第114話 繋いだ手と、黒い道
エルディアの街を出て、三日目。
ソアたちは、かつて訪れた火山地帯へと続く街道を歩いていた。
目的地は、火山炉心遺跡。
以前、竜皇砲に関する手がかりを見つけた場所だ。
「……暑い」
ソアは額の汗を拭った。
全身を覆う《世界巡鎧》が、太陽の光を受けてぎらりと輝いている。
「まだ午前中よ?」
レイナが呆れたように言った。
「分かってるよ。でも、鎧の中って熱がこもるんだよね」
「だったら、少し外せばいいじゃない」
「えっ」
ソアは真剣な顔でレイナを見た。
「……それ、本気で言ってる?」
「本気だけど?」
「鎧を外すくらいなら、日陰を探すよ!」
「そこまで!?」
隣を歩いていたミレイユが、くすりと笑った。
「ふふ。相変わらずね、ソア」
「だって、せっかく直してもらった鎧だもん!」
ソアは胸当てをぽんぽんと叩いた。
「大事にしなきゃ!」
「大事にしている人は、そんなに頻繁に壊さないと思うけれど」
「……それは、魔物に言って!」
「魔物のせいにしたわね、この子」
レイナがため息をつく。
その少し後ろを、シードがてくてく歩いていた。
「ソア、あつい?」
「うん、ちょっとね」
「……おみず」
シードが小さな水筒を差し出した。
「ありがとう、シード!」
ソアは兜を少し持ち上げ、水を飲んだ。
そして、満面の笑みを浮かべる。
「生き返るぅ……!」
「鎧を着たまま水を飲むのも、だいぶ慣れたわね」
「うん! 最初の頃より上手になったよ!」
「そこは成長しているのね……」
*
昼過ぎ。
一行は、街道から外れた小さな谷に差しかかった。
道の両側には、黒ずんだ岩が連なっている。
以前、この付近を通ったときにはなかった光景だった。
「……待って」
ミレイユが足を止めた。
「どうしたの?」
ソアが振り返る。
ミレイユは岩肌に手をかざした。
指先に、淡い紫色の魔力が灯る。
「この魔力……エルディアで見たものと似ているわ」
「黒い結晶?」
「ええ。けれど、少し違う」
ミレイユの表情が険しくなる。
「私の呪いに侵入していた魔力と、同じ流れを感じるの。まるで、どこかから無理やり繋がれているみたい」
レイナが剣の柄に手を置いた。
「つまり、ここにも何者かが手を加えている?」
「そう考えるのが自然ね」
ソアは岩肌をじっと見つめた。
黒い結晶は、岩の隙間から細い枝のように伸びていた。
その先端は、谷の奥へと向かっている。
「……道みたい」
「道?」
「うん。ここから先に、何かを繋げようとしている感じがする」
ソアの胸元で、《巡りの雫》が淡く光った。
ペンダントの光は、谷の奥へ向かってゆっくりと明滅している。
「やっぱり、竜皇砲と関係があるのかな?」
答えるように、黒い結晶が一瞬だけ脈打った。
ミレイユが息を呑む。
「……反応した?」
「うん。今、光ったよね?」
レイナは周囲を警戒しながら、短く頷いた。
「間違いない。誰かが、この先で何かを動かしている」
ソアは剣を握り直した。
「じゃあ、気をつけて進もう」
そのとき。
谷の奥から、低い振動が伝わってきた。
ゴゴゴゴゴ……。
足元の小石が跳ねる。
「な、何!?」
ソアが身構える。
岩肌に走る黒い結晶が、いっせいに光を放った。
次の瞬間。
谷の壁から、黒い魔力の塊が飛び出した。
「伏せて!」
レイナが叫ぶ。
ソアたちは、とっさに身を低くした。
頭上を黒い塊が通り過ぎ、道の先で爆発する。
ドォンッ!!
土煙が舞い上がった。
「……攻撃してきた!?」
「違うわ!」
ミレイユが叫んだ。
「今のは、私たちを狙ったというより……何かを運ぼうとしていた!」
「運ぶ?」
「魔力よ。大量の魔力が、谷の奥へ流れている!」
ソアは《巡りの雫》を見た。
光が強くなっている。
その向こうに、何かがある。
そう確信できた。
「……行こう!」
ソアが走り出そうとした、その瞬間。
「待って、ソア!」
ミレイユが手を伸ばした。
「今の魔力、流れが乱れているわ。このまま近づけば、また何かが暴走するかもしれない」
「じゃあ、どうする?」
「……繋いでみる」
ミレイユは仲間たちを見た。
かつての自分なら、全員を鎖で縛り、危険な場所へ行かせなかっただろう。
けれど、今は違う。
「みんなの魔力を少しずつ借りたいの。無理に引き出すんじゃなくて、流れを合わせるだけ」
レイナが頷いた。
「分かった。必要な分だけ使って」
「私も!」
ソアが手を差し出す。
「シードも、いっしょ」
小さな手が重なった。
ミレイユは目を閉じる。
「――《願結び》」
淡い紫色の光が、四人の手元に灯った。
鎖の形をした光は、誰かを縛ることなく、互いの魔力をゆっくりと繋いでいく。
レイナの《絶対鏡盾》が光を受け止める。
シードの葉が揺れ、緑色の光が流れに加わった。
そして、ソアの《巡りの雫》が応えるように輝いた。
「……すごい」
ソアが呟いた。
身体の中を、温かい何かが通り抜けていく。
自分の力だけではない。
仲間たちの力が、押しつけられることなく、自然に流れ込んでくる。
「これが……《願結び》」
ミレイユは慎重に魔力の流れを整えた。
「みんなの力を奪うんじゃない。必要なところへ、送り届けるのよ」
黒い結晶の光が、少しずつ弱まっていく。
暴れていた魔力が、流れを取り戻し始めた。
しかし――。
パキッ。
岩肌の奥で、何かが割れる音がした。
ミレイユの顔色が変わった。
「……違う」
「え?」
「この結晶、魔力を流すためだけのものじゃないわ」
黒い結晶の奥から、別の魔力が染み出してくる。
整えたはずの流れを押し戻し、強引に一方向へ引っ張っていく。
「誰かが、流れの先で力を吸い上げている……!」
レイナが声を張った。
「なら、繋がりを切ればいいのか?」
「いいえ。今、無理に切ったら、溜まった魔力が一気に噴き出す!」
「じゃあ、どうすれば……!」
ソアは黒い結晶を見つめた。
鎧の肩当てが、かすかに動いた。
彼女の魔力に反応している。
「……私が、流れを変えてみる」
「ソア、危険よ!」
「分かってる!」
ソアは肩当てを一枚だけ外した。
ガシャン。
金属音とともに、肩当てが宙に浮かぶ。
鎧を遠隔操作する。
今まで何度も使ってきた力だ。
ただし、今回は攻撃するためではない。
「肩当て、お願い!」
肩当てが黒い結晶の根元へ飛んだ。
ソアは《巡りの雫》に意識を集中する。
魔力を吸い上げる流れ。
それを、ほんの少しだけ横へずらす。
ミレイユが《願結び》で流れを支え、レイナが《絶対鏡盾》で暴走しかけた魔力を受け止める。
シードの葉が、淡い緑色に輝いた。
「……いま!」
肩当てが結晶に触れた。
カチンッ。
小さな音。
次の瞬間、黒い結晶を流れていた魔力が、わずかに向きを変えた。
谷の奥へ吸い込まれていた光が、岩肌の隙間へと分散していく。
ゴゴゴゴ……。
地鳴りが止まった。
黒い結晶の光が消えていく。
「……止まった?」
レイナが周囲を確認する。
新たな攻撃は来ない。
ミレイユも、ゆっくりと手を下ろした。
「ひとまず、暴走は止められたみたいね」
「やったぁ!」
ソアは肩当てを引き戻した。
そして、傷がないか確認する。
「……よかった。無事!」
「そこが最初なのね……」
レイナが苦笑する。
「だって、大事な鎧だもん!」
ソアは肩当てを元の位置に戻した。
ガシャン。
その瞬間、肩当てが一度だけ淡く光った。
「……あれ?」
ソアが首を傾げる。
けれど、光はすぐに消えてしまった。
ステータスにも変化はない。
ただ、《巡りの雫》だけが、谷の奥を指し示していた。
「……まだ先があるんだね」
ソアは前を向いた。
ミレイユが隣に並ぶ。
「ええ。今のは、入り口にすぎないみたい」
「なら、みんなで進もう!」
ソアは笑顔で言った。
「一人で抱え込むより、ずっといいよね!」
ミレイユは、ほんの少しだけ目を伏せた。
「……そうね」
それから、今度は自分から手を差し出した。
「今度は、私も一緒に進むわ」
ソアはその手を取った。
「うん!」
四人は、再び歩き始めた。
谷の奥。
黒い結晶が途切れた先には、古い石造りの門が見えていた。
その表面には、竜の頭部をかたどった紋様。
そして、その中心には――
七つの器を示す、見覚えのある印が刻まれていた。
*
同じ頃。
谷のはるか奥にある地下遺跡。
黒衣の男は、巨大な石門の前に立っていた。
その右腕には、《巨神の籠手》が装着されている。
門の中央には、竜の頭部をかたどった紋様。
その奥から、強大な魔力が脈打っていた。
「……見つけた」
男が呟く。
足元には、黒い結晶が広がっていた。
結晶は石門に根を張り、奥へ奥へと伸びている。
男は手をかざした。
「七つの器は、ここへ集まる。これで、ようやく……」
その瞬間。
石門の表面に、文字が浮かび上がった。
【第五の器――竜皇砲】
【接続経路を確認】
【外部魔力の流入を検知】
男の目が細くなる。
「……外部魔力?」
文字が変化した。
【管理者権限による制御を開始します】
男は息を呑んだ。
「管理者……だと?」
黒い結晶が、いっせいに輝いた。
門の奥から、巨大な機構が動き出す音が響く。
ゴゴゴゴゴゴ……。
竜の紋様が赤く光る。
男は、反射的に一歩下がった。
「待て。私は、まだ命令を――」
ドォォォン!!
石門の奥から、凄まじい魔力が噴き出した。
男の黒い外套が大きくはためく。
《巨神の籠手》が震えた。
そして、男の耳元に。
聞き覚えのない、冷たい声が響いた。
『接続を確認。収集計画を再開します』
「……誰だ、お前は」
『管理者権限を実行します』
男の問いには答えず、声は続けた。
『第五の器、起動』
石門が、ゆっくりと開き始める。
その向こうに見えたのは、巨大な砲身だった。
竜の顎を思わせる砲口。
幾重にも重なる魔法陣。
そして、砲身の中心で渦巻く、圧倒的な魔力。
――《竜皇砲》。
男が求めていた、第五の器。
だが、その砲口は男ではなく、地下遺跡の天井へと向けられていた。
「……やめろ!」
男が叫ぶ。
「制御しろ! 私の命令を聞け!」
返事はなかった。
竜皇砲の魔力が、さらに膨れ上がる。
その光は、地上の谷にまで届こうとしていた。
黒衣の男は、初めて理解した。
自分が力を集めていたのではない。
**自分もまた、何かに利用されていたのだ。**
そして。
竜皇砲の砲口が、ゆっくりと開いた。
次の瞬間。
遺跡全体を揺るがす、咆哮のような音が響き渡った。




