第133話 管理者の本当の姿
ピシッ。
中央の光の柱に、亀裂が走った。
ピシッ、ピシッ、ピシッ――!
亀裂は瞬く間に広がり、柱の表面を覆い尽くしていく。
「……何が起きてるの?」
ソアが剣を構えた。
レイナも盾を前に出す。
ヴァルトは巨神の籠手を握りしめ、ミレイユはシードを守るように立った。
そして。
ガシャァァァン!!
光の柱が砕け散った。
飛び散る破片。
吹き荒れる魔力。
その中心から、一つの影が降り立った。
二本の腕。
二本の脚。
人間と同じ形をしている。
しかし、その身体は黒い金属と半透明の結晶で構成されていた。
胸部には、七つの光が絡み合った巨大な核。
顔には、先ほどまで管理者が着けていたものと同じ仮面がある。
ただし、その仮面には表情を模した装飾がなかった。
まるで、最初から感情というものを持たない存在のようだった。
『管理者本体――戦闘形態へ移行』
「……あれが、本体?」
レイナが息を呑んだ。
『肯定』
管理者は、ゆっくりと顔を上げた。
『排除対象ヲ再確認』
『ソア・ミュスカ』
『第七の器』
『優先排除対象ト認定』
「えっ、私も!?」
ソアが自分を指さした。
「シードだけじゃないの!?」
『貴殿ハ、管理機構ニ対スル最大ノ不確定要素』
「それ、褒めてる?」
「褒めていないと思うぞ」
ヴァルトが即答した。
「だよね!」
ソアは剣を握り直した。
「でも、そっちから狙ってくるなら、ちょうどいいよ!」
『戦闘開始』
管理者の姿が消えた。
「――っ!?」
次の瞬間。
ドゴォォォン!!
レイナの盾に、凄まじい衝撃が叩きつけられた。
「ぐっ……!」
レイナの足が床を滑る。
管理者は、いつの間にか目の前にいた。
右腕を振り抜いた姿勢のまま、静かに立っている。
「速い……!」
ソアが翼を広げた。
「私が行く!」
地面を蹴る。
スキンブーストで強化された身体が、一気に加速した。
管理者の側面へ回り込み、剣を振る。
ザシュッ!
刃が黒い装甲を捉えた。
しかし。
キィィン!
金属音が響き、剣が弾かれた。
「えっ!?」
『攻撃軌道ヲ解析』
管理者の腕が動く。
「うわっ!」
ソアは翼を打ち、真上へ飛び上がった。
直後、拳が足元を通り過ぎる。
間一髪だった。
「今の、完全に狙ってきた……!」
『回避行動ヲ学習』
管理者の顔が、ソアを追う。
『次回回避率、低下』
「そんなことまで言わなくていいよ!」
ソアは空中で身体をひねった。
「だったら、次は――!」
翼の向きを変え、壁を蹴る。
軌道を読ませないよう、急角度で管理者へ接近した。
剣を振り下ろす。
ガキィン!
今度は、管理者の左腕が剣を受け止めた。
「また!?」
管理者の膝が迫る。
ソアは身をひねったが、完全には避けきれなかった。
ドンッ!
「きゃあっ!」
身体が吹き飛ぶ。
翼を広げて姿勢を立て直したものの、着地したソアは片膝をついた。
「……っ、痛い」
スキンブーストで反応速度を高めても、相手の動きそのものが変化している。
一度見せた攻撃は、次には通じにくくなる。
速さだけでは、押し切れない。
「ソア!」
レイナが駆け寄ろうとした。
しかし、管理者が片手を掲げた。
床から黒い壁がせり上がり、二人の間を遮る。
「くっ、分断するつもりか!」
ミレイユが鎖を放った。
「《願結び》!」
紫色の鎖が壁を越え、ソアの腕に繋がる。
「ソア、聞こえる!?」
「聞こえるよ!」
「一人で突っ込まないで! 相手はあなたの動きを学習しているわ!」
「分かってる!」
ソアは立ち上がった。
「でも、ずっと逃げてるわけにもいかないよね!」
「だからといって、正面から何度も斬りかかるのはやめなさい!」
「うっ……それは、そう!」
ミレイユの声が飛んでくる。
「……本当に分かっているのかしら」
◇
管理者の背後から、六本の機械腕が展開した。
それぞれの先端には、剣、槍、鎌、砲口。
形状の違う武器が、ソアを取り囲む。
『複合攻撃ヲ開始』
「ちょっと待って!」
ソアが叫ぶ。
「武器の種類まで増えたんだけど!?」
六本の腕が、一斉に動いた。
右から剣。
左から槍。
上から鎌。
そして、正面の砲口が光る。
「多い、多い、多いっ!」
ソアは翼を大きく広げた。
地面を蹴り、槍をかわす。
壁を蹴り、鎌の軌道を外れる。
空中で身体をひねり、剣を避けた。
直後。
ドォン!!
砲撃が背後で炸裂した。
衝撃波に煽られ、ソアの身体が大きく傾く。
「うわぁっ!」
翼を打つ。
しかし、次の攻撃が迫っていた。
「間に合わない――!」
その瞬間。
ガァン!!
巨神の籠手が、横から機械腕を叩き潰した。
「ヴァルト!」
「借りを返すと言っただろう!」
ヴァルトは拳を構えた。
「お前一人に戦わせるつもりはない!」
「……うん!」
ソアの顔が明るくなった。
管理者の腕が、ヴァルトへ向く。
その動きを見たミレイユが叫んだ。
「レイナ、今よ!」
「任せて!」
レイナが絶対鏡盾を構えた。
管理者の砲撃が放たれる。
ドォォン!!
レイナは正面から受け止めず、盾の角度を変えた。
衝撃が斜めへ流れる。
その力をミレイユの《願結び》が繋ぎ、ヴァルトの籠手へと導いた。
「受け取れ、ヴァルト!」
「言われなくても!」
ヴァルトが拳を突き出す。
ドゴォォン!!
砲撃の力が、拳とともに管理者へ返された。
管理者の胸部に火花が散る。
『攻撃経路――予測外』
「よしっ!」
ソアが声を上げた。
「今の、効いたよ!」
『反撃方式ヲ解析』
管理者の胸部の光が変化する。
『次回、同一攻撃ノ有効性ハ低下スル』
「……またそれ!」
ソアは頬を膨らませた。
「なんでも分析すればいいってものじゃないんだから!」
「ソア!」
レイナが叫んだ。
「文句を言うのは後よ!」
「はーい!」
◇
戦闘は続いた。
ソアは翼で攻撃を避け、ヴァルトは籠手で機械腕を破壊する。
レイナは仲間を守りながら攻撃の軌道を変え、ミレイユは願結びで全員の動きを繋いだ。
だが、管理者は少しずつ対応していった。
ソアが空中へ逃げれば、天井から槍を放つ。
ヴァルトが拳を振るえば、衝撃を吸収する装甲を展開する。
レイナが盾で反射すれば、反射角を予測して攻撃を変える。
ミレイユが鎖を繋げば、魔力経路を切断しようとする。
一つずつ、対策が増えていく。
「……このままじゃ、きりがないわね」
ミレイユが歯を食いしばった。
「私たちが動くたびに、相手が強くなっているようなものよ」
「いや……」
ヴァルトが管理者を睨んだ。
「強くなっているわけじゃない」
「どういうこと?」
「俺たちの力を、効率よく潰す方法を見つけているんだ」
管理者の胸部にある七つの光。
そのうち、いくつかが彼らの攻撃に反応していた。
まるで、器の力を観察し、模倣しているかのようだった。
「……七つの器の能力を、全部使えるようになろうとしている?」
レイナが呟いた。
『肯定』
管理者が答えた。
『器ノ機能ヲ統合スレバ、完全ナ循環ヲ再現可能』
「完全な循環……?」
ソアが顔を上げた。
管理者は腕を広げた。
『力ノ移動ハ管理サレ、損失ハ最小化サレル』
『不必要ナ選択ハ排除サレル』
『世界ハ、二度ト崩壊シナイ』
その声には、怒りも喜びもなかった。
ただ、揺るぎない確信だけがあった。
「……でも」
ソアは管理者の胸部を見つめた。
「それって、本当に循環なの?」
『何ガ問題ダ』
「だって、あなたは力を全部自分の中に集めようとしてる」
ソアは一歩、前へ出た。
「それじゃあ、流れてるんじゃなくて、あなたが持ってるだけだよ」
管理者が沈黙した。
ほんの一瞬。
本当に、わずかな間だけだった。
けれど、ソアは見逃さなかった。
「……やっぱり」
ソアの目が細くなる。
「あなたは、世界樹の力を使っている。でも、世界樹が本当にしていたことは、まだ分かってないんだ」
『誤認』
管理者が腕を振り上げた。
『排除ヲ続行』
◇
黒い光が、再び空間を覆った。
管理者の胸部から伸びた光の線が、四方へ広がる。
その線が、レイナの盾に触れた。
ミレイユの鎖に触れた。
ヴァルトの籠手に触れた。
そして、ソアへと伸びる。
「危ない!」
ソアは翼を広げた。
しかし、光の線は攻撃ではなかった。
身体に触れる寸前で止まり、彼女の周囲を取り囲んだ。
『各器ノ接続ヲ開始』
「……っ!」
身体が重くなる。
スキンブーストの感覚が、急速に薄れていった。
「なに、これ……!」
翼も、思うように動かない。
レイナが盾を構え直そうとする。
しかし、盾の表面に黒い紋様が広がった。
「盾の力が……!」
ミレイユの鎖も、ヴァルトの籠手も、同じように黒い光に覆われていく。
『個別ノ意思ニ依存スル機能ヲ制限』
『統合準備ヲ開始』
「……そんな!」
ソアは必死に剣を握った。
けれど、身体が動かない。
力が消えたわけではない。
力を使うための道を、塞がれている。
「……ソア!」
シードの声がした。
ソアは顔を上げた。
シードは、黒い光の中で両手を握りしめていた。
小さな葉が、激しく明滅している。
「シード、逃げて!」
「……いや」
シードは首を振った。
「……みんな、いる」
「でも……!」
「……ひとりに、しない」
シードの葉から、緑色の光が広がった。
その光は、ソアの手に触れた。
そして、レイナへ。
ミレイユへ。
ヴァルトへ。
一本ずつ、細い光の糸が繋がっていく。
『未知ノ接続経路ヲ検知』
管理者の声に、初めて乱れが生じた。
『第七の器。何ヲ実行シテイル』
シードは、ゆっくりと顔を上げた。
「……うけとる」
葉が輝く。
「……でも、ぜんぶは、あげない」
緑色の光が、黒い線の隙間を縫うように広がっていった。
ソアは、その光を感じた。
自分の中に、力が戻ってくる。
しかし、それは以前のように、一人で強くなる感覚ではなかった。
レイナの守る力。
ミレイユの繋ぐ力。
ヴァルトの拳に宿る力。
そして、シードが受け取った記憶。
それぞれが混ざり合うのではなく、それぞれのまま繋がっている。
「……そっか」
ソアは微笑んだ。
「これが、世界樹の循環なんだね」
管理者の胸部に、再び亀裂が走った。
ピシッ。
『統合率――低下』
ピシッ。
『制御経路――不安定化』
管理者が初めて、明確に後退した。
ソアは剣を握り直す。
翼が広がる。
「みんな!」
「ええ!」
「分かっている!」
「いつでもいいわ!」
ヴァルトが拳を構えた。
レイナが盾を掲げる。
ミレイユの鎖が輝く。
シードの葉が、緑色の光を放つ。
ソアは大きく息を吸った。
「今度は、私たちが返す番だよ!」
彼女は床を蹴った。
ダッ!!
翼とスキンブーストが、同時に輝いた。
仲間たちの力が、その一歩を支える。
ソアは管理者へ向かって、一直線に飛び込んだ。
そして――
「これが、私たちの選んだ力だぁぁぁ!!」
剣が、管理者の胸部へと迫った。
だが、その直前。
管理者の仮面が、ゆっくりと割れた。
その奥にあったのは、機械でも、魔物でもない。
ひどく古びた、人間の顔だった。
「……え?」
ソアの剣が止まった。
管理者の口が、初めて動いた。
『……ワタシハ』
その声は、先ほどまでの無機質なものとは違っていた。
『……失イタク、ナカッタ』
空間の光が、すべて消えた。
そして、ソアたちの前に。
管理者が最も恐れていた、遠い過去の記憶が浮かび上がろうとしていた。




