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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第十一章 竜皇砲と、集められる力

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第128話 翼と素肌の全力疾走


『近接防衛機構――第三段階ヘ移行』


無機質な声が響いた。


通路の奥で、巨大な影が動く。


ゴゴゴゴゴ……。


現れたのは、三体の騎士型防衛機構だった。


先ほどのものとは違う。


全身を覆う黒い装甲。


両腕には長大な刃。


背中には、壁と接続するための無数の機械腕が生えていた。


「……大きいね」


ソアが呟く。


「感想はそれだけか?」


ヴァルトが巨神の籠手を構えた。


「だって、さっきのより大きいし……」


ソアは首を傾げた。


「あと、ちょっと格好いい」


「今、褒めてる場合じゃないでしょう!」


ミレイユが叫んだ。


騎士型防衛機構の赤い目が光る。


『対象識別』


『高機動個体――優先排除』


「えっ、私!?」


ソアが自分を指さした。


『排除対象ヲ確認』


「いや、確認しなくていいから!」


次の瞬間。


三体が同時に動いた。


ドォンッ!!


一体が大剣を振り下ろす。


ソアは横へ跳んだ。


しかし、避けた先には二体目の刃が迫っていた。


「わっ!」


身体をひねる。


刃が髪をかすめた。


さらに三体目の機械腕が、退路を塞ぐ。


「ちょっ、連携がよすぎない!?」


ソアは床を蹴った。


だが、狭い通路では十分な距離を取れない。


「ソア、下がって!」


レイナが前へ出る。


ガァンッ!


大剣と敵の刃がぶつかった。


「くっ……!」


レイナの足が床を滑る。


ミレイユが《願結び》を発動し、敵の機械腕を縛った。


「今よ!」


ヴァルトが巨神の籠手を叩きつける。


ドゴォンッ!!


一体の装甲がへこんだ。


しかし、敵は倒れない。


黒い結晶が装甲の隙間から伸び、損傷した部分を修復していく。


「再生するのか……!」


ヴァルトが舌打ちした。


ソアは敵を見つめた。


速い。


硬い。


しかも、こちらの動きを見ている。


「……なるほど」


ソアは小さく頷いた。


「地面を走ってるだけじゃ、ダメなんだね」


「ソア?」


レイナが振り返る。


ソアは一歩、後ろへ下がった。


そして、背中に意識を集中させる。


淡い光が広がった。


羽ばたくような魔力の流れ。


《天翔の翼》。


かつて手にした、空を翔けるための宝具。


大きな翼を広げる必要はない。


この狭い通路で、必要なのはほんの一瞬の浮力と、進行方向を変えるための力だけだ。


ソアは膝を曲げた。


「よし……!」


床を蹴る。


ダッ!


同時に、翼の魔力を解放した。


フワッ。


身体が宙に浮く。


壁へ向かっていたはずの身体が、空中でわずかに軌道を変えた。


敵の刃が通り過ぎる。


ソアは壁に足をついた。


トンッ!


再び跳ぶ。


今度は天井すれすれ。


機械腕の隙間をすり抜け、敵の頭上へ回り込む。


「そこっ!」


剣を振り下ろす。


ガキィンッ!


頭部の装甲に亀裂が走った。


「やった!」


着地するより早く、ソアは翼の魔力をもう一度解放した。


空中で身体をひねり、敵の背後へ。


《スキンブースト》が反応する。


視界が鮮明になった。


敵の肩が動く。


機械腕が迫る。


刃の軌道が見える。


ソアは考えるより先に身体を動かした。


シュッ!


刃をかわす。


トンッ!


壁を蹴る。


ザシュッ!


関節の隙間へ剣を突き立てる。


「よしっ!」


騎士型防衛機構の右腕が落ちた。


ドサッ!


「一体目!」


ソアは笑顔で叫んだ。


「……速すぎないか、あいつ」


ヴァルトが呟いた。


「鎧を着ていたときとは、まるで違うわね……」


レイナも目を見張る。


ミレイユは感心しながらも、眉をひそめた。


「でも、あの動き……かなり消耗するはずよ」


その言葉どおりだった。


ソアは息を整えながら、額の汗を拭った。


「……うん。これ、ずっと続けるのは無理かも」


翼による急加速。


《スキンブースト》による反応速度の向上。


二つを同時に使えば、驚くほど自由に動ける。


けれど、身体への負担も大きい。


「だったら、短時間で決める!」


ソアは剣を握り直した。


     ◇


二体目の騎士が動いた。


今度は、先ほどと違う。


ソアが壁を蹴った瞬間、敵は攻撃を振り切らなかった。


刃を途中で止め、機械腕を横へ伸ばす。


ソアの着地点を塞ぐ。


「えっ!?」


ソアは空中で翼を動かした。


しかし、軌道を変えるには間に合わない。


ガンッ!


機械腕が脇腹に直撃した。


「きゃあっ!」


ソアの身体が吹き飛ぶ。


床を転がり、壁に背中をぶつけた。


「ソア!」


レイナが叫ぶ。


「だ、大丈夫……!」


ソアはすぐに立ち上がった。


痛みはある。


鎧があれば防げたかもしれない衝撃だった。


「……そっか」


ソアは敵を見た。


「私の動きを覚えてるんだ」


騎士型防衛機構の赤い目が光る。


『高機動個体ノ行動パターンヲ更新』


『空中軌道予測ヲ開始』


「うわぁ……!」


ソアは思わず声を上げた。


「学習するタイプ!?」


「どうやら、そのようだな!」


ヴァルトが敵の攻撃を受け止めながら答えた。


「同じ動きは通用しないぞ!」


「分かってる!」


ソアは立ち上がった。


そして、ふと自分の足元を見た。


床。


壁。


天井。


狭い通路。


普通なら、動きにくい場所。


でも――。


「……逆に考えれば」


ソアはニヤリと笑った。


「足場がいっぱいあるってことだよね!」


「ソア、何を考えているの!?」


ミレイユが叫ぶ。


「ちょっと、変なこと!」


「それは聞きたくなかったわ!」


ソアは走り出した。


今度は、まっすぐ敵へ向かわない。


右の壁を蹴る。


敵が迎撃する。


その刃を、左の壁を蹴って回避する。


天井へ跳ぶ。


敵の機械腕が伸びる。


ソアは翼の魔力を一瞬だけ解放し、身体を横へ滑らせた。


「こっち!」


敵が振り向く。


しかし、ソアはすでに反対側の壁に足をついていた。


トンッ!


トンッ!


トンッ!


まるで通路そのものを跳び回るように、ソアは進行方向を変えていく。


《スキンブースト》が敵の動きを捉える。


《天翔の翼》が、予測された軌道を外す。


敵は対応しようとする。


だが、ソアは同じ動きを二度と繰り返さなかった。


「そこだぁっ!」


壁を蹴った勢いのまま、敵の背中へ。


剣が黒い結晶の接続部を切り裂いた。


ザシュッ!


「まだ!」


着地と同時に踏み込み、膝の関節へ一撃。


ガキンッ!


騎士型防衛機構が崩れ落ちた。


ドォンッ!


「二体目!」


ソアは大きく息を吐いた。


「……やったぁ」


その場にしゃがみ込みそうになる。


しかし、まだ終わっていない。


最後の一体が、ゆっくりとこちらを向いていた。


赤い目が、これまで以上に強く光る。


『行動予測――更新完了』


『高機動個体ノ迎撃成功率ヲ上昇』


「……え?」


ソアの笑顔が引きつった。


「ちょっと待って。今のを見て、さらに強くなったの?」


『肯定』


「正直に答えなくていいよぉぉぉ!」


     ◇


最後の騎士型防衛機構が、両腕を広げた。


背中の機械腕が壁へ突き刺さる。


ガコンッ!


通路の壁が動いた。


床がせり上がる。


天井から無数の刃が降りてくる。


「全員、退避!」


レイナが叫んだ。


しかし、通路が変形し、逃げ道が塞がれていく。


ソアは翼の魔力を解放した。


一気に跳び上がる。


だが、敵はそれを待っていた。


機械腕が天井を横切る。


逃げ道を塞がれた。


「しまっ――!」


ソアの身体が空中で止まる。


いや、止まったように見えただけだった。


翼の魔力をわずかに絞り、落下の勢いを殺す。


その瞬間、敵の刃が迫る。


ソアは身体をひねった。


刃が肩をかすめる。


「くっ……!」


完全には避けきれない。


身体が傾く。


落下する。


その先には、突き出した機械腕。


「ソア!」


ヴァルトが駆け出そうとした。


しかし、レイナがその前に出た。


「待って!」


レイナは大剣を床へ突き立てた。


《絶対鏡盾》が輝く。


敵の機械腕が、レイナの前で弾かれた。


キィィンッ!


一瞬だけ、攻撃の軌道が逸れる。


その隙に、ミレイユの《願結び》が機械腕を縛った。


「今よ、ソア!」


「ありがとう!」


ソアは壁を蹴った。


翼が輝く。


《スキンブースト》が全身に力を巡らせる。


今度は、敵の正面へ向かった。


「逃げてばかりじゃ、終わらない!」


敵が大剣を振り上げる。


ソアは、その刃へ向かって走った。


「ソア、正面から行くな!」


ヴァルトが叫ぶ。


「大丈夫!」


ソアは笑った。


「正面から行くんじゃない!」


刃が振り下ろされる。


その瞬間、ソアは足元を蹴った。


翼の魔力が爆発する。


身体が斜め上へ跳ね上がった。


刃の軌道を紙一重で抜ける。


敵の頭上。


そこから、翼の魔力を一気に解放した。


落下速度が増す。


《スキンブースト》が、着地までのわずかな時間に全身の動きを合わせる。


剣を両手で握りしめた。


狙うのは、胸部の黒い結晶。


「これで――!」


ザシュッ!!


剣が結晶を貫いた。


赤い光が消える。


騎士型防衛機構の身体が、がくりと傾いた。


ガガガガガ……。


黒い装甲が崩れ落ちる。


ドォンッ!


巨大な機械が床に沈んだ。


静寂。


ソアは着地した。


膝が少し震えている。


「…………」


「ソア!」


レイナが駆け寄った。


「大丈夫!?」


「う、うん……」


ソアは笑おうとした。


「ちょっと……疲れた」


そして、その場にぺたりと座り込んだ。


「……あはは。さすがに、飛びすぎたかも」


ミレイユが呆れたように息を吐く。


「当然よ。あんな動きを続けていたら、身体がもたないわ」


「うん……次からは、もう少し考える」


「本当に?」


「……たぶん!」


「絶対、反省していないでしょう!」


レイナが笑った。


ヴァルトも小さく息を吐いた。


「だが、助かった。あの動きがなければ突破できなかった」


「えへへ……」


ソアは少し照れた。


しかし、すぐに顔を上げた。


「……ねえ、みんな」


「何?」


「私、やっぱり鎧がないと落ち着かない」


「今その話!?」


レイナが叫んだ。


「だって、いつもなら鎧が守ってくれるところを、自分で避けなきゃいけないんだもん」


ソアは自分の腕を見た。


「身軽なのはすごくいいけど、やっぱり鎧があると安心するんだよね」


その言葉に、ヴァルトは黙って頷いた。


守るために力を集めることと、守るために何かを身につけること。


似ているようで、違う。


ソアは鎧を愛している。


けれど、鎧だけに頼っているわけではない。


それを今、ヴァルトも少しだけ理解した気がした。


     ◇


一行は、動かなくなった防衛機構の向こうへ進んだ。


通路の先に、少し広い空間が現れる。


壁には、竜皇砲の内部を走る魔力管が無数に伸びていた。


その中央に、赤黒い結晶が浮かんでいる。


「……あれが、次の制御装置か?」


ヴァルトが尋ねた。


ミレイユは首を振った。


「違うわ。これは制御経路の一部。もっと奥に、本当の中枢があるはずよ」


シードが結晶を見つめた。


葉が、かすかに光る。


「……もっと、おく」


ソアは頷いた。


「うん。行こう」


そして、思い出したように振り返った。


「……あっ!」


「どうしたの?」


レイナが尋ねる。


ソアは来た道を見た。


「鎧!」


「……ああ」


「早く回収しなきゃ!」


ソアは立ち上がろうとした。


しかし、足がふらつく。


「……あれ?」


レイナが肩を支えた。


「少し休みなさい。鎧は逃げないわ」


「でも、寂しがってるかもしれないし……」


「だから、鎧は寂しがらないってば!」


ミレイユが叫んだ。


シードはソアの手を握った。


「……いっしょに、もどる」


ソアは笑顔になった。


「うん!」


今はまだ、鎧を着直すことはできない。


砲身の奥には、さらなる防衛機構が待っている。


そして管理者は、ソアの翼と《スキンブースト》の組み合わせを観測し、新たな対策を始めていた。


『高機動個体――脅威度再評価』


『次段階――防御特化型ヲ投入』


赤い光が、通路のさらに奥で灯った。


――次の戦いでは、速さだけでは突破できない壁が、ソアたちを待ち受けている。

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