第098話 十一人とは限らない
受付へ回ると、ネラが新しい依頼票を持っていた。
「料金所?」
「閉鎖石切り場の確認です」
「討伐?」
「調査と、投降の呼びかけです」
「襲ってきたら」
「拘束を優先します」
「殺さない?」
「命を守るために必要なら反撃できますが、全員を襲撃者とは扱いません」
捕らえた三人の話では、石切り場に十人以上いる。
そこには武器を持つ者だけでなく、荷車を襲わず、行く場所がないまま残っている者もいる。
人数も話も一致していない。
「誰が金を出す」
「デルム村と、街道を管理する領主側です」
「村だけじゃない?」
「二度目は領主道へ罠を作っています」
荷車一台の損ではなく、道を通る者全員の問題になった。
「俺の報酬は」
「完了すれば銀貨一枚と銅貨二枚です」
「護衛より少ない」
「今回は荷を運びません」
「人は多い」
「指揮と拘束はベルクさんと衛兵隊が担います」
「ランクは」
「Dです」
「受けられない」
「ベルクさんの指揮下で、現場を知る同行者として入れます」
「依頼に数える?」
「最後まで指示に従えば」
「九件目」
「数えるのは帰ってからです」
ネラが依頼票を引いた。
「明朝、衛兵隊詰所へ来てください」
「今日じゃない?」
「証言と古い坑道図を確認します」
「図がある?」
「閉鎖前のものです」
「今と同じ?」
「それを確かめる依頼です」
個室へ戻る。
古い文字表の横へ、乾燥させるという形をネラに書いてもらった。
まだ読めない。
明日の朝で、借りた七日が終わる。
朝、片靴亭の鍵を返した。
「また七日」
銀貨二枚と銅貨八枚を払う。
所持金は銀貨一枚と銅貨七枚になった。
ベッカが同じ鍵を戻す。
「今度は何泊するんだい」
「分からない」
「部屋を借りる意味を知ってる?」
「戻る場所」
ベッカは帳面へ七本の線を引いた。
「なら、戻ってきな」
衛兵隊詰所へ向かう。
机の上には、閉鎖石切り場の古い図が広げられていた。
ベルクとエッダ。
町の衛兵が二人。
壁際の椅子には、料金所で捕らえた少年が座っている。
「名前は」
「ニル」
昨日まで言わなかった名を、短く答えた。
「石切り場に何人いる」
衛兵が聞く。
「十一人」
「クレグは七人と言った」
「あいつは、女と子供を数えてない」
「もう一人は十四人と言っている」
「食料を持ってくるやつまで入れたんだ」
誰を仲間として数えるかで、人数が変わっていた。
「昨日は答えなかった」
「クレグがいたから」
「クレグがまとめてる?」
「違う。ハーグだ」
閉鎖前の現場監督。
石切り場が閉じた後も、数人と残った。
仕事を探して来た者や、町へ入れない者が増えた。
「十一人全員が荷車を襲ったのか」
ベルクが聞く。
「行ったのは六人」
「五人しか見てない」
「一人は見張り」
エッダが図の上へ石を置く。
「入口は二つ?」
「大きいのと、上の穴」
「この排気穴か」
「そこは崩れた」
「なら上の穴はどこ」
「知らない。ハーグたちが掘った」
古い図だけでは足りない。
ニルの話も、全部を見ていたわけではない。
「武器は」
「石弓が二つと剣が三本で、あとは道具」
「食料は」
「少ない」
「どこから持ってくる」
「近くの畑で買う時もある」
「盗む時も?」
ニルは答えない。
「荷車を襲った物だけで暮らしてる?」
「足りない」
「なら、ほかにも取ってる」
「俺は知らない」
知らないと言う時だけ、返事が早かった。
「子供は」
ニルが黙る。
「いるのか」
「二人」
「十一人に入ってる?」
「入ってる」
十一人のうち、戦えるのは多くても六人。
けれど、今も十一人とは限らない。
逃げた者が戻り、捕らえた三人が減っている。
「坑道の奥には入る?」
「入らない」
「何で」
「音がする」
「どんな」
「石を掘る音」
俺を見る。
「人じゃない」
坑道の中にも何かいる。
依頼の目的が一つ増えた。
石切り場にいる者の人数。
武器と入口。
坑道内の魔物。
襲撃者を捕らえるだけでは、そこに残る者の食料も行き先も決まらない。
それを決めるのは俺ではない。
けれど、見分ける前に全員を倒せば、聞く相手も残らない。
「出発する」
ベルクが図を畳む。
ニルは詰所へ残る。
「俺も行く」
「駄目だ」
「上の穴は、近くまでなら分かる」
「現地で逃げられる」
「逃げない」
俺はニルを見る。
「前も言った」
「今度は違う」
「同じ言葉」
ニルが口を閉じる。
衛兵が椅子を壁へ戻した。
「場所は、こちらで探す」
俺たちは東門から町を出た。
古い料金所までは、何も出なかった。
倒木は道の端へ寄せられたまま。
油を吸った土だけが黒く残っている。
エッダが林へ入った。
「三人分」
薄い足跡を指す。
「帰路で矢を射た者だと思います」
「石切り場へ?」
「西へ向かっています」
ベルクが衛兵を見る。
「ここからは縦に並ばない」
二人が左右へ分かれる。
俺はエッダの後ろについた。
道はすぐ細くなった。
切り出した石を運んだ轍が、草の下に残っている。
途中で片方が消え、荷車は通れなくなった。
「閉じた理由は」
「石が取れなくなったと聞いてる」
エッダが答える。
「中に魔物がいたからではない?」
「報告にはない」
人間が使わなくなった後に入った可能性もある。
午後、岩肌の向こうから煙の匂いがした。
声を出す。
人間の形が九つ。
小さいものが二つ混じっている。
さらに地面の下に、大きな形があった。
動きは遅い。
けれど、人間ではない。
地下の形が動くたび、広場の桶に小さな波が立った。
ここにいる者たちは気づいているのか、誰も坑道の奥へ近づかない。
「九人いる」
「ニルの話より一人多いな」
「地下にも一匹」
ベルクが足元を見る。
「大きさは」
「馬より少し小さい」
「浅い場所か」
「音は近い」
エッダが先へ進み、岩の陰から石切り場を覗く。
崖を半円に削った広場。
中央に、布と廃材で作った小屋が四つある。
火の側で女が鍋を混ぜていた。
鍋から上がる湯気は薄い。
干し肉は見えず、脇に置かれた袋も底が潰れている。
子供が二人、割れた石を並べている。
武器を持つ男は三人。
残る者は、桶を直し、薪を割っていた。
崖際には、切り出しかけの石と錆びた滑車が残っている。
住むために作られた場所ではない。
布の屋根には石粉が積もり、雨水を受ける桶の縁は欠けていた。
「ここで冬を越したのか」
「越せても、次は無理そうだな」
ベルクが小屋の数を見る。
「全員が待ち伏せに出ていたわけではないな」
ベルクが言う。
「石弓は」
エッダが崖側を指す。
逃げた男の一人が、弦を張り直している。
もう一つは小屋の屋根に置かれていた。
「上の穴を探す」
衛兵一人を残し、崖の外側へ回る。
乾いた草に、人が何度も通った跡がある。
崖の上まで登ると、低い横穴が開いていた。
古い坑道図にはない。
入口へ、石を転がすための溝が掘られている。
「逃げ道?」
「上から石を落とす場所かもしれない」
エッダは中へ入らない。
細い糸を入口へ置き、戻る。
「誰か通れば切れます」
石切り場を見下ろす。
地下の形が少し動いた。
広場の端で、桶の水が揺れる。
女は気づかず、鍋を混ぜている。
「先に下の魔物を知らせる?」
「こちらの存在も知られます」
ベルクは少し考えた。
「投降を呼びかける」
「今?」
「暗くなれば、上の穴から散る」
五人で広場へ下りる。
まだ武器は抜かない。
入口にいた男が、最初にこちらを見た。
「衛兵だ!」
声が石切り場へ響く。
九つの心音が、一斉に速くなった。
地面の下の一匹も、こちらへ向きを変えた。




