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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第6章 魔境を拓く者

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第088話 外側の主

 取引小屋で道を決め終えた頃には、柵の外が暗くなっていた。


 今から町へ戻れば、片靴亭へ着くのは夜中になる。


「今日は黒巣で寝る」

「また部屋を空けるの?」


 フィナが聞く。


「払ってる」

「それ、ベッカって人にも言った?」

「言った」

「何て返された?」

「ベッカの問題だって」


 ゴルナが笑いかけた時、柵の内側から叫び声が上がった。


 見張りが槍を持って走る。


「食料庫だ!」


 ゴルナの顔から笑いが消えた。


 鉈を掴み、取引小屋を出る。


 俺とフィナも後を追った。


 小門の前で、見張りの槍が俺だけを止める。


「今だけ通しな!」


 ゴルナが振り返らずに叫んだ。


 槍が下がる。


 初めて柵の中へ入ったが、周りを見る暇はなかった。


 食料庫の戸は開いたままだった。


 干し肉を吊った棒が揺れている。


 床では、見張りが布袋を振り回していた。


 その頭上を、小さな翼が回る。


【血吸いコウモリ】


 黒巣にいたものと同じ種族だ。


 食料庫の奥には、解体した角兎の血を受ける器が置かれている。


 血吸いコウモリは干し肉ではなく、そちらへ向かっていた。


 フィナが短弓を上げる。


「殺すな」

「なら捕まえて」


 血吸いコウモリが戸へ向きを変える。


 見張りの槍が進路を塞いだ。


 壁際へ寄ったところで、俺は両手を広げる。


 左手を避け、右腕の上へ飛んできた。


 傷へ近づく前に、手の甲を硬くする。


 爪が滑った。


 指を曲げにくいまま、翼ごと体を押さえる。


 小さな牙が何度も手の甲へ当たった。


 硬化を解いて首の後ろを掴む。


「黒巣の?」


 フィナが近づく。


「匂いは同じ」


 灰色の糸と、乾いた石の匂いが翼に残っている。


 腹は痩せていた。


 左の翼には、細長い噛み傷がある。


「何かに襲われた?」

「たぶん」


 ゴルナが血の器へ木蓋を置いた。


「外に住まわせたんだって?」

「奥へ入れなかった」

「こっちには入った」

「俺が呼んだんじゃない」

「あんたの巣から来た」

「俺のじゃない」

「なら殺していい?」


 ゴルナが鉈を持ち上げる。


 手の中で、血吸いコウモリが暴れた。


「待て」

「何を」


 すぐには答えられない。


 こいつを残した理由は、黒巣の外側で勝手に暮らしていれば、近づく魔物へ先に反応するからだ。


 集落へ来て血を奪うなら、置いておく理由が変わる。


「黒巣を見てくる」

「それで?」

「追われて来たなら、追ったものを殺す」

「腹が減って来ただけなら」

「追い出す」


 ゴルナは鉈を下ろした。


「明日の朝までに決めな」

「今行く」

「夜だよ」

「前は夜に動いてた」


 フィナが弓を背負う。


「私も行く」

「来なくていい」

「集落へ来た魔物の話だよ」

「黒巣には入れない」

「入口まで」


 ゴルナが二人を見比べる。


「怪我人を二人増やすなら、明日まで待ちな」

「増やさない」

「一昨日も噛まれたね」


 右腕を見られた。


「今日は硬くした」

「一ヶ所だけだろ」


 ゴルナは食料庫の棚から、小さな革袋を出した。


 中には角兎の血が入っている。


「持っていきな」

「代金は」

「巣へ戻す餌だよ」

「俺が飲む」

「飲む分は払え」


 血吸いコウモリへ飲ませる分だけらしい。


 革袋を腰へ結ぶ。


 捕まえた個体は、布へ包んで籠に入れた。


 集落の小門を出る。


 フィナも続いた。


 暗い水路の中では、灯りを使わなくても見える。


 フィナの持つ小さな灯りが、後ろで揺れていた。


「そのコウモリ、助けるの?」

「戻す」

「同じじゃない?」

「違う」

「何が」

「戻してから決める」


 黒巣へ上がる穴の下で、籠の中が動いた。


 上から鳴き声は聞こえない。


 声を出す。


 返ってきた心音は、昨日より少なかった。


 黒巣の外側には、六つの心音しかなかった。


 昨日は十一匹いた。


 入口の金属線は切れていない。


 代わりに、天井から灰色の糸が何本も垂れている。


 血吸いコウモリが使っていた窪みには、黒い毛が残っていた。


「入るよ」


 下からフィナの声がする。


「待て」

「返事があったから聞いてる」


 断っても、原因を見つけるまでは帰らないと思う。


「入口まで」


 フィナが穴を上がってくる。


 黒巣へ入ると、天井の血吸いコウモリが一斉に奥へ寄った。


 俺だけの時より怯えている。


「これが前にいた群れ?」

「減った」

「何匹?」

「四匹」


 籠から、捕まえた一匹を出す。


 血吸いコウモリはすぐ飛ぼうとしたが、傷ついた翼では高さが足りない。


 床へ落ちる前に、灰色の糸へ爪をかけた。


 天井から一匹が近づく。


 前に押さえつけた血牙コウモリだった。


 首の後ろに、指で掴んだ跡が薄く残っている。


 今は右の翼が裂け、片脚を天井から離せずにいた。


「大きいのもやられてる」


 フィナが灯りを上げる。


 血牙コウモリが牙を見せた。


 弱っていても、近づけば噛むつもりらしい。


 革袋の口を開け、平たい石へ角兎の血を少し流す。


 匂いが広がった途端、六匹の翼が動いた。


 血牙コウモリも天井から降りる。


 傷ついた一匹を押しのけ、最初に石へ牙をつけた。


「元気そう」

「腹が減ってる」


 残る血を少しずつ足す。


 一度に置けば、強い個体が全部飲む。


 血牙コウモリが顔を上げた時だけ、傷ついた一匹の前へ流した。


「それ、飼ってるよ」

「戻すためだ」

「戻した後も飲ませてる」

「集落へ行かせないため」


 フィナはまだ何か言いたそうだったが、床の黒い毛を見つけて屈んだ。


「コウモリの毛じゃない」


 指でつまむ。


 細く、油を塗ったように光っていた。


「獣の匂いがする」

「こっち」


 黒巣の奥ではなく、外側の細い道へ続いている。


 以前は灰糸蜘蛛が通っていた穴だ。


 人型の肩では入れない。


 穴の縁に、四本の爪痕が並んでいた。


 声を出す。


 細道の向こうで、長い体が一度だけ動く。


 すぐ反響の外へ消えた。


「まだいる?」

「離れた」


 フィナが爪痕へ自分の指を当てる。


「これなら、私の腕より太い」


 小さな魔物ではない。


 細い穴を通れるほど体が柔らかく、血吸いコウモリを天井から狩れる。


 血牙コウモリの翼に残った噛み傷も細長かった。


「待つ」

「ここで?」

「戻ってくる」

「血を飲んだコウモリがいるから?」

「戻した一匹を入れても、四匹いない」


 一度餌場にした場所へ、また来る。


 細道の入口へ、残っていた金属線を低く張る。


 フィナは黒巣の糸を拾い、線の奥へ細い輪を作った。


「足を止められる?」

「大きさが分からないから、止めるんじゃなくて絡ませるだけ」

「逃げたら」

「どっちへ逃げるか分かる」


 血を流した石を、細道の正面へ移す。


 血吸いコウモリたちはついてきたが、線の近くまでは降りなかった。


 血牙コウモリだけが天井から鳴く。


 短く、何度も同じ音を出している。


「嫌がってる?」

「分からない」

「なら、離した方がいいんじゃない?」

「来る前に分かる」


 俺たちは入口から離れ、黒巣の奥へ下がった。


 灯りを消す。


 フィナには暗闇が見えない。


 壁へ手をつけたまま、呼吸を抑えている。


「何か来たら言って」


『分かった』


 念話で返す。


 しばらく、血を舐める小さな音だけが続いた。


 やがて、血吸いコウモリが一匹ずつ石から離れる。


 天井の奥へ固まった。


 血牙コウモリの鳴き声も止まる。


 細道から、石を引っかく音がした。


 低い位置を、長い体が近づいてくる。


 竜眼に名前が出た。


【黒牙大《くろきばおお》イタチ】


 頭が穴から出る。


 犬ほどの大きさがある。


 細い胴をくねらせ、黒い前脚を黒巣の床へ置いた。


 鼻先が血の石へ向く。


 金属線を越えたところで、フィナの糸が脚へ絡んだ。


 黒牙大イタチの頭が、こちらへ向いた。


 黒牙大イタチは、絡んだ前脚を一度振った。


 黒巣の糸が伸びる。


 金属線も鳴った。


 止まらない。


 フィナが灯りの覆いを外す。


 低い光が黒巣の床へ広がった。


「右へ」


 フィナが右へ跳び、壁際へ寄る。


 黒牙大イタチは、血の石を飛び越えてこちらへ来た。


 罠を張った場所を覚えている。


 俺ではなく、フィナの足音へ頭を向ける。


『止まれ』


 念話を送る。


 フィナの足が止まった。


 黒牙大イタチは薄暗い黒巣でも迷わない。


 鼻を低くし、まっすぐフィナへ走る。


 横から体をぶつけた。


 犬より細いが、重さはある。


 肩で押しても倒れず、長い胴が俺の脇を抜けた。


 後脚が床を蹴る。


 振り返る前に、フィナの短弓が鳴った。


 近い距離から放たれた矢が、黒い胴へ刺さる。


 浅い。


 毛の下で止まり、黒牙大イタチは速度を落とさなかった。


「見失った!」


『左へ跳べ』


 フィナが動く。


 顎が閉じる音がした。


 服の裾だけが裂ける。


 声を出す。


 黒牙大イタチの形が、黒巣の壁へ返った。


 もう一度フィナへ向きを変えている。


 正面へ回る。


 左腕を出すと、黒い顎が噛みついた。


 歯が入る直前、手首をまたいで前腕まで、手のひらほどの範囲を硬くする。


 皮膚が灰色に変わった。


 顎の力が加わる。


 痛みはある。


 それでも、歯は皮膚を破れない。


 黒牙大イタチが頭を振る。


 手首まで固めたせいで腕を捻れず、顎から引き抜けなかった。


 右腕の傷も、振られるたびに痛む。


 狩猟刀へ手が届かない。


「動かさないで!」


 フィナの声がする。


 黒牙大イタチの後脚へ、二本目の矢が入った。


 体が一度沈む。


 噛む力は緩まない。


 天井で翼が動いた。


 血吸いコウモリたちが奥から飛び出す。


 戦いの音に驚き、入口へ逃げようとしている。


 黒牙大イタチの頭上を、何匹もの翼が通った。


 その中から、血牙コウモリが一匹だけ低く降りる。


 裂けた翼で、うまく飛べていない。


 黒牙大イタチの耳へ噛みついた。


 顎が左腕から外れる。


 黒い頭が血牙コウモリを追った。


 硬化を解き、狩猟刀を抜く。


 首の横へ刃を入れた。


 毛の下で滑る。


 浅い。


 黒牙大イタチが振り向き、前脚で胸を掻いた。


 上着が裂ける。


 爪の先が、前の傷へ重なった。


 後ろへ倒れながら、顎の下へ狩猟刀を向ける。


 黒牙大イタチが飛びかかった重さで、刃が入った。


 柄を両手で押さえる。


 長い体が俺の上で暴れた。


 前脚が肩へ当たり、後脚が脇腹を蹴る。


 離せば、もう一度噛まれる。


 刃を抜かず、横へ押す。


 温かい血が手まで流れた。


 黒牙大イタチの動きが弱くなる。


 最後に尾が床を叩き、体の重さがそのまま乗った。


――――――――――

黒牙大イタチを討伐しました。

経験値を取得しました。

――――――――――


 体を横へ押しのける。


「ミナト」


 フィナが灯りをつけた。


 胸の上着は裂けたが、爪傷は浅い。


 左腕の硬化も戻っている。


 黒牙大イタチの歯形だけが、灰色だった皮膚へ赤く残った。


「硬くするの、間に合った?」

「間に合った」

「でも、手が変な向きで止まってた」

「手首まで硬くした」

「噛まれたのは、もう少し上でしょ」


 歯形の残る場所から手首まで、指で辿る。


 固められるのは、手のひらほどの狭い範囲だ。


 その中へ手首まで入れたせいで、噛まれた後に動けなくなった。


 黒牙大イタチの血を舐める。


 獣の濃い匂いと、苦い魔力が混じっていた。


――――――――――

固有スキル【因子吸収Lv1】が発動しました。

因子【黒牙大イタチ因子】を取得しました。

――――――――――


――――――――――

因子【黒牙大イタチ因子】

柔軟、嗅覚、暗所狩猟、噛みつきなどが含まれる。

現在の肉体では、新たな能力として発現していない。

――――――――――


 血牙コウモリは、壁際へ落ちていた。


 生きている。


 耳へ噛みついた時に前脚で叩かれ、体が動かない。


 拾おうとすると、牙を見せた。


「助けたのに」


 フィナが言う。


「こいつは、自分の巣を守った」

「同じじゃない?」

「違う」


 血牙コウモリの前へ、残った角兎の血を流す。


 すぐには飲まない。


 俺たちが離れると、顔だけを石へ寄せた。


「集落へ来たら」

「次は追い出す」

「殺さないの?」

「追い出せなかったら殺す」


 フィナは頷いた。


 血吸いコウモリがかわいそうだから残すわけではない。


 黒巣の外側で魔物の接近に気づき、虫や小さい魔物を食うなら使える。


 集落の血を奪うなら、残す理由はない。


 黒牙大イタチの死骸を細道から離す。


 血の石も、黒巣の奥へ残さない。


「これ、運ぶ?」


 フィナが黒い毛皮へ触れる。


「町で売れる」

「またつけられるよ」

「隠して運ぶ」


 死骸は大きい。


 今夜、傷ついたまま町まで持ち帰る必要はない。


 黒巣の内側へ運び、入口から見えない窪みへ置く。


 明日の朝、集落で袋を借りる。


 血吸いコウモリたちは天井へ戻り始めた。


 六つの心音に、傷ついた一匹の心音が重なる。


 減った四匹は戻らなかった。

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