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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第5章 名前のない冒険者

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第064話 街道の帰らない男

 街道へ出ても、担架を運ぶ速さは変わらなかった。


 地面は平らになったが、ダリオの呼吸が良くなったわけではない。


 俺とユアンで歩幅を合わせ、一歩ずつ進む。


 リオナは前を歩き、時々振り返った。


「町まで、あとどのくらい」


 俺が聞く。


「普通に歩けば二時間くらいです」

「今は?」

「分かりません」


 セルカと同じ答えだった。


「あまり喋らせないでください」


 担架の横からセルカが言う。


「ダリオさんが起きても、水だけにしてください」

「俺は喋ってない」

「聞こえてます」


 ダリオの眼は閉じている。


 起きているのか眠っているのか、心音だけでは分からなかった。


 しばらく進むと、前方から車輪の音がした。


 馬の足音と、二つの心音がある。


「荷車です」


 リオナが道の先を見る。


 まだ何も見えていない。


「どっちへ行く」

「こっちです。町へ戻る荷車なら乗せてもらえるかもしれません」


 俺は担架を置き、道の脇へ寄った。


 音のする方へ体を向ける。


「どうしたんですか」

「隠れる」

「隠れないでください」

「人が来る」

「だからです。道の横から急に出た方が怖いです」


 リオナに言われ、道へ戻る。


 人の姿で人から隠れる必要はない。


 分かっていても、近づくものがあれば先に身を隠そうとしていた。


 やがて、荷車が見えた。


 空になった木箱を積み、年を取った男が手綱を握っている。


 心音の一つは馬で、もう一つは男だった。


 馬が俺たちへ近づき、急に足を止めた。


 鼻を鳴らし、首を振る。


「どうした」


 男が手綱を引いた。


 馬の眼は俺を見ている。


 俺が一歩近づくと、蹄が土を蹴った。


「近づかないでください」


 リオナが小声で言う。


「何で」

「セインさんを怖がってます」

「俺は何もしてない」

「してなくてもです」


 道の端まで離れる。


 馬の鼻は、まだ俺の方を向いていた。


 男が荷台から下りる。


「熊か」


 担架のダリオを見て、顔をしかめた。


「大岩熊です」


 リオナが前へ出る。


「町まで乗せてもらえませんか。胸をやられてます」

「荷台は空だが、その馬が動かん」


 男の視線が俺へ向く。


「そっちの兄ちゃん、何を連れてる」

「何も」

「じゃあ何で馬が怯える」

「顔じゃないですか」


 リオナが答えた。


 俺を見る。


「すみません」

「今のは何」

「後で説明します」


 男は納得していなかったが、ダリオの呼吸を聞いて荷台の木箱を下ろし始めた。


「町まで銀貨一枚」

「払います」


 ユアンが腰の袋を開いた。


 小さな銀色の硬貨を一枚取り出す。


 男は受け取り、歯を当ててから懐へ入れた。


「木箱は次の便で拾う。それと、荷台を血で汚したら洗い賃ももらうぞ」

「分かりました」


 セルカが答えた。


 ユアンの顔は、さっきより険しくなっている。


「高い?」


 俺が聞く。


「今はいい」

「答えになってない」

「高いよ」


 ユアンが担架の後ろを持ち上げる。


「でも、ダリオを歩いて運ぶより安い」


 荷台へ担架を乗せる。


 セルカも横へ乗り、ダリオの体を毛布と荷袋で挟んだ。


 車輪が揺れても、体が横へ転がらないようにしている。


 リオナが荷台へ上がろうとした時、男が俺を指した。


「そっちは乗せんぞ」

「なぜ」

「馬が走らん」

「歩く」

「セインさん」


 リオナが荷台から降りる。


「私も歩きます」

「乗ればいい」

「道を案内したのは私です。町に着くまで一緒にいます」

「街道は一本だろ」

「そういう意味じゃありません」


 ユアンも歩くつもりらしく、槍を杖代わりにしていた。


 足を痛めている。


「お前は乗れ」


 俺が言う。


「まだ歩ける」

「遅い」

「お前な」

「荷車より遅い」

「分かってるよ」


 ユアンは荷台の後ろへ腰を下ろした。


 荷車が動き始める。


 俺は馬から距離を取り、左後ろを歩いた。


 リオナも隣を歩く。


「銀貨一枚で何が買える」

「今それを聞くんですか」

「知らない」

「安い宿なら何日か泊まれます。パンなら、しばらく困らないくらい」

「銀貨の上は?」

「金貨です」

「下は?」

「銅貨」

「お前はどれだけ持ってる」

「それ、人に聞かない方がいいですよ」

「何で」

「奪う人がいるからです」

「奪わない」

「セインさんが奪わなくても、聞かれた側はそう思います」


 人の町へ入るには、知らないことが多い。


 隠すべきことまで、俺には分からない。


 荷台で、セルカが水筒の口を濡らしている。


 ダリオの心音は、夜より少し安定していた。


「治療にも銀貨を使う?」


 リオナはすぐに答えなかった。


「使います」

「一枚?」

「もっとです。胸の中まで治せる人を呼ぶなら、銀貨だけで済まないかも」

「金貨?」

「たぶん」


 ユアンが荷台の端で俯いている。


 大岩熊の爪はリオナの荷袋に入っていた。


「熊の爪を売る」

「一本だけじゃ足りません」

「死骸は残ってる」

「戻れたら回収します。でも、他の魔物に食べられてるかもしれない」

「場所は覚えてる」


 リオナが俺を見る。


「戻るんですか」

「売れるなら」

「治療費のために?」

「俺には金がない」

「それは知ってます」

「町で要るんだろ」

「要りますけど」


 リオナは何か言いかけた。


 前を行く馬が耳を伏せたため、それ以上は話さなかった。


 俺たちの右手に、木の杭が立っている。


 杭の上には、小さな鈴が二つ吊られていた。


 風が吹いても鳴らない。


 地面から伸びた細い線が、道の外へ続いている。


「触るな」


 荷車の男が言った。


「魔境から何か出た時の警戒線だ。先週から増えた」

「何か出た?」


 リオナが聞く。


「冒険者が一人、戻ってない。捜索に入った連中が、洞窟の道も変わってたと言ってる」


 俺は杭から道の外へ続く線を見た。


 ガレオが持っていたものと同じ、細い金属線だった。


「戻っていない冒険者の名前は」


 荷車の男へ聞く。


「ガレオだ。ガレオ・ダン」


 車輪の音に混じっても、その名前だけははっきり聞こえた。


「知ってるんですか」


 隣を歩くリオナが、俺を見る。


「知らない」

「今、名前を聞いたじゃないですか」

「戻ってないから」

「それだけで?」

「どんな魔物に殺されたか分かるかもしれない」


 リオナはまだ何か聞きたそうだった。


 荷台からユアンが口を挟む。


「ガレオ・ダンって、あのガレオか」

「知ってる?」

「顔を見たことがあるだけだ。魔境外縁でずっと稼いでたCランク」

「強いんですか」

「俺たちよりはな」


 男が手綱を軽く振る。


「強くても帰らん時は帰らん。捜索へ入った連中も、黒骨洞の上層で道が潰れてて引き返したそうだ」

「死体は」

「出てない」


 ガレオの死体は、黒骨洞の古い採石場跡にある。


 俺は埋めていない。


 血と持てる道具だけを奪い、置いてきた。


 今も残っているかは分からなかった。


「捜索は続いてるんですか」


 リオナが聞く。


「依頼はまだ下がってない。だが、金を出す家族がいるわけでもないらしい」

「ギルドが出してる?」

「半分はな。残りは同業の持ち寄りだと聞いた」


 ユアンが黙る。


 魔境で一人死ぬ。


 それだけで終わらず、探すために別の人間が金を出し、道へ線を張る。


 ガレオが俺を狩った理由とは関係ない。


 俺が殺した理由とも、別の話だった。


 荷車は街道沿いの小さな休憩所で止まった。


 屋根と長椅子だけの場所に、水桶と掲示板がある。


 馬が水を飲む間、男が車輪へ油を差した。


 掲示板には何枚も紙が打ちつけられている。


 角兎の絵。


 薬草の束。


 荷車と、三人の人間。


 見れば内容を想像できるものもある。


 紙の上に並ぶ文字は読めなかった。


「何て書いてる」


 俺が聞くと、リオナが振り返った。


「文字も読めないんですか」

「読めない」

「話せるのに?」

「話すのと読むのは違う」

「そうですけど」


 リオナは掲示板の前へ立った。


「これは角兎の納品依頼です」

「こっちは月白草」

「荷車の絵は、南の村まで護衛を二人募集してます」

「三人描いてある」

「依頼主も一緒に行くからです」

「これは」


 一番端の紙を指す。


 男の顔が粗い線で描かれている。


 短い髪と、顎の傷。


 顔は似ていない。


 それでも、弓と短槍は分かった。


「ガレオ・ダン。Cランク冒険者」


 リオナが文字を読む。


「黒骨洞周辺で行方不明」

「灰色の外套、短槍、弓を装備」

「本人か装備の一部を見つけた場合は、ルーヴェン冒険者ギルドへ届けること」


 リオナの声が止まった。


 掲示板から、俺の外套へ視線が移る。


 肩から背中まで裂けた灰色の布。


「その外套」

「灰色は他にもある」

「ありますけど」


 リオナが近づく。


 外套の裾に触れようとして、手を止めた。


「左の裾、青い糸で直してあります」


 ガレオの外套にもあった。


 黒巣へ運んだ時から、端だけ違う色で縫われている。


 掲示の文字には、そこまで書かれていない。


「どこで手に入れたんですか」

「魔境」

「誰から」

「置いてあった」

「ガレオさんは?」

「会ってない」


 言葉はすぐに出た。


 ガレオは、もう死んでいる。


 それでも、会っていないという言葉は嘘だった。


 話せば、町へ入る前にこいつらの敵になるかもしれない。


 それでダリオを置いて逃げるなら、ここまで運んだ意味もなくなる。


 リオナは外套から目を離さない。


「本当に?」

「拾った場所なら案内できる」


 これは嘘ではない。


 採石場には、まだガレオの荷物が残っている。


「今はダリオさんが先です」


 セルカが荷台から言った。


「その話は、町へ着いてからにしてください」

「でも」

「ここで外套を調べても、胸の傷は治りません」


 リオナは外套を見たまま、それ以上聞かなかった。


 納得はしていない。


 俺も、信じさせようとは思わなかった。


 馬が水桶から顔を上げる。


 俺が離れている間は、落ち着いていた。


 男が手綱を取り、荷車がまた動き始める。


 休憩所を過ぎてから、リオナは俺の隣へ戻らなかった。


 荷台の後ろを歩き、時々こちらを見ている。


 街道を進む人間が増えていく。


 薪を背負った二人。


 荷物を積んだ小さな馬車。


 腰に剣を下げた男たち。


 誰も俺を魔物とは呼ばなかった。


 灰色の外套と裸足に巻いた布を見て、少し距離を取るだけだった。


 やがて、街道の先に石の壁が見えた。


 高くはない。


 黒骨洞の大空洞より狭く、森の木々より低い。


 それでも、壁の内側からは数えきれない心音が重なって聞こえた。


 馬のもの。


 犬のもの。


 人のもの。


 近づくほど、どれが誰の音か分からなくなっていく。


 俺は足を止めた。


「あれがルーヴェンです」


 前を歩いていたユアンが言う。


 荷台で、ダリオが苦しそうに咳をした。


 セルカが叫ぶ。


「急いで。血が出てます」


 荷車の男が手綱を振り、馬が走り始めた。

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