第008話 特殊進化
進化条件。
意味は分かる。
ゲームで何度も見たような言葉だ。
でも、今の俺には、それを喜ぶ余裕がなかった。
薄羽虫の残りを噛み砕く。
潰れた体液も湿った羽も硬い脚も、食べ物と呼ぶには遠かった。
それでも、吐きそうになるのをこらえて飲み込んだ。
頭の奥に、また通知が走る。
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進化条件を照合中。
通常進化条件:未達。
特殊進化条件:古血接触/因子過負荷/吸血適応/暗所生存
現在の肉体では因子負荷に耐えられません。
特殊進化先が開示されます。
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特殊進化可能種
【古血蝙蝠】
種族ランク:E
古い血を宿した異常個体。
詳細不明。
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古血蝙蝠。
それだけだった。
進化先に、人間はなかった。
分かっていたはずなのに、そこで少し息が止まった。
石に引っかけた爪を見る。
スマホを持ったり、ゲームをしたり、当たり前に使っていた手は、今はない。
あるのは、石に引っかかる小さな爪と、薄い羽だけだ。
戻る選択肢なんて、最初からなかった。
普通の進化もない。
たぶん、俺はまだ進化できる段階じゃない。
俺はまだ、弱っている虫を食うのにも必死だ。
暗闇には、俺より大きく、速く、強い魔物がいる。
生き延びるだけなら、食われる側から抜け出せない。
欲しいのは、そこから外れる力だった。
強くなりたい。
食われる側で終わりたくない。
詳細不明。
読める情報は少ない。
なのにその名前だけで、体の底の古い血が脈を打った。
黒い骨、乾いた血、赤黒い月。
あの時の熱が、腹の奥で起き上がる。
詳細不明なんて、普通なら選ばない。
何も分からない。
怖い。
でも、ほかに道はなかった。
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進化先【古血蝙蝠】を選択しました。
進化を開始します。
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その瞬間、体の内側から何かが裂けた。
声が出た。
鳴き声なのか、悲鳴なのかも分からない。
裂け目の中で、羽が石にぶつかる。
爪が削れる。
薄羽虫の残りが口から落ちそうになって、俺は反射的に噛みしめた。
熱い。
痛い。
骨が軋み、組み替わっていく。
その奥へ、熱い血が無理やり流し込まれる。
小さな体の内側で、骨も肉も別の形に作り替えられていく。
羽の付け根が引っ張られ、背中の肉がぶつぶつと震えた。
牙の根が深く沈む。
爪の先が硬くなって、石を掴む感覚まで変わっていく。
小さな胸の奥で、心臓が一度止まった気がした。
すぐに、強く打った。
どくん。
どくん。
洞窟の水音より大きく聞こえる。
羽の膜が熱を持つ。
牙の根元が痺れる。
喉が焼ける。
血が欲しい。
体液でも、腐った水でも、薄羽虫の潰れた汁でもない。
もっと赤いもの。
もっと熱いもの。
そう思った自分が、少しだけ怖かった。
でも、怖いと思うより先に、体が変わっていく。
止められない。
戻れない。
俺の体が、俺の許可を待たずに別の形へ進んでいく。
頭の奥で、通知が途切れ途切れに走った。
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種族【コウモリ幼体】が【古血蝙蝠】へ進化しました。
進化段階が第1段階から第2段階へ上昇しました。
種族ランクがFからEへ上昇しました。
HPが上昇しました。
MPが上昇しました。
筋力が上昇しました。
敏捷が上昇しました。
耐久が上昇しました。
感知が上昇しました。
精神が上昇しました。
状態異常【因子過負荷】が軽減されました。
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通知が終わっても、痛みはすぐには引かなかった。
ただ、熱の向きが変わった。
体の中で暴れていたものが、どこかに薄く広がっていく。
飲み込んだ血が、肉に染みていくような感覚。
気持ち悪い。
でも、さっきよりはましだった。
続けて、別の通知が来る。
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因子【血吸い蛭因子】の一部が種族特性【吸血未熟Lv1】へ統合されました。
種族特性【吸血未熟Lv1】が【吸血Lv1】へ変化しました。
種族特性【夜目Lv1】が【夜目Lv2】へ上昇しました。
種族特性【古血適応Lv1】を獲得しました。
スキル【竜因子適応Lv1】の熟練度が上昇しました。
スキル【因子吸収補助Lv1】の熟練度が上昇しました。
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種族特性【吸血Lv1】
血を吸うことに適応した特性。
傷口や弱った相手からであれば、以前よりうまく血を吸える。
吸血した相手の生命力をわずかに取り込み、低確率で肉体能力の一部を成長に反映する。
ごく稀に、血に強く刻まれたスキルや種族特性を取得することがある。
種族特性【古血適応Lv1】
古い血や強い因子による拒絶反応をわずかに抑える。
現在の肉体では、効果は大きく制限される。
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全部は理解できない。
でも、分かることもあった。
俺は変わった。
少しだけ、さっきより魔物として強くなった。
裂け目の中で、俺はゆっくり息をした。
胸と羽が動き、爪が石の細かな傷を前よりはっきり掴んでいる。
暗闇の中で、下の水面がうっすら分かった。
蛭がいる。
水の縁に何匹も張りついている。
見えたというより、そこにいると分かる。
俺は薄羽虫の残りに顔を寄せた。
血はほとんどなく、体液ももう少ない。
それでも、どこに牙を立てれば吸いやすいのか、前より分かった。
考えるより先に、口が動く。
吸った。
さっきより、少しだけ楽だった。
嫌な味はする。
気持ち悪い。
でも、喉が拒まない。
俺は食べながら、ぼんやりと教室を思い出した。
白い天井。
机の列。
誰かの声。
思い出せても、戻れる場所じゃない。
俺は、人間に戻る道じゃなく、食らって生き残る道を選んだ。




