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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第十一章 竜皇砲と、集められる力

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第118話 管理されない、小さな芽


 黒い回路が、床を走った。


 一本。


 二本。


 三本。


 無数の黒い線が、まるで生き物のように石床を這い、ソアたちへと迫ってくる。


「来るわよ!」


 レイナが《絶対鏡盾》を構えた。


 ガァンッ!!


 黒い回路が盾に衝突する。


 衝撃で、レイナの足元に亀裂が走った。


「くっ……! なんて重い魔力なの!」


 ミレイユが杖を掲げる。


「《願結び》!」


 紫色の光がレイナの盾と繋がり、衝撃を分散させた。


 それでも、黒い回路は止まらない。


 弾かれた先で方向を変え、再び四人へと伸びてくる。


「しつこいなぁ……!」


 ソアは剣を抜いた。


「だったら、こっちも!」


 剣を振り下ろす。


 ザンッ!


 黒い回路が一本、断ち切られた。


 しかし、切れた先端はすぐに黒い粒子となって消え、別の場所から新しい回路が伸びてくる。


「ええっ!? 切っても意味ないの!?」


『物理的な破壊は、制御機構の停止につながりません』


 空間に、始源の管理者の声が響いた。


『抵抗を確認。管理手順を変更します』


「いちいち実況しなくていいよ!」


 ソアが叫ぶ。


「こっちは今、忙しいんだから!」


「ソア! 相手は機械みたいなものよ! 文句を言っても仕方ないわ!」


 レイナが盾を押し返す。


「分かってるよ!」


 ソアはもう一度、剣を構えた。


 そのときだった。


 黒い回路の一部が、突然方向を変えた。


 ソアでもない。


 レイナでもない。


 ミレイユでもない。


 その先にいたのは――シードだった。


「……え?」


 ソアが振り返る。


「シード!」


 黒い回路が、シードの足元へ伸びた。


 シードは逃げなかった。


 ただ、小さな手で自分の頭の葉を押さえていた。


「……これ」


 シードの葉が、淡く光っている。


「……よんでる」


 次の瞬間。


 黒い回路が、シードの身体を包み込んだ。


「シードォォォ!!」


 ソアが駆け出す。


 だが、間に合わない。


 黒い光がシードを覆い、身体がゆっくりと宙に浮かび上がった。


「……っ!」


 シードの小さな手が、ソアへと伸びる。


「ソア……!」


「今、助けるから!」


 ソアは剣を振り上げた。


 しかし、刃が届く直前。


 透明な壁が現れ、ソアを弾き飛ばした。


 ドォンッ!


「きゃっ!」


 地面を転がる。


「ソア!」


 レイナが叫ぶ。


「大丈夫!?」


「うん……!」


 ソアはすぐに起き上がった。


 身体は痛い。


 でも、それどころじゃない。


 目の前では、シードが黒い回路に捕らえられていた。


『第七の器との接続を確認』


 管理者の声が響く。


『記憶継承機構を検出』


『世界樹権限の回収を開始します』


 ソアの顔から、笑みが消えた。


「……第七の器?」


 黒衣の男が息を呑む。


「まさか……シードが?」


 ミレイユが杖を握りしめた。


「どういうことなの?」


「古い記録にあった。七つ目の器は、ほかの六つとは役割が違う。力を蓄えるものではなく、記憶を受け継ぐものだと……」


 男はシードを見上げた。


「だが、まさか……この小さな存在が」


 シードの葉が、強く輝いた。


 その光の中に、いくつもの光景が浮かび上がる。


 巨大な樹。


 広がる枝。


 大地を巡る魔力。


 そして、何かを失った世界。


 それらは、シードが受け取った世界樹の記憶だった。


『接続を確認』


『記憶の回収を開始します』


「やめて……!」


 ソアは一歩踏み出した。


「シードは、物じゃない!」


『第七の器は、世界樹の記憶を継承するために存在します』


『記憶は管理され、適切に保存されなければなりません』


「そんなの、あなたが決めることじゃない!」


 ソアは剣を構えた。


「シードが何を受け取って、何を残すのか。それはシードが決めることだよ!」


 管理者は答えなかった。


 代わりに、黒い回路がさらに強く輝いた。


 シードの身体が震える。


「……っ、ソア……」


 その声を聞いた瞬間。


 ソアの胸元で、《巡りの雫》が光った。


 鎧の表面に、細い光の筋が走る。


 《世界巡鋼》が、シードの葉の光に反応していた。


「……そうだ」


 ソアは気づいた。


 世界巡鎧は、ただ竜皇砲に反応しているのではない。


 世界樹の記憶にも。


 それを受け継ぐシードにも。


 そして、魔力を巡らせる流れそのものにも。


「だったら……!」


 ソアは肩当てを一枚、宙へ浮かせた。


「今度は、私が繋ぐ番だ!」


     *


 ソアは、黒い回路へ向かって肩当てを飛ばした。


 ガキィンッ!


 またしても透明な壁に弾かれる。


「……やっぱり、正面からじゃ駄目か」


 ソアは歯を食いしばった。


 《始源の管理者》は、シードへ向かう接続を守っている。


 無理に壊そうとすれば、シードまで傷つけてしまうかもしれない。


「ソア、少し待って!」


 ミレイユが叫んだ。


「黒い回路は、シードから何かを吸い上げている。でも、全部が一方向へ流れているわけじゃない!」


「どういうこと?」


「ほんのわずかだけれど、シードから外へ戻る流れもあるの。完全に閉じた回路ではないのよ!」


 レイナが盾を構え直した。


「つまり、そこを広げればいいのね?」


「ええ。でも、無理に広げれば、回路そのものが暴走する可能性があるわ」


 ソアは、シードを見つめた。


 小さな手が、まだこちらへ伸びている。


「……シード」


「ソア……」


「聞こえる?」


 シードが、かすかに頷いた。


「……うん」


「無理しなくていいよ。自分でできるところだけでいいから」


 ソアは、笑顔を作った。


「私たちも一緒にやるから!」


 シードの目に、少しだけ光が戻った。


「……いっしょ」


「うん!」


 ソアは胸元の《巡りの雫》を握った。


「ミレイユさん、私とシードを繋いで!」


「分かったわ!」


「レイナは、シードにかかる力を受け止めて!」


「任せて!」


「それから、シードが戻した魔力を、竜皇砲の回路へ流してみたい!」


 ミレイユが一瞬、目を見開いた。


「……なるほど。吸い上げられている力を、逆向きに流すのね!」


「うん! 全部は無理でも、少しずつなら!」


 ソアは肩当てをシードへ向けた。


 今度は、壁を破ろうとはしない。


 黒い回路の隙間を探し、その外側に沿わせる。


 ミレイユが《願結び》を発動した。


 紫色の光が、ソアとシードを繋ぐ。


 レイナの《絶対鏡盾》が、シードにかかる圧力を受け止めた。


 シードの葉が、緑色に輝いた。


「……うけとる」


 小さな声。


「……でも、ぜんぶは、あげない」


 その言葉とともに、シードの葉から光が流れ出した。


 黒い回路が、一瞬だけ震える。


『異常な魔力経路を検知』


『回収効率の低下を確認』


「今だ!」


 ソアが叫んだ。


 肩当てが黒い回路に触れる。


 カチンッ。


 世界巡鎧の光が、回路の隙間へと流れ込んだ。


 ソアは、その流れを慎重に導く。


 シードから戻された魔力を、竜皇砲の回路へ。


 竜皇砲から溢れた魔力を、遺跡の床へ。


 そして、世界樹へ向かう黒い接続から、ほんの少しだけ力を逃がす。


 それは、力を奪うための操作ではなかった。


 閉じ込められたものを、再び巡らせるための操作だった。


 パァァァッ!!


 遺跡全体に、淡い光が広がった。


 黒い回路の一部が、音もなく消えていく。


 シードの身体を覆っていた光が、少しずつ薄くなった。


「……っ!」


 ソアは手を伸ばした。


「シード!」


 黒い回路が解ける。


 小さな身体が、ゆっくりと落ちてきた。


 ソアは両腕で受け止めた。


「……よかったぁ!」


 シードをぎゅっと抱きしめる。


「もう! びっくりしたよ!」


「……ごめん、ソア」


「謝らなくていいよ! 無事なら、それでいいんだから!」


 ソアはシードの頭を撫でた。


 シードは、少しだけ不安そうに自分の葉を見つめた。


「……わたし、また、つながる?」


「うん。繋がるかもしれない。でも、シードが嫌なら、無理に繋がらなくていいんだよ」


 シードはしばらく考えていた。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「……わたしが、きめる」


「そうだよ!」


 ソアは笑った。


「シードはシードだもん!」


     *


 だが。


 安堵したのも束の間だった。


 遺跡の奥から、低い音が響いた。


 ゴゴゴゴゴ……。


 黒い回路が消えた場所から、今度は赤い光が広がり始める。


「……まだ終わっていないのね」


 ミレイユが杖を構えた。


 レイナも盾を前に出す。


「竜皇砲の魔力が、また増えている!」


 ソアはシードをそっと地面に下ろした。


「……うん。今度は、竜皇砲そのものを止めないと」


 石門に、新たな文字が浮かび上がった。


【第七の器との接続――一部遮断】


【管理者権限――再構築中】


【代替制御経路を検索】


 黒衣の男が、顔を上げた。


「……代替制御経路?」


 その視線が、ゆっくりと自分の右腕へ向かう。


 そこには、《巨神の籠手》が装着されていた。


 男の表情が凍りつく。


「まさか……!」


 次の瞬間。


 籠手の表面に、黒い結晶が浮かび上がった。


『代替制御対象を確認』


『第一の器――接続を開始します』


「……っ!」


 男が腕を押さえる。


「やめろ! 私の力まで利用するつもりか!」


 籠手が、黒い光を放った。


 そして、竜皇砲の砲身が再び動き始めた。


 ソアは剣を握りしめた。


 シードを助けることはできた。


 けれど、管理者はまだ止まっていない。


 そして今度は、黒衣の男が新たな接続先として狙われていた。


「……まだまだ、これからってことだね」


 ソアは仲間たちを見た。


「みんな、もう一回いくよ!」


 レイナが頷く。


「ええ!」


 ミレイユも杖を構えた。


「今度こそ、流れを取り戻しましょう」


 シードがソアの手を握った。


「……みんなで」


 ソアは笑った。


「うん。みんなで!」


 その瞬間、竜皇砲の奥で、巨大な魔力が再び渦巻き始めた。

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