を、それぞれのまま繋ぐんだよ!」
ミレイユの目が見開かれた。
「……そういうことね」
彼女は杖を構え直した。
「《願結び》は、まだ完全には失われていないわ。ほんの少しなら、繋げられる!」
レイナも頷いた。
「私の盾も、力を受け止めることはできる!」
ヴァルトは右腕を見つめた。
「籠手が沈黙していても、俺の意思まで消えたわけではない」
シードは小さく頷いた。
「……わたしも、うけとる」
ソアは笑った。
「よし!」
◇
黒い光が、迫ってきた。
「今だ!」
レイナが盾を掲げる。
巨大な衝撃が盾にぶつかった。
ガァァァン!!
レイナの足元が砕ける。
「くっ……!」
ミレイユの《願結び》が、細い紫色の糸を伸ばした。
レイナの盾から流れる衝撃を、ヴァルトの前へ導く。
「……受け取れ、ヴァルト!」
「任せろ!」
ヴァルトは拳を握った。
籠手は沈黙したまま。
それでも、彼は自分の腕を振り抜いた。
ドゴォン!!
受け取った衝撃を、床へと叩きつける。
黒い光の流れが、一瞬だけ乱れた。
「ソア!」
シードが叫ぶ。
ソアは走った。
翼を広げ、乱れた魔力の流れに乗る。
管理者の結晶翼の隙間へ、一気に飛び込んだ。
「ここだぁぁぁっ!」
剣を振り抜く。
ザシュッ!!
黒い装甲に、初めて大きな亀裂が走った。
「……当たった!」
だが、まだ浅い。
装甲は崩れず、すぐに亀裂を塞ごうとしていた。
「……くっ!」
ソアは空中で体勢を崩した。
次の瞬間、黒い刃が迫る。
「危ない!」
シードの葉が光った。
緑色の光が、ほんの一瞬だけ刃の動きを逸らす。
ソアは身をひねり、刃をかわした。
「ありがとう、シード!」
そして、再び剣を構える。
その瞬間だった。
胸元の《巡りの雫》が、強く輝いた。
ソアの身体を、淡い光が包む。
『……異常反応』
管理者の声が揺れた。
『個体ソア・ミュスカ、能力構造ヲ解析』
『……解析不能』
ソアは、光の中で息を呑んだ。
身体の奥で、今までにない感覚が生まれている。
強さが増している。
それだけではない。
装備を失ったときに感じていた力が、もっと深いところから湧き上がってくる。
まるで、これまで積み重ねてきたすべての経験が、一つの答えに繋がったようだった。
「……これが」
ソアは、自分の手を見つめた。
「《スキンブースト》の、本当の力……?」
ステータスの文字が、視界の端に浮かび上がる。
【固有スキル《スキンブースト》】
【成長条件の突破を確認】
【進化先――《SKIN BOOST:ORIGIN》】
ソアは、目を見開いた。
「……オリジン?」
◇
黒い光が、激しく明滅した。
『進化反応ヲ確認』
『管理外能力ノ発現ヲ検知』
管理者の声が、初めて明確な警戒を帯びた。
『即時排除ヲ開始スル』
無数の黒い刃が、ソアへ向かって放たれる。
「ソア!」
レイナが叫んだ。
ソアは剣を構えた。
身体の奥から、力が溢れてくる。
けれど、まだ完全には制御できない。
指先が震える。
呼吸が乱れる。
「……っ、これ……!」
強い。
今までとは、比べものにならない。
しかし、この力を一人で扱おうとすれば、身体が持たない。
ソアは、すぐに仲間たちを見た。
「みんな!」
レイナが盾を構える。
ミレイユが鎖を伸ばす。
ヴァルトが拳を握る。
シードが葉を輝かせる。
「……力を貸して!」
ソアは叫んだ。
「私一人じゃ、無理!」
一瞬の沈黙。
そして、レイナが笑った。
「最初から、そのつもりだ!」
ミレイユが続く。
「今度こそ、全員で繋ぐわ!」
ヴァルトも頷いた。
「一人で背負うな、ソア!」
シードは、小さな手を伸ばした。
「……いっしょ」
その瞬間。
ソアの身体を包む光が、仲間たちの力と共鳴した。
《SKIN BOOST:ORIGIN》。
それは、ただ身体能力を高めるだけの力ではなかった。
装備を失ったときに生まれる力。
仲間から受け取る力。
自分が手放したものを、次へ繋ぐ力。
それらが、ソアの中で新しい形を取り始めていた。
ソアは笑った。
「……うん!」
そして、管理者を見上げた。
「今度こそ、みんなで止めよう!」
黒い刃が、再び迫る。
ソアは地面を蹴った。
ダッ!!
世界樹の中心で、新たな力が目を覚ました。




