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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第6章 魔境を拓く者

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第099話 石切り場で武器を置くまで

「武器を置け!」


 衛兵が声を張る。


 広場にいた者たちは、すぐには動かなかった。


 鍋の側にいた女が、子供二人を小屋へ入れる。


 石弓を持つ男は崖側へ下がった。


 中央の小屋から、太い腕の男が出てくる。


 片手に石切り用の槌を持っていた。


「ハーグか」


 ベルクが聞く。


「そう呼ばれてた」

「古い料金所の襲撃について話を聞く」

「もう三人捕まえただろ」

「残りもいる」

「ここには石切りしかいない」


 後ろで、石弓の弦が鳴る。


 ハーグは止めなかった。


 衛兵の一人が、料金所から回収した矢を地面へ置く。


 石弓の男が使っている矢と、羽根の切り方が同じだった。


「これも石を切る道具か」


 男の手が弦から離れる。


 答えはない。


「荷車を二度襲った者は武器を置け」


 ベルクが続ける。


「関わっていない者まで同じ扱いにはしない」

「武器を置いた者は、町へ戻って事情を聞く」


 衛兵が続ける。


「襲撃に加わった者は拘束するが、子供と武器を持たない者をその場で縛ることはしない」

「町へ行けば全員牢だ」

「決める前に話を聞く」

「同じだ」

「町は石切り場を閉じる時も、話を聞くと言った」

「閉鎖を決めたのは採掘主だ」

「領主は止めなかった」


 ハーグの怒りは、料金所の襲撃だけから始まったものではない。


 それでも、荷車を燃やしていい理由にはならない。


 薪を割っていた男が、斧を地面へ置いた。


 ハーグが振り返る。


「拾え」

「俺は料金所へ行ってない」

「ここで食っただろ」

「子供まで連れて戦う気か」


 女が小屋の前へ戻ってくる。


「黙ってろ、メイラ」

「先に戻った二人が、ニルたちごと燃やしたって言った」

「逃げる道を作っただけだ」

「あの子は戻ってない」


 ハーグの槌を持つ手に力が入る。


 全員が同じ方を見ていない。


 襲撃を続ける者。


 ここに残っているだけの者。


 出たい者。


「地下に魔物がいる」


 俺が言う。


 ハーグの視線が移った。


「関係ない」

「こっちへ来てる」

「音を立てなきゃ上がってこない」


 今は全員が話し、動いている。


 地下の形が速くなった。


「止まれ」

「何を」

「動くな」


 広場の石が一つ跳ねた。


 鍋の水面が揺れる。


 メイラが小屋へ振り返った。


「子供が」

「走るな!」


 ベルクが叫ぶ。


 間に合わない。


 小屋から子供が一人出てきた。


 母親へ向かって走る。


 その足元が盛り上がった。


 地面が割れる。


 黒い土と石を押し上げ、大きな前脚が出た。


 爪は、石切りの鑿より太い。


 続いて、灰褐色の頭が地上へ上がる。


【岩喰い大《いわぐいおお》モグラ】


 牛に近い体が、土の中から現れた。


 目はほとんど閉じている。


 代わりに、鼻先が走る子供の方へ向いた。


 俺は地面を蹴った。


 子供の服を掴む。


 持ち上げるより先に、岩喰い大モグラの爪が地面を裂いた。


 爪を受ける左前腕の一部だけを硬くする。


 爪の側面が当たり、体ごと横へ押された。


 子供を抱えたまま石の上を転がる。


「母親の所へ」


 手を離す。


 子供は泣きながらメイラへ走った。


 岩喰い大モグラの鼻先が、また動く。


「足音を拾ってる!」


 エッダが叫ぶ。


 矢を一射、閉じた目へ当てる。


 鏃は厚い毛に止まり、深く入らない。


 岩喰い大モグラが前脚を振った。


 ベルクの丸盾へ爪が当たる。


 盾の縁が曲がり、ベルクの足が土を滑った。


「小屋から離れろ!」


 衛兵二人が、メイラと子供を崖側へ移す。


 薪を割っていた男も、鍋の側にいた者を押して走らせた。


 ハーグだけが槌を持って前へ出る。


「右へ追え!」

「何がある」

「切りかけの石だ!」


 広場の右側に、大きな石板が立っている。


 根元へ木の楔が三本。


 倒す途中で、石切り場が閉じたらしい。


「下へ入れる?」

「入れれば潰せる」


 岩喰い大モグラは、近くで動くベルクへ向いている。


 音撃を鼻先へ放つ。


 大きな頭がこちらへ動いた。


 効いていない。


 それでも、音を出した場所は分かる。


「こっち」


 石板の方へ走る。


 岩喰い大モグラが追ってくる。


 地面を掘りながら進むため、まっすぐではない。


 前脚が届くたび、横へ避ける。


「もっと右だ!」


 ハーグが石板の根元へ回った。


 槌で一つ目の楔を叩き出す。


 エッダも反対側へ走り、細い縄を石板の上へ投げた。


 衛兵が縄を掴む。


 二つ目の楔が抜ける。


 石板が少し傾いた。


 岩喰い大モグラの爪が、今度は右腕へ来る。


 避けきれない。


 右腕の噛み傷を覆う、手のひらほどの範囲を硬くする。


 爪が噛み傷の残る場所へ当たった。


 皮膚は裂けない。


 奥の傷が潰れ、痛みで指が開いた。


 岩喰い大モグラの横を抜ける。


 石板の下へ入った。


「今!」


 ハーグが最後の楔を叩く。


 抜けない。


 木が途中で割れていた。


 岩喰い大モグラが振り返る。


 俺も石板の下にいる。


「セイン、出ろ!」


 ベルクの声がする。


 折れた楔へ狩猟刀を入れる。


 一度では切れない。


 岩喰い大モグラの鼻先が近づく。


 もう一度、刃を押し込む。


 楔が裂けた。


 石板が動く。


 横へ飛ぶ。


 肩が地面へ当たった瞬間、石板が倒れた。


 岩喰い大モグラの背中へ、厚い石が落ちる。


 土が跳ね、前脚だけが外へ残った。


 爪はまだ動いている。


 ベルクが盾で頭を押さえた。


「首はどこだ!」

「前脚の後ろ!」


 ハーグが答える。


 石板と土の隙間へ狩猟刀を入れる。


 厚い毛の下に、柔らかい場所があった。


 刃を深く押し込む。


 血が手まで流れた。


 岩喰い大モグラの爪が土を掻く。


 少しずつ弱くなり、止まった。


――――――――――

岩喰い大モグラを討伐しました。

経験値を取得しました。

――――――――――


 血の匂いが広がる。


 喉が動いた。


 手についた血を舐める。


 土の匂いと、鉄に似た苦みがあった。


――――――――――

固有スキル【因子吸収Lv1】が発動しました。

因子【岩喰い大モグラ因子】を取得しました。

――――――――――


――――――――――

因子【岩喰い大モグラ因子】

掘削、振動感知、強靭な前脚、土中適応などが含まれる。

現在の肉体では、新たな能力として発現していない。

――――――――――


 後ろで、石切り用の槌が地面へ落ちた。


 岩喰い大モグラの血が、狩猟刀から土へ落ちている。


 ハーグは両手を上げたまま動かなかった。


 その後ろでは、石弓を持つ男がまだこちらを見ている。


「置け」


 ベルクが言う。


「魔物は死んだ」

「だから何だ」

「お前らが助けたのは見た」


 石弓の男は、弦へ指をかけたままだった。


「それで料金所のことが消えるわけじゃない」

「だったら、置いても同じだろ」

「今ここで射れば、話を聞く前に終わる」


 ベルクの曲がった盾は下がっていない。


 エッダも、二本目の矢を番えていた。


 男が石弓を動かす。


 ハーグが振り返った。


「下ろせ」

「あんたまで町の言う通りか」

「子供を巻き込むな」

「先に巻き込んだのは町だろ」

「今ここにいる子供の話をしてる」


 男の視線が、崖際へ動いた。


 メイラが二人の子供を抱えている。


 小さい方は泣き止んでいたが、俺を見たまま母親の服を掴んでいた。


 さっき抱えて転がった時についた土が、頬に残っている。


 石弓が地面へ置かれた。


 もう一人、短い剣を持っていた男も手を離す。


 武器が土へ落ちる音は、一度には重ならなかった。


 最後まで斧を握っていた女が、メイラを見てから柄を倒した。


「全員、武器から離れろ」


 衛兵が一人ずつ位置を変えさせる。


 ハーグたちは広場の中央へ集められ、メイラと子供二人は小屋の側に残された。


 薪を割っていた男は、そのどちらにも入らず立っている。


「俺は料金所へ行ってない」

「それは町で聞く」

「さっきも言った」

「言っただけで帰せるなら、俺たちは来ていない」


 衛兵は縄を出したが、すぐには縛らなかった。


「襲撃へ行った者は前へ出ろ」


 誰も動かない。


 倒れた大モグラの前脚が、土の上でわずかに沈んだ。


 その音へ、何人かの肩が揺れる。


「名乗れば罪が消えるとは言わない」


 ベルクが続ける。


「黙っていれば、ここにいた全員を連れていく」

「最初からそのつもりだろ」


 石弓を置いた男が言う。


「子供まで歩かせる気か」

「町へ戻す」

「戻って、どこに住む」


 ベルクは答えなかった。


 石切り場を閉じた側の人間ではない。


 住む場所まで決められないのだと思う。


 それでも、子供をここへ置いて帰ることもできない。


「俺が行った」


 ハーグが言う。


「二度ともか」

「最初だけだ」

「二度目を決めたのは」

「俺だ」

「行ってはいないのか」

「ここにいた」


 答えの間が短い。


 どこまで本当かは分からない。


 石弓の男が舌打ちをした。


「俺も行った」


 その隣で、短剣を置いた男が顔を背ける。


 衛兵が三人を前へ出した。


 ハーグ、石弓の男、短剣の男。


 その手首へ縄を回す。


「俺は?」


 薪割りの男が聞く。


「名前と、ここへ来た時期を聞く」

「それだけか」

「話が合えばな」


 すぐに自由になるとは言わなかった。


 けれど、同じ縄へもつながなかった。


 メイラが、崖側からこちらへ来る。


「怪我してる」


 俺の右腕を見ていた。


「平気」

「指、動いてない」


 言われてから、右手が半分閉じたままだと気づいた。


 開こうとすると、噛み傷の奥から鈍い痛みが上がる。


「これを巻いて」


 メイラが自分の腰布から、細長く裂いた布を出す。


 受け取ろうとしても、右手では掴めない。


 左手を出す。


 メイラは布を渡さず、俺の腕へ巻き始めた。


「あの子、歩ける?」

「歩かせるよ。もう抱かなくていい」


 小屋の方を見る。


 子供はまだ母親のいた場所から動かず、こちらを見ていた。


「この腕で、落とさないでくれたんだね」


 メイラは布の端を押さえ、結ぶ場所を傷からずらした。


「ありがとう」


 顔を上げると、もう結び目の方を見ていた。


 布がきつく締まる。


 痛いが、腕の中で揺れていたものは少しましになった。


「セイン」


 ベルクが呼ぶ。


「地下の音は分かるか」


 石切り場の床へ意識を向ける。


 岩喰い大モグラが出てきた穴の下には、崩れた土と石がある。


 その奥から、同じ大きさの振動は返ってこない。


「大きいのはいない」

「小さいのは」

「分からない」

「なら、中へは入らん」


 ベルクは穴を覗かず、衛兵へ顔を向けた。


「今日は人を戻す」

「調査は終わってないぞ」


 ハーグが言う。


「終わってないから、勝手に終わらせるな」

「戻ってくる気か」

「依頼だからな」


 ベルクが拾い上げた槌を、武器の山へ置く。


 ハーグはそれを見ていたが、もう手を伸ばさなかった。

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