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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第5章 名前のない冒険者

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第070話 大岩熊の回収

 翌朝、壺の血は固まり始めていた。


 傾けても、昨日のようには流れない。


 指で崩して口へ入れる。


 飲むより食べる方に近かった。


「寝台でやるなと言っただろう!」


 一階からベッカの声が飛んでくる。


「水場にいる」

「ならいい!」


 見えていないのに、返事だけは早い。


 壺を洗い、麻袋へ戻す。


 血は一晩で味も匂いも変わった。


 毎日もらえるとは限らない。


 保存する方法も必要だった。


 今は、宿の借りを返す方が先だ。


 ギルドへ行くと、ネラの受付に三人が集まっていた。


 一人はリオナ。


 残る二人は知らない。


 短い片手槍を背負った男と、革袋をいくつも腰へ下げた女。


 女は俺が近づく前から、足布と肩の傷を見ていた。


「この人がセインさんです」


 リオナが言う。


「大岩熊の場所を覚えてます」

「聞いた」


 片手槍の男が答えた。


「ベルクだ。Cランク」

「エッダ」


 女は名前だけ言った。


「ランクは」

「今いる?」

「ベルクは言った」

「D」


 エッダは腰の袋を一つずつ確かめている。


「熊を倒したのは五人」

「回収に行けるのは二人で、残りは負傷者?」

「俺は行ける」

「あなたはFランク」

「Lvは三十二」

「依頼を受けられるランクの話」


 ネラと同じだった。


「今回はセインさんとリオナさんを、討伐者兼案内人として同行させます」


 ネラが紙を机へ置く。


「依頼責任者はベルクさんです」

「エッダさんが斥候で、解体補助を二人つけます」

「六人?」

「死骸が残っていれば、運ぶ人手が要ります」

「全部は無理」


 大岩熊は、人間より何倍も大きい。


 荷車へ載せても重い。


「現地で皮と肉を分けます」


 ベルクが言う。


「高く売れるところだけ持ち帰る。残りは場所を記録して、後で考える」

「血は」

「抜けるだけ抜く」

「俺が飲む」


 ベルクがこちらを見る。


「残ってればな」

「俺の取り分」

「血まで値をつけたことはない。運ぶ手間が減るなら好きにしろ」

「ベルクさん」


 リオナが小声で呼ぶ。


「大丈夫なんですか」

「何が」

「その場で飲ませて」

「お前らを助けた時にも飲んだんだろ」

「そうですけど」

「人を襲わないなら、熊の死体をどう食おうが依頼には関係ない」


 リオナは俺ではなく、ベルクから少し離れた。


「出発は」

「今日の昼前」


 ネラが答える。


「遅い」

「荷車と解体人員を用意する時間が必要です」

「今も別の魔物に食われてる」

「だから、今日中に向かいます」


 ベルクが机の紙を取る。


 端へ短い線を書き、何かを確認していた。


 俺には読めない。


「場所を地図で示せるか」

「地図は読めない」

「道は」

「覚えてる」

「どこから入った」

「北東の採取道」

「目印は」

「二本線の木」


 エッダの手が止まった。


「二本線を知ってるの」

「リオナに聞いた」

「魔境で暮らしてたんじゃなかった?」

「人の道へ入ってから知った」

「それまでは、どうやって道を覚えてた」

「匂いと音」


 エッダは俺の眼を見る。


「犬より便利だね」

「犬は俺を嫌う」

「馬もです」


 リオナが付け足した。


「それ、先に言って」


 荷車に馬を使うつもりだったらしい。


 ネラが別の紙を引き寄せる。


「手引き車へ変更します」

「人が引く?」

「あなたも引いてください」

「回収の報酬に入る?」

「入ります」


 なら問題はない。


 ベルクが俺の腰を見る。


「武器は」

「ない」

「大岩熊を素手で倒したのか」

「盾を使った」

「今は」

「壊れた」


 ベルクが片手槍を外し、俺へ差し出す。


 受け取ると、重心が先に寄っていた。


「使ってみろ」


 持ったまま動かない。


「どうやって」

「構えろ」

「構え方を知らない」


 ベルクが槍を取り返した。


「貸すのはやめる」

「使えば覚える」

「俺の槍で覚えるな」


 エッダが笑った。


「素手のまま連れていく?」

「解体用の短刀を一本借りる。壊したら報酬から引く」


 また、壊した時の値段が先に決まる。


 ネラが道具庫から、厚い刃の短刀を持ってきた。


 鞘ごと腰へ結ぶ。


 抜くと、刃は手のひらより少し長い。


 牙より遠くへ届く。


「人へ向けないでください」


 ネラが言う。


「敵なら」

「敵が人の場合も、町には規則があります」

「襲われても?」

「それは帰ってから説明します」


 昼までに、覚えることがまた増えた。


 手引き車は、荷物がなくても重かった。


 木の車輪が、街道の石へ何度も引っかかる。


 俺と解体人の一人が前を引き、もう一人が後ろから押している。


「右」


 後ろで声がする。


「今度は左」

「どっち」

「道に合わせろってことだ」


 車輪を持ち上げ、石を越える。


 大岩熊を載せれば、もっと重くなる。


「全部運ばない理由が分かった」

「まだ街道だぞ」


 解体人が言った。


「森に入れば、根と坂がある」

「持ち上げればいい」

「一人で?」

「できるか試す」

「壊すなよ。ギルドの車だ」


 何を持っても、壊した時の話をされる。


 リオナが横で笑っていた。


「昨日、袋を破ったんだって?」


 ベルクが前から聞く。


「一つだけ」

「依頼品を壊すやつには、先に言っておくんだよ」

「直した」

「売り物にならなかったんでしょう」


 リオナが言う。


「中身は残った」

「また始まった」


 街道を外れる前に、ベルクが全員を止めた。


「ここから隊列を変える」

「エッダが先、次に俺とセイン、車を挟んでリオナが後ろだ」

「私が最後ですか」

「矢は」

「三本あります」

「少ないな」

「分かってます」

「撃つ相手を選べ。音がしただけで使うな」


 リオナは返事をしながら、矢筒の口を確かめた。


 エッダが森へ入る。


 足跡が見えない場所でも迷わない。


 木につけられた二本線だけではなく、折れた枝や古い靴跡を見ていた。


「そっちじゃない」


 俺が言う。


 エッダが足を止める。


「熊の場所は右」

「風が右から来てる」

「近い」

「だから回る」

「遠くなる」

「死骸の周りに何がいるか、上から確かめる」


 風が頬へ当たる。


 熊の場所から、こちらへ吹いている。


 俺たちの匂いは、まだ向こうへ流れない。


「上から回ります」


 エッダは答えを待たず、斜面へ向かった。


 ベルクもついていく。


「案内は俺」

「場所までだ」

「道はエッダさんが決めます」


 リオナが後ろから言う。


「遠回り」

「見つかるよりいいです」


 車を引き、斜面を上る。


 街道より何倍も重くなった。


 解体人の息が荒くなる。


 俺一人なら、木の上を真っすぐ進めた。


 人と道具を連れていくと、使える道が変わる。


 炭焼き小屋の近くを通る。


 中には誰もいない。


 俺たちが残した火も消え、灰だけが残っていた。


 エッダは入口へしゃがみ込む。


「ここで夜を越した?」

「そう」

「五人と、セイン」

「俺を入れれば五人」

「血は」

「ダリオのと、俺の」


 エッダが床の黒い染みを見る。


「熊の血もついてる」

「俺が飲んだ」

「聞いてる」


 嫌がる様子はなかった。


 革袋から細い紙を出し、灰と血を少し包む。


「何に使う」

「帰ってから、どの血か調べる」

「俺が言った」

「言葉と証拠は別」


 この女も、ガレオのことを調べれば同じことをする。


 俺は何も言わず、先へ進んだ。


 大岩熊と戦った斜面には、倒木が残っていた。


 折れた枝。


 血を吸った土。


 割れた盾の破片。


 熊の死骸はなかった。


「あれを運んだ?」


 リオナが周囲を見る。


「一匹じゃ無理」


 地面には、引きずられた跡がある。


 太い線の左右に、いくつもの足跡が残っていた。


 エッダが一つへ指を添える。


「腐肉《ふにく》ハイエナ」

「何匹」

「ここで分かるのは四匹。重なってるから、もっといる」


 竜眼を使う相手はいない。


 名前だけ聞いても、形は想像できた。


「強い?」

「一匹ならE。群れならD」


 ベルクが盾の破片を拾う。


「熊を引ける数なら、六匹以上だ」

「追う」

「先に周囲を見る」

「死骸が食われる」

「もう食われてる」


 ベルクは地面へ片膝をついた。


 血の跡。


 折れた草。


 木へ残る爪。


 見ているものはエッダと違う。


「怪我をしたやつがいる」

「熊と戦った?」

「引いてる途中に、爪へ触ったんだろう。右前脚を庇ってる」


 俺には、そこまで足跡から分からなかった。


 血の匂いは追える。


 怪我をした一匹のものだけ、少し濃い。


「こっち」


 今度はエッダも止めなかった。


 風下を保ったまま、引きずった跡を追う。


 手引き車は斜面の上へ残し、解体人二人も待たせた。


 俺とベルクとエッダ、リオナの四人で進む。


 腐った肉の匂いが近づく。


 低い唸り声も聞こえた。


 茂みの隙間から、大岩熊の黒い背中が見える。


 腹は開かれ、周囲の毛が赤く濡れていた。


 その上に、斑模様の獣が二匹いる。


 熊の向こうにも心音がある。


「七匹」


 俺が言う。


「見えるのは二匹です」


 リオナが矢をつがえる。


「残りは囲んでる」


 茂みの奥で、黄色い眼が一つ開いた。

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