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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第十一章 竜皇砲と、集められる力

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第141話 途切れた循環


暗闇の中で、ソアはシードの手を握っていた。


「……みんな?」


返事はない。


世界樹の光は消え、魔力の流れも感じられない。


仲間たちの気配さえ、ひどく遠くなっていた。


「レイナさん! ミレイユさん! ヴァルト!」


ソアは声を張り上げた。


「返事してー!」


すると、少し離れた場所から声が返ってきた。


「……聞こえている! 無事だ!」


レイナの声だった。


続いて、ミレイユの声が響く。


「私も大丈夫よ! ただ、魔力の感覚がほとんどないわ!」


「俺もだ!」


ヴァルトの声も聞こえた。


「籠手が……まったく反応しない!」


ソアはほっと息を吐いた。


「よかった……みんな無事なんだね!」


「安心するのはまだ早いぞ!」


レイナが叫んだ。


「何か来る!」


ドクン。


暗闇の奥で、黒い光が瞬いた。


ドクン。


もう一度。


そのたびに、地面が震える。


そして――


ガガガガガッ!!


床から無数の黒い結晶が突き出した。


「うわっ!?」


ソアはシードを抱えて飛び退いた。


さっきまで二人が立っていた場所を、結晶の槍が貫く。


「シード、大丈夫!?」


「……うん」


シードは頷いた。


「……でも、みんなが……」


「大丈夫。絶対に合流しよう!」


ソアは剣を構えた。


暗闇の中で、結晶の槍が再び動き始める。


「……よし!」


ソアは床を蹴った。


「とにかく、ここを突破する!」


     ◇


ソアは走った。


前方から迫る結晶をかわし、壁を蹴って方向を変える。


しかし、いつもより身体が重かった。


「……っ!」


足がもつれる。


何とか踏みとどまったところへ、横から結晶の腕が迫ってきた。


「危なっ!」


身をひねってかわす。


頬を、鋭い結晶の先端がかすめた。


「……あっぶなぁ」


ソアは息を吐いた。


《スキンブースト》は完全に失われたわけではない。


それでも、さっきまでのように思い通りには動けなかった。


世界樹との接続が断たれたことで、力の流れが不安定になっているのだ。


「……でも」


ソアは剣を握り直した。


「動けないわけじゃない!」


結晶の腕が再び振り下ろされる。


ソアは真正面から受けず、剣の腹で軌道を逸らした。


ガキィン!


その勢いを利用して、横へ飛ぶ。


着地と同時に踏み込み、結晶の根元を斬りつけた。


ザシュッ!


腕が崩れ落ちる。


「よしっ!」


しかし、休む暇はなかった。


背後から別の結晶が迫る。


ソアは振り返り、剣を構えた。


「……何体いるのよ、もう!」


そのときだった。


「ソア!」


暗闇の向こうから、シードの声が響いた。


「……ひだり!」


「左!?」


ソアは反射的に身を沈めた。


頭上を結晶の刃が通り過ぎる。


「うわっ、助かった!」


シードの葉は、暗闇の中でも淡く光っていた。


世界樹との接続が途切れていても、シード自身が受け取った記憶まで消えたわけではない。


彼女は、わずかに残る気配と記憶を頼りに、危険を感じ取っていた。


「シード、すごいね!」


「……ソアも、はやい」


「いや、今のは普通に危なかったよ!?」


二人は顔を見合わせた。


そして、同時に笑った。


「……よし!」


ソアは剣を構え直した。


「このまま進もう!」


     ◇


一方、その頃。


レイナは巨大な結晶の腕を前に、盾を構えていた。


「……くっ!」


ガァンッ!!


衝撃が全身を駆け抜ける。


いつもなら《絶対鏡盾》が受け止め、仲間たちへ力を流せるはずだった。


だが、今は違う。


盾はただの重い盾に戻っていた。


「……なるほど」


レイナは、ゆっくりと息を吐いた。


「盾があるから守れるわけではない、ということか」


結晶の腕が再び振り上げられる。


レイナは盾を傾け、真正面から受けずに攻撃を流した。


衝撃が横へ逸れる。


その隙に一歩踏み込み、剣を振るった。


ガキィン!


結晶の関節に亀裂が入る。


「力を受け止めるだけが、守りではない!」


二撃目。


三撃目。


最後の一撃で、結晶の腕が崩れ落ちた。


レイナは肩で息をした。


「……はぁ」


身体は疲れている。


盾の力も戻っていない。


それでも、彼女は前を向いた。


「……私は、私の意思で守る」


盾がなくても。


仲間の力を借りられなくても。


守ると決めた気持ちは、消えていない。


レイナは剣を握り直し、暗闇の奥へ進んだ。


     ◇


ミレイユもまた、孤立していた。


「……まったく」


杖を構えながら、ため息をつく。


「魔力がない状態で、こんなに動き回ることになるなんてね」


結晶の群れが迫ってくる。


ミレイユは杖を振った。


「《呪鎖》!」


紫色の鎖が伸びる。


だが、すぐに消えてしまった。


「……あら」


ミレイユは目を瞬かせた。


「本当に、ほとんど使えないのね」


結晶が迫る。


彼女は杖を横に構え、最初の一体を受け流した。


二体目は、床に転がっていた結晶片を蹴り上げて進路を逸らす。


三体目は、壁際へ誘い込んで互いにぶつけた。


ガガンッ!


結晶が砕け散る。


「……ふう」


ミレイユは髪を払った。


「魔法が使えないからといって、何もできないわけではないわね」


そして、わずかに笑った。


「ソアと付き合っていると、こういう考え方も身につくものね……」


もっとも。


「帰ったら、絶対に一度くらいは勝つんだから……!」


小さく呟いて、再び歩き出した。


     ◇


ヴァルトは、黒い結晶に囲まれていた。


右腕の《巨神の籠手》は、沈黙したままだった。


何度力を込めても、魔力は流れない。


「……くそっ」


拳を握りしめる。


この籠手があれば、もっと強く戦える。


仲間を守れる。


管理者にも対抗できる。


そう思っていた。


だが、籠手は反応しない。


自分が頼りにしていた力は、今や何の役にも立たなかった。


「……俺は」


ヴァルトは、拳を見つめた。


かつて、大切な人を失った。


その痛みを二度と味わいたくなくて、力を集めた。


もっと強ければ。


もっと多くの力を持っていれば。


誰も失わずに済む。


そう信じていた。


けれど、力を集めるほどに、彼は周囲の人々の意思を見なくなっていた。


守るためだと言いながら、選択を奪っていた。


「……同じことを、繰り返すつもりか」


ヴァルトは呟いた。


目の前に、巨大な結晶の魔物が現れる。


黒い腕が振り下ろされた。


ヴァルトは籠手を構えた。


反応はない。


「……ならば」


彼は拳を開いた。


「この力がなくても、俺は戦う」


一歩踏み込む。


結晶の腕を紙一重でかわし、その関節へ拳を叩き込む。


ゴッ!


鈍い音。


結晶は揺れただけだった。


「……硬いな」


ヴァルトは苦笑した。


「だが、壊せないわけではない!」


もう一度、拳を握る。


今度は力任せに殴るのではなく、関節の亀裂を狙った。


二撃目。


三撃目。


そして――


バキィッ!!


結晶の腕が砕け散った。


ヴァルトは息を吐いた。


「……そうか」


自分は、籠手の力そのものになりたかったわけではない。


誰かを守りたかったのだ。


ならば、籠手がなくても。


魔力がなくても。


自分にできることはある。


「……俺は、まだやれる」


ヴァルトは前を向いた。


     ◇


やがて、ソアたちは再び一つの空間へ辿り着いた。


「みんな!」


ソアが叫ぶ。


「無事だった!?」


「見ての通りだ」


レイナが答えた。


「少々、疲れたがな」


「私もよ。魔法が使えないって、思っていた以上に不便ね」


ミレイユが肩をすくめた。


ヴァルトも頷いた。


「籠手は沈黙したままだ。だが、動けないわけではない」


ソアは、ほっと笑った。


「よかったぁ……!」


シードも、小さく手を振った。


「……みんな、いた」


「うん!」


ソアは頷いた。


「みんな、一緒だね!」


だが、その直後。


ドクンッ!!


空間の中央で、黒い光が脈動した。


管理者が姿を現す。


その身体は、先ほどよりも巨大になっていた。


七つの紋章が胸部に集まり、黒い結晶が全身を覆っている。


『個別能力、低下ヲ確認』


『統合処理、進行中』


管理者が腕を広げた。


その背後に、巨大な黒い球体が浮かび上がる。


『世界樹ノ全機能ヲ、単一ノ管理下ニ置ク』


「……まだ諦めていないのか」


ヴァルトが拳を握った。


『諦メル理由ガナイ』


『管理コソ、唯一ノ解決策デアル』


ソアは管理者を見上げた。


「……そっか」


彼女は剣を構えた。


「じゃあ、私たちが証明するよ」


『何ヲ』


「誰か一人が全部持っていなくても、みんなで支えられるってこと!」


ソアは仲間たちを見渡した。


「レイナさん!」


「分かっている!」


「ミレイユさん!」


「ええ!」


「ヴァルト!」


「任せろ!」


「シード!」


「……うん!」


五人は、それぞれの位置についた。


世界樹の力は、まだ戻っていない。


七つの器も、沈黙したまま。


それでも、彼らはここにいる。


それぞれの意思で。


それぞれの力で。


そして、互いを信じて。


     ◇


ソアは一歩、前へ出た。


「……管理者」


静かな声だった。


「あなたは、失うのが怖かったんだよね」


管理者は答えない。


「でも、失いたくないからって、全部を自分の手の中に置かなくてもいいんだよ」


ソアは剣を握り直した。


「私たちだって、怖いよ」


少しだけ笑う。


「鎧が壊れたら悲しいし、仲間が傷ついたら心配だし、失敗したら落ち込む」


「……でも」


彼女は顔を上げた。


「だからって、何も選ばない世界にしたくない」


その言葉に、管理者の黒い瞳が揺れた。


ほんの一瞬。


けれど、次の瞬間には黒い光が強まった。


『……最終統合ヲ開始スル』


ドクンッ!!


巨大な球体が回転し始めた。


空間全体が震え、床に亀裂が走る。


「来るぞ!」


レイナが叫んだ。


ソアは剣を構えた。


「うん!」


そして、地面を蹴った。


「みんなで、止めよう!」


仲間たちが続く。


途切れた循環の中で。


それでも途切れなかったものを、確かめるために。

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