第129話 絶対の盾が、映したもの
『防御特化型――投入』
赤い光が、通路の奥で灯った。
ゴゴゴゴゴ……。
壁が左右に開く。
その向こうから現れたのは、これまでの騎士型防衛機構とは明らかに異なる魔物だった。
巨大な盾。
太い四本の脚。
全身を覆う白銀の装甲。
そして、胸部には黒い結晶が埋め込まれている。
頭部には顔がない。
ただ中央に、一つの赤い光が浮かんでいた。
「……今度は盾持ちか」
ヴァルトが呟いた。
「大きいね……」
ソアは敵を見上げた。
「しかも、あの盾……」
レイナの表情が引き締まる。
敵が持つ盾は、身体の半分ほどを覆う巨大なものだった。
表面には、鏡のような光沢がある。
「レイナの《絶対鏡盾》に似てるね」
ソアが言った。
「ええ。でも、嫌な感じがするわ」
レイナは大剣を握り直した。
敵の赤い光が、レイナの盾へ向けられる。
『防御能力ヲ確認』
『反射機構――模倣ヲ開始』
「……模倣?」
ミレイユが眉をひそめた。
次の瞬間。
防衛機構が盾を構えた。
ドォンッ!!
盾の表面が光る。
衝撃波が通路を走り、ソアたちは一斉に壁際へ吹き飛ばされた。
「きゃあっ!」
ソアは空中で翼を広げ、壁を蹴って着地した。
レイナは大剣を床に突き立て、衝撃に耐えた。
「……今の、反射したの?」
ヴァルトが拳を握る。
「試してみるしかないな」
彼は踏み込んだ。
巨神の籠手が唸る。
「おおおおっ!」
ドゴォンッ!!
拳が盾に直撃した。
だが――。
キィィンッ!
衝撃がそのまま跳ね返る。
「ぐっ!」
ヴァルトの身体が後方へ弾き飛ばされた。
ソアが翼を解放し、空中で受け止める。
「ヴァルト!」
「……大丈夫だ」
ヴァルトは顔をしかめながら立ち上がった。
「正面からの攻撃は、全部返されるらしい」
ミレイユが指先を動かす。
紫色の鎖が敵の脚へ伸びた。
「なら、動きを止めるわ!」
《願結び》。
鎖が脚に絡みつく。
しかし、敵は盾を地面に叩きつけた。
ガァンッ!
紫色の鎖が弾け飛ぶ。
「そんな……!」
『拘束機構ヲ解析』
『干渉経路ヲ遮断』
ミレイユが歯を食いしばった。
「魔法まで対策しているのね……!」
ソアは敵の周囲を走った。
壁を蹴る。
天井へ跳ぶ。
翼の魔力で軌道を変え、背後へ回り込む。
「だったら、後ろから!」
剣を振り下ろす。
ガキィンッ!
刃が装甲に弾かれた。
「うそっ!?」
敵が振り返る。
盾が横薙ぎに振られた。
ソアは身をひねって避けたが、風圧だけで身体が吹き飛ばされた。
「わわわっ!」
翼を広げ、なんとか着地する。
「……硬すぎない!?」
レイナは敵を見つめていた。
攻撃は反射される。
拘束も通じない。
背後へ回っても、装甲が厚すぎて傷をつけられない。
そして、敵は攻撃するたびにこちらの戦い方を学習している。
「……厄介ね」
レイナは大剣を構えた。
「でも、止めなければ先へ進めない」
一歩、前へ出る。
「私が受け止めるわ」
「レイナ!」
ソアが叫んだ。
「一人で受けないで!」
「分かっているわ」
レイナは振り返らずに答えた。
「でも、あの攻撃を止められるのは私しかいない」
その声には、いつもの揺るぎない自信があった。
けれど、ソアには分かった。
レイナは今、また一人で全部を背負おうとしている。
◇
防衛機構が動いた。
四本の脚が床を踏みしめる。
盾が持ち上がる。
その表面に、赤い光が集まっていく。
「来る!」
レイナが叫んだ。
ドォォォン!!
強烈な衝撃波が放たれた。
レイナは《絶対鏡盾》を展開する。
キィィィンッ!
光の盾が衝撃を受け止めた。
床が砕ける。
足元が沈む。
それでも、レイナは耐えた。
「ぐっ……!」
腕が震える。
盾の表面に亀裂のような光が走る。
「レイナ、交代して!」
ソアが駆け出した。
「ダメよ!」
レイナは叫んだ。
「今、私が離れたら、みんなに直撃する!」
「でも……!」
「大丈夫!」
レイナは歯を食いしばった。
「私は、鉄壁のレイナよ!」
その言葉とともに、盾が強く輝いた。
衝撃波を押し返す。
防衛機構の巨体が、わずかに後退した。
「今よ!」
レイナが叫ぶ。
ソアは一瞬で距離を詰めた。
翼で加速し、敵の側面へ回り込む。
剣を振る。
ガキィンッ!
装甲が少しだけ削れた。
「あと少し……!」
だが、敵はすぐに姿勢を立て直した。
盾を回転させる。
再び衝撃波。
「っ!」
ソアは飛び退いた。
ミレイユの鎖が壁に打ち込まれる。
ヴァルトも巨神の籠手で床を砕き、踏ん張った。
それでも、衝撃は止まらない。
レイナの盾が、少しずつ押し込まれていく。
「レイナ!」
ソアが叫ぶ。
「もう一人で耐えなくていいんだよ!」
「……!」
レイナの表情が揺れた。
かつて、彼女は守ることを自分一人の責任だと思っていた。
強ければ守れる。
硬ければ失わずに済む。
そう信じて、すべての攻撃を一人で受け止めようとしていた。
けれど、ミレイユと共に戦ったとき。
ソアに助けられたとき。
仲間の力を信じることを覚えたはずだった。
それなのに。
「……私は」
レイナの腕が震える。
「また、一人で守ろうとしていたのね」
「レイナ!」
ソアは敵の衝撃を避けながら叫んだ。
「私たちもいるよ!」
ミレイユが続ける。
「あなた一人に全部背負わせるつもりはないわ!」
ヴァルトも拳を構えた。
「お前が盾になるなら、俺は敵の攻撃を崩す!」
シードが小さく手を伸ばした。
「……みんなで、まもる」
その言葉を聞いた瞬間。
レイナの中で、何かが変わった。
守ることは、一人で耐えることではない。
仲間を信じ、仲間に託し、仲間と共に立つこと。
「……そうね」
レイナは息を吸った。
そして、盾を構え直した。
「みんな。力を貸して!」
ソアが笑った。
「もちろん!」
◇
レイナは《絶対鏡盾》を掲げた。
「ソア、敵の盾の動きを乱して!」
「任せて!」
ソアは床を蹴った。
翼の魔力が弾ける。
敵の側面へ回り込み、剣を装甲の継ぎ目へ叩きつけた。
ガキンッ!
敵が振り向く。
盾がソアを追う。
その瞬間、ヴァルトが踏み込んだ。
「こっちだ!」
巨神の籠手が、盾の縁を殴りつける。
ドゴォンッ!
敵の姿勢が崩れた。
ミレイユが《願結び》を発動する。
「今なら、少しだけ拘束できる!」
紫色の鎖が敵の脚へ絡みついた。
完全には止められない。
それでも、動きを一瞬だけ遅らせた。
「レイナ!」
ソアが叫ぶ。
「準備できたよ!」
レイナは頷いた。
「ありがとう!」
彼女は敵の正面へ踏み込んだ。
防衛機構が盾を構える。
赤い光が集まる。
再び、衝撃波が放たれた。
しかし、レイナは一人ではなかった。
ソアが敵の盾を横から叩き、照準をわずかにずらす。
ヴァルトが衝撃の一部を巨神の籠手で受け止め、勢いを削る。
ミレイユの鎖が敵の脚を引き、発射姿勢を崩す。
そのすべてが、ほんの一瞬の隙を作った。
レイナは、その隙に《絶対鏡盾》を展開した。
「私は――」
盾が光る。
「守ると決めたから、強くなる!」
キィィィィンッ!!
今までとは違う輝きが、盾の表面に広がった。
衝撃波をただ受け止めるのではない。
仲間たちが生み出した力を受け取り、方向を変え、必要な場所へと送り返す。
《絶対鏡盾》の光が、四人をつないだ。
ソアの翼の魔力。
ヴァルトの拳の衝撃。
ミレイユの鎖の拘束。
そして、レイナ自身の防御。
それぞれの力が、一瞬だけ盾の上で重なった。
「みんなの力を……!」
レイナは盾を押し出した。
「ここで返す!」
ドォォォンッ!!
衝撃波が反転した。
防衛機構の盾に、自らの攻撃が直撃する。
ガガガガガッ!!
白銀の装甲がひび割れた。
胸部の黒い結晶が露出する。
「今だ、ソア!」
ヴァルトが叫ぶ。
「うん!」
ソアは翼を解放した。
壁を蹴り、空中で軌道を変える。
《スキンブースト》が身体を加速させた。
一瞬で敵の懐へ入り込む。
「これで――!」
剣が、露出した黒い結晶を貫いた。
ザシュッ!!
赤い光が消える。
巨大な防衛機構は、ゆっくりと膝をついた。
ドォン……。
そして、動かなくなった。
◇
「……終わった?」
ソアは剣を下ろした。
「ええ」
レイナは盾を収めた。
その表情には、疲労と安堵が浮かんでいた。
「……今のは」
ミレイユが目を細める。
「《絶対鏡盾》の新しい力ね」
レイナは自分の手を見つめた。
盾は、いつもと同じようにそこにある。
けれど、先ほどの感覚は明らかに違っていた。
一人で攻撃を受け止めるのではなく、仲間たちの力を受け取り、つなぎ、返す。
「……私一人では、できなかった」
レイナは静かに言った。
「みんながいたから、できたのね」
ソアは笑った。
「うん!」
そして、胸を張った。
「私たち、いいチームだもん!」
「そうね」
ミレイユも微笑んだ。
ヴァルトは少し離れた場所で、巨神の籠手を見下ろしていた。
力を集めるのではなく、受け取って返す。
その戦い方を、彼も今、目の前で見た。
「……力は、一人で抱えるものじゃないのか」
小さな呟きだった。
ソアは聞き逃さなかった。
「そうだよ、ヴァルト」
彼女は笑顔で言った。
「一人じゃできないことも、みんなならできるから!」
ヴァルトは、すぐには答えなかった。
ただ、ほんの少しだけ表情を和らげた。
◇
通路の奥で、重い扉が開いた。
その先には、巨大な空間が広がっていた。
無数の魔力管。
赤黒い結晶。
そして、遠くに見える巨大な砲身の中枢。
シードが、ゆっくりと歩き出した。
葉が淡く光る。
「……ここ、ちがう」
「違う?」
ソアが尋ねる。
シードは首を振った。
「……まだ、もっと、おく」
その声は、いつもよりはっきりしていた。
「……ほんとうの、みち」
ソアは頷いた。
「分かった。じゃあ、もう少し進もう」
しかし、その直後。
空間全体に、無機質な声が響いた。
『防御特化型――撃破』
『予測外能力ノ発現ヲ確認』
『第七の器――再評価ヲ開始』
シードの葉が、ぴくりと揺れた。
『世界樹経路への接続を優先』
『管理対象――ソア・ミュスカ』
赤い光が、空間の奥で点灯する。
今度の標的は、レイナでもヴァルトでもない。
ソアとシード。
二人を結ぶ、世界樹の力そのものだった。
「……また私たち?」
ソアは剣を握り直した。
「もう、好きにさせないからね」
シードはソアの手を握った。
「……うん」
二人は、同じ方向を見つめた。
竜皇砲の本当の中枢は、すぐそこまで迫っていた。




