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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第十一章 竜皇砲と、集められる力

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第122話 封印された巨神の籠手


 通路の壁には、無数の透明な結晶が埋め込まれていた。


 それぞれの結晶の中で、小さな光が揺れている。


 青い光。


 緑の光。


 そして、金色の光。


 まるで、遠い昔の星空を閉じ込めたようだった。


「……きれい」


 ソアは、思わず足を止めた。


 鎧の重い足音が、静かな通路に響く。


 ガシャッ。


 ガシャッ。


「ソア、あまり離れないで」


 レイナが声をかける。


「分かってるよ!」


 ソアは返事をしながら、目の前の結晶を覗き込んだ。


「ねえ、これって全部、昔の記憶なのかな?」


「その可能性は高いわね」


 ミレイユが結晶に触れないよう、慎重に魔力を探る。


「魔力そのものを保存しているというより、魔力に刻まれた情報を残しているみたい。普通の記録魔法とは違うわ」


「……きおく」


 シードが呟いた。


 頭の葉が、ほんのりと光る。


「……いっぱい、ある」


「無理して読まなくていいからね」


 ソアが優しく声をかける。


 シードは頷いた。


「……うん」


 そのとき。


 通路の奥にあった、一つの結晶が強く輝いた。


 金色の光。


 その表面に、巨神の籠手と同じ紋様が浮かび上がる。


「……これは」


 黒衣の男が足を止めた。


 その声は、いつもより低かった。


 ソアは振り返った。


「どうしたの?」


 男は答えず、結晶を見つめている。


 やがて、ゆっくりと右腕を持ち上げた。


 巨神の籠手。


 その表面に残る黒い結晶が、金色の光に反応して震え始めた。


「……間違いない」


 男が呟く。


「これは、俺の記憶だ」


     *


 金色の光が広がった。


 結晶から溢れた光が、空中に映像を描き出す。


 そこに映っていたのは、今よりも若い黒衣の男だった。


 まだ黒い外套を身につけていない。


 右腕には、巨神の籠手。


 その表面は今と違い、黒い結晶に覆われていなかった。


 純粋な金属の輝きを放っている。


「……やっぱり、元の持ち主だったんだ」


 ソアが呟いた。


 映像の中の男は、広大な石造りの部屋に立っていた。


 正面には、七つの紋様が刻まれた壁。


 巨神の籠手。


 天翔の翼。


 絶対鏡盾。


 深淵の呪鎖。


 竜皇砲。


 終焉の剣。


 そして、第七の器。


 七つの紋様は、それぞれ淡い光を放っていた。


『七つの器の反応を確認』


 無機質な声が響く。


『覚醒段階――未到達』


 若い男は、籠手を見下ろした。


『今は、まだ早いか』


 その声には、疲れが滲んでいた。


 映像が切り替わる。


 今度は、同じ部屋の中央に台座があった。


 男は巨神の籠手を外し、台座に置いた。


『七つの器が再び目覚める時まで、ここで眠っていてくれ』


 男は、籠手に手を添えた。


『誰にも、この力を渡すわけにはいかない』


 その言葉とともに、台座の周囲に魔法陣が浮かび上がった。


 幾重もの封印。


 金色の鎖。


 そして、巨大な石扉。


 巨神の籠手は、ゆっくりと闇の中へ沈んでいった。


 最後に映ったのは、石扉の前に立つ男の後ろ姿だった。


 映像が消える。


 通路に静寂が戻った。


「……封印していたんだね」


 ソアが言った。


 黒衣の男は頷いた。


「ああ。あの時の俺は、七つの器を集めることが正しいのか、分からなくなっていた」


「それで、籠手を隠したの?」


「そうだ」


 男は、右腕を見つめた。


「俺は、巨神の籠手を使って多くの力を集めていた。だが、力を集めるほどに、もっと大きな力が必要だと思うようになっていった」


 その声に、後悔が滲む。


「何かを失うたびに、次こそは失わないための力を求めた。気づけば、何を守りたかったのかさえ、見失いかけていた」


 ミレイユが静かに尋ねた。


「それでも、封印したのね」


「……ああ」


 男は小さく頷いた。


「七つの器が完全に目覚める前に、誰かが一つの手に集めてしまえば、同じことが繰り返される。そう考えたんだ」


 レイナが腕を組んだ。


「では、なぜ再び封印を解いたの?」


 男はすぐには答えなかった。


 やがて、苦い表情で口を開く。


「……七つの器が、再び反応し始めたからだ」


 天翔の翼。


 絶対鏡盾。


 深淵の呪鎖。


 そして、竜皇砲。


 それぞれの器が目覚め始めた時、封印していた巨神の籠手もまた、反応を示した。


「俺は、管理者の記録を信じていた。七つの器を集めれば、世界を救えると」


「でも、実際には違ったんだね」


 ソアが言った。


「ああ。俺はまた、同じ道を歩き始めてしまった」


 男は目を伏せた。


「そして、君が封印された籠手を手にした」


 ソアは首を傾げた。


「それで、私から奪ったの?」


「そうだ」


 男は、まっすぐソアを見た。


「俺は巨神の籠手の元の持ち主だった。封印を施したのも俺自身だ。だから、籠手が新しい持ち主を認識した後でも、俺の魔力と接続権が残っていた」


「接続権……?」


「簡単に言えば、籠手が俺を覚えていたということだ」


 男は右腕を握った。


「君が籠手を手にした時、俺はその繋がりを利用した。君の手から強制的に引き戻したんだ」


 ソアは、しばらく考えた。


 それから、ぽつりと呟く。


「……そっか」


「怒らないのか?」


「怒ってるよ?」


 男が目を見開いた。


 ソアは頬を膨らませた。


「せっかく手に入れたのに、勝手に奪われたんだもん!」


「……そうだな」


「しかも、あの時はすっごく悔しかったんだから!」


「……すまない」


 ソアは少しだけ表情を和らげた。


「でも、理由が分かったのはよかった」


 男は、意外そうに彼女を見つめた。


「君は……不思議な人間だな」


「よく言われる!」


「褒めてはいない」


「えっ、そうなの?」


 レイナがため息をついた。


「ソア、今は真面目な話をしているのよ……」


「分かってるよ!」


 ソアは笑った。


「でも、理由が分かったからって、勝手に奪っていいわけじゃないよね」


 男の表情が引き締まる。


「……ああ」


「次はちゃんと相談してね」


「……分かった」


 短い返事だった。


 けれど、男は初めて、言い訳をしなかった。


     *


 シードが、金色の結晶へ近づいた。


「……これ」


 小さな指が、結晶の表面を指し示す。


「……まだ、つづき、ある」


「え?」


 ソアが覗き込む。


 結晶の奥に、別の映像が残っていた。


 封印を終えた若い男が、石扉の前で立ち尽くしている。


 その手には、一枚の記録板。


『七つの器は、世界を支えるために生まれた』


『一つの手に集めるためではない』


 そこまでは、以前にも見た記録だった。


 だが、その下に、小さな文字が刻まれていた。


『元の持ち主であっても、器の意思を支配することはできない』


『器は、持ち主を選び直す』


 ソアは目を見開いた。


「……えっ?」


 黒衣の男も、息を呑んだ。


「そんな記録が……」


 映像の中の若い男は、記録板を握りしめていた。


『もし、いつか再びこの器を手にすることがあれば』


 彼は、ゆっくりと籠手を封印した石扉を振り返った。


『その時は、俺自身が変わっていなければならない』


 映像が消えた。


 誰も、すぐには口を開かなかった。


 やがて黒衣の男が、静かに息を吐いた。


「……俺は、忘れていたのかもしれない」


「何を?」


 ソアが尋ねる。


「力を持つことと、力を支配することは違うということを」


 男は、巨神の籠手を見つめた。


「俺は、元の持ち主だから奪い返せた。だが、それは俺が正しいからではなかった」


 拳を開く。


「ただ、昔の繋がりが残っていただけだ」


 シードが、小さく頷いた。


「……もの、じゃない」


「……ああ」


 男はシードを見た。


「そうだな。器もまた、ただの道具ではないのかもしれない」


 ソアは、胸元の《巡りの雫》を握りしめた。


 その光は、穏やかに明滅していた。


「じゃあ、これからはさ」


 ソアは笑った。


「力を集めるんじゃなくて、みんなで繋いでいこうよ」


 レイナが頷く。


「ええ。私たちならできるはずよ」


 ミレイユも、紫色の鎖を指先で揺らした。


「簡単ではないでしょうけれどね」


「うん。でも、やってみよう!」


 ソアは一歩、通路の奥へ踏み出した。


 シードが、その手を握る。


 黒衣の男も、今度は少し距離を置きながら、彼女たちの後を歩き始めた。


 背後では、金色の結晶が静かに輝いている。


 そこに残された過去は、消えない。


 犯した過ちも、失ったものも、なかったことにはならない。


 それでも。


 過去に縛られたままではなく、そこから先を選ぶことはできる。


 黒衣の男は、右腕を見つめた。


 巨神の籠手は、まだ完全には彼のものではなかった。


 そして、彼自身もまだ変わり始めたばかりだった。


 ――本当の償いは、ここから始まる。

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