第126話 砲身の奥へ
「よし。今度こそ、竜皇砲のところまで行こう!」
ソアが剣を掲げた。
「……その前に、修理代の話を終わらせてくれ」
「まだ言ってるの!?」
「お前が始めた話だろう!」
「だって、鎧が壊れたんだよ!?」
「俺のせいなのか!?」
「半分くらい?」
「なぜ半分なんだ!」
「もう半分は敵のせい!」
「……敵に請求できるなら、そうしてくれ」
「分かった! あとで請求書を書こう!」
「本当にやるなよ!?」
レイナは額を押さえた。
「……この状況で、よくそこまで元気でいられるわね」
「元気なのはいいことよ」
ミレイユは苦笑しながら、杖を構え直した。
「ただし、次に鎧を壊したら、修理代の前に治療費を請求するわよ」
「えっ!?」
「あなた、さっき胸当てに攻撃を受けたでしょう。身体は大丈夫なの?」
「うん! ちょっと痛いけど、平気!」
「ちょっと、ね……」
ミレイユの視線が、ソアの胸当てに走った亀裂へ向けられる。
「あとでちゃんと診てもらうわよ」
「はーい!」
ソアは元気よく返事をした。
その直後。
ゴォォォォン……!
広間の奥で、竜皇砲が再び唸った。
全長十数メートルはある巨大な砲身。
その表面には、黒い結晶が無数に張りついている。
赤い光が砲身の内部を走り、中心部へ向かって集まっていた。
『管理者権限――再接続中』
『砲撃準備――開始』
「……あれ、絶対に放っておいたら駄目なやつだよね?」
「ええ。再び撃たれたら、今度は防ぎきれる保証がないわ」
レイナが答えた。
「だから、砲身の内部へ進む必要がある」
ヴァルトが前へ出る。
「管理者の接続は外側から断ち切れない。内部にある制御核へ直接たどり着くしかない」
「じゃあ、そこまで案内してくれる?」
「……俺も入ったことはない」
「えっ」
「以前、ここまで来たときは、砲身の内部へ進む前に管理者の介入を受けた」
「そっか……」
ソアは巨大な砲身を見上げた。
「じゃあ、みんなで探すしかないね!」
「簡単に言うな……」
「でも、他に方法はないでしょう?」
レイナが剣を肩に担いだ。
「なら、進むだけよ」
ミレイユも頷く。
「入り口を探す間、私が魔力の動きを監視するわ。シード、何か分かる?」
ソアの肩の上で、シードが小さな葉を揺らした。
「……うん」
シードは砲身を見つめる。
「……あそこ」
小さな指が、砲身の下部を示した。
黒い結晶が幾重にも重なり、赤い光が漏れ出している場所だった。
「……ほんとうの、みち。あのなか」
「よし、あそこだね!」
ソアは頷いた。
その瞬間だった。
ガコンッ!
砲身の下部が開いた。
暗い通路が現れる。
しかし、その奥から聞こえてきたのは、金属が擦れるような音だった。
ギギギギギ……。
「……何かいるわね」
ミレイユが杖を構える。
暗闇の奥で、二つの赤い光が灯った。
次いで、四つ。
六つ。
八つ。
通路の壁から、細長い機械仕掛けの腕が伸びてくる。
その先端には、刃がついていた。
「……あれも敵?」
ソアが尋ねた。
「他に何に見える?」
「壁から生えた腕?」
「敵よ!」
「はいっ!」
次の瞬間。
刃が飛んできた。
「うわっ!」
ソアは横へ跳んだ。
ガガガガガッ!!
刃が石床を削り、火花を散らす。
さらに左右の壁から、無数の腕が伸びてきた。
「ちょっ、数が多いって!」
「前だけ見ているな!」
ヴァルトの声が響く。
ソアの背後から伸びてきた刃を、巨神の籠手が受け止めた。
ガァンッ!
「ありがとう、ヴァルト!」
「礼は後だ!」
ヴァルトは腕をひねり、機械の腕を壁へ叩きつけた。
金属が砕ける。
だが、別の腕がすぐに伸びてきた。
「壊してもきりがないな!」
「なら、壊す場所を変えればいい!」
ソアは盾を構え、通路の奥へ走った。
「みんな、私についてきて!」
「待ちなさい! 罠かもしれないでしょう!」
「でも、入り口はここしかないよ!」
「それはそうだけど!」
「じゃあ、行こう!」
「話を聞きなさい!」
レイナはため息をつきながらも、ソアの後を追った。
ミレイユもシードを守るように杖を振る。
紫色の呪鎖が伸び、迫りくる機械の腕を絡め取った。
「三十秒だけ止めるわ! その間に進んで!」
「ありがとう、ミレイユさん!」
「あとでちゃんとお礼を言いなさいよ!」
「はーい!」
ソアは走った。
重い鎧が床を叩く。
ドスッ、ドスッ、ドスッ!
左右から刃が迫る。
ソアは盾で受け、剣で弾き、身体をひねってかわす。
ガキンッ!
ギィンッ!
ザシュッ!
刃が胸当てをかすめ、火花が散った。
「……っ!」
ソアは歯を食いしばった。
この鎧は重い。
以前なら、こんな連続攻撃を避けることなどできなかった。
だが今は、装甲板を動かす感覚が少しずつ身体になじんでいる。
「そこっ!」
左肩の装甲板が飛び出した。
ガンッ!
機械の腕を横から弾く。
さらに腰部の装甲板が床を滑り、敵の関節へ潜り込んだ。
ギギッ!
腕の動きが止まる。
「今だよ!」
ソアが踏み込む。
剣を振り下ろす。
ガキィンッ!
機械の関節が砕けた。
「よしっ!」
ソアは拳を握った。
しかし、喜んだのも束の間。
通路の奥から、巨大な影が現れた。
天井まで届くほどの巨体。
人型の機械兵だった。
両腕には巨大な刃。
胸部には赤い結晶が埋め込まれている。
『侵入者を確認』
『排除を開始します』
「……えっ」
ソアは見上げた。
「大きすぎない?」
機械兵が腕を振り上げた。
次の瞬間、巨大な刃が落ちてくる。
「避けろ!」
レイナが叫んだ。
ソアは横へ跳んだ。
ドォォォン!!
床が砕けた。
破片が雨のように降り注ぐ。
「うわああっ!」
ソアは盾を頭上へ掲げた。
ガガガガッ!
石片が盾を叩く。
「ちょっと! 通路を壊さないでよ!」
「敵に言ってどうする!」
ヴァルトが機械兵へ突進した。
巨神の籠手が輝く。
「邪魔だ!」
拳が機械兵の脚へ叩き込まれた。
ドゴォンッ!
巨体がわずかに傾く。
しかし、倒れない。
機械兵は反対側の腕を振り回した。
ヴァルトは籠手で受け止める。
ガァァンッ!!
「ぐっ……!」
足元の床が沈んだ。
「ヴァルト!」
ソアは装甲板を飛ばした。
肩の装甲が機械兵の頭部へ突き刺さる。
ガキンッ!
機械兵の赤い目が、一瞬だけ揺れた。
「今の、効いた!?」
「いや、装甲が弾かれただけだ!」
ヴァルトが叫ぶ。
装甲板は、床に転がった。
「そっか……」
ソアは装甲板を引き戻した。
そして、機械兵の動きを観察する。
右腕を振るとき、胸部の結晶が明るくなる。
左腕を動かすときも、同じだ。
攻撃のたびに、赤い光が胸部へ集まっている。
「……あれ?」
ソアは目を細めた。
「ねえ、ヴァルト!」
「何だ!」
「こいつ、攻撃するときに胸が光るよ!」
「見れば分かる!」
「じゃあ、あそこを狙えばいいんだね!」
「そう簡単に――」
「やってみる!」
「話を最後まで聞け!」
ソアは走った。
機械兵の刃が振り下ろされる。
ソアは盾で受け流した。
ガァンッ!
衝撃で身体が横へ流れる。
その勢いを利用して、ソアは機械兵の腕へ飛び乗った。
「よいしょっ!」
装甲の上を駆け上がる。
「ソア! 無茶よ!」
レイナの声が響く。
「分かってる!」
「分かっている人間は、そんなところを走らない!」
「それはそう!」
ソアは機械兵の肩へ到達した。
胸部の結晶が輝く。
次の攻撃が来る。
そう判断した瞬間、ソアは身体をひねった。
巨大な刃が、すぐ横を通り過ぎる。
「今!」
ソアは腰部の装甲板を外し、機械兵の胸へ撃ち出した。
ガキィンッ!
結晶の表面に亀裂が入る。
「やった!」
しかし。
機械兵が突然、身体を大きく揺らした。
「えっ!?」
ソアの足が滑る。
ガクンッ!
身体が宙へ投げ出された。
「きゃあああっ!」
落下する。
その瞬間。
ヴァルトが飛び込んだ。
「捕まれ!」
ソアの腕を掴み、そのまま肩へ担ぎ上げる。
ドォンッ!
二人が床へ着地した。
「……助かったぁ」
ソアは胸を撫で下ろした。
「まったく……!」
ヴァルトは息を吐いた。
「お前は、もう少し自分の命を大事にしろ!」
「大事にしてるよ!」
「なら、あんなところへ登るな!」
「でも、弱点が分かったもん!」
「……!」
ソアは機械兵の胸部を指さした。
「胸の結晶! あそこを壊せば止まるかもしれない!」
ヴァルトは機械兵を見上げた。
確かに、亀裂の入った結晶が明滅している。
「……なるほど」
ヴァルトは拳を握った。
「ならば、俺が正面から押さえる。お前は、もう一度あそこを狙え」
「分かった!」
「今度は落ちるなよ!」
「努力する!」
「努力ではなく、約束しろ!」
「……約束する!」
ソアは剣を構えた。
ヴァルトが踏み込む。
巨神の籠手が機械兵の刃を受け止めた。
ガァァンッ!!
「今だ、ソア!」
「うん!」
ソアは装甲板を三枚展開した。
肩。
腰。
腕。
三枚の装甲が、異なる角度から機械兵の胸部へ飛ぶ。
ガンッ!
ガキンッ!
機械兵が身をよじる。
だが、その動きが一瞬止まった。
「そこだぁっ!」
ソアが踏み込んだ。
剣を逆手に持ち替え、亀裂の入った結晶へ突き立てる。
ザシュッ!
赤い光が、激しく明滅した。
『制御核――損傷』
『再起動――』
「させない!」
ソアは剣をねじった。
バキィィン!!
結晶が砕けた。
機械兵の全身から光が消える。
巨大な身体が、ゆっくりと膝をついた。
ドォォン……。
静寂。
「…………」
ソアは剣を下ろした。
「……倒した?」
「ああ」
ヴァルトが答えた。
「今度こそ、倒したようだ」
「やったぁぁぁ!」
ソアは両手を上げた。
レイナが近づいてくる。
「……無茶をしたわね」
「えへへ」
「褒めていないわよ」
「分かってる!」
「本当に分かっているのかしら……」
ミレイユも、少し遅れてやってきた。
「でも、弱点を見つけたのは見事だったわ」
「でしょ!」
「ただし、次はもっと安全な方法を考えなさい」
「はーい!」
シードが小さな葉を揺らした。
「……ソア、かっこよかった」
「えっ、本当!?」
ソアの顔が輝いた。
「ありがとう、シード!」
「……でも、あぶなかった」
「……はい」
ソアは素直にうなだれた。
*
機械兵の身体が崩れたあと、その奥の壁がゆっくりと開いた。
内部には、細い通路が続いていた。
赤い光が、奥へ向かって流れている。
そして、その先に。
巨大な砲身の内側が見えた。
何本もの魔力の管が、中心部へ伸びている。
その中央には、赤黒い結晶が浮かんでいた。
「……あれが、制御核?」
レイナが尋ねた。
「いいえ」
ミレイユは首を振った。
「もっと奥に、別の反応があるわ。あれは制御核へつながる中継装置ね」
「……まだ奥があるのかぁ」
ソアは肩を落とした。
「でも、ここまで来たんだから、あと少しだよね!」
「そうだといいがな」
ヴァルトが答えた。
シードは通路の奥をじっと見つめていた。
頭の葉が、淡く光っている。
「……もっと、おく」
小さな声。
「……ほんとうの、みち」
ソアはシードを見た。
「そこに、竜皇砲を助ける方法があるの?」
シードは、ゆっくり頷いた。
「……うん」
ソアは笑った。
「よし。じゃあ、行こう!」
そして、一歩を踏み出した。
その瞬間。
『侵入者の進行を確認』
『管理者権限――防衛機構、第二段階へ移行』
通路の奥で、無数の赤い光が灯った。
今度は、機械兵ではない。
壁そのものが、ゆっくりと動き始めていた。
ソアは剣を握り直した。
「……えっ」
壁が、巨大な口のように開く。
「……通路まで敵なの!?」
ヴァルトが深くため息をついた。
「……もう、驚くのはやめろ」
「無理だよ!」
ソアの叫びが、砲身の奥へ響いた。
竜皇砲の内部。
管理者が築いた防衛機構は、まだ本当の姿を見せていなかった。




