第113話 服を買ってから、次の冒険へ
「……服を買いに行くわよ」
レイナは、額に手を当てながら言った。
「うん……」
マントにくるまったソアが、小さく頷く。
「その前に、鎧を――」
「買い物が先!!」
「は、はいっ!」
エルディアの街に、レイナの声が響いた。
*
結局、ソアは街の衣料品店で服を買うことになった。
白いブラウス。
動きやすいスカート。
丈夫なブーツ。
そして、予備の服も一着。
「……これでいいでしょう」
レイナが確認する。
「うん!」
ソアは笑顔で答えた。
ただし、その視線は店の奥に向いていた。
そこには、金属製の防具が飾られている。
「……あの胸当て、いいなぁ」
「ソア?」
「……な、何?」
「今は服を選んでいるのよ」
「分かってるよ……」
ソアは名残惜しそうに防具から目を離した。
その様子を見ていたミレイユが、くすりと笑う。
「本当に、あなたは変わらないわね」
「え? そうかな?」
「ええ。世界が滅びかけても、鎧のことを考えていそうだわ」
「さすがに世界が滅びそうなら、ちゃんと戦うよ!」
「その戦いのあとで、鎧の心配をするのでしょう?」
「……する!」
「即答なのね……」
レイナが深いため息をついた。
シードは、そんなソアの手を引いた。
「……ソア」
「ん? どうしたの?」
「……かえる?」
「あ、そうだね!」
ソアはぱっと顔を上げた。
「みんなで一緒に帰ろう!」
その言葉に、ミレイユは少しだけ目を細めた。
かつては、誰も自分の手の届かない場所へ行かないようにと願っていた。
けれど今は違う。
一緒にいたいなら、手を伸ばせばいい。
相手にも、歩く道を選ぶ自由がある。
「……そうね」
ミレイユは笑った。
「みんなで帰りましょう」
*
買い物を終えた四人は、街の宿へ戻った。
そして、ようやくソアの待ち望んでいた時間が訪れる。
「……よし!」
ソアは《世界巡鎧》の前に立った。
胸当て。
肩当て。
腕当て。
脚甲。
すべての装甲が、きちんとそろっている。
「……ふふふ」
ソアの口元が緩む。
「やっぱり、いつ見ても最高……」
「……ソア」
レイナが嫌な予感を覚えながら呼びかけた。
「今度はちゃんと服を着てから装備するのよ」
「分かってるって!」
ソアは元気よく答えた。
そして、買ったばかりの服を身につけると、さっそく鎧を装着し始めた。
ガシャン。
胸当て。
ガシャン。
肩当て。
ガシャン。
腕当て。
ガシャン。
脚甲。
最後に兜。
「…………」
ソアは両腕を広げた。
「最高ぉぉぉ……!」
「……よかったわね」
レイナは、もう何も言わなかった。
しかし。
ソアが一歩踏み出した瞬間。
ガシャンッ。
「……あれ?」
ソアの動きが止まった。
もう一歩。
ガシャンッ。
「…………」
さらに一歩。
ガシャンッ。
「……重い」
「そりゃ、鎧を着たんだからね」
レイナが答えた。
「いや、そうじゃなくて……」
ソアは腕を動かした。
身体をひねる。
軽く跳んでみる。
以前と同じ。
いや。
それ以上に、身体が重く感じられた。
「……やっぱり、戻っちゃった」
ソアはステータスを確認した。
【体力:普通】
【筋力:普通】
【敏捷:低い】
【魔力:普通】
【精神:普通】
「…………」
ソアはしばらく画面を見つめていた。
《全解除》を使う前に蓄積していた強化は、装備を身につけ直したことでリセットされていた。
あれほど軽かった身体も。
あれほど速く動けた感覚も。
今は、元に戻っている。
「……うーん」
ソアは腕を組んだ。
「やっぱり、不思議だなぁ」
「何が?」
ミレイユが尋ねた。
「《スキンブースト》のこと。鎧が壊れたり外れたりすると強くなるのに、着直すと元に戻るんだよ」
「……なるほど」
ミレイユは興味深そうに頷いた。
「装備そのものが強さを生んでいるのではなく、装備が外れた状態に反応している……ということかしら」
「そうなのかな?」
「まだ断定はできないわ。でも、調べる価値はありそうね」
ミレイユは考え込んだ。
魔法の研究者として、興味を引かれる現象だった。
だが、ソアはしばらく考えたあと、にっこり笑った。
「……まあ、いっか!」
「……いいの?」
「うん! だって、鎧を着られたし!」
「…………」
レイナは天井を見上げた。
「この子、ある意味では最強ね……」
*
その日の夕方。
宿の食堂に、四人が集まっていた。
ミレイユが街の復旧状況を説明する。
「魔力の流れは、少しずつ安定してきているわ。完全に戻るまでには数日かかるでしょうけれど、もう暴走の心配はないはずよ」
「よかった……」
ソアは胸を撫で下ろした。
「街の人たちも、少しずつ普段の生活に戻っているそうよ」
レイナが補足する。
「ただ、今回の事件には気になる点があるわ」
「気になる点?」
ソアが顔を上げた。
「ええ。ミレイユの鎖に、外部から魔力が流れ込んでいたのでしょう?」
「……そうね」
ミレイユの表情が引き締まる。
「私の願いが暴走したのは事実。でも、途中から何かに魔力経路を侵食されていた。あれがなければ、ここまで広がらなかった可能性があるわ」
「つまり、誰かが裏から手を出していたってこと?」
「その可能性は高いわね」
食堂の空気が、少しだけ重くなった。
黒衣の男。
七つの器を集めている人物。
そして、その背後にいるかもしれない、正体不明の存在。
今回の事件も、偶然ではなかったのかもしれない。
「……次は、何を狙ってるんだろう」
ソアが呟いた。
その時だった。
テーブルの上に置いていた《巡りの雫》が、淡く光り始めた。
「……え?」
ソアは首を傾げた。
青白い光が、雫の内部をゆっくりと巡る。
そして、その表面に新しい紋様が浮かび上がった。
炎。
その中心に、巨大な砲身のような形。
「……これって」
レイナが目を見開いた。
「竜皇砲……?」
ミレイユが、息を呑む。
「第五の器ね」
ソアは身を乗り出した。
「でも、これって前に見た紋様と似てるよね?」
「火山の炉心遺跡で見つけた記録ね」
レイナが頷いた。
以前、四人はその遺跡に関わる手がかりを得ていた。
しかし、竜皇砲そのものを手に入れたわけではない。
あの場所には、まだ何かが残されている。
《巡りの雫》の光が、さらに強くなった。
そして。
テーブルの上に、淡い文字が浮かび上がった。
【第五の器:《竜皇砲》】
【魔力経路:異常】
【接続先:不明】
【警告――器への強制接続を検知】
「……強制接続?」
ソアの表情が変わった。
ミレイユも、真剣な顔で文字を見つめている。
「誰かが、竜皇砲を無理やり接続しようとしている……?」
「そう考えるのが自然ね」
レイナが剣の柄に手を添えた。
「黒衣の男が動いたのかもしれないわ」
ソアは、光る《巡りの雫》を握りしめた。
「……行こう」
静かな声だった。
「竜皇砲を探しに」
レイナが頷く。
「ええ」
ミレイユも、立ち上がった。
「今度は、私も一緒に行くわ。もう、あなたたちを止めたりしない」
「うん! 一緒に行こう!」
ソアは笑顔で答えた。
シードも、小さな手を挙げた。
「……みんなで」
「そう。みんなで!」
四人は顔を見合わせた。
新しい冒険が始まろうとしていた。
だが、その頃――
*
暗い遺跡の最深部。
巨大な石造りの扉の前に、黒衣の男が立っていた。
扉には、炎をまとった砲身の紋様が刻まれている。
その前には、黒い結晶がいくつも浮かんでいた。
結晶から伸びた黒い線が、扉の紋様へとつながっている。
「……ようやく、ここまで来た」
男が呟いた。
その手には、《巨神の籠手》があった。
籠手が、低く唸る。
扉の向こうから、巨大な魔力が脈打っていた。
「これさえ手に入れば……」
男は、扉に手を伸ばした。
その瞬間。
黒い結晶が、一斉に輝いた。
扉の紋様が、赤黒く染まる。
そして、どこからともなく声が響いた。
『接続を開始します』
男は顔を上げた。
「……何だ?」
『第五の器への接続を確認』
『第一の器との連動を開始』
『循環経路――確保』
男の表情が、凍りついた。
「待て……私は、まだ何もしていない」
しかし、黒い結晶は止まらなかった。
扉の奥で、巨大な何かが目を覚まそうとしている。
『接続先――更新』
『管理者権限による制御を開始します』
「……管理者?」
男の声が震えた。
その時、扉の向こうから、低い振動が響いた。
ゴォォォォォ……。
竜皇砲が、目覚めようとしていた。
だが、それは男の望んだ形ではなかった。
彼が集めようとしていた力は、すでに別の何者かの手によって、ひとつの流れへと導かれ始めていたのだ。
黒衣の男は、初めて自分の手の中にある力を恐れた。
「……私は、何を呼び起こしたんだ……?」
答える者はいなかった。
ただ、扉の奥で。
竜皇砲の魔力が、静かに脈動し続けていた。




