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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第十章 深淵の呪鎖

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第101話 つながれた街道


 翌朝。


「よし! 出発!」


 ソア・ミュスカは、宿屋の前で元気よく拳を突き上げた。


 その隣では、レイナが地図を広げている。


「エルディアまでは、東の街道を進むのが最短ね。ただし、昨日の報告によれば、途中の村でも魔力異常が起きているらしいわ」


「魔力異常って、どんな感じ?」


「魔法道具が動かなくなったり、魔力が逆流したり。ひどい場合は、魔物が突然凶暴化することもあるそうよ」


「なるほど……」


 ソアは真剣な顔で頷いた。


「つまり、魔物がいっぱい出てくるかもしれないんだね!」


「どうしてそうなるのよ!」


「だって、魔力異常って危ないんでしょう?」


「危ないのは魔物だけじゃないの!」


「そっか。じゃあ、鎧にも気をつけないとね」


「あなたはまず、自分の身体に気をつけなさい!」


 いつものやり取りに、シードが小さく笑った。


「……ソア、げんき」


「うん! 元気が一番だからね!」


「……レイナ、たいへん」


「……本当にね」


 レイナは深いため息をついた。


     *


 東の街道を進むこと、数時間。


 周囲の景色が変わり始めた。


 草原の草は不自然に倒れ、道端の木々は葉を垂らしている。


 風が吹いているはずなのに、枝はほとんど揺れない。


「……静かすぎない?」


 ソアが呟いた。


 いつもなら聞こえる鳥の声も、虫の音もない。


 まるで、この一帯だけが世界から切り離されてしまったようだった。


 シードが立ち止まる。


「……いやな、ながれ」


「魔力の流れ?」


「……うん。ここだけ、ひっぱられてる」


 レイナは周囲を警戒した。


「何かが魔力を吸い上げているのかもしれないわ。二人とも、慎重に――」


 そのときだった。


「た、助けてくれ!」


 街道の先から、男が駆けてきた。


 荷車を引いていたらしい。


 服は泥だらけで、顔は青ざめている。


「村が……村が大変なんだ!」


 レイナが男を支えた。


「落ち着いて。何があったの?」


「村の魔力炉が暴走したんだ! 水車も、農具も、魔法灯も……全部おかしくなって!」


「魔力炉?」


「村の共同設備だ! あれが壊れたら、村の生活が成り立たない!」


 男は必死に訴えた。


「頼む! 冒険者なら助けてくれ!」


 ソアはレイナを見た。


 レイナも頷く。


「もちろんよ。案内して」


「ありがとう……!」


 男は何度も頭を下げた。


 ソアは剣と盾を確かめる。


 そして、世界巡鎧の胸元に触れた。


「……よし。今度は壊さないように頑張ろう」


「その宣言、毎回している気がするわね」


「今回は特別!」


「何が特別なの?」


「新しい鎧だから!」


「理由になっていないわ!」


 シードはソアの手を握った。


「……いっしょに、たすける」


「うん!」


 三人は、男の案内で村へと向かった。


     *


 村に到着した瞬間。


 ソアたちは異変を目の当たりにした。


「うわ……」


 村の中央にある石造りの建物。


 その地下から、黒い光が漏れ出していた。


 建物の周囲では、農具が勝手に動き、井戸の水が泡立っている。


 魔法灯は点滅を繰り返し、地面には黒い筋が走っていた。


「これは……」


 レイナが眉をひそめた。


「ただの故障じゃないわね」


 シードが両手を胸元に当てる。


「……くるしい」


「シード?」


「……このながれ、むりやり、つながれてる」


 ソアは地下へ続く入口を見た。


 黒い光の奥に、何かが脈打っている。


「……行ってみよう」


「待って。先に村人を避難させるわ」


「うん!」


 レイナの指示で、ソアは村人たちを広場へ誘導した。


 ところが。


「きゃあっ!」


 突然、村の広場で悲鳴が上がった。


 石畳が盛り上がり、地面から黒い蔓のようなものが飛び出したのだ。


 それは魔力を帯びた細い管だった。


 管は近くの魔法灯に巻きつくと、その光を吸い上げていく。


「何、あれ!?」


 ソアが剣を抜いた。


 管の先端が、ゆっくりとこちらを向く。


 次の瞬間。


 ビュンッ!


 黒い管がソアへと襲いかかった。


「危ない!」


 レイナが盾を構える。


 ガァンッ!


 攻撃は《絶対鏡盾》に弾かれた。


 しかし、管は消えない。


 地面を這いながら、今度はレイナの盾に巻きつこうとする。


「……魔力を吸っている?」


 レイナはすぐに盾を引いた。


「ソア! この管を切って!」


「了解!」


 ソアは踏み込んだ。


 ザシュッ!


 剣が管を切り裂く。


 だが、切断面から黒い光が噴き出した。


「うわっ!」


 ソアは慌てて飛び退いた。


 切り裂かれた管は、地面に落ちてもなお蠢いている。


「……気持ち悪い!」


「見た目の感想は後にしなさい!」


 レイナが叫ぶ。


 村のあちこちから、同じ管が次々と伸びてきた。


 その一本が、逃げ遅れた少女の足に絡みついた。


「お母さん!」


「ミナ!」


 母親が駆け寄る。


 しかし、管は少女の身体から魔力を吸い上げていた。


 少女の顔色が、みるみる悪くなる。


「……っ!」


 ソアは走り出した。


「今、助けるから!」


 管を切ろうと剣を振り上げる。


 その瞬間。


「待って、ソア!」


 シードの声が響いた。


「……きったら、もっと、ひろがる!」


「えっ!?」


 ソアは剣を止めた。


 シードは地面に手をつく。


 小さな根が石畳の隙間を走り、黒い管へと伸びていった。


「……わかった」


 シードの眉が寄る。


「……この管、むらの魔力炉と、つながってる」


「つまり、根元を止めないと駄目なのね」


 レイナが状況を理解した。


「ソア! 私が少女を守るわ。あなたは地下へ!」


「でも、管がいっぱいあるよ!?」


「ここは任せて!」


 レイナは《絶対鏡盾》を掲げた。


 盾から広がった光が、少女と母親を包み込む。


 吸い上げられていた魔力の流れが、わずかに弱まった。


「今よ!」


「ありがとう、レイナ!」


 ソアは地下への階段へ駆け出した。


     *


 地下室。


 そこには、村の魔力炉があった。


 中央の大きな結晶。


 その周囲には、黒い管が何本も巻きついている。


 結晶から放たれる魔力は、本来なら村の設備へ流れていくはずだった。


 しかし今は違う。


 魔力は黒い管に吸い上げられ、地面の下へと流れている。


「……やっぱり」


 ソアはペンダントを取り出した。


 《巡りの雫》が、弱々しく光っている。


 結晶に手を近づける。


 すると、鎧の表面にも緑色の光が走った。


「この魔力の流れ……さっきの遺跡と似てる」


 黒い管の一本が、ソアの腕へと伸びてきた。


「わっ!」


 ソアは盾で弾く。


 ガァンッ!


 管は壁にぶつかり、すぐに方向を変えた。


「しつこいなぁ!」


 ソアは剣を構え直す。


 しかし、ふと気づいた。


 黒い管は、ソア自身ではなく、鎧の表面を狙っている。


「……鎧の魔力を吸おうとしてる?」


 試しに、ソアは肩当てを少しだけ動かした。


 管の先端が、それを追う。


「……なるほど」


 ソアの口元に、笑みが浮かんだ。


「だったら、こっち!」


 ソアは肩当てを外した。


 ガシャッ。


 《全解除・パージ》。


 取り外した肩当てが、空中へ浮かぶ。


 黒い管が一斉にそちらへ向かった。


「よし!」


 ソアは肩当てを操作し、黒い管を引きつけながら魔力炉の周囲を回らせた。


 管が絡まり合い、一本の太い束になる。


 その瞬間。


「今だ!」


 ソアは肩当てを急旋回させた。


 黒い管の束が引っ張られ、魔力炉から一瞬だけ離れる。


 結晶の光が、わずかに明るさを取り戻した。


「……いける!」


 だが。


 次の瞬間、肩当てが激しく震えた。


「えっ?」


 黒い管が肩当てに絡みつき、魔力を吸い始めたのだ。


 肩当ての表面が、黒く染まっていく。


「ちょ、ちょっと待って!」


 ソアは必死に操作する。


 しかし、肩当ては思うように動かない。


 まるで、別の何かに操られているようだった。


「……っ、言うこと聞いてよ!」


 ソアの額に汗が浮かぶ。


 そのとき。


 胸元のペンダントが、強く光った。


 鎧の内部を、緑色の魔力が駆け巡る。


 肩当てへ。


 腕当てへ。


 そして、空中に浮かぶ肩当てへ。


 魔力が一本の線となってつながった。


「……あれ?」


 ソアは、流れを感じた。


 無理やり押さえつけるのではない。


 肩当てを自分の手足のように動かすのでもない。


 自分の魔力を送り、肩当ての魔力を受け取り、また送り返す。


 流れを途切れさせない。


 それだけを意識する。


「……そうか」


 ソアは小さく呟いた。


「動かそうとするんじゃなくて……つなげるんだ」


 肩当ての動きが、少しだけ滑らかになった。


 黒い管が、再び肩当てを引き寄せようとする。


 ソアは逆らわなかった。


 代わりに、流れの向きを変えた。


「こっちに、返して!」


 肩当てが旋回する。


 黒い管を伝っていた魔力が、反対方向へ押し戻された。


 結晶がまばゆい光を放つ。


 黒い管が、一本、また一本と地面から剥がれ落ちた。


 そして最後の一本が外れた瞬間。


 ドンッ!


 地下室に衝撃が走った。


「きゃっ!」


 肩当てが勢いよく飛んできて、ソアの兜に直撃した。


 ガァン!


「いたぁっ!」


 ソアはその場にしゃがみ込んだ。


 静寂。


 それから、肩当てを拾い上げる。


「……」


 傷を確認する。


「……よかった。壊れてない」


 真っ先にそこを心配するソアだった。


     *


 地上へ戻ると、村の魔法灯が一斉に点灯した。


 井戸の水も落ち着き、地面を這っていた黒い管はすべて動きを止めている。


 少女を縛っていた管も消え、母親が娘を抱きしめていた。


「ありがとう……本当にありがとう!」


 村人たちが次々と頭を下げる。


 レイナは盾を収め、ソアの肩を叩いた。


「よくやったわね」


「えへへ……」


 ソアは照れくさそうに笑った。


「でも、最後に肩当てが飛んできて……」


「それはあなたの操作が雑だったからでしょう」


「うっ……」


 否定できなかった。


 シードが、ソアの胸元を見上げる。


「……ソア」


「ん?」


「……さっき、ながれ、つながった」


「うん。私も感じたよ」


 ソアは空中で肩当てを動かそうとした。


 わずかに浮き上がる。


 しかし、すぐに落ちた。


 ガシャン。


「……あれ?」


 もう一度。


 少し浮く。


 そして、落ちる。


 ガシャン。


「……あれれ?」


 レイナが腕を組んだ。


「さっきはできていたじゃない」


「できてたんだけど……」


 ソアは困った顔をした。


「今は、うまくつながらない」


 シードが静かに頷く。


「……さっきは、みんなを、たすけたいって、おもった」


「うん」


「……だから、ながれた」


 ソアはしばらく考えた。


 自分の力で無理やり動かすのではなく、魔力を巡らせる。


 それが、さっきの成功につながったのかもしれない。


 けれど、同じことをしようとしても、今はうまくいかない。


「……まだ、練習が必要だね」


「当然よ」


 レイナは即答した。


「一度できたからといって、自由自在に使えるわけではないわ」


「うん!」


 ソアは元気よく頷いた。


「でも、ちょっとだけ分かった気がする!」


 シードが嬉しそうに笑う。


「……ソア、すごい」


「ありがとう!」


 ソアは胸を張った。


「でも、今度は兜にぶつけないように頑張る!」


「そこが目標なの!?」


 レイナのツッコミが、村に響いた。


     *


 村人たちから礼を受け取ったあと。


 三人は、魔力炉の地下に残された装置を調べていた。


 黒い管が消えた床には、細い溝が刻まれている。


 その溝は、村の外へ。


 さらに東へと続いていた。


「……ここから魔力が流れていたのね」


 レイナが溝をたどる。


「村の設備を使って、外部へ魔力を送っていた。これだけの仕組みを、誰が作ったのかしら」


 シードは床に手を触れた。


「……もっと、さき」


「エルディアの方角?」


「……うん」


 ソアはペンダントを握りしめた。


 緑色の光が、東へ向かって淡く瞬いている。


「ミレイユさんがいる場所と、つながってるのかな……」


 レイナは険しい表情を浮かべた。


「可能性は高いわ。今回の異常は、偶然ではないでしょうね」


 ソアは頷いた。


「……急ごう」


 今度は、冗談を言わなかった。


 助けを求める人がいる。


 魔力の流れが苦しんでいる。


 そして、その先にはミレイユがいる。


 ソアは鎧の胸元を軽く叩いた。


「大丈夫。みんなで行けば、きっと何とかなるよ」


「……うん」


 シードが答えた。


 レイナも頷く。


「ええ。ただし、無茶はしないこと」


「……努力します!」


「そこは約束しなさい!」


 三人は再び、東へ向かって歩き始めた。


 その背後で、村の魔力炉は静かに動き続けていた。


 黒い管は消えた。


 だが、床に残された溝の奥では、まだ微かな黒い光が脈打っている。


 魔力の流れは、完全には戻っていなかった。


     *


 エルディア。


 地下図書館。


 ミレイユは、通信結晶から手を離した。


「……ソアたちが来る」


 安心したような表情を浮かべたのは、一瞬だけだった。


 机の上の記録紙が、突然黒く染まった。


「……何?」


 紙に刻まれた古代文字が、次々と書き換わっていく。


 そして、最後に一文が浮かび上がった。


 ――第四の器、接続開始。


 ミレイユの顔から、血の気が引いた。


「……もう始まったの?」


 地下のさらに奥から、鎖が引きずられるような音が聞こえた。


 ジャラ……。


 ジャラ……。


 彼女はゆっくりと振り返る。


 閉ざされたはずの扉。


 その隙間から、紫色の光が漏れ出していた。


 そして、その光の中心に。


 一本の鎖が浮かび上がる。


 黒い魔力に侵食されながらも、確かに存在する、古代の器の気配。


 《深淵の呪鎖》。


 ミレイユは息を呑んだ。


「……あなたが、私を呼んでいるの?」


 鎖が、小さく震えた。


 まるで、彼女の問いに答えるかのように。


 その瞬間、ミレイユの脳裏に声が響いた。


 ――願え。


 ――失いたくないものを。


 ミレイユは目を閉じた。


 脳裏に浮かんだのは、かつて届かなかった手。


 守れなかった人々。


 そして、自由に笑いながら前へ進んでいく、鎧の少女の姿だった。


「……私は」


 言葉が止まる。


 願いを口にすれば、鎖は応えてくれるのかもしれない。


 誰も失わない力。


 誰も、自分の手の届かないところへ行かない力。


 けれど、それは本当に――守ることなのだろうか。


 答えは、まだ出ない。


 ミレイユが目を開けたとき。


 鎖の一部は、すでに黒く染まっていた。


 そして、遠い地下遺跡では。


 黒衣の男が、第四の紋章を見つめていた。


「……間に合え」


 彼の知らないところで、七つの器を巡る仕組みは、ゆっくりと本来の役割を失い始めていた。


 力を巡らせるための器が。


 力を閉じ込めるための器へと。


 変わろうとしていた。

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