第135話 失いたくない者と、手放す者
『最終管理プロトコル――実行』
管理者の声が響いた。
ゴォォォォォ……!!
空間の中央で、七つの光が渦を巻く。
巨神の籠手。
天翔の翼。
絶対鏡盾。
願結び。
竜皇砲。
終焉の剣。
そして、第七の器。
それぞれの光が、管理者の胸部へと引き寄せられていく。
「……っ!」
ソアは翼を広げた。
しかし、身体が重い。
スキンブーストの力が、急速に失われていく。
「何これ……! 身体が動かない……!」
『個別能力ヲ制限』
『統合率――上昇』
管理者の足元から、黒い結晶が広がった。
結晶は床を覆い、壁を伝い、天井へと伸びていく。
やがて空間全体が、巨大な黒い檻へと変わり始めた。
「ソア!」
レイナが盾を構える。
「こっちへ!」
ソアは翼を打とうとした。
だが、翼が光を失っている。
「……飛べない!?」
その瞬間、黒い結晶が足元から突き出した。
「危ない!」
レイナが飛び込み、盾で受け止める。
ガァンッ!!
凄まじい衝撃。
レイナの足が床を滑った。
「くっ……!」
「レイナ!」
「大丈夫! まだ持つ!」
しかし、盾の表面には黒い紋様が広がっていた。
絶対鏡盾の力まで、管理者に取り込まれようとしている。
「……そんな」
ミレイユが鎖を伸ばした。
「《願結び》!」
紫色の鎖がレイナの盾に繋がる。
しかし、鎖にも黒い結晶が絡みついた。
「くっ……! 接続そのものを乗っ取ろうとしているわ!」
ヴァルトが拳を握りしめた。
「なら、接続先を叩き潰す!」
彼は管理者へ向かって走り出した。
「うおおおおおっ!」
巨神の籠手が唸る。
ドゴォォン!!
拳が管理者の胸部に直撃した。
だが――
キィィン!
衝撃は、表面で弾かれた。
『攻撃無効化』
ヴァルトが目を見開く。
「……何だと?」
『巨神ノ籠手――統合対象』
黒い光が、ヴァルトの腕を覆い始めた。
「ぐっ……!」
籠手が、彼の腕から引き剥がされるように動く。
「ヴァルト!」
ソアが叫んだ。
ヴァルトは歯を食いしばり、拳を握り直した。
「……まだだ!」
「無理に抵抗したら、腕まで持っていかれるわ!」
ミレイユが叫ぶ。
「分かっている!」
ヴァルトは、管理者を睨んだ。
「だが、もう二度と……力を集めるために、誰かを犠牲にはしない!」
彼は、あえて籠手を握る力を緩めた。
抵抗するのをやめたわけではない。
籠手の力を、無理に自分の中へ閉じ込めることをやめたのだ。
巨神の籠手から、淡い光が漏れた。
その光はヴァルトの腕を離れ、レイナの盾へと流れていった。
「……!」
レイナが目を見開いた。
盾が、その光を受け止める。
そして、ミレイユの鎖を伝い、ソアの足元へと届いた。
一瞬だけ。
スキンブーストの感覚が戻った。
「……今の!」
ヴァルトが叫ぶ。
「力を抱え込むな! 流れを止めるな!」
ソアは頷いた。
「分かった!」
しかし、管理者はそれを見逃さなかった。
『循環経路ヲ検知』
『経路ヲ遮断』
バキィィン!!
黒い結晶が一斉に弾け、光の流れを断ち切った。
ソアの身体から、再び力が抜けていく。
「……っ!」
管理者の胸部では、七つの光が一つになりかけていた。
◇
「……どうすればいいの?」
ソアは息を切らしながら呟いた。
攻撃すれば、学習される。
力を流そうとすれば、経路を遮断される。
無理に抵抗すれば、器そのものを奪われる。
このままでは、七つの器が一つにまとめられてしまう。
「……ソア」
小さな声がした。
シードだった。
黒い結晶の向こう側で、シードの葉が淡く光っている。
「シード!」
ソアは手を伸ばした。
「こっちへ来て!」
「……うん」
シードは歩き出した。
しかし、足元から黒い結晶が伸び、行く手を塞いだ。
『第七の器』
『記憶ヲ開放セヨ』
『統合ニヨリ、世界ノ循環ハ安定スル』
シードは立ち止まった。
そして、管理者を見上げた。
「……ちがう」
『何ガ違ウ』
「……きおくは」
シードは、自分の胸元に手を当てた。
「……あつめる、だけじゃない」
葉が、ゆっくりと輝きを増す。
「……うけとって」
一歩。
「……つぎへ、わたす」
もう一歩。
黒い結晶が、シードの足元へ迫った。
それでもシードは、止まらなかった。
「……わたしが、きめる」
その瞬間。
シードの葉から、緑色の光が広がった。
光は黒い結晶を破壊するのではなく、その隙間を縫うように進んでいく。
一本。
二本。
三本。
細い光の道が、空間全体へと伸びた。
レイナの盾へ。
ミレイユの鎖へ。
ヴァルトの籠手へ。
そして、ソアへ。
「……これ」
ソアは息を呑んだ。
シードの光は、力を奪っていない。
誰かの力を、自分のものにしているわけでもない。
ただ、それぞれを繋いでいた。
「シード……!」
シードが、ソアを見た。
「……ソア」
「うん!」
「……いっしょに、かえろう」
ソアは笑った。
「うん。みんなで帰ろう!」
◇
『未知ノ循環経路ヲ検知』
管理者の声に、初めて焦りが混じった。
『接続ヲ解除セヨ』
黒い結晶が、緑色の光へと襲いかかる。
しかし、光は消えなかった。
結晶に遮られた場所では、別の道へと流れていく。
一本の道が塞がれても、別の道が生まれる。
レイナが、ゆっくりと立ち上がった。
「……そういうことなのね」
彼女は盾を掲げた。
「私は、みんなを一人で守る必要はない」
盾の表面に、緑色の光が広がる。
「みんなの力を受け取り、みんなへ返す!」
絶対鏡盾が輝いた。
ミレイユも頷いた。
「私も、誰かを縛るために力を使わない」
紫色の鎖が、緑色の光と繋がる。
「願いを繋ぐために使うのよ!」
ヴァルトは巨神の籠手を見つめた。
「……俺は、力を集めることで誰かを守ろうとしていた」
拳を握る。
「だが、力を持ち続けることだけが、守ることじゃない」
籠手から、光が溢れた。
「この力も、次へ渡す!」
三人の声が、空間に響いた。
ソアは剣を握り直した。
身体に、少しずつ力が戻ってくる。
翼が広がる。
スキンブーストが、再び脈打った。
「……よし!」
ソアは管理者を見据えた。
「みんなの力、ちゃんと届いてるよ!」
『……理解不能』
管理者が後退した。
『力ハ、一元管理サレルベキモノ』
『分散ハ、損失ヲ生ム』
「違うよ!」
ソアは叫んだ。
「分けるから、受け取れるんだよ!」
翼が大きく羽ばたいた。
「受け取るから、次へ渡せるんだよ!」
ソアは床を蹴った。
ダッ!!
今度の一歩は、さっきまでとは違った。
一人で無理に力を絞り出すのではない。
仲間たちから受け取った力を、自分の力とともに次へと繋いでいく。
翼が光る。
スキンブーストが応える。
ソアの身体が、一直線に管理者へと加速した。
「これが――!」
剣を振り上げる。
「私たちの選んだ、戦い方だぁぁぁ!!」
ザシュッ!!
剣が管理者の胸部を切り裂いた。
黒い装甲が砕け、七つの光が露わになる。
『統合率――低下』
『循環経路――不安定』
『管理機能――損傷』
管理者の身体が、大きく揺らいだ。
「……やった!」
ソアが声を上げる。
しかし。
管理者の胸部にある七つの光は、まだ一つになりかけていた。
『……停止、不能』
管理者は、震える腕を持ち上げた。
『世界樹ノ循環ガ停止スレバ、世界ハ再ビ崩壊スル』
『ワタシハ……止マレナイ』
ソアは剣を下ろさなかった。
「……止めるよ」
一歩、前へ出る。
「でも、世界を壊すためじゃない」
シードが、ソアの隣に立った。
小さな葉が、静かに輝いている。
「……みんなで、かえる」
ソアは頷いた。
「うん。あなたも一緒にね」
管理者の仮面が、わずかに揺れた。
『……ワタシ、モ?』
「そうだよ」
ソアは笑った。
「あなたも、世界樹を守りたかったんでしょう?」
「だったら、今度は一緒に考えようよ」
管理者は動かなかった。
その胸部では、七つの光が激しく明滅している。
そして。
『……最終段階』
管理者の声が、空間全体に響いた。
『世界樹経路――完全接続』
緑色の光が、黒い結晶に覆われていく。
シードが息を呑んだ。
「……だめ」
ソアは、管理者を見据えた。
まだ終わっていない。
ここから先に、最後の答えがある。
「……みんな!」
ソアは剣を握りしめた。
「最後まで、一緒に行こう!」
仲間たちが頷く。
七つの器が、最後の輝きを放った。
そして、世界樹の深部へと繋がる道が、ゆっくりと開き始めた。




