第115話 暴走する竜皇砲
ドォォォォン!!
地面が、大きく揺れた。
「きゃっ!?」
ソアは慌てて足を踏ん張った。
頭上から小石が降ってくる。
谷の奥に見える石門。その向こうから、赤い光が空へと立ち昇っていた。
「……今の、何?」
レイナが険しい顔で空を見上げる。
「とんでもない魔力ね。あれほどの規模、普通の魔物じゃないわ」
「魔物じゃないよ」
ミレイユが《巡りの雫》を見つめた。
「この反応……遺跡の中にある何かが、起動したのよ」
ソアの表情が引き締まる。
「竜皇砲……?」
ペンダントが強く輝いた。
答えは、それだけで十分だった。
「行こう!」
ソアは駆け出した。
「待ちなさい、ソア! さっきの魔力の規模を忘れたの!?」
「忘れてないよ!」
「だったら、もう少し慎重に――」
「だから、みんなと一緒に行くんだよ!」
ソアは振り返って笑った。
「一人で突っ込んだりしないから!」
「……そういう問題でもないんだけど!」
レイナが叫ぶ。
それでも、彼女も走り出した。
「まったく……! 全員、周囲を警戒して!」
「はいはい。分かってるわ」
ミレイユが杖を構える。
シードも小さな手を握りしめた。
「……みんなで、いく」
四人は、赤く染まった石門へと向かった。
*
石門の前。
黒衣の男は、暴走する竜皇砲を見上げていた。
巨大な砲身の表面を、黒い結晶が這い回っている。
結晶から伸びた無数の筋が、竜皇砲の魔力回路へと入り込んでいた。
男は《巨神の籠手》を握りしめる。
「制御しろ……!」
籠手から魔力を流し込む。
しかし、返ってきたのは拒絶だった。
バチィッ!!
「ぐっ……!」
魔力が弾き返され、男の腕が痺れた。
石門に文字が浮かぶ。
【接続権限を確認できません】
【管理者制御を優先します】
「何だと……?」
男は歯を食いしばった。
「私は七つの器を集めてきた。お前を起動するために、どれだけの時間を費やしたと思っている!」
竜皇砲は答えない。
ただ、魔力を蓄え続けている。
男は、ふと気づいた。
黒い結晶の流れが、竜皇砲から外へ向かっている。
いや、正確には違う。
竜皇砲に流れ込んだ魔力が、別の場所へ送られているのだ。
「……お前が、集めているのか?」
七つの器。
自分が求めてきた力。
それらを集めた先で、誰かがその力を吸い上げようとしている。
男の脳裏に、古い記録の一文が蘇った。
――七つの枝は、世界を支えるために生まれた。一つの手に集めるためではない。
「……違ったのか」
男の声が震えた。
自分は、すべてを失わないために力を集めてきた。
もう二度と、誰かを救えなかった自分を繰り返さないために。
けれど。
その力を、別の何者かに利用されていたのだとしたら。
「……私は、何をしていた?」
そのとき。
竜皇砲の砲身が、ゆっくりと動いた。
砲口が向いた先。
そこには、石門の外へ続く谷があった。
「まさか……!」
男が駆け出す。
「撃たせるものか!」
だが、間に合わない。
竜皇砲の中心に、巨大な魔力の球体が生まれた。
赤い光が、遺跡を埋め尽くす。
【発射準備――開始】
*
「……うそでしょ」
石門へ続く坂道で、レイナが立ち止まった。
谷の奥が、昼間とは思えないほど明るくなっている。
「何なの、あの光……!」
ミレイユの顔から、血の気が引いた。
「魔力が一点に集まっている。あれを撃ち出したら、この谷どころか周囲の地形まで変わるかもしれない」
「じゃあ、止めないと!」
ソアは剣を握った。
その瞬間、胸元の《巡りの雫》が強く輝いた。
頭の中に、かすかな感覚が流れ込んでくる。
まるで、無数の水路が一か所に向かって流れ込んでいるような感覚。
けれど、その水路は自然な流れではなかった。
無理やり引き寄せられ、押し込まれ、出口を失っている。
「……苦しそう」
ソアが呟いた。
「何が?」
レイナが問いかける。
「竜皇砲。たぶん、あの中に力が集まりすぎてるんだよ」
ソアは自分の胸当てに手を当てた。
「前に遺跡で見た記録、覚えてる?」
「七つの器は、力を集めるためのものじゃない……という話ね」
ミレイユが答える。
「うん。受け取って、送り返して、流れを守るためのもの」
ソアは石門を見据えた。
「だったら、竜皇砲を壊すんじゃなくて、流れを戻せば止められるかもしれない」
レイナが眉を寄せる。
「でも、どうやって?」
「……やってみないと分からない!」
「あなたねぇ……!」
ミレイユが頭を抱えた。
「もう少し作戦を練りなさい!」
「作戦ならあるよ!」
「本当に!?」
「みんなで協力する!」
「それは作戦というより、方針よ!」
思わずレイナが突っ込んだ。
しかし、ソアは真剣だった。
「私一人じゃ無理。でも、レイナの盾なら魔力を受け止められる。ミレイユの《願結び》なら、みんなの力を繋げられる。シードも、きっと何かできる」
ソアは三人を見た。
「だから、みんなで止めよう」
短い沈黙。
最初に頷いたのは、レイナだった。
「……分かった。あなたが無茶をする前に、私が支える」
「うん!」
「ただし、勝手に飛び出したら盾で捕まえるからね」
「えっ、それは困る!」
「困るくらいでちょうどいいのよ」
ミレイユも、ふっと笑った。
「私も協力するわ。今度は、みんなの意思を聞きながらね」
シードがソアの手を握った。
「……シードも、する」
「ありがとう、シード!」
ソアは大きく頷いた。
「よし! 行こう!」
*
石門をくぐった瞬間。
熱風が、四人を襲った。
「熱っ……!」
ソアは盾を前に出す。
遺跡の中央には、巨大な竜皇砲が鎮座していた。
砲身の周囲には幾重もの魔法陣が浮かび、床を走る黒い結晶が、絶え間なく魔力を送り込んでいる。
そして、その前に立つ黒衣の男。
「……お前たちか」
男が振り返った。
ソアは剣を構える。
「また会ったね」
「今は争っている場合ではない」
男は竜皇砲を見上げた。
「このままでは、砲撃が放たれる。私にも止められない」
「……あなたにも?」
レイナが目を細める。
「どういうこと?」
「私が集めた力を、何者かが制御している。私の命令は通らない」
男は拳を握った。
「私は、利用されていたらしい」
その言葉に、ミレイユが警戒を強める。
「だからといって、あなたを信用する理由にはならないわ」
「分かっている」
男は反論しなかった。
「私がしてきたことが消えるわけではない。だが、今ここで砲撃を止めなければ、もっと多くの人間が傷つく」
ソアは男を見つめた。
この男が、何をしてきたのか。
それを忘れるつもりはない。
けれど、今は。
「……分かった」
ソアは剣を下ろさずに言った。
「今だけ、一緒に止めよう」
男がわずかに目を見開いた。
「……私を信じるのか?」
「信じるんじゃないよ」
ソアはまっすぐに答えた。
「今は、止めるために協力するの。あなたがこれからどうするかは、その後で考える」
男はしばらく黙っていた。
やがて、小さく頷く。
「……そうか」
その瞬間。
竜皇砲の中心が、真っ赤に輝いた。
【発射準備――完了】
「まずい!」
男が叫ぶ。
「伏せろ!!」
砲口から、凄まじい光が放たれた。
ドォォォォォォン!!
衝撃波が遺跡を駆け抜ける。
レイナが《絶対鏡盾》を展開した。
「《鉄壁》――最大展開!!」
巨大な盾の光が四人を包む。
砲撃の余波がぶつかり、盾が激しく軋んだ。
「くっ……! なんて威力なの……!」
レイナの足元に亀裂が走る。
ミレイユが杖を掲げた。
「《願結び》!」
紫色の光が盾を包み、レイナの負担を分け合う。
シードも両手を広げ、緑色の光を重ねた。
それでも、衝撃は止まらない。
「レイナ、あとどれくらい!?」
「長くは持たないわ!」
ソアは砲身を見つめた。
砲撃そのものを止めることはできなかった。
けれど、魔力の流れは見える。
砲身に集められた力が、発射と同時に外へ流れ出している。
その奥に、まだ流れを支配する黒い回路が残っていた。
「……あそこ!」
ソアは宙に浮かせた肩当てを飛ばした。
黒い結晶の根元へ。
しかし――。
ガキィン!!
見えない壁に弾かれ、肩当てが吹き飛んだ。
「きゃっ!」
ソアは慌てて肩当てを引き戻した。
「うそっ! 近づけない!」
「管理者の防御機構だ!」
黒衣の男が叫んだ。
「黒い結晶が、竜皇砲の制御回路を守っている!」
「じゃあ、壊すしかないの!?」
「無理に壊せば、残った魔力が一気に暴走する!」
ソアは唇を噛んだ。
壊せない。
近づけない。
このままでは、次の砲撃が放たれる。
そのとき。
胸元の《巡りの雫》が、これまでにないほど強く輝いた。
そして、ソアの脳裏に一瞬だけ、見覚えのない光景が浮かんだ。
七つの光が、それぞれ別の方向へ伸びている。
一つに集まるのではなく。
互いを巡り、支え合いながら、世界へ広がっていく。
「……そっか」
ソアは息を呑んだ。
「集めるんじゃない。流せばいいんだ……!」
ミレイユが振り返る。
「ソア?」
「まだ、うまくできるか分からない。でも――」
ソアは仲間たちを見た。
「みんなの力を、竜皇砲の外へ逃がそう!」
レイナは盾を支えながら、頷いた。
「やるなら、早く!」
「うん!」
ソアは《巡りの雫》を握りしめた。
《スキンブースト》。
《成長共鳴》。
そして、仲間たちの力。
今まで別々だったものが、少しずつ繋がっていく。
けれど、まだ足りない。
何かが、最後の一歩を阻んでいる。
竜皇砲が、再び唸りを上げた。
【第二射――準備開始】
残された時間は、ほとんどない。
ソアは歯を食いしばった。
「……絶対、止める!」
その声に応えるように。
鎧の胸元で、《世界巡鋼》が淡く輝いた。




