↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第5章 名前のない冒険者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/66

第062話 夜の担架

 人を乗せた担架は、持ち上げるより運ぶ方が難しかった。


 前にある石は見える。


 足元の根も避けられる。


 だが、後ろを持つユアンには見えない。


 俺が急に向きを変えるたび、担架が傾いた。


「待て」


 後ろから声が飛ぶ。


「そっちだけで曲がるな」

「木がある」

「先に言え」

「見えてると思った」

「担架しか見えねえよ」


 歩幅を狭くする。


 今度はユアンが近づきすぎ、担架の前が持ち上がった。


 ダリオが苦しそうに息を漏らす。


「二人とも、止まって」


 セルカが担架の横へ膝をついた。


 胸元へ手を当て、呼吸を数える。


「揺らさないでください。運べても、町へ着く前に死んだら意味がない」

「悪い」


 ユアンがすぐに言った。


 俺も担架を地面へ置く。


 洞窟鼠や魔物の死骸なら、引きずっても構わなかった。


 中身が崩れないように運ぶことはあっても、痛みまで考えたことはない。


「どう持てばいい」

「前の人が声をかけて。段差、右、左、それだけでいいです」

「分かった」

「あと、速すぎます」


 歩く速度を半分まで落とした。


 それでもリオナは、小走りで先を行ったり戻ったりしている。


 時々、木の幹へ刻まれた線を確かめ、倒れた枝を道の外へ除けた。


「この先、下ります」


 リオナが戻ってくる。


「長い?」

「少しだけ。でも、雨の後は滑ります」

「右に何かいる」


 全員の動きが止まった。


 木々の向こうから、土を掘る音がする。


 大きくはない。


 心音は一つ。


 こちらへ近づいてもいなかった。


「何ですか」

「分からない」

「分からないのに止めたんですか」

「近くにいる」

「そういう時は止めてください」


 リオナは弓へ手を伸ばし、矢がないことを思い出したように指を止めた。


「町までずっとこれですか」

「何が」

「何かいる、でも分からない、って」

「分かれば名前を言う」

「知らない魔物の方が多いんですね」

「見たことがある魔物なら分かる」

「見たことがある魔物は?」

「だいたい殺した」


 リオナが黙った。


 ユアンが後ろで、担架を持ち直す音がした。


「行くぞ」


 それ以上は聞かれなかった。


 斜面を下りる。


 俺が一歩ずつ声をかけ、ユアンが同じ場所へ足を置く。


 日が落ちる頃には、言葉を出す前に後ろの動きが分かるようになった。


「止まって」


 今度はセルカではなく、リオナが言った。


 道の先に、屋根が見える。


 木を組んだ小屋は片側へ傾き、壁の隙間から枯れ草が伸びていた。


「炭焼き小屋です。今は使われてません」

「町まで行くんじゃないのか」


 ユアンが聞く。


「このまま担架を揺らす方が危ないです」


 セルカが答えた。


「夜の森を歩くよりは、ここで呼吸を落ち着かせたい」

「朝まで持つか」

「分からない」

「またそれか」

「分からないものは分からない」


 セルカの声が尖る。


 ユアンは何も返さなかった。


 俺は担架を下ろし、小屋の周りを一周した。


 中に心音はない。


 古い灰と、乾いた木と、小動物の糞の匂いがする。


 屋根の一部は抜けているが、雨は降っていない。


「使える」

「何を見たんですか」


 リオナが聞く。


「中に魔物はいない」

「先に普通の人がいないか見てください」

「心音は同じだ」

「同じじゃないです」


 小屋の中へ担架を運ぶ。


 床には黒い炭の粉が残り、歩くたび足の裏へついた。


 セルカは壁際へ毛布を重ね、ダリオを寝かせる。


「火は小さくします」


 リオナが枯れ枝を集めた。


「煙が出たら魔物に見つかる?」

「匂いでは分かる」

「じゃあ、つけない方が」

「火を怖がる魔物もいる」

「寄ってくる魔物も?」

「いる」

「どっちなんですか」

「魔物による」


 リオナが枝を持ったまま、セルカを見る。


「小さくつけて」


 セルカはダリオから目を離さずに言った。


「冷える方がまずい」


 火がつくまでに、何度か火打石の音がした。


 細い炎が枯れ草へ移り、小屋の中へ薄い煙が溜まる。


 人の作った火の近くに座るのは、教室で死んでから初めてだった。


 ユアンが硬いパンを四つに割る。


 三つを仲間へ渡し、残った一つを自分の荷物へ戻した。


「お前は」


 俺を見て聞く。


「腹は減ってない」

「熊を飲んだからか」

「そうだ」


 ユアンの指が止まる。


 リオナはパンを口へ運ぼうとして、やめた。


 セルカだけが小さくちぎり、そのまま噛んでいる。


「血だけで生きてるんですか」


 リオナが聞く。


「肉も食う」

「人の食べ物は」

「分からない」

「分からない?」

「この体では食べたことがない」


 自分で言ってから、三人の視線が集まっていることに気づいた。


「どういう意味だ」


 ユアンの声が低くなる。


 答える前に、セルカが自分のパンを少し折った。


「食べれば分かります」


 差し出された欠片を受け取る。


 焼いた穀物と塩の匂いがした。


 口へ入れる。


 乾いている。


 噛むほど粉っぽくなり、唾液を吸った。


 味は分かる。


 嫌ではない。


 だが、大岩熊の血を飲んだ時のように、体の奥まで満ちる感じはなかった。


「食べられる」

「そうですか」


 セルカはそれ以上聞かなかった。


 俺の肩へ目を向ける。


 外套の裂け目から、爪で開かれた傷が見えていた。


「そっちも見せてください」

「血は止まった」

「止まった傷が汚れてないとは限りません」

「自分で治る」

「膿んだら腕を切ることになります」


 言い方が強い。


 熊の血を吸ってから、傷の痛みは弱くなっている。


 それでも、断る理由はなかった。


 外套を肩からずらす。


 セルカは傷へ水をかけ、苦い匂いの薬を塗った。


 布を巻く手は速い。


「傷の深さに比べて、もう塞がり始めてる」

「血を飲んだから」

「便利ですね」

「欲しい?」

「要りません」


 すぐに返された。


 リオナが吹き出し、慌てて口を押さえる。


 ユアンは笑わなかったが、槍を握っていた手を少し緩めた。


「交代で見張る」


 俺が立つ。


「俺とリオナでやる」


 ユアンも立ち上がろうとした。


「足を引きずってる」

「歩ける」

「遅い」

「お前一人に任せられるか」

「じゃあ起きてろ」

「言われなくても」


 小屋の外へ出る。


 夜の森は、昼より見やすかった。


 匂いも音も、火の中より遠くまで届く。


 しばらくして、背後で扉代わりの板が鳴った。


 リオナが毛布を肩へ巻いて出てくる。


「寝てろ」

「見張りです」

「矢がない」

「眼はあります」

「暗いだろ」

「あなたより見えないだけです」


 隣には来ず、少し離れた切り株へ座った。


 火の明かりが届く場所を選んでいる。


「セインさん」

「何」

「あなた、人なんですか」


 森の奥で、枝が一度だけ鳴った。


 近づいてはこない。


「今は、この形だ」

「答えになってません」

「お前が聞きたい答えは知らない」


 リオナは膝を抱えた。


 少し黙った後、俺の足元を見る。


「靴も履かない人は、町の門で止められますよ」

「そうなのか」

「そこからですか」


 小屋の中で、ダリオの心音が一つ飛んだ。


 俺は立ち上がった。


「セルカを起こせ」


 リオナの顔から眠気が消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。