第116話 世界を巡る鎧
ゴゴゴゴゴゴ……!!
竜皇砲が、再び唸りを上げた。
砲身の中心に、赤い光が集まっていく。
【第二射――準備中】
【魔力充填率:上昇】
「……急がないと!」
ソアは《巡りの雫》を握りしめた。
胸元のペンダントが、熱を帯びたように輝いている。
その光は、ソアの鎧へと広がっていた。
胸当て。
肩当て。
腕当て。
脚甲。
《世界巡鎧》の表面に、細い光の筋が走る。
「ソア、その鎧……!」
レイナが目を見開いた。
「うん。何かが反応してる」
ソアは自分の胸当てを見下ろした。
今までにも、鎧が魔力に反応することはあった。
けれど、今回は違う。
鎧の光が、竜皇砲の魔法陣と同じリズムで明滅していた。
まるで、互いの存在を確かめているように。
「……この鎧も、七つの器と関係があるのか?」
黒衣の男が呟いた。
「どういうこと?」
ソアが振り返る。
男は、彼女の鎧と竜皇砲を交互に見た。
「その鎧から感じる魔力……普通の装備とは違う。竜皇砲の魔力回路と、どこかで繋がっているように見える」
「この鎧は、世界巡鋼でできてるんだよ」
「世界巡鋼……?」
「火山炉心遺跡で作ってもらったの。前の鎧が壊れちゃって、その欠片を使ってね」
ソアは胸当てを撫でた。
「すっごく大切な鎧なんだ」
こんな状況でも、そこだけは譲れなかった。
黒衣の男は、しばらく黙っていた。
そして、石門に刻まれた古い文字を見上げる。
「……そうか。だから反応するのかもしれない」
「何か知ってるの?」
「いや。確かなことは分からない。ただ、古い記録に似た言葉があった」
男はゆっくりと言った。
「世界樹の力を受け止め、次へ渡すもの。失われた循環を、再び繋ぐもの……」
その言葉に、シードの葉がぴくりと動いた。
「……ながれ」
シードは竜皇砲を見つめた。
「……とまってる」
「うん。私にも、そう見えるよ」
ソアは頷いた。
「だったら、もう一度流れるようにすればいいんだよね」
しかし、竜皇砲の魔力は止まらない。
むしろ、さらに膨れ上がっていた。
【魔力充填率:八十パーセント】
「ちょっと待って! もう八十!?」
ソアの声が裏返った。
「さっきから、数字が上がるの早すぎない!?」
「文句を言っている場合じゃないわ!」
レイナが叫ぶ。
「分かってるよ!」
ソアは剣を握り直した。
「でも、焦ると失敗するから!」
それは、自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。
*
「ソア、ひとつ試してみたいことがあるわ」
ミレイユが前に出た。
「私の《願結び》で、竜皇砲の魔力回路に繋がれた力を、みんなで少しずつ受け止めるの」
「受け止めるって……あの量を?」
レイナが砲身を見上げる。
「全部は無理よ。でも、流れの向きを変えるきっかけくらいなら作れるかもしれない」
ミレイユは杖を握った。
「ただし、ひとつ問題があるわ」
「問題?」
「竜皇砲そのものに直接繋がろうとすれば、黒い結晶にこちらの魔力まで吸い込まれる可能性がある」
黒衣の男が頷いた。
「その通りだ。黒い結晶は、接続した魔力を一方向へ集めている。正面から繋げば、お前たちも制御に取り込まれるかもしれない」
「じゃあ、どうするの?」
ソアが尋ねる。
ミレイユは、彼女の鎧を見た。
「ソアの鎧を中継点にするのよ」
「……私の鎧?」
「ええ。世界巡鋼が竜皇砲に反応しているなら、鎧を通して流れを繋げられるかもしれない」
ソアは目を輝かせた。
「私の鎧が、みんなを繋ぐの!?」
「まだ可能性の話よ。うまくいく保証はないわ」
「でも、やってみる価値はあるよね!」
ソアは即答した。
レイナがため息をつく。
「あなたは本当に迷わないわね……」
「だって、私の大事な鎧が役に立つかもしれないんだよ?」
ソアは胸当てをぽん、と叩いた。
「試さない理由がないよ!」
「……その鎧が壊れたら?」
「…………」
ソアの笑顔が止まった。
「……壊さないように頑張る!」
「最初からそう言いなさい!」
レイナの声が、遺跡に響いた。
ミレイユは小さく笑ってから、真剣な表情に戻った。
「それじゃあ、始めるわ。無理だと思ったら、すぐに手を離して。誰も無理をする必要はないから」
「うん!」
「分かったわ」
レイナが盾を構える。
シードも、ソアの手を握った。
「……いっしょに」
「うん。一緒にやろう!」
*
ミレイユが杖を掲げた。
「――《願結び》!」
紫色の光が広がる。
その光が、レイナの《絶対鏡盾》へ。
シードの葉へ。
そして、ソアの《世界巡鎧》へと繋がっていく。
四人の間に、柔らかな光の道が生まれた。
それは、かつてミレイユが使っていた鎖とは違う。
誰かを縛るものではない。
繋がっていたくない者は、いつでも離れられる。
だからこそ、力は無理なく流れていく。
「……よし」
ソアは目を閉じた。
鎧の内側で、魔力が巡り始める。
自分の力。
レイナの守る力。
ミレイユの繋ぐ力。
シードの受け取る力。
それぞれが混ざり合うのではなく、互いの形を保ったまま流れていく。
その感覚は、以前、村の魔力炉を助けたときに似ていた。
けれど、今回はもっとはっきりしている。
「……見えた!」
ソアは目を開いた。
竜皇砲から伸びる黒い魔力回路。
その奥に、別の流れがある。
赤い魔力を集める流れとは逆方向へ、細く、かすかに続く道。
「ミレイユさん! 右側の回路!」
「見えているの?」
「うん! 黒い結晶の下に、細い光の道がある!」
黒衣の男が驚いたように顔を上げた。
「そんなものは、私には見えない……!」
「私にも、はっきりとは見えないわ!」
ミレイユが答える。
「ソア、あなたが見えている流れを教えて!」
「分かった!」
ソアは鎧の魔力を慎重に動かした。
肩当てが浮かび上がり、竜皇砲へ向かって飛ぶ。
今度は、見えない壁に弾かれなかった。
肩当ては黒い結晶の表面を滑り、細い光の道へと触れた。
カチンッ。
小さな音が響く。
次の瞬間。
竜皇砲の光が、一瞬だけ弱まった。
「止まった……?」
レイナが呟く。
「違うわ!」
ミレイユが叫んだ。
「魔力の流れが変わったのよ!」
砲身の内部で、赤い光が逆向きに流れ始めていた。
集められた魔力の一部が、黒い結晶から離れ、遺跡の床へと流れ出していく。
しかし――。
バキッ!!
肩当ての表面に、細い亀裂が走った。
「……っ!」
ソアの顔が青ざめる。
「私の肩当てぇぇぇ!!」
「ソア! 今は鎧より流れを見なさい!」
「分かってるよぉぉぉ!!」
叫びながらも、ソアは肩当てを操作し続けた。
魔力の流れを、もう少しだけ。
ほんの少しだけ、横へ。
ミレイユが《願結び》で支える。
レイナが《絶対鏡盾》で余剰魔力を受け止める。
シードが、緑色の光を流れの隙間へと送り込んだ。
「……うけとる」
シードの葉が輝く。
「……そして、かえす」
その言葉と同時に、竜皇砲の内部で何かが弾けた。
パァンッ!
黒い結晶の一部が砕け散る。
赤い光が、砲身から外へと流れ出した。
遺跡全体を揺らしていた振動が、弱まっていく。
【魔力充填率:七十六パーセント】
「下がった……!」
レイナが声を上げる。
ソアは目を見開いた。
「やった! 下がったよ!」
ほんのわずか。
それでも、確かに数字が下がっていた。
竜皇砲は、まだ暴走している。
けれど、止められない力ではなかった。
「このまま続ければ……!」
ソアが笑顔を浮かべた、その瞬間。
石門に新たな文字が浮かび上がった。
【異常な循環を検知】
【管理者制御を更新します】
ミレイユの表情が凍りついた。
「……何?」
黒い結晶が、一斉に脈打った。
先ほど砕けた部分から、さらに太い結晶が伸び始める。
まるで、傷ついた回路を自分で修復するように。
「そんな……! 壊れた回路を、修復しているの!?」
黒衣の男が叫んだ。
「違う。これは修復ではない……!」
彼は、石門に刻まれた文字を凝視した。
「外から、新しい回路を接続しているんだ!」
その言葉に、ソアは息を呑んだ。
「外からって……どこから?」
男は答えなかった。
答えられなかったのだ。
黒い結晶の流れは、竜皇砲からさらに奥へ。
遺跡の壁を抜け、地中深くへと続いている。
そして、その先には。
ソアたちの知らない、巨大な魔力の気配があった。
石門に、最後の文字が浮かび上がる。
【管理者接続――第二段階】
【世界樹経路への接続を開始します】
「……世界樹?」
ソアの声が震えた。
胸元の《巡りの雫》が、激しく明滅する。
鎧の光も、それに応えるように輝いた。
しかし、今度の光は温かくなかった。
まるで、遠くから何かに呼びかけられているような。
そして。
遺跡の奥から、低い声が響いた。
『循環の異常を確認』
『管理対象を再評価します』
黒衣の男が、顔を上げた。
「……まさか。お前は、あの記録にあった……」
声は続けた。
『七つの器を再収集』
『世界樹の権限を回収』
『制御を再開します』
ソアは剣を握りしめた。
まだ姿は見えない。
けれど、分かった。
竜皇砲を暴走させている何者かは、ただ力を集めたいだけではない。
世界そのものの流れを、再び支配しようとしている。
「……だったら」
ソアは仲間たちを見た。
肩当てには亀裂が入っている。
身体も、魔力を流し続けて疲れ始めていた。
それでも、彼女は笑った。
「そんなの、止めるしかないよね」
レイナが盾を構える。
「ええ。ここで止めるわ」
ミレイユも杖を握り直した。
「今度は、誰かを縛るためではなく。みんなで流れを取り戻すために」
シードが小さな手を伸ばす。
「……みんなで、かえる」
ソアは、その手を取った。
「うん。一緒に帰ろう」
竜皇砲は、まだ完全には止まっていない。
そして、世界樹へと伸びる黒い回路も、消えてはいなかった。
けれど。
四人の間には、確かな光の道が生まれていた。
それは、何かを一つに集めるための道ではない。
それぞれの力を、それぞれのまま繋ぎ、次へと渡していく道。
《世界巡鎧》は、その光を静かに受け止めていた。




