第127話 鎧を脱いだら、速すぎる
「……通路まで敵なの!?」
ソアの叫びが、狭い通路に響いた。
壁が動いている。
天井が迫っている。
床まで上下にずれ始めていた。
まるで巨大な生き物の口の中に、飲み込まれようとしているようだった。
「全員、前へ! 止まるな!」
レイナが叫ぶ。
一行は動き続ける壁の隙間を駆け抜けた。
ガコンッ!
ソアの肩当てが壁にぶつかった。
「いたっ!」
ガコンッ!
今度は胸当てが引っかかる。
「ちょっ、待って! 私だけ通れないんだけど!?」
「その鎧が大きすぎるのよ!」
ミレイユが振り返った。
「分かってるよぉ!」
ソアは身体をひねった。
しかし、重い装甲が壁に挟まる。
ギギギギ……。
「…………」
「ソア!」
レイナが戻ろうとした、その瞬間。
壁がさらに迫った。
「待って! 私が引っ張る!」
ソアは鎧を押し返そうとした。
だが、びくともしない。
「うそでしょ……!」
ヴァルトが巨神の籠手を構えた。
「どけ。壁ごと砕く」
「待って、ヴァルト!」
ソアが慌てて叫ぶ。
「この鎧まで壊れちゃう!」
「今は鎧より命だ!」
「それはそうだけど!」
「どっちなんだ!」
レイナが叫んだ。
ソアは一瞬だけ考えた。
そして――。
「……分かった」
いつもの明るい声が、少しだけ真剣になる。
「みんな、先に進んで。すぐ追いつくから!」
「ソア、何をするつもり!?」
ミレイユが尋ねた。
ソアは胸当てを見下ろした。
「……ごめんね」
それは、仲間たちではなく。
自分の鎧に向けた言葉だった。
◇
ガシャン。
胸当てが外れた。
続いて肩当て。
腕当て。
腰の装甲。
脚甲。
一つずつ、ソアは装甲を取り外していく。
最後に兜を外すと、柔らかな髪がふわりと広がった。
「……よし」
軽く肩を回す。
身体をひねる。
足を踏み出す。
それだけで、今までとは違う感覚があった。
まるで身体を縛っていたものが、一枚ずつ消えていくようだった。
「ソア……?」
シードが不安そうに見上げる。
「大丈夫だよ、シード」
ソアは笑った。
「ちょっとだけ、鎧にはお休みしてもらうね」
シードの葉が、かすかに揺れた。
「……すぐ、もどる?」
「もちろん!」
ソアは即答した。
「絶対に迎えに来るから!」
その言葉を聞いて、シードは小さく頷いた。
「……うん」
ソアは取り外した装甲を壁際に寄せた。
《全解除・パージ》の制御を使い、装甲をその場に固定する。
これなら、通路の仕掛けに巻き込まれても簡単には失われない。
そして。
ソアは、もう一度足元を見た。
「……さて」
一歩。
タッ。
二歩。
タタッ。
身体が軽い。
いや、軽いだけではない。
足を動かそうと考えるより先に、身体が反応している。
かつて鎧が壊れたときに感じた、あの感覚。
《スキンブースト》が、静かに目を覚ましていた。
「……よし!」
ソアは拳を握った。
「みんな、行こう!」
◇
通路の奥から、金属音が響いた。
ガシャガシャガシャッ!
壁の隙間から、刃を備えた機械の腕が次々と飛び出してくる。
さらに奥には、黒い装甲をまとった騎士型の防衛機構が三体。
そのうち一体が、ソアたちを認識した。
赤い目が光る。
『侵入者ヲ確認』
『排除ヲ開始』
「……また増えた!?」
ソアが叫んだ。
「文句を言う暇があるなら動け!」
レイナが剣を構える。
防衛機構が一斉に動いた。
一体がレイナへ。
一体がミレイユへ。
そして最後の一体が――ソアへ飛びかかった。
ギュンッ!
鋭い刃が迫る。
「遅い!」
ソアは横へ跳んだ。
刃が頬のすぐ横を通り過ぎる。
そのまま壁を蹴り、敵の頭上へ。
「そこっ!」
踵を振り下ろす。
ガンッ!
防衛機構の頭部が大きく傾いた。
「えっ、硬っ!?」
しかし、攻撃は止まらない。
敵が腕を振り上げる。
ソアは空中で身体をひねり、壁に手をついて着地した。
直後、刃が床をえぐった。
「うわっ、危なっ!」
以前なら、盾で受けるしかなかった攻撃。
今は違う。
敵の肩が動く。
腰が回る。
刃が振られる方向が分かる。
ソアは紙一重で攻撃をかわし、敵の懐へ潜り込んだ。
「ここなら!」
拳を叩き込む。
ガンッ!
装甲に亀裂が走った。
「おおっ!?」
ソア自身が驚いた。
「私、今、素手で攻撃したよね!?」
「感心している場合か!」
レイナの声が飛ぶ。
「分かってる!」
ソアは敵の足を蹴った。
バランスを崩した防衛機構の背後へ回り、露出した関節に剣を突き立てる。
ギギギギッ!
機械の腕が停止した。
「よしっ!」
ソアはそのまま飛び退いた。
防衛機構が崩れ落ちる。
ドサッ!
「一体!」
ソアは笑顔で振り返った。
「あと二体!」
「数える余裕があるなら、こちらも手伝って!」
ミレイユが叫んだ。
「はーい!」
ソアは床を蹴った。
◇
レイナは正面から迫る騎士の剣を受け止めていた。
ガァンッ!
「くっ……!」
狭い通路では、大剣を振り回す余裕がない。
防御はできても、反撃のための踏み込みが取れなかった。
そこへ、別の機械の腕が背後から迫る。
「レイナ!」
ソアが叫んだ。
しかし、距離がある。
レイナは振り向けない。
その瞬間、ソアの身体が動いた。
タッ!
壁を蹴る。
敵の頭上を越える。
空中で身体をひねり、飛来する機械の腕を剣で弾いた。
キィンッ!
「助かった!」
「まだだよ!」
ソアは着地と同時に敵の足元へ滑り込んだ。
剣を横に払う。
ガキンッ!
膝の関節が砕け、騎士が片膝をついた。
「今!」
「任せなさい!」
レイナが大剣を振り下ろす。
ドォンッ!
防衛機構が床に沈んだ。
「一体、撃破!」
レイナが息を吐いた。
そして、ソアを見た。
「……本当に速いわね」
「そう?」
「鎧を着ていたときと、別人みたいよ」
「えへへ……」
ソアは少し照れた。
「でも、鎧がないと落ち着かないなぁ」
「今その話をする!?」
◇
残る一体は、ミレイユを狙っていた。
ミレイユは《願結び》を発動させ、敵の動きを縛ろうとする。
しかし、機械の身体から黒い結晶が伸びた。
バキバキバキッ!
呪いの鎖が押し返される。
「……っ!」
敵の腕が振り下ろされた。
ミレイユは横へ跳んだが、狭い通路では逃げ場が少ない。
「ミレイユさん!」
ソアが駆け出す。
だが、敵はミレイユを追うのではなく、通路の壁を殴りつけた。
ガァンッ!
壁が変形する。
その隙間から、無数の刃が飛び出した。
「うそっ!?」
ミレイユの退路が塞がれる。
敵の剣が迫った。
その瞬間――。
キィンッ!
ヴァルトの巨神の籠手が、剣を受け止めた。
「下がれ!」
「ヴァルト!」
ヴァルトは敵の剣を押し返した。
しかし、籠手の表面に黒い結晶が浮かび上がる。
『巨神ノ籠手――接続ヲ再開』
「……またか!」
黒い結晶が腕を這い上がろうとする。
ヴァルトは歯を食いしばった。
「この程度……!」
「ヴァルト、無理しないで!」
ソアが叫ぶ。
「分かっている!」
「絶対分かってないよね!?」
ソアは敵の背後へ回り込んだ。
速い。
狭い通路の壁も、床の段差も、今のソアにとっては足場にすぎなかった。
敵が振り向くより早く、ソアは背中に飛び乗る。
「見つけた!」
装甲の隙間。
黒い結晶が、首の付け根から胸部へ伸びている。
「ここが弱点!」
ソアは剣を突き立てた。
ザシュッ!
黒い結晶が砕け散った。
敵の動きが止まる。
ヴァルトが籠手を引き抜いた。
「今だ!」
巨神の籠手が敵の胸部を打ち抜く。
ドゴォンッ!
防衛機構は壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
静寂が戻った。
「……ふぅ」
ソアは床に降り立った。
「勝った!」
レイナが剣を肩に担いだ。
「ええ。でも、まだ奥があるわ」
ミレイユは壁に手をつき、息を整えていた。
「今のは、ほんの入り口でしょうね」
ヴァルトは自分の籠手を見下ろした。
黒い結晶は消えている。
だが、完全に接続が切れたわけではない。
「……管理者は、俺たちの力に対応し始めている」
「じゃあ、急がないとね」
ソアは頷いた。
そして、ふと自分の身体を見下ろした。
「……あれ?」
「どうしたの?」
レイナが尋ねる。
ソアは腕を曲げたり、足踏みしたりした。
「……やっぱり、すごく動きやすい」
「今さら?」
「うん。でも……」
ソアは少しだけ寂しそうに、壁際に置いてきた鎧の方向を振り返った。
「鎧、今ごろ寂しがってないかな」
「鎧は寂しがらないわよ」
ミレイユが即答した。
「そんなことないよ!」
「あるわよ!」
「絶対、私がいなくて寂しいと思う!」
「あなたが鎧を寂しがっているだけでしょう!?」
「……それもある!」
「あるんだ!?」
レイナが思わず吹き出した。
シードも小さく笑う。
「……ソア、かっこよかった」
「本当?」
「……うん。すごく、はやかった」
ソアは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、シード!」
そして、奥へ続く通路を見据える。
その先から、重い駆動音が響いていた。
ゴゴゴゴゴ……。
壁の奥で、何か巨大なものが動いている。
『侵入者ノ戦闘能力ヲ再評価』
『近接防衛機構――第三段階ヘ移行』
通路の先に、赤い光が灯った。
一つ。
二つ。
三つ。
そして、その奥には――人の形をした巨大な影。
レイナが剣を握り直した。
「……まだ出てくるのね」
ミレイユの指先に、紫色の鎖が揺れる。
ヴァルトは巨神の籠手を構えた。
ソアは軽く膝を曲げる。
鎧はない。
盾もない。
けれど、今の彼女には、これまでとは違う戦い方ができる。
「よし……!」
ソアは前を向いた。
「みんな、行こう!」
そして、誰よりも速く駆け出した。
――砲身の奥には、まだ本当の中枢が待っている。
そして管理者もまた、ソアという予測不能な存在への対策を始めていた。




