第130話 シードが受け取ったもの
『世界樹経路への接続を優先』
『管理対象――ソア・ミュスカ』
『第七の器――回収を開始』
無機質な声が、巨大な空間に響いた。
「……回収?」
ソアは眉をひそめた。
「シードを、物みたいに言わないで」
返事はなかった。
代わりに、天井から黒い結晶が降り注いだ。
バキバキバキッ!
床に突き刺さった結晶から、無数の細い線が伸びる。
まるで蜘蛛の巣のように、空間を覆っていく。
「みんな、離れて!」
レイナが叫んだ。
ソアはシードの手を引き、横へ跳ぶ。
直後、二人がいた場所を黒い線が貫いた。
ドォンッ!
床が砕ける。
「うわっ……!」
「ソア、右!」
ヴァルトの声。
ソアは振り向かずに身体をひねった。
背後から迫っていた黒い結晶を、剣で弾く。
キィンッ!
だが、弾かれた結晶は空中で向きを変え、再びソアへ向かってきた。
「しつこい!」
ソアは翼の魔力を解放した。
床を蹴り、空中へ。
身体をひねって結晶をかわし、そのまま壁を蹴って軌道を変える。
「シード、こっち!」
「……うん!」
シードはソアについて走った。
しかし、黒い線は二人を追うように伸びてくる。
ミレイユが《願結び》を発動した。
「こちらも忘れないで!」
紫色の鎖が黒い線へ絡みつく。
ギリギリギリッ!
「くっ……!」
ミレイユの額に汗が浮かんだ。
「この魔力……ただの防衛機構じゃないわ。世界樹の経路そのものを利用している!」
「なら、経路を切ればいい!」
ヴァルトが巨神の籠手を振り上げた。
「おおおおっ!」
ドゴォンッ!!
黒い結晶が砕け散る。
しかし、その破片はすぐに再結合した。
『外部干渉ヲ確認』
『接続経路ヲ変更』
「……くそっ!」
ヴァルトが舌打ちした。
壊しても、すぐに別の経路から繋がり直す。
このままでは、いくら戦っても終わらない。
そして、管理者の狙いは明らかだった。
シード。
世界樹の記憶を受け取り、次の命へと渡す存在。
その力を、再び一つの場所に集めようとしている。
「……シードを渡すわけにはいかない」
ソアは剣を握り直した。
「絶対に」
◇
空間の中央に、巨大な黒い結晶が現れた。
その表面に、無数の光が浮かび上がる。
人の顔。
街並み。
燃える森。
崩れ落ちる建物。
そして――。
「……え?」
ソアは足を止めた。
結晶の中に、見覚えのない光景が映っていた。
大きな樹。
その根元に集まる人々。
人々はそれぞれ、光を手にしていた。
光は人から人へと渡り、樹の根を通って世界へ広がっていく。
しかし、ある時。
一人の人物が、光を抱え込んだ。
すると、流れが止まった。
樹の葉が枯れ始める。
大地から光が消えていく。
「……これって」
シードが、ぽつりと呟いた。
「……きおく」
その小さな声に、ソアは振り向いた。
シードの葉が、淡い緑色に輝いていた。
「シード?」
「……ここに、のこってる」
シードは胸元に手を当てた。
「……なくなったものも、きえてない」
その言葉とともに、結晶の中の光景が変わった。
今度は、別の場所。
荒れ果てた土地で、誰かが倒れている。
その傍らで、一人の人物が泣いていた。
手を伸ばしても、届かない。
力を求めても、間に合わない。
そして、その人物は立ち上がった。
両手に、次々と光を集め始めた。
「……」
ヴァルトの表情が変わった。
「……俺の記憶か」
ソアはヴァルトを見た。
「ヴァルト……」
彼は答えなかった。
ただ、拳を強く握りしめていた。
結晶の中の人物が、さらに光を集めていく。
その周囲から、人々の光が消えていった。
助けるために集めた力。
失わないために抱えた力。
それがいつしか、世界の流れを止めていた。
シードは、結晶を見つめた。
「……ちがう」
小さな声だった。
「……うけとる、ことと……」
シードはゆっくりと顔を上げた。
「……ぜんぶ、もつことは……ちがう」
その言葉に、ヴァルトの肩がわずかに揺れた。
◇
『第七の器――記憶保持能力ヲ確認』
『記憶抽出ヲ開始』
黒い結晶が、一斉に輝いた。
シードの身体が、びくりと震える。
「……っ!」
足元から、黒い光が伸びた。
「シード!」
ソアが駆け寄る。
しかし、黒い線が二人の間に割り込んだ。
バキィンッ!
「くっ!」
ソアは剣を振るった。
結晶を切り裂く。
だが、切り口から新しい線が伸び、シードの腕へ絡みついた。
「……いや」
シードが、小さく呟いた。
「……これは、わたしの……」
黒い線が、さらに深く食い込む。
シードの葉が激しく揺れた。
その光が、少しずつ弱くなっていく。
「シード!!」
ソアは翼を解放した。
一瞬で距離を詰める。
黒い線を切り払い、シードの前へ飛び込んだ。
「離して!」
剣を振る。
ザシュッ!
黒い結晶が砕ける。
しかし、別の結晶がすぐに伸びてきた。
ソアは避け、切り、さらに踏み込む。
《スキンブースト》が反応する。
敵の動きが見える。
攻撃の軌道が分かる。
けれど、数が多すぎた。
「くっ……!」
一本の線が、ソアの腕をかすめた。
続いて、足元から結晶が伸びる。
ソアは跳び上がったが、空中にも黒い線が走っていた。
「うわっ!」
翼で軌道を変える。
それでも、シードとの距離が縮まらない。
「ソア……!」
シードが手を伸ばした。
「……わたし、だいじょうぶ……」
「大丈夫じゃないよ!」
ソアは叫んだ。
「全然、大丈夫じゃない!」
シードは目を見開いた。
ソアは歯を食いしばる。
「記憶を受け取るのも、残すのも、シードが決めることだよ!」
黒い線を剣で弾く。
「管理者が勝手に決めていいことじゃない!」
◇
「ソア、少しだけ時間を稼いで!」
レイナが叫んだ。
「分かった!」
ソアは再び走り出した。
翼で壁を蹴り、黒い線の隙間を縫う。
敵の攻撃を誘い、シードから注意をそらす。
レイナは《絶対鏡盾》を展開した。
「この経路を、こちらへ!」
盾が輝く。
黒い線の一部が反射され、別の結晶へ向かう。
ミレイユが《願結び》でその流れをつなぐ。
「今なら、接続先を限定できるわ!」
ヴァルトは巨神の籠手を握りしめた。
「なら、俺がその結晶を砕く!」
「待って、ヴァルト!」
ソアが叫んだ。
「シードに繋がっている結晶まで壊したら、記憶がどうなるか分からない!」
ヴァルトは拳を止めた。
「……なら、どうする?」
ソアはシードを見つめた。
シードは震えながらも、黒い線を見つめ返していた。
怖いはずだ。
自分の中にある大切な記憶を、無理やり引き抜かれようとしているのだから。
それでも、シードは目を逸らさなかった。
「……ソア」
「うん!」
「……わたし、うけとる」
シードは震える声で言った。
「……でも、ぜんぶは……あげない」
その瞬間。
葉が、強く輝いた。
淡い緑色の光が、シードの足元から広がる。
黒い線の先端が、ぴたりと止まった。
「……これは!」
ミレイユが目を見張った。
シードは両手を広げた。
「……きおくは……」
一度、息を吸う。
「……わたしが、うけとる」
緑の光が、黒い結晶の隙間へ入り込んでいく。
「……でも……」
シードはソアを見た。
「……つぎへ、わたす」
光が走った。
黒い線が、次々と切り離される。
吸い上げられていた記憶が、シードの身体へ戻っていく。
消えたわけではない。
奪われたわけでもない。
シードが、自分の意志で受け取り直したのだ。
◇
『異常ヲ確認』
『記憶抽出――失敗』
『第七の器ノ自律性――再評価』
管理者の声に、初めて明確な揺らぎが生じた。
「……自律性?」
ソアはシードの隣へ駆け寄った。
「当たり前でしょ」
ソアはシードの手を握った。
「シードは、シードなんだから」
シードは、ゆっくりと頷いた。
「……シードは、シード」
そして、小さく笑った。
「……ソアは、ソア」
ソアも笑った。
「うん!」
だが、安心するのはまだ早かった。
巨大な黒い結晶が、空間の中央でひび割れ始めた。
ゴゴゴゴゴ……。
その奥から、別の光が漏れている。
赤黒い光ではない。
淡い緑色。
シードの葉と同じ色だった。
「……あそこ」
シードが指さした。
「……ほんとうの、みち」
結晶が崩れ落ちる。
その向こうに現れたのは、細い光の通路だった。
通路は、竜皇砲の中心を抜け、さらに深い場所へと続いている。
壁には古い文字が刻まれていた。
『力を集める者は、やがて流れを失う』
『力を返す者は、次の命へ道を残す』
ソアは、その文字を見つめた。
「……これが、本当の道なんだね」
シードは頷いた。
「……うん」
ヴァルトは、しばらく黙っていた。
やがて、低い声で呟いた。
「……俺は、力を集めれば守れると思っていた」
ソアは彼を見た。
「……でも、違ったんだね」
ヴァルトは目を閉じた。
「……ああ」
短い返事だった。
それでも、以前の彼なら決して認めなかった言葉だった。
◇
一行は、光の通路へ足を踏み入れた。
その瞬間。
背後で、黒い結晶が完全に崩れ落ちた。
『接続経路――消失』
『管理対象ノ再設定ヲ開始』
管理者の声が、遠くから響く。
『第七の器――回収対象』
『ソア・ミュスカ――排除優先度ヲ引キ上ゲ』
ソアは振り返った。
「……まだ諦めないんだ」
剣を握り直す。
「いいよ。何度でも相手になるから」
シードが、そっとソアの手を握った。
「……みんなで、かえる」
ソアは頷いた。
「うん。みんなで帰ろう」
そして、一行は通路の奥へ進んだ。
その先に待つのは、竜皇砲の本当の中枢。
そして、世界樹の力を一つに集めようとする存在――《始源の管理者》との、避けられない対決だった。




