第100話 同じ門を別々に
石切り場から持ち出せる荷物は、一人一つまでになった。
メイラは鍋を置き、毛布と子供の服を選んだ。
薪割りの男は、干した豆の袋を背負う。
縛られた三人は何も持てない。
「あの槌は」
ハーグが聞く。
「証拠として預かる」
「親父のだ」
「戻るかどうかは、取り調べが終わってからだ」
衛兵が槌を布で包む。
ハーグは一度だけ手元を見たが、歩き始めた。
石切り場にいた九人が、同じ列で町へ向かう。
けれど、歩く場所は分けられていた。
先頭に衛兵と縄につながれた三人。
その後ろにベルクと、武器を持っていた者たち。
メイラと子供二人は、エッダの近くを歩く。
俺は最後尾に回った。
逃げる者と、後ろから来る魔物を見るためだ。
右腕を振るたび、巻いた布の下が痛む。
指は少し動くようになったが、狩猟刀を強く握ることはできなかった。
「さっき」
エッダが歩調を落とした。
「血を舐めたよな」
前を歩く者との間が開いてから聞いてくる。
「必要だった」
「何に」
「特性」
エッダの眉が上がる。
「そういう人型亜種か」
「たぶん」
「自分のことなのに、たぶんなんだな」
説明できる言葉が足りない。
因子吸収まで話すつもりもなかった。
「町の中ではやるなよ」
「血を?」
「魔物の血を平気で舐めるやつがいたら、普通は離れる」
「エッダは離れない」
「今は依頼中だから」
そう言って、前へ戻っていく。
離れていく歩幅は、それまでと変わらなかった。
日が落ちる前に、ルーヴェン砦町の壁が見えた。
門兵は縛られた三人を見て、詰所から応援を呼ぶ。
「石切り場の残りか」
「七人と子供二人だ」
「全員、襲撃者か」
「それを今から分ける」
ベルクの返事に、門兵が記録板を取り出す。
一人ずつ名前を聞かれた。
ハーグたち三人は、西側の詰所へ連れていかれる。
武器を持っていた者と、襲撃へ加わっていないと話す者は別の部屋へ回された。
メイラと子供二人は、門の内側にある教会の小さな宿へ案内される。
「私も話を聞かれるんじゃないの」
「今夜は子供を寝かせろ」
衛兵が答える。
「明日の朝、教会で聞く」
メイラはすぐには歩かなかった。
子供の手を握ったまま、詰所へ入るハーグを見る。
「メイラ」
ハーグが呼ぶ。
「子供を頼む」
「それしか言わないの」
ハーグは返さなかった。
詰所の扉が閉まる。
メイラも教会の方へ歩き出した。
同じ門を通った九人が、町の中で三つに分かれた。
「依頼はどうなる」
エッダが聞く。
「まだ終わりじゃない」
ベルクは受付へ出す途中報告の板を受け取る。
「人数と投降は確認したが、地下も採掘場も見ていない」
「大モグラまで倒したのに」
「大モグラを倒す依頼じゃなかった」
「分かってるけどさ」
エッダは自分の弓を見た。
射た矢は一本も戻っていない。
「明日、また行く」
ベルクが俺の腕へ目を向ける。
「セインは治療を受けろ」
「行ける」
「狩猟刀を握ってみろ」
右手を柄へかける。
指に力を入れた瞬間、腕の奥が痙攣した。
刀が鞘から半分も抜けず、手が離れる。
「今日は行けた」
「明日は悪くなる」
「明日には治るかもしれない」
「治らなかった時に、石切り場で困る」
ベルクが詰所の隣を指した。
治療所の灯りが、細い窓から漏れている。
「先に困ってこい」
治療所の扉を開けると、薬草を煮た匂いがした。
寝台の間にいたセルカが、俺の顔より先に右腕を見る。
「今度は何に噛まれたの?」
「噛まれてない」
「その腕は、前に噛まれた方でしょう」
「大モグラに叩かれた」
「大灰殻ムカデの傷へ?」
「そう」
セルカが何も言わず、奥の台を指した。
メイラに巻かれた布を外す。
皮膚は裂けていない。
古い噛み傷の周りだけが腫れ、指で触れられると腕の内側まで痛んだ。
「指を開いて」
半分まで開く。
「全部」
「これで全部」
「閉じるのは?」
握ろうとすると、薬指と小指が遅れた。
セルカが肘の近くを押す。
指先まで痺れが走る。
「痛い」
「骨は大丈夫そうだけど、傷の奥をまた潰してる」
「明日には動く?」
「休ませれば」
「明日、石切り場へ行く」
「じゃあ、動かないかもしれない」
「行かなかったら?」
「少しは早く治る」
布を水へ浸し、腫れた場所へ当てられる。
冷たさが痛みに変わり、すぐに感覚が鈍くなった。
「治癒術は」
「使えば動く?」
「傷は早く治るけど、使った後に寝てもらう」
「明日、起きられない?」
「起きても、体力が減ってる」
治癒魔法は、何もないところから傷を消すものではない。
前に聞いた。
今の体には軽度再生があるが、十分な血も休む時間も足りていない。
「薬と布だけでいい」
「明日は狩猟刀を使わないこと」
「危なかったら使う」
「だったら、行かないこと」
「それはベルクが決める」
「怪我人の扱いは私が決める」
セルカが細い木板を、右腕の外側へ当てる。
肘から手首まで布を巻かれた。
腕は曲げられるが、手首を返せない。
「これでは刀が抜けない」
「それが目的」
「勝手に決めた」
「外すなら処置代を倍にする」
「何で」
「もう一度巻くから」
処置代は銅貨四枚だった。
革紐から外して渡す。
所持金は銀貨一枚と銅貨三枚。
「少ないね」
「今朝、部屋を七日借りた」
「ちゃんと寝る場所はあるのね」
「まだ一日も寝てない」
「今夜から使って」
台を降りようとすると、治療所の扉が開いた。
ベルクが入ってくる。
曲がった盾は持っていない。
「どうだ」
「明日は休ませます」
セルカが先に答えた。
「行ける」
「刀を抜いてみろ」
「二人で同じことを言う」
「抜けないように巻いたので」
ベルクは木板で固定された腕を見た。
「戦わせる気はない」
「なら、連れていかないでください」
「地下の振動を拾える者が他にいない」
セルカの目が俺へ戻る。
「何ができるの?」
「土の中に何かいたら分かる」
「また大モグラがいたら?」
「逃げる」
「今日は逃げなかったでしょう」
「子供がいた」
セルカの手が止まる。
ベルクは、それ以上の説明をしなかった。
「坑道へは入れない」
ベルクが言う。
「地上から穴の位置を見るだけだ」
「何もいなかったら」
「先に帰す」
セルカは俺とベルクを交互に見た。
「腕を使ったら、次は二人分取ります」
「俺も払うのか」
「止められなかった人の分です」
ベルクが短く息を吐く。
「分かった」
「俺は払わなくていい?」
「怪我を増やさなければね」
治療所を出る。
右腕は重い。
けれど、石切り場の地下で聞いた振動は、まだ覚えていた。




