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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第5章 名前のない冒険者

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第068話 殺すだけでは終わらない

 結局、朝まで眠れなかった。


 寝台へ戻っても、近くの心音が気になる。


 廊下へ出れば、別の部屋から寝息が聞こえる。


 一階へ下りると、ベッカが厨房でパン生地を捏ねていた。


「早いね」

「寝てない」

「いびきがうるさかった?」

「心音」


 ベッカの手が止まる。


「誰か具合悪いのかい」

「全員鳴ってる」

「そりゃ生きてるからね」


 また生地を捏ね始める。


「慣れるまで、昼に寝たらどうだい。昼間は冒険者も出払う」

「夜に働いていい?」

「依頼次第だね。町の中をうろつくなら、夜警に仮登録証を見せな」


 知らない決まりがまた一つ増えた。


 朝の粥を食べ、乾いた服へ着替える。


 肩の傷は、布の下でほとんど閉じていた。


 痛みは残っている。


 腕を上げても開かない。


 ギルドへ着くと、リオナはもう掲示板の前にいた。


 短弓は持っていない。


 腰に小さなナイフだけを下げている。


「遅いです」

「朝になったばかり」

「依頼は早い者勝ちです」

「紙は残ってる」

「条件のいいものからなくなります」


 掲示板には昨日と違う紙も増えていた。


 字は一つも読めない。


 絵だけを探す。


 桶。


 木箱。


 鼠。


 子供の顔。


「これは」


 鼠の紙を指す。


「穀物倉の鼠退治です。確認されているだけで十匹以上、報酬は銅貨六枚」

「少ない?」

「Fランクなら普通です」

「熊の爪は」

「比べないでください」


 他の紙も読ませる。


 井戸掃除。


 荷物運び。


 薪割り。


 迷子になった山羊探し。


「戦う依頼は鼠だけ?」

「Fランクですから」

「弱い魔物は」

「町の外へ出る依頼は、ほとんどEからです」

「Lv三十二でも?」

「信用がない人は下からです」


 ユアンと同じことを言う。


「リオナはどれを受ける」

「鼠です。一人で十匹追うより、二人の方が早いので」

「報酬は半分になる」

「二人で受ければ銅貨八枚です」

「一人より増える?」

「依頼人が二人分出すと書いてあります。ただし、全部駆除できたらです」

「全部が何匹か分からない」

「だから残ってたんだと思います」


 条件がいい依頼ではなかった。


 それでも、鼠なら洞窟で何度も殺している。


「これにする」


 紙を剥がそうとすると、リオナに手を叩かれた。


「勝手に取らないでください」

「受ける」

「受付へ言って、記録してもらってからです」


 紙は掲示板へ残すらしい。


 ネラの受付へ行く。


「二人で穀物倉の鼠退治を受けます」


 リオナが仮登録証を出した。


 俺も木板を置く。


 ネラは二枚を確かめ、帳面へ名前を書いた。


「依頼場所は西倉庫通りの三番倉です」

「どこ」

「リオナさんに聞いてください」

「全部リオナに聞くの」

「文字と町の道を覚えるまでは」


 ネラが依頼票の裏へ印を押す。


「注意点を読みます」

「毒餌は禁止です」

「穀物袋と倉庫を傷つけた場合は、報酬から弁償になります」

「死骸は依頼人の確認を受け、穴を塞ぐところまでが仕事です」

「殺せば終わりじゃない?」

「終わりません」

「穴は鼠が開けた」

「放置すれば、また入ります」

「別の鼠も殺せばいい」

「いつまで倉庫に住むつもりですか」


 ネラの隣にいた受付の男が、笑いを堪えていた。


「それと、倉庫の中で鼠を食べないでください」

「食べない」

「念のためです」


 リオナが俺から少し離れた。


「私まで同じだと思われてません?」

「二人で受ける依頼ですから」

「そういうところだけ一緒にしないでください」


 三番倉は、ギルドから歩いて十分ほどの場所にあった。


 高い石壁と木の屋根。


 大きな扉の前に、腹の出た男が立っている。


「ギルドから来ました」


 リオナが依頼票を見せる。


 男は俺たちの仮登録証を見た。


「二人ともFか」

「はい」

「昨日のやつらもFだった」

「何匹倒しました?」

「三匹。まだ夜になると袋が減る」


 扉が開く。


 中には、天井近くまで穀物袋が積まれていた。


 小麦と乾いた藁の匂い。


 その下に、獣の糞と脂の匂いが混じっている。


 心音は一つではない。


 壁の向こう。


 袋の隙間。


 床の下。


「何匹います?」


 リオナが小声で聞く。


「分からない」

「十匹より多い?」

「多い」

「どのくらい」

「動いてるから数えにくい」


 短く鳴く。


 音が倉庫の中へ広がった。


 積まれた袋の形と、その間を走る小さな体が浮かぶ。


 一匹が近い。


 俺は袋の間へ手を伸ばした。


 灰色の影が飛び出す。


 人間の前腕ほどある鼠だった。


 爪を伸ばして掴む。


 鼠は避けた。


 爪が穀物袋へ入る。


 布が裂け、小麦が床へ流れ落ちた。


 扉の外から、依頼人の声が飛んでくる。


「袋を傷つけるなと言っただろ!」

「今の一袋で、銅貨二枚分くらいです」


 リオナが言う。


「まだ一匹も殺してない」

「はい」

「報酬が減った?」

「たぶん」


 床へ落ちる小麦の中を、鼠が逃げていった。


 裂けた袋から、小麦が止まらず落ちている。


「先に縛ります」


 リオナが袋の上を押さえた。


「持ち上げてください」

「鼠は」

「逃げました。小麦まで全部逃がす気ですか」


 袋を抱える。


 人間一人より軽い。


 裂け目を上へ向けると、小麦が止まった。


 リオナは依頼人から太い糸と針を借り、破れた布を縫い始めた。


「できるの」

「矢筒も弓袋も、自分で直します」

「弓は直せない?」

「弦なら。折れたら職人です」


 縫い目は揃っていない。


 それでも、持ち上げても小麦は漏れなくなった。


「これで銅貨二枚は取られない?」

「傷つけた分は取られます」

「直した」

「売り物の袋ですから」


 洞窟なら、壊したものを直しても誰にも金を取られない。


 そもそも、持ち主がいなかった。


 袋を元の場所へ戻す。


 その間にも、壁の奥で鼠が動いている。


「爪は使わない方がいいですね」

「噛む?」

「鼠を?」

「牙なら袋に当たらない」

「口に入れた後、死骸を依頼人へ見せるんですよ」

「出せばいい」

「やめてください」

「じゃあ手で殺す」


 リオナが倉庫の中を見る。


「先に、袋から離します」


 空の木箱と板を借りる。


 積まれた袋の間へ板を置き、通れる場所を少しずつ狭めていく。


 依頼人は扉の外から見ていた。


「勝手に袋を動かすな」

「下に巣があるかもしれません」

「崩したら弁償だぞ」

「分かってます!」


 リオナの声が大きくなる。


 俺は下から順番に袋を持ち上げた。


 リオナが板を差し込み、落ちないように支える。


 一つずつ動かすと、床際に小さな穴が見えた。


「ここ」


 穴の中から、複数の心音が聞こえる。


「出てきます?」

「奥へ逃げてる」

「反対側の穴を探してください」


 倉庫の壁に沿って歩く。


 糞の匂いが濃い場所。


 床板の下を走る音。


 外へ続く風。


 北側の角に、木箱で隠れた穴があった。


「二つ」

「片方を塞いで、もう片方へ追い出します」

「何で」

「中で殺したら取り出せません」

「放っておけば腐る」

「そうです」


 リオナは倉庫の外にあった石を運び、最初の穴へ詰めた。


 布と木片も押し込み、隙間をなくす。


 もう一つの穴の前には、口を開けた麻袋を置いた。


「ここへ入る?」

「たぶん」

「入らなかったら」

「セインさんが捕まえてください」

「最初からそうする」

「袋を破らない方法でお願いします」


 穴へ向けて短く鳴く。


 返ってくる音で、床下の空間を探る。


 狭い道が枝分かれし、壁の外まで続いている。


 鼠は奥へ集まっていた。


 音を強くする。


 攻撃ではない。


 床下へ響かせ、逃げる方向だけを塞ぐ。


 一匹が穴から飛び出した。


 麻袋には入らず、横へ跳ぶ。


 俺は手で掴んだ。


 鼠が指へ噛みつく。


 牙は皮を破れなかった。


 首を親指で押す。


 小さな骨が折れ、動かなくなる。


 床へ置く前に、次の一匹が出た。


 リオナが麻袋を横へ振る。


 鼠が中へ入り、すぐ口を絞った。


「入りました!」

「まだ来る」

「待って、これどうすれば」

「踏む」

「袋ごと?」

「逃がす?」


 リオナは袋を床へ置き、上から板を当てた。


「押さえてください」


 俺が板を踏む。


 中で暴れていた音が止まった。


「次」

「もう少し何か」

「来る」


 三匹目が出る。


 話している間はなかった。


 俺が掴み、リオナが袋へ入れる。


 袋が増えるたび、板で押さえる。


 途中から、リオナも何も言わなくなった。


 十二匹を殺した後、穴から出てくるものはいなくなった。


「終わり?」

「まだ下にいる」

「動いてますか」

「小さい」


 床下の浅い場所に、弱い心音が固まっている。


 床板を確かめる。


 一枚だけ、釘が浮いていた。


「ここを開ける」

「依頼人に聞きます」


 リオナが外へ走る。


 男は嫌そうな顔をしたが、自分で床板を外した。


 下には、布切れと藁を集めた巣がある。


 眼の開いていない子鼠が、何匹も重なっていた。


 リオナの動きが止まる。


「これも?」


 依頼人が後ろから覗く。


「残したら、また増える」


 俺は答えを待たず、手を伸ばした。


 一匹ずつ潰す必要はなかった。


 巣ごと布で包み、上から力をかける。


 弱い心音が、まとめて止まった。


 リオナは見ていた。


「何」

「いえ」

「残したかった?」

「依頼ですから、残せません」

「なら終わり」

「分かってます」


 声は少し硬かった。


 死骸を並べ、数える。


 成体は十二匹。


 床下の巣は一つ。


 外へ続く穴も石と漆喰で塞いだ。


 依頼人は袋の裂け目を何度も確かめる。


「一袋分、損害を引く」

「一袋は無事です」


 リオナが言う。


「売り物にはできん」

「中身はこぼれた分以外、残ってます」

「別の袋へ移す手間がかかる」

「銅貨二枚は高いです」

「なら一枚」

「半枚」

「半分の銅貨なんかない」

「別の袋へ移すのを手伝います」


 話が続く。


 俺が口を挟む前に、銅貨一枚を引くことで決まった。


 ギルドへ戻り、依頼完了の印を受ける。


 報酬は銅貨七枚。


 リオナが三枚を俺の前へ置き、残る一枚を指で弾いた。


「これは?」

「袋を縫って、依頼人と話した分です」

「二人の報酬」

「セインさんは袋を破りました」

「鼠を全部見つけた」

「じゃあ、半分にします?」


 銅貨は割れない。


 しばらく一枚を見た後、リオナがため息をついた。


「次の依頼で調整します」

「覚えておく」

「そういうところだけ忘れなさそうですね」


 銅貨を三枚、手のひらへ載せる。


 小さくて、冷たい。


 自分で受けた仕事から得た、最初の金だった。

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