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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第十一章 竜皇砲と、集められる力

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第140話 七つの器の本当の役割


光が消えた。


世界樹の中心を満たしていた緑色の道も。


仲間たちを繋いでいた魔力の流れも。


すべてが、途切れていた。


「…………」


ソアは剣を握り直した。


身体は重い。


息も上がっている。


《スキンブースト》の力は、まだ残っていた。


けれど、先ほどまで感じていた仲間たちとの繋がりは、きれいに消えている。


「……本当に、切れちゃったんだ」


「世界樹経路そのものを遮断されたようね」


ミレイユが杖を構えたまま答えた。


「《願結び》で繋ごうとしても、流れる道がなければどうにもならないわ」


レイナも盾を構え直す。


「なら、道がなくても進むだけだ」


「……レイナさん、そういうところ、本当に頼もしいね」


「褒めても、今は何も出ないぞ」


「えー。あとで何か奢ってよ」


「生きて帰れたら考えておこう」


「約束だからね!」


「約束した覚えはない!」


こんな状況でも、いつものやり取りが戻ってくる。


ソアは少しだけ笑った。


けれど、すぐに管理者へ視線を戻した。


「……管理者」


『何ダ』


「どうして、そこまで力を一つに集めたいの?」


管理者の胸部が、黒く輝いた。


『分散サレタ力ハ、不安定デアル』


『個々ノ意思ハ衝突シ、選択ハ争イヲ生ム』


『全テヲ一元管理スレバ、損失ハ防止デキル』


「……そっか」


ソアは頷いた。


「でも、それってさ」


一歩、前へ出る。


「みんなが何をしたいか、全部あなたが決めるってことだよね?」


『肯定』


「……うーん」


ソアは首を傾げた。


「やっぱり、それは嫌だなあ」


管理者は答えなかった。


代わりに、胸部の紋章が光った。


七つの光。


その周囲に、古い文字が浮かび上がる。


そして、ソアたちの足元に、円形の紋様が広がった。


「……これは?」


ヴァルトが目を細めた。


「七つの器の紋章だ」


巨神の籠手。


天翔の翼。


絶対鏡盾。


深淵の呪鎖。


竜皇砲。


終焉の剣。


そして、第七の器。


七つの紋様が、それぞれ異なる光を放っている。


すると、シードの葉が淡く輝いた。


「……これ」


シードは、床に手を触れた。


「……ほんとうの、きおく」


     ◇


世界樹の記憶が、再び浮かび上がった。


今度は、災害の記憶ではない。


世界樹がまだ正常に循環していた頃の記録だった。


巨大な樹の根元から、光が流れている。


その光は七つに分かれ、それぞれ異なる場所へ向かっていた。


一つは、大地を支える巨人の手へ。


一つは、空を飛ぶ翼へ。


一つは、人々を守る盾へ。


一つは、離れた者同士を繋ぐ鎖へ。


一つは、過剰な魔力を解放する砲へ。


一つは、滞った力を断ち切る剣へ。


そして最後の一つは――


記憶を受け取り、次の命へ渡す、小さな緑の光へ。


「……あ」


ソアは息を呑んだ。


「全部、別々の役割なんだ」


レイナが頷く。


「一つだけでは成り立たないように作られているんだな」


ミレイユは、浮かび上がった文字を読み取ろうと目を細めた。


「……『七つの器は、世界樹の流れを保つために置かれた』」


「流れを保つ?」


ヴァルトが問い返す。


シードは小さく頷いた。


「……うけとる」


一つ目の光が、巨神の籠手へ流れる。


「……うごかす」


二つ目の光が、天翔の翼へ流れる。


「……まもる」


三つ目の光が、絶対鏡盾へ。


「……つなぐ」


四つ目の光が、深淵の呪鎖へ。


「……かえす」


五つ目の光が、竜皇砲へ。


「……きる」


六つ目の光が、終焉の剣へ。


最後に、緑色の光がシードの胸元へ集まった。


「……おぼえる」


シードは、自分の胸に手を当てた。


「……そして、つぎへ」


ソアは静かに息を吐いた。


「……そっか」


七つの器は、世界樹の力を独り占めするためのものではなかった。


力を受け取り。


必要な場所へ送り。


滞れば解放し。


失われたものを記憶し、次へ繋ぐ。


それぞれが役割を持ちながら、全体の循環を支えていたのだ。


「……なのに」


ソアは管理者を見た。


「どうして、全部集めちゃったの?」


     ◇


管理者の胸部が、強く明滅した。


『……循環ハ、破綻シタ』


その声は、いつもより低かった。


『力ガ分散シタ結果、争イガ起キタ』


『多クノ命ガ失ワレタ』


『ワタシハ、二度ト同ジ損失ヲ起コサナイ』


ソアは、かつて見た記憶を思い出した。


崩れ落ちる建物。


炎の中で、手を伸ばす少年。


そして、届かなかった手。


管理者は、失った少女を救えなかった。


その後悔が、彼を変えてしまった。


「……あなたは、世界樹を守りたかったんだよね」


『肯定』


「大切な人を、もう失いたくなかったんだよね」


『……肯定』


管理者の声が、わずかに揺れた。


ソアは頷いた。


「そっか」


そして、ゆっくりと剣を下ろした。


「その気持ちは、分かるよ」


ヴァルトが、静かにソアを見る。


ミレイユも、何も言わなかった。


ソアは続けた。


「私だって、大切なものは失いたくない」


胸元の《巡りの雫》が、淡く光る。


「鎧だって、ずっと大事にしたい。壊れたら悲しいし、なくなったら困る」


「……今、その話をするのか?」


ヴァルトが思わず呟いた。


「するよ!」


ソアは振り返った。


「私にとっては大事なことなんだから!」


「……そうか」


「そうだよ!」


レイナが小さく笑った。


ソアは、もう一度管理者へ向き直った。


「でもね。大切だからって、ずっと自分の手の中に閉じ込めていたら……」


少しだけ、言葉を探す。


「そのものが、本当はどうしたいのか、分からなくなっちゃうんだと思う」


管理者は沈黙した。


「鎧だって、着たいときに着るから嬉しいんだよ。ずっと身体に縛りつけられて、絶対に外せないって言われたら……それはもう、好きだから着てるんじゃない」


ソアは自分の手を見つめた。


「自分で選べるから、大事にできるんだよ」


その言葉が、静かに空間へ響いた。


     ◇


『……選択ハ、損失ヲ生ム』


管理者が告げた。


『選択ヲ許セバ、誤リガ生ジル』


「うん」


ソアは頷いた。


「失敗することもあるよ」


『失敗ハ、損失ヲ生ム』


「そうだね」


ソアは、今度はすぐに否定しなかった。


「でも、失敗したからって、全部を取り上げられたら……次はどうしたらいいか、考えることもできないよ」


レイナが盾を握り直した。


「守ることは、相手の選択を奪うことではない」


ミレイユも静かに続けた。


「繋ぐことも、相手を縛ることではないわ」


ヴァルトは、自分の右腕を見下ろした。


「力を持つことと、力を独占することも違う……か」


三人の言葉が、ソアの言葉に重なった。


管理者は動かなかった。


その胸部に、七つの紋章が浮かび上がる。


しかし、紋章を結ぶ黒い線は、ますます太くなっていた。


『……理解不能』


『分散状態ニ戻セバ、再ビ損失ガ発生スル』


「……うん」


ソアは剣を構え直した。


「だからって、あなたが全部決めるのは違うよ」


『……ナラバ』


管理者の声が、冷たく響いた。


『七ツノ器ノ役割ヲ、強制的ニ再定義スル』


ドクンッ!!


七つの紋章が、一斉に黒く染まった。


床に浮かび上がっていた記録が、ひび割れていく。


シードが顔を上げた。


「……だめ」


小さな葉が震える。


「……ほんとうの、きおくが……」


黒い光が、記憶を覆い隠していく。


『受取機能ヲ統合』


『防御機能ヲ統合』


『接続機能ヲ統合』


『解放機能ヲ停止』


『記憶機能ヲ管理下ニ置ク』


七つの光が、管理者の胸部へ吸い込まれ始めた。


ヴァルトの籠手が唸る。


レイナの盾が軋む。


ミレイユの杖が震えた。


「くっ……! また吸い上げられる!」


ソアは駆け出そうとした。


だが、足元から黒い結晶が伸びてきた。


ガシッ!


「うわっ!?」


足を捕まれる。


「ソア!」


シードが手を伸ばした。


しかし、二人の間にも黒い壁がせり上がる。


「……っ!」


ソアは剣を振り下ろした。


ザシュッ!


結晶を断ち切る。


それでも、次々に黒い線が伸びてきた。


「……管理者!」


ソアは叫んだ。


「器は、あなたのものじゃない!」


管理者の胸部に、七つの光が集まっていく。


『管理権限、最終段階ヘ移行』


『個別ノ意思ヲ停止スル』


「……っ、そんなこと!」


ソアは、剣を握りしめた。


「絶対に、させない!」


     ◇


その瞬間。


シードの葉が、強く輝いた。


緑色の光が、黒い結晶の隙間から伸びていく。


細い。


けれど、確かな光だった。


「……ソア」


シードの声が聞こえた。


「……みち、なくなっても」


ソアは顔を上げた。


「……うけとったものは、なくならない」


シードは、自分の胸元を押さえていた。


「……きおくも」


「……みんなも」


「……わたしの、なかに……のこってる」


ソアは笑った。


「うん!」


シードの葉が、もう一度輝く。


黒い結晶の中に、ほんのわずかな緑色の道が生まれた。


管理者の動きが、一瞬だけ止まった。


『……遮断済ミノ経路ガ、再構築サレテイル?』


ミレイユが目を見開く。


「いいえ……違うわ」


彼女は、シードを見つめた。


「これは、世界樹の経路をそのまま復元しているんじゃない」


レイナが続ける。


「それぞれが、自分の意思で繋がろうとしているんだ!」


ヴァルトは拳を握った。


「管理者が奪った道を、俺たち自身で作り直す……!」


ソアは頷いた。


「そういうこと!」


そして、シードへ向かって手を伸ばした。


「シード! こっち!」


「……うん!」


緑色の光が、二人の間を繋いだ。


まだ細い。


まだ不安定だ。


それでも、確かに存在していた。


世界樹が本来持っていた、誰か一人に支配されない流れ。


ソアは剣を構えた。


「みんな!」


仲間たちを振り返る。


「次は、私たちで道を作ろう!」


レイナが盾を掲げた。


ミレイユが杖を構えた。


ヴァルトが拳を握った。


シードが頷いた。


誰もが、自分の意思でそこに立っていた。


管理者は、その光景を見つめていた。


『……ナゼ』


その声は、かすかに震えていた。


『ナゼ、ワタシノ管理ヲ必要トシナイ……』


ソアは、静かに答えた。


「あなたがいなくても、みんなが一人で頑張らなくていい世界だからだよ」


黒い光が、再び膨れ上がる。


管理者は、最後の力を振り絞っていた。


『……世界樹経路、完全遮断』


ドォォォォォン!!


緑色の道が、再び途切れた。


今度は、世界樹の中心だけではない。


ソアたちの足元から、壁から、天井から、すべての光が消えていく。


完全な暗闇。


誰もが、互いの姿さえ見失った。


「……みんな?」


ソアは手を伸ばした。


返事はない。


けれど。


指先に、何かが触れた。


小さな手。


シードの手だった。


「……ソア」


「……うん」


ソアは、その手を握り返した。


「大丈夫」


暗闇の中で、ソアは笑った。


「今度は、光がなくても一緒だから」


そして、彼女たちは再び歩き始めた。


世界樹の循環を取り戻すために。

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