第139話 鎧を脱ぐ覚悟
『最終管理プロトコル、再起動』
管理者の声が響いた。
『七ツノ器ヲ強制統合スル』
ドクンッ!!
世界樹の中心が、大きく脈動した。
竜の胸部から伸びていた黒い結晶が、一斉に管理者へと戻っていく。
その光が、七つの紋章を浮かび上がらせた。
巨神の籠手。
天翔の翼。
絶対鏡盾。
深淵の呪鎖。
竜皇砲。
終焉の剣。
そして、第七の器。
それぞれの光が、黒い線によって無理やり繋がれていく。
「……っ!」
ヴァルトが右腕を押さえた。
《巨神の籠手》に、黒い結晶が食い込んでいる。
「また、俺の力を吸い上げるつもりか……!」
「ヴァルト!」
ソアが駆け寄ろうとした。
しかし、その瞬間。
バチィッ!!
ソアの翼が、黒い光に弾かれた。
「きゃっ!?」
空中で体勢を崩す。
すぐに着地したものの、身体がひどく重かった。
「……何、今の?」
胸の奥で、いつも感じていた力が弱まっている。
《スキンブースト》も。
《天翔の翼》も。
まるで、何かに押さえつけられているようだった。
『個別ノ力ハ、不安定デアル』
管理者が告げる。
『統合ニヨリ、完全ナ循環ヲ実現スル』
「……完全な循環?」
ソアは眉をひそめた。
「みんなの力を無理やり一つにすることが?」
『肯定』
「それ、循環じゃなくて独り占めって言うんじゃない!?」
管理者は答えなかった。
代わりに、黒い結晶の腕が床から突き出した。
「来るぞ!」
レイナが盾を構える。
ガァンッ!!
巨大な腕が盾に叩きつけられた。
「くっ……!」
レイナの足元に亀裂が走る。
いつもなら受け止められるはずの衝撃。
それが、今は重い。
「力が……吸われているのか!」
レイナが歯を食いしばった。
ミレイユも杖を掲げる。
「《願結び》!」
紫色の鎖が伸び、結晶の腕へ絡みついた。
しかし、鎖の光はすぐに弱まった。
「そんな……!」
結晶が、鎖を伝って魔力を奪っている。
ミレイユは即座に接続を切った。
「みんな、気をつけて! 繋がった力を逆流させられるわ!」
「分かった!」
ソアは剣を握り直した。
「だったら、繋がれる前に倒せばいい!」
地面を蹴る。
ダッ!
だが――
「……え?」
思ったほど、身体が前に出なかった。
いつもなら一瞬で詰められる距離。
それが、ひどく遠く感じる。
「くっ……!」
剣を振る。
ガキィン!!
結晶の腕に弾かれた。
「うわっ!」
後ろへ飛ばされ、床を転がる。
「ソア!」
レイナが駆け寄ろうとする。
しかし、別の結晶がその行く手を塞いだ。
「こっちは大丈夫!」
ソアはすぐに立ち上がった。
大丈夫。
そう言ったものの、身体は重かった。
力が足りない。
速さが足りない。
それだけではない。
何か、自分の中にあったはずのものが、遠ざかっている。
「……管理者!」
ソアは顔を上げた。
「みんなの力を返して!」
『不可能』
即答だった。
『統合ハ、世界ヲ救済スルタメノ必要工程デアル』
「だからって、みんなの意思を無視していい理由にはならないよ!」
ソアは再び走り出した。
今度は、正面からではない。
結晶の腕をかわし、壁を蹴り、身体をひねる。
けれど、管理者の動きはさらに速くなっていた。
ドンッ!!
黒い腕が、ソアの脇腹をかすめた。
「きゃあっ!」
床に叩きつけられる。
「……っ、痛……!」
起き上がろうとした、そのとき。
ソアは、自分の服を見下ろした。
そこには、いつもの重い鎧がない。
世界巡鎧は、狭い通路の奥に置いてきたままだ。
「……そっか」
ソアは、小さく呟いた。
「今、鎧がないんだ」
◇
一瞬、戦場の音が遠のいた。
ソアは、自分の手を見つめた。
前世では、いつも重い鎧を選んでいた。
速く動けなくてもいい。
多少不便でもいい。
重くても、傷ついても。
鎧があれば安心できた。
そして、この世界に来てからも、ずっとそうだった。
鎧を着て。
鎧を守って。
鎧と一緒に戦ってきた。
もちろん、鎧が大好きだ。
今だって、早く戻って着たい。
あの重さも。
金属が触れ合う音も。
身につけたときの安心感も。
全部、好きだった。
「……でも」
ソアは拳を握った。
鎧がないから、戦えない。
そんなのは嫌だった。
鎧がないから、自分には価値がない。
そんなことは、もっと嫌だった。
「……私」
ゆっくりと立ち上がる。
「鎧が好きなんだ」
誰に言うでもなく、呟いた。
「でも、鎧がない私が、私じゃなくなるわけじゃない」
胸の奥で、何かが静かに動いた。
《スキンブースト》。
今まで、鎧が壊れるたびに力を増してきたスキル。
装備を外すたびに、身体が軽くなった。
それを、ずっと鎧との相性が悪いせいだと思っていた。
けれど、本当は違う。
鎧を失うことそのものが、強さなのではない。
鎧がなくなったときにも、自分自身の力で立ち上がる。
それが、このスキルの本質なのかもしれない。
「……よし」
ソアは剣を構えた。
「鎧がなくても、私は戦える」
その瞬間。
胸元の《巡りの雫》が、淡く光った。
◇
『個体ソア・ミュスカ』
管理者の声が響く。
『抵抗ヲ確認』
『制限ヲ追加スル』
黒い光が、ソアの身体を包んだ。
「……っ!?」
手足が重くなる。
身体の内側から、力を押さえ込まれていく。
《スキンブースト》の光が消えかけた。
「ソア!」
シードが叫んだ。
「……からだ、うごかない?」
「ううん!」
ソアは歯を食いしばった。
「動くよ!」
一歩。
足を踏み出す。
重い。
もう一歩。
身体が沈む。
それでも、前へ。
「私は……!」
ソアは剣を握りしめた。
「誰かに決められた成長なんて、しない!」
黒い光が、さらに強まった。
「鎧を着るのも、脱ぐのも!」
一歩。
「戦うのも、休むのも!」
もう一歩。
「私が、自分で決める!」
バキッ!!
ソアの身体を覆っていた黒い光に、亀裂が走った。
《全解除》が反応する。
しかし、いつものようにすべてを無差別に外すのではない。
ソアは、自分を縛っているものだけを見極めた。
「《全解除・パージ》!」
パァンッ!!
黒い結晶が弾け飛んだ。
ソアの身体が、一気に軽くなる。
「……っ!」
呼吸が戻る。
指先が動く。
視界が開けた。
けれど、力が無限に湧いてくるわけではない。
足は疲れている。
腕も痛い。
一撃を受ければ、今度こそ倒れるかもしれない。
それでも。
「……これで、十分!」
ソアは地面を蹴った。
ダッ!!
今度は、迷わなかった。
結晶の腕が迫る。
身体をひねってかわす。
剣を振り抜く。
ザシュッ!
接続部が切断された。
「一つ!」
別の腕が襲いかかる。
ソアは低く潜り込み、床を滑るように移動した。
「二つ!」
さらに、頭上から黒い刃が落ちてくる。
翼を一瞬だけ広げ、身体を浮かせる。
紙一重でかわし、そのまま壁を蹴った。
「三つ!」
剣が閃く。
黒い結晶が砕け散った。
だが、着地した瞬間、ソアの膝が揺れた。
「……っ、はぁ……!」
疲労が押し寄せる。
無理をすれば、すぐに動けなくなるだろう。
それでも、ソアは笑った。
「……やっぱり」
息を整えながら、呟く。
「鎧がなくても、私なんだ」
◇
「ソア!」
レイナが声を上げた。
「こっちも、長くは持たない!」
《絶対鏡盾》に、黒い光がまとわりついている。
ヴァルトの籠手も、限界に近づいていた。
ミレイユの鎖は細く震え、シードの葉の光も弱まり始めている。
ソアは仲間たちを見た。
自分だけが頑張ればいいわけじゃない。
誰か一人が、すべてを背負えばいいわけでもない。
「みんな!」
ソアは叫んだ。
「無理しないで! 力を取られそうになったら、いったん切って!」
ミレイユが頷く。
「分かったわ!」
レイナも、盾の角度を変えた。
「受け止め続けるのではなく、必要な瞬間だけ受け流す!」
ヴァルトは籠手を握りしめた。
「力を手放すことを、恐れるな……か」
黒い結晶が、彼の腕を覆い尽くそうとする。
ヴァルトは、あえて拳を開いた。
その瞬間、吸い上げられていた魔力の流れがわずかに変わった。
奪われていた力の一部が、仲間たちへ戻っていく。
「……そういうことか」
ヴァルトは顔を上げた。
「管理者は、力を集めることで循環を止めている!」
「だったら、みんなで流れを作ればいいんだね!」
ソアが答えた。
シードの葉が、再び輝く。
「……うん」
小さな声。
「……みんなで、つなぐ」
ミレイユの《願結び》が、細い光を伸ばした。
今度は、力を一つにまとめるためではない。
それぞれが自分の力を保ったまま、必要なときに渡し、必要なときに受け取るために。
レイナの盾が、流れを支える。
ヴァルトの籠手が、逆流を押し戻す。
ソアはその間を駆け抜け、結晶の接続部を断ち切っていく。
シードは、世界樹の記憶を受け取りながら、緑色の道を広げていった。
管理者の黒い光が、わずかに揺らいだ。
『……ナゼ、統合ヲ拒ム』
ソアは剣を構えたまま答えた。
「だって、私たちは別々の人間だもん!」
「違うから、助け合えるんだよ!」
「誰か一人が全部持っていなくても、みんなで支えられるんだ!」
その言葉に、管理者は沈黙した。
だが、次の瞬間。
ドクンッ!!
世界樹の中心が、再び大きく脈動した。
黒い結晶が、これまで以上の速度で広がっていく。
『……理解不能』
『ナラバ、循環経路ヲ遮断スル』
ミレイユの鎖が、一斉に弾かれた。
レイナの盾から光が消える。
ヴァルトの籠手が、重い音を立てた。
そして、シードの葉が震えた。
「……あ」
シードが、道の先を見つめた。
「……みちが……きえる」
緑色の光が、一本ずつ消えていく。
管理者は、最後の宣告を下した。
『個別接続ヲ終了』
『世界樹経路――遮断』
バキィィィン!!
空間を満たしていた光が、すべて途切れた。
静寂。
誰もが、自分の中にあった力の流れを感じられなくなっていた。
ソアは、剣を握りしめた。
「……そっか」
そして、仲間たちを見渡した。
「今度は、繋がりがなくても一緒に戦うんだね」
誰も、答えなかった。
けれど、レイナが盾を構えた。
ミレイユが杖を掲げた。
ヴァルトが拳を握った。
シードが、小さな手を伸ばした。
ソアは笑った。
「よし!」
一歩、前へ。
「行こう!」
世界樹の中心で、最後の循環が断ち切られようとしていた。




