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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第5章 名前のない冒険者

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第072話 持ち帰ったもの

 三匹分の足跡は、帰り道の途中で消えていた。


 地面が硬くなったわけではない。


 左右の斜面へ分かれている。


「上に二匹」


 エッダが右の斜面を見る。


「群れ長は?」

「道を進んでる」


 俺には、前方に三つの心音が聞こえた。


 一つは低い場所。


 二つは左右の上。


「全部いる」

「先に見つけられたね」


 エッダは腰の袋から、細い革紐を出した。


「何に使う」

「短刀を出して」


 借りた短刀を渡す。


 柄の後ろへ革紐を回し、俺の手首と結んだ。


「落としても離れない」

「最初からつければよかった」

「最初から落とすと思わなかった」


 短刀を引く。


 手を開いても、地面までは落ちない。


「腕ごと引かれたら離して」

「結んだのに?」

「短刀より手の方が高い」


 ベルクが手引き車の積み荷を確かめる。


「この道を通らないと戻れない?」


 リオナが聞く。


「車ならな」

「置いて、後で取りに来るのは」

「夜までに食われる」

「また戦うんですね」

「戦わず通れればそれでいい」


 ベルクは熊の腿肉を一つ、車の最後尾へ結んだ。


 太い縄を二重に回し、簡単には外れないようにする。


「取らせる?」

「噛みついたら、車に足を止める」

「車が壊れる」


 解体人の一人が言う。


「軸を狙われるよりましだ」


 隊列を変える。


 ベルクと俺が手引き車の前。


 解体人二人が左右。


 リオナは積み荷の後ろへ隠れ、エッダは道から外れた。


 姿が見えなくなる。


「どこへ行った」

「上」


 リオナが小声で答える。


 足音を消して、右斜面を進んでいる。


 手引き車を押す。


 車輪が回るたび、群れ長の心音が近づいた。


 こちらを待っている。


 道の両側が狭くなる。


 右は岩壁。


 左は浅い谷。


 荷車一台が通れる幅しかない。


「止まるな」


 ベルクが言う。


「見えてる」

「見えても、止まるな」


 茂みの中で黄色い眼が開く。


 群れ長は道の正面にいた。


 逃げない。


 俺たちの後ろで、枝が鳴る。


 残る二匹が斜面から下りてきた。


「後ろ!」


 リオナが積み荷の陰から矢を放つ。


 一匹の肩へ刺さる。


 もう一匹は矢を避け、手引き車の後ろへ飛びついた。


 熊の腿肉を噛む。


 縄が張り、車が後ろへ引かれた。


「押せ!」


 ベルクと解体人が車を支える。


 群れ長が正面から走る。


 前と後ろを同時に狙っている。


 俺は車から手を離した。


「セイン!」

「前を殺す」


 短刀を抜く。


 群れ長は俺ではなく、左の車輪へ向きを変えた。


 牙が木の軸へ届く。


 その前に、ベルクの槍が地面すれすれを払った。


 群れ長が跳ぶ。


 槍を越え、そのまま積み荷の上へ乗った。


 熊の皮が沈む。


 爪で荷を裂こうとしている。


 俺も車の枠を踏み、飛びついた。


 群れ長が口を開く。


 短刀を横から入れる。


 刃は頬を切ったが、頭を振られて手から外れた。


 革紐が張る。


 今度は地面へ落ちない。


 手首を引き、短刀を掴み直す。


 群れ長の前脚が胸へ当たった。


 積み荷から落ちる。


 背中が地面へぶつかる前に、片手をついた。


 人型の体は、翼を広げなくても向きを変えられる。


 群れ長が車から飛ぶ。


 喉ではなく、短刀を持つ右腕へ噛みつこうとしていた。


 腕を引く。


 空いた鼻先へ左の拳を当てた。


 噛まれた傷に痛みが走る。


 骨は硬い。


 群れ長の頭がわずかにずれた。


 短刀を前脚の内側へ入れる。


 深く刺さる。


 群れ長が後ろへ跳び、刃が抜けた。


 右前脚を地面につけない。


「それで追うな!」


 ベルクの声が飛ぶ。


 群れ長は逃げるふりをしている。


 前脚を庇いながら、道の狭い方へ下がっていた。


 追えば、またあいつの場所で戦うことになる。


 俺は動かなかった。


 群れ長の耳が伏せる。


 こちらへ戻る。


 飛びかかる直前、右の斜面から石が落ちた。


 群れ長がそちらを見る。


 エッダが上から飛び降りた。


 曲がった短剣が、傷ついていない後脚へ入る。


 群れ長の体が傾く。


 俺は正面から近づいた。


 短刀を持つ手を、今度は開かない。


 喉へ突き刺す。


 牙を立てる前に、刃を横へ引いた。


 血が噴き出す。


 群れ長の前脚が胸を掻いた。


 上着が裂け、皮膚へ浅い線が残る。


 もう一度短刀を入れる。


 心音が止まった。


 後ろの二匹のうち、一匹は熊の腿肉から離れて逃げていた。


 肩へ矢を受けた一匹も、谷へ下りていく。


 リオナが最後の矢を向ける。


「射たない」


 ベルクが止めた。


「でも」

「追ってこないなら残せ」


 リオナは弦を戻した。


 矢は一本残った。


 群れ長の血が、道へ広がる。


 吸えば、傷を治せる。


 だが、後ろでは解体人が車輪と積み荷を確かめていた。


 帰る道もまだ長い。


 首の傷へ壺の口を当て、流れる血だけを受ける。


「飲まないの?」


 リオナが聞く。


「宿で飲む」

「持って帰るんですか」

「買わなくて済む」

「そっちを覚えたんですね」


 壺が半分ほど満ちる。


 残る血を少しだけ吸った。


 左腕の傷が熱を持ち、胸の浅い傷から血が止まる。


 完全には消えない。


 それで十分だった。


――――――――――

腐肉ハイエナ・群れ長を討伐しました。

経験値を取得しました。


因子【腐肉ハイエナ因子】を追加吸収しました。

因子【腐肉ハイエナ因子】の蓄積量が上昇しました。

新たに適応した性質はありません。

――――――――――


 群れ長から牙と皮を取る。


 積み荷へ追加すると、車はさらに重くなった。


「今度こそ戻るぞ」


 ベルクが手引き車の前へ立つ。


 帰り道の途中で、黒骨洞の上側へ寄った。


 採石場へ続く道は、崩れた岩で塞がれたままだ。


 俺がガレオの外套を拾ったと話した場所でもある。


 エッダは崩落の手前へしゃがみ、地面に薬液を垂らした。


 土の一部が薄い青へ変わる。


「ガレオの追跡粉」

「残ってる?」

「古いけどね」


 青い跡は、崩れた岩の下へ続いていた。


 外へ戻る方にはない。


「外套を拾ったのは?」


 エッダが聞く。


「そこ」


 崩落の手前にある、折れた支柱を指す。


 俺がガレオの荷物から外套を持ち出した場所は、岩の向こうだ。


「ガレオが外套を置いてから奥へ入ったなら、話は合う」

「違ったら?」


 リオナが聞く。


「誰かが外へ出した」


 エッダは崩れた道と、俺を交互に見た。


 俺は何も言わなかった。


「今日は掘らん」


 ベルクが手引き車の柄を持ち直す。


「日が落ちる前に素材を持ち帰る。ここは報告だけだ」


 エッダは崩落の位置を紙へ書き、ようやく立ち上がった。


 町へ戻った時には、門を閉じる鐘が鳴っていた。


 借りた短刀を洗ってネラへ返す。


 刃を確かめたネラは、修理代の紙を出さずに道具庫へ戻した。


 素材はギルドの解体場で量られた。


 大岩熊の素材は、傷んだ分と回収費を引いて五人分へ分けられた。


 俺の前には、銀貨一枚と銅貨六枚が置かれた。


 腐肉ハイエナの素材代と、回収依頼の同行報酬を合わせて銀貨一枚が増える。


 銀貨二枚と銅貨六枚。


 今まで持ったことのない重さだった。


「宿の立替分を返しますか」


 ネラが聞く。


「いくら」

「二泊分で、銀貨一枚です」


 銀貨を一枚返す。


 昨日の銅貨一枚も合わせて、残るのは銀貨一枚と銅貨七枚。


 布袋へ入れると、昨日より重くなった。


 ネラは受取印を押した後、エッダの報告書へ目を移す。


 採石場と、崩れた道と、俺が拾った外套。


 何を書かれているかは読めない。


 それでも、俺についての文字が紙の上へ増えたことだけは分かった。

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