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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第6章 魔境を拓く者

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第082話 魔境へ戻る道

 朝、扉を叩く音で目が覚めた。


「生きてるなら返事しな」


 ベッカの声だった。


「生きてる」

「鍵をかけた客は、返事がないと面倒なんだよ」

「開ける?」

「服を着てるなら」


 着ている。


 肩と胸が裂けた、コボルトの上着を。


 鍵を回す。


 ベッカは扉の前で、穴の空いた箇所を順番に見た。


「その服、もう布より穴の方が多いね」

「穴は三つ」

「数えるところじゃないよ」


 食事なしの部屋なので、朝の粥は出ない。


 代わりに、昨夜洗った上着を干す場所だけ教えられた。


「市場へ行く」

「その格好で?」

「服を買いに」

「買うまで着る服がいるだろ」


 ベッカが大きな布を一枚投げてくる。


 肩へかけると、膝まで隠れた。


「返す?」

「汚さずに返せたらね」

「値段は」

「先に聞くようになったじゃないか」

「いくら」

「汚したら銅貨三枚」


 借りた布を上着の上から巻き、市場へ出た。


 最初に靴を探す。


 ユアンから借りた足布は、何度洗っても泥の色が残っている。


 木靴は安いが、森では音が出る。


 新品の革靴は銀貨三枚以上した。


 古着と中古靴を吊るした店で、足首まである革靴を見つける。


 左の踵だけが少し減っていた。


「銀貨一枚と銅貨四枚」

「片方が減ってる」

「歩けば両方減る」

「今は片方だけ」


 店の男が靴を取り上げようとする。


「銀貨一枚と銅貨二枚。それ以下なら裸足で歩きな」


 払う。


 足布を脱ぎ、薄い布を一枚だけ残して靴を履いた。


 少し硬い。


 石を踏んでも、足の裏へ直接当たらない。


「服も」

「その布の下は?」

「借り物」

「見せて」


 布を開く。


 男は裂けた上着を見ると、顔をしかめた。


「魔物に食われた?」

「食われてない」

「似たようなもんだろ」


 暗い灰色の上着と、膝を補修した黒いズボンを出される。


 合わせて銅貨六枚。


 店の奥で着替えた。


 袖は少し長いが、肩を動かしても裂けない。


 コボルトの服を畳み、紐でひとまとめにする。


 ユアンの足布は別に包んだ。


「その破れた服、捨てるなら置いていけ」

「返す」

「それを?」

「借りた」


 男は何か言いかけたが、別の客に呼ばれた。


 次に鍛冶屋へ行く。


 曲がった短刀を台へ置いた。


 鍛冶屋は刃を横から見て、曲がった先を俺へ向けた。


「直すだけならできるが、次は何に使う」

「狼」


 男は短刀を台へ戻した。


「なら、やめとけ。同じ所がまた曲がる。柔らかい肉を切るだけにしな」


 森で刃が曲がった時には、エッダの解体刀を借りられた。


 次も隣にいるとは限らない。


 中古でも、厚い刃の狩猟刀は銀貨二枚近い。


 エッダから借りた解体刀ほど長くないが、背の厚い一本を選ぶ。


「銀貨一枚と銅貨八枚」

「古い方は」

「銅貨一枚」

「鞘もある」

「じゃあ二枚」


 曲がった短刀を渡し、狩猟刀を腰へ下げた。


 残った金は銅貨八枚。


 銀貨は一枚もなくなった。


 南古道で二日かけて得た金が、部屋、服、靴、刃物へ変わった。


 次の七日分を払う金は、もうない。


 買った靴で石畳を踏み、腰の柄を握り直す。


 前より歩きやすく、手を離しても刃は鞘の中で揺れなかった。


 片靴亭へ寄り、借りた布を返す。


 ベッカは汚れがないか裏まで確かめた。


「三枚は?」

「汚してないからいらない」

「値段をつける意味は」

「汚させないためだよ」


 部屋へ上がる。


 机の上から古い文字表を取り、布袋へ入れた。


 ユアンの足布は机へ残し、コボルトの服だけを持つ。


 正式登録証と鍵は、服の内側に結んだ小袋へ入れる。


 ギルドへ行くと、南古道の壁には新しい札が戻っていた。


 通行止めは解除されていない。


 迂回路の荷運びと、森の外側での採取だけが並んでいる。


 別の壁に、見覚えのある地図があった。


 黒骨洞の上側。


 人間が使う入口と、周囲の岩場だけが描かれている。


 地図の横には、薄く光る灰色の苔が貼られていた。


 文字は読めない。


「これ」


 ネラへ札を持っていく。


「灰灯苔の採取です。指定された岩場で五束、報酬は銅貨九枚」

「灰灯苔」


 文字表を開く。


 同じ形を探すが、載っていない。


「灯りの芯と、傷薬の増量に使います」

「傷薬?」

「効く薬草を少なくしても、塗りやすくなるそうです」

「薄める?」

「薬師は増やすと言います」


 地図を見る。


 指定された岩場は、黒骨洞の上側から少し南へ外れている。


 古い水路の地上側にも近い。


「一人で受けられる?」

「Fランクの常設依頼です。ただし、洞窟の中へは入りすぎないこと」

「どこから入りすぎ?」

「地図の赤線より奥です」


 赤い線は、俺が知っている道よりずっと手前に引かれていた。


「五束より多かったら」

「状態が良ければ追加で買い取ります」

「受ける」


 用紙へ、セインと書く。


 文字表を見なくても、自分の名前だけは書けた。


「日帰りですか」

「そのつもり」

「戻らない場合は」

「長く町を離れるなら届ける」

「覚えていたんですね」

「昨日聞いた」


 依頼札と採取袋を受け取る。


 灰灯苔だけが目的ではない。


 黒巣を長く空けている。


 コボルトから借りた服も、まだ返していない。


 南門で正式登録証を見せる。


 門番は黒い縁を確かめ、今度は同行者の名前を聞かなかった。


 新しい靴は、土の道では歩きやすかった。


 岩場へ入ると、左の踵だけが少し浮く。


 中古になった理由が分かった。


 それでも足布だけで歩くよりはましだ。


 黒骨洞の上側へ近づくほど、道から人の跡が減っていく。


 以前はなかった白い石の印が、木の幹へ続いていた。


 灰灯苔を採る者が迷わないための印だ。


 最後の印から先は、草が膝まで伸びている。


 ギルドの地図に描かれた岩場が見えた。


 灰色の岩が重なり、日陰だけが湿っている。


 見本と同じ苔は、すぐに見つかった。


 石の割れ目で、細い葉の先が薄く光っている。


 昼間は灰色にしか見えない。


 手で覆って暗くすると、弱い光が残った。


「灰灯苔」


 竜眼にも同じ名前が出る。


 採取袋から小さな木べらを出す。


 根元の土ごと剥がし、乾いた布の間へ挟む。


 一束。


 二束。


 五束集めても、岩場にはまだ残っていた。


 状態が良ければ追加で買うと言われている。


 全部取れば、次に来た時はない。


 大きいものだけを二束追加し、採取袋を閉じた。


 報告できる依頼は、これで終わった。


 白い石の印へは戻らず、岩場の南側へ回る。


 地図にはない細い谷がある。


 前に来た時は、上から飛んで見つけた場所だ。


 人型では、胸まである草を手で分けなければ進めない。


 黒い穴が見えるまで、少し時間がかかった。


 古い水路の入口。


 枝で隠したはずの石が、外へ一つ転がっている。


 三本爪の木札も見えない。


 近づく。


 土の上に、細い筋が何本も重なっていた。


 蛇ではない。


 小さな脚が何十本も通った跡だ。


 入口の枝をどけると、切れた紐が石の下から出てきた。


 三本爪の札は、その先になかった。


「誰かが使った」


 人間の靴跡はない。


 コボルトの匂いも薄い。


 代わりに、湿った土と古い殻の匂いがする。


 入口へ短く声を出す。


 音が狭い水路の奥へ進み、途中で何度も細かく揺れた。


 動くものがいる。


 一匹ではない。


 腰の狩猟刀へ触れる。


 依頼は終わっている。


 町へ戻れば、銅貨九枚はもらえる。


 この道を放っておいても、片靴亭の部屋はなくならない。


 黒巣と、コボルトの取引小屋へ戻る道はなくなる。


 入口の横を探す。


 枯れた枝の下に、錆びた鉄棒が残っていた。


 レグが石の下へ差したものだ。


 持ち上げる。


 コウモリの体では、二匹のコボルトと縄を使って動かした石だった。


 今は両手で鉄棒を持てる。


 先を石の下へ差し、体重をかける。


 すぐには動かない。


 足場を変え、もう一度押す。


 石と土の間に、指が入るほどの隙間ができた。


 鉄棒を深く入れる。


 三度目で石が傾き、入口へ体を通せる幅が開いた。


 中へ入る。


 石を元の位置までは戻せない。


 外から見えないよう、枝だけを寄せておく。


 水路の中は、以前より湿っていた。


 壁の白い筋は残っている。


 その下にあった三本爪の札はなく、尖った石だけが出ていた。


 床には、灰色の薄い殻が落ちている。


 拾おうとした瞬間、殻の奥が動いた。


 長い体が壁から剥がれる。


 人間の腕ほど太く、灰色の節がいくつも重なっている。


 左右の脚が、石を細かく掻いた。


【灰殻《はいがら》ムカデ】


 頭が持ち上がる。


 黒い顎が開いた。


 狩猟刀を抜く。


 正面から来た頭を避け、背中へ刃を落とす。


 硬い音がした。


 刃が灰色の殻を滑る。


 新しい狩猟刀でも、背中は切れない。


 灰殻ムカデが体を曲げる。


 後ろ半分の脚が壁へつき、頭だけが横から戻ってきた。


 下がろうとすると、左の踵が浮いて足を取られた。


 顎が上着の裾を挟んだ。


 布が引かれる。


 片脚で頭を踏む。


 殻の上では靴底も滑った。


 体重をかけ、壁との間へ押しつける。


 何十本もの脚が石を掻いた。


 背中は硬い。


 腹側は白く、節の間に薄い線が見える。


 狩猟刀を逆手に持ち、顎の下へ刺した。


 刃が柔らかい場所へ入る。


 灰殻ムカデの体が大きく曲がった。


 足を外される前に、同じ傷へもう一度入れる。


 二度目は深い。


 脚が順番に止まっていった。


――――――――――

灰殻ムカデを討伐しました。

経験値を取得しました。

――――――――――


 狩猟刀を抜く。


 刃に欠けはない。


 灰殻ムカデの腹から、薄い黄色の体液が流れた。


 血とは違う匂いがする。


 指につけ、舐める。


 苦い。


――――――――――

固有スキル【因子吸収Lv1】が発動しました。

因子【灰殻ムカデ因子】を取得しました。

――――――――――


――――――――――

因子【灰殻ムカデ因子】

外殻、耐久、壁面移動、振動感知などが含まれる。

現在の肉体では、新たな能力として発現していない。

――――――――――


 奥で、また脚の音がした。


 一匹を倒す前より多い。


 声を出す。


 水路の壁と天井に、細長い形がいくつも返ってくる。


 さらに奥には、もっと大きなものがいた。


 その手前から、コボルトの血の匂いが流れてきた。

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