第120話 小さな葉に宿る記憶
白い光が、遺跡の奥へと広がっていく。
無数の光の線が壁を走り、床を伝い、天井へと伸びていた。
まるで、遺跡そのものが巨大な生き物になったかのようだった。
「……これ、全部が世界樹に繋がってるの?」
ソアは《巡りの雫》を握りしめた。
淡い光が、一定のリズムで明滅している。
まるで、遠くから何かが呼びかけているようだった。
「おそらくな」
黒衣の男が答えた。
彼の右腕には、まだ黒い結晶が残っている。
しかし、先ほどまでのように腕を勝手に動かされることはなくなっていた。
「竜皇砲は、単なる兵器ではなかった。世界樹の魔力を集め、遠くへ放つための装置……いや」
男は、白い回路を見つめた。
「世界樹の循環そのものを書き換えるための装置だったのかもしれない」
「書き換えるって……」
レイナが眉をひそめる。
「本来の流れを、管理者の意思で変えるということ?」
「そう考えるのが自然だろう」
ミレイユが紫色の鎖を伸ばした。
鎖の先端が白い回路に触れる。
直後、彼女の表情が険しくなった。
「……嫌な感じね」
「何が分かったの?」
「この回路、魔力を流すだけじゃないわ」
ミレイユは鎖を引き戻した。
「流れている魔力の行き先を、強制的に指定している。しかも、途中で分岐した流れまで、一つの場所に集めようとしているのよ」
「つまり……」
ソアは回路を見回した。
「世界中の魔力を、管理者のところに集めようとしてる?」
「その可能性が高いわね」
シードが、小さく呟いた。
「……かえさない」
全員の視線が、シードに集まる。
シードは白い回路を見つめていた。
「……うけとるだけ。かえさない」
その言葉に、ソアの胸が痛んだ。
以前、世界樹の記憶を受け取ったときにも、シードは同じことを言っていた。
世界樹が弱っていた理由。
力が集められ、返されなくなったこと。
そして今、同じことが繰り返されようとしている。
「……止めよう」
ソアは顔を上げた。
「こんなの、絶対にそのままにできないよ!」
その瞬間だった。
ピシッ。
「……ん?」
小さな音がした。
ソアはシードを見た。
シードの頭にある、一枚の葉。
その葉の縁に、淡い金色の光が走っていた。
「シード?」
「……?」
シード自身も、不思議そうに頭へ手を伸ばす。
光はすぐに消えた。
「……なんでも、ない」
「そっか?」
ソアは首を傾げた。
けれど、シードの葉を見つめる瞳には、ほんの少しだけ不安が浮かんでいた。
その変化に気づいたのは、ソアだけではなかった。
黒衣の男も、わずかに目を細めていた。
「……第七の器が、反応しているのか?」
「シードは器じゃないよ」
ソアは即座に言った。
「シードはシードだもん」
「……そうだったな」
黒衣の男は、静かに目を伏せた。
「すまない。俺も、まだ言葉の癖が抜けないらしい」
その言葉に、ソアは少しだけ笑った。
「じゃあ、これから直していけばいいよ!」
「……君は、本当に簡単に言うな」
「よく言われる!」
「褒めてはいない」
「えっ、そうなの?」
レイナが額を押さえた。
「今、そのやり取りをしている場合ではないでしょう……!」
*
遺跡の奥で、低い音が響いた。
ゴォォォォ……。
白い回路が一斉に輝く。
『世界樹循環機構――接続率上昇』
『魔力集約経路――再構築』
『管理者権限――第三段階』
「来るわよ!」
ミレイユが叫ぶ。
床から白い光の柱が立ち上がった。
その光は、四人と黒衣の男を取り囲むように広がっていく。
「これは……結界か!?」
レイナが《絶対鏡盾》を構えた。
「違うわ!」
ミレイユが鎖を伸ばす。
「魔力の流れを閉じ込めているのよ!」
光の柱の内側で、魔力が渦を巻き始めた。
ソアの《世界巡鎧》が震える。
胸当ての中央に、淡い光が浮かび上がった。
「……うそ。鎧まで引っ張られてる?」
世界巡鋼の装甲が、白い回路へ向かってわずかに引かれた。
ソアは足を踏ん張る。
「ちょっと! 私の鎧を勝手に使わないでよ!」
「ソア、冗談を言っている場合ではない!」
「冗談じゃないよ! 鎧は大事なの!」
「分かっているから、今は踏ん張りなさい!」
レイナの盾が輝いた。
《絶対鏡盾》が魔力の流れを受け止める。
ミレイユの《願結び》が、その力を仲間たちへと繋いだ。
だが、光の柱は少しずつ狭まっていく。
「……っ!」
レイナの腕が震えた。
「このままでは、全員まとめて回路に取り込まれる!」
「なら、流れを変える!」
ソアは肩当てを遠隔操作した。
装甲が飛び出し、床の回路へと向かう。
狙うのは、光が集まる中心部。
「いっけぇぇぇ!」
ガキィンッ!
肩当てが回路に衝突する。
しかし、白い光は揺らぎもしなかった。
「ええっ!?」
肩当てが弾き返される。
ソアは慌てて回収した。
「効いてない!?」
「力任せでは無理だ!」
黒衣の男が叫んだ。
「この回路は、外部からの攻撃を吸収して、さらに制御を強める仕組みになっている!」
「じゃあ、どうすればいいの!?」
「……循環させるしかない」
男は、自分の右腕を見た。
巨神の籠手に残る黒い結晶。
その奥で、かすかな光が揺れていた。
「集められた力を、別の場所へ流すんだ。だが、そのためには……」
「流れを読む必要がある、ってこと?」
ソアが尋ねた。
「そうだ」
ソアは、シードを見た。
シードは小さな手を回路へ向けていた。
「……みえる」
「シード?」
「……ながれ、みえる」
シードの頭の葉が、再び淡く光った。
今度は、金色の光が葉脈に沿って広がっていく。
シードの瞳に、無数の線が映った。
白い回路。
黒い結晶。
竜皇砲へと集められる魔力。
そして、その奥で閉ざされている、世界樹へと続く本来の流れ。
「……あっち」
シードが指を伸ばした。
「……ほんとうの、ながれ」
ソアは息を呑んだ。
シードが示したのは、白い回路の裏側。
一見すると何もない、ただの石壁だった。
だが、《巡りの雫》が強く輝いている。
「……あそこに、道があるの?」
シードは小さく頷いた。
「……うん」
そして、いつもより少しだけはっきりした声で言った。
「……かえす、みち」
ソアは笑った。
「分かった!」
肩当てを再び構える。
「じゃあ、そこまで道を作ろう!」
レイナが盾を構え直した。
「私が光の柱を押さえる!」
「私は魔力の流れを繋ぐわ!」
ミレイユの鎖が、レイナの盾とソアの鎧を結ぶ。
黒衣の男も、左手を床についた。
「俺も手伝う。今度は、奪うためではなく……返すために」
巨神の籠手が、わずかに光った。
五人の力が、ひとつの流れになる。
シードの葉が輝いた。
ソアの《世界巡鎧》が応える。
そして、白い回路の裏側に――。
細い緑色の光が、一筋だけ走った。
「……見つけた!」
ソアが叫ぶ。
だが、その直後。
『異常経路を検知』
『第七の器による循環干渉を確認』
『管理者権限――対象を再分類』
白い光が、シードへ向かって一斉に伸びた。
「シード!」
ソアが手を伸ばす。
レイナが盾を割り込ませ、ミレイユが鎖を引く。
しかし、光は盾を迂回し、鎖の隙間をすり抜けていく。
シードは逃げなかった。
小さな手を、まっすぐ前へ伸ばした。
「……わたし」
葉が、強く輝く。
「……うけとる」
ソアの心臓が跳ねた。
「シード、無理しないで!」
シードはソアを振り返った。
その金色の瞳には、恐怖があった。
それでも。
「……でも、ぜんぶは、あげない」
小さな手が、白い光に触れた。
瞬間。
遺跡全体を、緑色の光が包み込んだ。
それは、集められた力を奪い返す光ではなかった。
閉じ込められていた流れに、もう一度道を作る光だった。
そしてシードの頭にある一枚の葉が――。
ほんの少しだけ、大きくなった。
ソアは目を見開いた。
「……シード?」
シードは、自分の葉に触れた。
それから、ソアを見上げる。
「……ソア」
「うん!」
「……ちょっと、あつい」
「ええっ!? 大丈夫!?」
ソアが慌てて駆け寄ろうとする。
するとシードは、小さく首を傾げた。
「……おなか、すいた」
「そこ!?」
緊迫した空気が、一瞬だけ止まった。
ミレイユが吹き出す。
「ふふっ……本当に、あなたたちらしいわね」
レイナも、張り詰めていた表情を少しだけ緩めた。
「……無事なら、それでいい」
だが、遺跡の奥では、まだ光が消えていなかった。
『世界樹循環機構――一部復旧』
『管理者権限――制御率低下』
『新規変化を確認』
『第七の器――成長反応』
その表示を見たソアは、シードの手を握った。
「……そっか」
ソアは優しく笑った。
「シードも、少しずつ成長してるんだね」
シードは、よく分からないという顔をした。
「……せいちょう?」
「うん!」
ソアは頷いた。
「でも、急がなくていいよ。シードはシードだからね」
シードは少し考えた。
そして、ソアの手を握り返した。
「……ソアは、ソア」
「うん!」
「……シードは、シード」
「そうだよ!」
シードは、嬉しそうに笑った。
「……いっしょ」
その小さな言葉とともに、葉の光がゆっくりと消えていった。
世界樹へ続く緑色の道は、まだ細い。
けれど確かに、そこに生まれていた。
――世界は、少しずつ流れを取り戻し始めていた。




