第089話 俺の道ではない
朝、黒牙大イタチの死骸を集落へ運んだ。
ゴルナは黒い毛を逆立て、傷の位置を確かめる。
「皮は使える」
「町へ売る」
「フィナの矢が二本刺さってるね」
「一緒に倒した」
「なら、売った金も分ける」
昨日の殻より早く決まった。
死骸を布で包み、背負い籠へ入れる。
「また今日も行くの?」
フィナが聞く。
「宿が残り二泊しかない」
「寝てなくても減るんだ」
「払ったから」
「それ、もったいなくない?」
同じことを少し思っている。
黒巣なら金はかからない。
けれど、町へ戻らなければ正式登録も部屋の鍵も意味がなくなる。
「今日は泊まる」
「帰る時は、昨日決めた道」
「分かってる」
白い石の採取路を避け、北側の岩場から街道へ出た。
後ろの心音を何度も確かめる。
今日は、一つも残らなかった。
南門で籠の中を見せる。
門番は黒牙大イタチの死骸より、俺の顔を長く見た。
「ギルドへ行け」
「また?」
「今度は素材の話じゃない」
「何」
「行けば分かる」
登録証は返された。
町へ入る。
冒険者ギルドでは、ネラが受付の横に立って待っていた。
「セインさん、昨日、南の街道で採取人へ刃物を向けましたか」
「向けた」
周りにいた冒険者がこちらを見る。
ネラは奥の小部屋を指した。
「こちらで聞きます」
籠を床へ置き、部屋へ入る。
机の反対側には、昨日の男がいた。
サム・ロッカ。
首へ細い布を巻いている。
刃は皮膚へ少し触れただけで、切ってはいない。
「こいつだ」
サムが立ち上がる。
「いきなり後ろから刃を向けてきた」
「ついてきた」
「同じ道を歩いただけだ」
「俺が止まると止まった」
「休んだ」
「道を売ると言った」
サムの口が止まる。
ネラが二人の間へ用紙を置いた。
「順番に話してください」
「もう話した」
「今のは言い合っただけです」
昨日、門を出たところから話す。
白い石の印を越えたこと。
黒骨洞から離れる道まで追ってきたこと。
サムが石灰を持ち、産地を採取人や解体屋へ売ると言ったこと。
首へ刃を向け、街道へ戻したこと。
ネラは途中で止めず、最後まで書いた。
「石灰は」
「集落に置いた」
「どこに置いたって?」
サムが聞く。
「言わない」
「ほら、こいつは何か隠してる」
「非公開採取経路なので、隠すこと自体は違反ではありません」
ネラはサムへ言う。
「ただし、経路の登録は土地の所有権ではありません」
今度は俺を見る。
「あなたが管理者として記録されたのは、採取場所をギルドが他者へ教えないためです」
「ついてきていい?」
「いいとは言っていません」
「なら止めた」
「公共の街道と、誰の管理地でもない森で、刃物を向ける権利までは得ていません」
「俺の道を探した」
「まだ、あなたの道へ入った証明がありません」
「本人が言った」
「場所を探すつもりだったことは認める」
サムが言う。
「でも、まだ何も採ってないし、印もつけてない」
「次はつける」
「もう行かねえよ」
「信じてない」
「お前な」
ネラが机を一度叩いた。
大きな音ではない。
それでも、サムは黙った。
「今回、サムさんが登録経路へ侵入した証拠はありません」
「ほら」
「一方で、採取地を探る目的で尾行したことは本人が認めています」
別の用紙を出す。
「経路妨害の相談記録を残します。次に同じ相手の非公開経路を探った場合、偶然とは扱いません」
サムの顔が歪む。
「採取場所を探しただけでか」
「昨日、あなたは被害を訴えました」
「刃物を向けられたからだ」
「だから、双方の行動を記録します」
俺の用紙も別に置かれた。
「次に公共の場所で、先に刃物を向けた場合は登録停止の対象になります」
「相手が敵でも?」
「襲われていない段階では、敵と決めないでください」
「ついてくる」
「ギルドか衛兵へ報告してください」
「集落まで来たら遅い」
言ってから、サムが顔を上げた。
「集落?」
「言わない」
ネラの筆が止まった。
「今の言葉は記録しません」
「聞いたぞ」
「あなたへ売る情報でもありません」
サムは何か言いかけ、椅子へ戻った。
「もう行かない。それでいいだろ」
「次があれば記録を使います」
ネラは二枚の用紙を重ねる。
サムが先に部屋を出た。
心音が廊下を遠ざかる。
「殺さなくてよかったです」
ネラが言う。
「次は分からない」
「分からないまま刃物を抜かないでください」
「難しい」
「正式登録を続ける方が難しくなります」
それは困る。
黒牙大イタチの死骸を素材台へ出す。
皮には矢穴が二つ、首と顎の下にも刃傷がある。
牙、爪、毛皮を合わせた買い取りは、銀貨一枚と銅貨六枚になった。
半分の銅貨八枚を、フィナの分として別に結ぶ。
自分の所持金は、銀貨四枚と銅貨五枚。
「また共同討伐ですか」
「そう」
「同行者の登録は」
「ない」
「町へ来ない人?」
「来ない」
ネラは聞きたいことがある顔をしたが、用紙へ共同討伐とだけ書いた。
受付へ戻ると、リオナが依頼札を持って立っていた。
「何したの?」
「刃物を向けた」
「誰に?」
「ついてきた男」
「その説明だけだと、セインが悪いよ」
「全部話した」
「ネラさんに?」
「そう」
リオナは小部屋の閉じた戸を見る。
「じゃあ、私は聞かない」
「聞かないのか」
「聞いてほしい?」
「別に」
「なら聞かない」
持っていた依頼札を折らないよう、指で平らにする。
「でも、人を追い返す時は、刃物を出す前に言葉を使って」
「言葉で戻らなかった」
「その次にギルドを使うの」
「時間がかかる」
「殺した後よりは短いよ」
リオナは依頼札を受付へ出した。
俺の道だと思っていた。
ギルドへ登録しても、山も森も俺のものにはならない。
守るなら、別の方法も必要だった。
リオナが手続きを続ける横で、紙に書かれた内容を覗いたが、まだ読めない。
「何の依頼」
「北の牧草地で、夜に柵を壊す魔物がいるの」
「何」
「まだ分からないから調べる」
「一人で?」
「牧場の人が二人つく」
「戦える?」
「戦えない」
「なら一人と同じだ」
「見つけたら戻る依頼だから」
リオナは札を受け取り、弓の弦を確かめる。
「セインは?」
「集落へ戻る」
「刃物を向けずに?」
「相手がいなければ」
「そこからなんだ」
ギルドを出るところで、緑の秤をつけた男が入ってきた。
オルドが、俺の空になった籠を見る。
「また売った後か」
「黒牙大イタチ」
「そっちは専門外だ」
「殻はまだある」
「持ってこい」
「条件を決める」
オルドが足を止めた。
「昨日は持ち主に聞くと言ってたな」
「俺の分もある。ほかの分もある」
「全部買う」
「値段は」
「ギルドの査定額へ一枚につき銅貨一枚足す」
「傷がある時は」
「うちで査定する」
「安くされたら」
「売らずに持って帰れ」
口だけなら、何とでも言える。
「書く」
「字が書けるのか?」
「読んでもらう」
オルドは少し笑い、受付へ戻った。
ネラへ薄い用紙を一枚もらう。
「売買契約をギルドで作る場合、手数料がかかります」
「いくら」
「今回は銅貨二枚です」
オルドが俺を見る。
「その程度なら、俺が払う」
「何で」
「継続して持ってくるなら安い」
「継続するとは言ってない」
「一度でも、商会の札を見せた意味はある」
ネラが二人の言葉を聞きながら、条件を書いた。
売る量は約束しない。
売る前に一枚ごとの値段を出す。
値段に納得できなければ持ち帰れる。
産地と取引相手は聞かない。
ヴァルカ商会は、ギルドの同種素材査定額へ銅貨一枚を足す。
「期限は十日です」
ネラが読み上げる。
「十日後は?」
「続けるなら、また作る」
オルドが先に答えた。
長く約束しない。
今ある殻を試しに売るだけなら、それでいい。
「名前を書く」
用紙を受け取る。
自分の手で【セイン】と書いた。
前より迷わず線を引けた。
オルドはその下へ、崩した文字を短く書く。
「字を覚えたら、俺よりきれいに書きそうだな」
「読めない」
「値段だけ先に覚えろ」
「覚えてる」
「商人向きだ」
「冒険者」
「金を持ってくるなら、どっちでもいい」
用紙は三枚作られた。
一枚は俺。
一枚は商会。
一枚はギルドへ残る。
自分の分を古い文字表と一緒に小袋へ入れた。




