第9話 強制クエスト
「……お金がない」
冒険者ギルドの受付カウンターで、ソアは深刻な顔をしていた。
「またですか?」
受付嬢が苦笑する。
「またです」
「この前、ダンジョンでかなり稼いだんじゃなかったでしたっけ?」
「鎧を修理したら、なくなりました」
「……ですよね」
ソアは胸を張った。
正確には、修理しただけではない。
傷ついた鎧を見れば修理したくなる。
壊れた部分を見れば、元通りにしたくなる。
そして――新しく見つけた防具があれば、つい見てしまう。
「でも、この鎧は最高なんです!」
ソアは自慢げに自分の胸当てを撫でた。
「魔法鋼ですよ、魔法鋼!」
「知ってます」
「重いんですよ!」
「それも知ってます」
「かっこいいんです!」
「それも知ってます」
受付嬢は慣れた様子で頷いた。
「……ただ、修理費が高いのも知ってますよね?」
「…………」
ソアの笑顔が固まる。
「だから、もっと強い魔物を倒して、お金を稼がないといけないんです」
「その前向きさだけは、すごいと思います」
そのときだった。
「ソア・ミュスカさん」
受付嬢の声が、少しだけ真剣になった。
「ギルドから、あなたに依頼があります」
「依頼?」
「はい」
受付嬢が一枚の紙を差し出す。
そこには大きく、
――緊急討伐任務。
と書かれていた。
「最近、この街の近くで魔物の異常発生が確認されています」
「異常発生?」
「はい。普段なら、この地域には出ないはずの魔物が出ています」
ソアは紙を覗き込む。
「どんな魔物ですか?」
「狼型の魔物が中心です。それだけなら問題ないのですが……」
受付嬢は少し間を置いた。
「数が多すぎます」
「なるほど」
ソアは腕を組んだ。
「たくさん倒せるなら、報酬もたくさん?」
「そういうことになります」
「やります!」
「即答ですか」
「鎧を直すお金が必要なので!」
「……ですよね」
受付嬢は苦笑した。
「ただし、今回の任務は通常の討伐依頼ではありません」
「?」
「ギルドによる、強制クエストです」
「強制?」
「はい」
ソアは首を傾げた。
「断れないんですか?」
「原則として」
「じゃあ、どうして私が?」
「あなたの最近の討伐記録を見たところ――」
受付嬢は資料を確認する。
「短期間で、かなり高い戦闘能力を身につけています」
「えへへ」
「褒めてません」
「すみません」
「さらに、単独でダンジョンに入り、通常より強い魔物を複数討伐している」
「はい」
「……なので」
受付嬢はため息をついた。
「今回の討伐隊に、あなたも参加してもらいます」
「わかりました!」
ソアは勢いよく立ち上がった。
「報酬は?」
「……そこだけは本当にぶれませんね」
受付嬢が笑った。
◆
翌朝。
街の外に、十数人の冒険者が集まっていた。
ソアもその中に立っている。
もちろん――全身鎧姿で。
「……重い」
ソアは小さく呟いた。
修理したばかりの魔法鋼の鎧。
傷は残っているものの、きれいに直っている。
それを見ているだけで、ソアの気分は上がった。
「やっぱり鎧は最高……」
「何か言った?」
「え?」
振り返る。
そこに、一人の女性が立っていた。
長い髪。
鋭い目。
整った顔立ち。
そして、全身を覆う頑丈な鎧。
ただの重装備ではない。
その鎧には無駄がなく、傷一つ一つから長年の戦闘経験が感じられた。
腰には大剣。
盾は持っていない。
それなのに――
ソアには、まるで巨大な盾そのものが立っているように見えた。
「……かっこいい」
「?」
女性が眉を上げる。
「その鎧、どこの工房で作ったの?」
「え?」
ソアの目が輝く。
「あなたも鎧好きなんですか!?」
「……普通に好きだけど」
「ですよね!」
ソアが一歩近づく。
「その肩の装甲、すごくいいですね! 可動域を確保しながら防御力も――」
「ちょっと待って」
「はい?」
「あなた……もしかしてソア・ミュスカ?」
「はい!」
「……なるほど」
女性はソアをじっと見る。
「私はレイナ・ヴァルハート」
そして、静かに名乗った。
「A級冒険者よ」
「A級……!」
ソアの目がさらに輝いた。
「すごい!」
「そうでもないわ」
「A級って、めちゃくちゃ強いんですよね?」
「まあ、それなりには」
「じゃあ、鎧もすごいんですね!」
「……そっち?」
「はい!」
レイナは少しだけ困った顔をした。
「普通はA級冒険者って聞いたら、戦闘能力を気にするものじゃない?」
「もちろん気になります!」
「なら――」
「でも、その鎧も気になります!」
「…………」
レイナは黙った。
そして小さく息を吐く。
「変わった子ね」
「よく言われます!」
「褒めてないわ」
「すみません!」
レイナは呆れたように笑った。
◆
「全員、準備はいいか!」
討伐隊の隊長が声を上げた。
冒険者たちが武器を構える。
森の奥から、獣の唸り声が聞こえてきた。
「来るぞ!」
木々の隙間から、魔物が飛び出してくる。
一匹。
二匹。
三匹。
――十匹。
「多い!」
冒険者たちが叫ぶ。
さらに奥から、次々と狼型の魔物が現れた。
「隊列を崩すな!」
レイナが前へ出る。
「私が止める!」
大剣を抜いた。
次の瞬間。
ドンッ!
地面が揺れるほどの一撃。
突進してきた魔物がまとめて吹き飛んだ。
「すごい……」
ソアが呟く。
レイナは一歩も下がっていない。
まさに――鉄壁。
「これが……A級」
ソアの胸が高鳴る。
自分も負けていられない。
「私も行きます!」
ソアは剣と盾を構えた。
「待って!」
レイナが叫ぶ。
「あなたは無理に前に出なくていい!」
「大丈夫です!」
「そういう意味じゃ――」
言い終わる前に。
ソアが走り出した。
「いきます!」
魔物がソアへ飛びかかる。
ガキィン!
爪が鎧に弾かれる。
「効きません!」
ソアは剣を振る。
しかし――
遅い。
魔物が軽々とかわした。
「えっ」
ソアの剣が空を切る。
「また……」
その隙を狙って、別の魔物が飛びかかってきた。
ガキィン!
肩の装甲に爪が当たる。
――パキッ。
「……あ」
肩当てに、ひびが入った。
ソアは一瞬だけ固まる。
そして。
「……ちょっとだけ、いい感じかも」
「何が!?」
レイナが叫ぶ。
ソアは笑った。
「行きます!」
次の瞬間。
ソアの身体が、先ほどより速く動いた。
「……!」
レイナの目が見開かれる。
ソアは魔物の攻撃をかわし、懐へ飛び込む。
剣を振り抜く。
今度は――当たった。
「やった!」
魔物が吹き飛ぶ。
ソアは自分の肩を見る。
ひびの入った装甲。
そして、自分の身体。
「やっぱり……」
少しずつ。
少しずつだけど。
鎧が壊れるたびに、自分は強くなっている。
その事実が、今ではかなりはっきりしてきた。
「……面白い」
ソアは笑った。
その姿を、レイナはじっと見ていた。
「……あの子」
レイナが呟く。
「何者なの?」
◆
討伐隊は魔物の群れを押し返し、森の入口まで進んだ。
しかし――。
「待ってください」
レイナが足を止めた。
「まだ終わってない」
森の奥。
そこから聞こえてくる。
――ドン。
――ドン。
大地を踏み鳴らす音。
冒険者たちが息を呑む。
「まさか……」
木々が倒れる。
巨大な影が現れた。
通常の魔物とは明らかに違う。
圧倒的な威圧感。
レイナが大剣を構える。
「全員、下がって!」
ソアも剣と盾を構えた。
そして――。
ひびの入った肩当てを見て、ニヤリと笑う。
「……ちょっとだけ、強くなれそう」
「あなた、今なんて言った?」
「なんでもありません!」
巨大な魔物が咆哮した。
森全体が震える。
レイナがソアを見る。
ソアもレイナを見る。
A級冒険者と、鎧を壊す少女。
二人の視線が交差した。
「ソア」
「はい!」
「私の近くから離れないで」
「わかりました!」
「絶対に勝手に突っ込まないで」
「……努力します!」
「努力じゃなくて約束して!」
ソアは少し考えてから――。
「はい!」
元気よく答えた。
そして二人は、巨大な魔物へ向かって走り出した。




