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最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第4章 血牙と地上の夜

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第057話 下級吸血鬼

 黒爪猟犬の群れ長は、俺たちだけでは運べなかった。


 俺は引けない。


 レグとフィナが前脚へ縄をかけても、乾いた川底の石に腹が引っかかる。


 結局、その場で解体することになった。


 ゴルナが集落から四人連れてきた。


 誰も俺へ近づこうとせず、群れ長の反対側から刃を入れていく。


 毛皮と黒い爪は集落へ。


 肉も持ち帰る。


 血は俺が先に吸った分で終わりではなかった。


 首を落とした後、器へ溜まったものをもう一度飲む。


 左の前脚へ熱が集まった。


 裂けた肉が少しずつ寄り、血が止まる。


 傷は残るが、黒巣までは飛べる。


「これも持っていくかい」


 ゴルナが黒い爪を一本持ち上げた。


 俺の前脚より長く、先は金属みたいに光っている。


『使えない』


「線も最初はそうだっただろ」


『袋を失った』


「また作ればいい」


 フィナが言う。


「今度は革を厚くする」


『進化したら体が変わる』


 刃を動かしていた者たちの手が止まった。


 ゴルナだけが爪を持ったまま俺を見る。


「どれくらい」


『人に近くなる』


 フィナの耳が立つ。


「人?」


『人ではない』


「見た目が?」


『まだ分からない』


「じゃあ、袋より服がいるね」


 答える前に、フィナは自分の上着を見た。


 コボルトの体に合わせて背中が広く、袖は短い。


 俺がどれほど大きくなるかも分からない。


「集落に人間の服はないよ」


 ゴルナが言う。


『ある場所を知っている』


 ガレオの遺体を思い出す。


 肩幅も、背丈も、顔も覚えている。


 服を剥がすところまでは考えたくなかった。


 だが、採石場には荷物も残してきた。


 着られる布があるかもしれない。


「どこへ行く」


 レグが槍についた血を拭いながら聞いた。


『黒骨洞』


「進化を見せないんだな」


『見せない』


「前もそうだった」


 フィナが不満そうに言う。


『動けなくなる』


「襲わないよ」


『お前たちだけではない』


 集落の全員を信用したわけではない。


 血の匂いで来る魔物もいる。


 フィナは何か言いかけ、群れ長の血が染みた川底を見た。


「終わったら、三本爪の札を出して」


『形が変わっても襲うな』


「先にそっちが襲わないで」


『取引は残す』


「なら、たぶん分かる」


 たぶんだった。


 俺は川底を離れ、古い水路から黒骨洞へ入る。


 黒巣へは戻らず、採石場を目指した。


 上層へ続く道は、崩した石の向こうで塞がれている。


 人間が掘り返した音はない。


 ガレオの遺体は、消えかけた灯りがあった場所に残っていた。


 もう人間の形を保っているだけだった。


 服の隙間へ虫が入り、露出した皮膚は黒く乾いている。


 首から下がった金属板だけが、前と同じ光を返した。


 俺は顔を見ず、横に残された荷物へ向かう。


 ガレオの荷物には、矢筒と平たい缶、短い刃、それに底の擦れた背負い袋が残っていた。


 袋の下に、革紐で縛られた灰色の布があった。


 牙で紐を切る。


 広げると、厚い外套だった。


 雨除けに使っていたらしく、表面には油が染みている。


 遺体の服より匂いは薄い。


 それでも、ガレオの汗は残っていた。


 外套を咥える。


 重い。


 翼を広げれば布が床を引き、飛べない。


 黒巣まで何度も運び直した。


 牙で引きずり、段差では上から落とす。


 広い空洞だけ短く飛び、布が石へ引っかかるたび戻った。


 黒巣へ着いた頃には、外套の裾が一ヶ所裂けていた。


 巣の奥へ広げる。


 人の形になれば、今の窪みには入れない。


 母蜘蛛の巨体がいた中央なら、立てるほど天井が高い。


 入口の金属線は失ったままだ。


 代わりに、石を三つ積み、触れれば崩れるように置く。


 外套の上へ、黒巣に残っていた肉と骨を寄せた。


 血は足りている。


 逃げ道もある。


 左の前脚の傷だけが、翼を畳むたびに引かれた。


 頭の奥へ意識を向ける。


 三つの名前が並んだ。


――――――――――

進化可能種


【下級吸血鬼】

血を糧とし、人型の肉体へ適応した夜の魔人。

手指、発声器官、人間に近い外見を得て、吸血と再生を一つの種族特性として扱う。

人間の国では危険な魔物として恐れられる一方、素性を隠して社会へ紛れる個体もいる。


血翼魔獣けつよくまじゅう

血液吸収と飛行をさらに発達させた大型の蝙蝠型魔獣。

強い翼と牙を持ち、空中で獲物の血を奪いながら戦う。

魔境外縁では、集落一つの夜道を閉ざす危険な飛行魔物として知られる。


夜響魔蝙蝠やきょうまこうもり

暗闇と音へ適応した魔蝙蝠の上位種。

広い範囲を音で捉え、夜の中で気配を隠しながら獲物を追う。

記録は少なく、群れを持つかどうかも分かっていない。

――――――――――


 三つとも、今より強くなる。


 その中で、翼を失うかもしれない名前は一つだけだった。


 血翼魔獣なら、今の牙と翼をそのまま強くできる。


 夜響魔蝙蝠なら、音で捉える範囲を広げ、気づかれる前に逃げられるかもしれない。


 どちらを選んでも、森と黒骨洞では生きやすくなる。


 下級吸血鬼だけは、今まで失っていたものを返してくる。


 返ってくるのは、物をつかむ手と言葉を返す声、それに人間の中へ紛れられる外見だった。


 戦うためだけなら、すぐには役に立たないものばかりだった。


 翼を失えば、地上を歩かなければならない。


 今まで逃げられた崖も、木の上も使えなくなる。


 黒爪猟犬の群れに囲まれた時、人の脚で逃げ切れるかは分からない。


 それでも、人間の道具を見てきた。


 俺を殺しかけたのは、金属線や弓、槍、追跡粉のように、牙でも爪でもないものばかりだった。


 コボルトたちも、手で縄を結び、木杭を打ち、俺一匹では動かせない石を動かした。


 翼だけを強くしても、使えないものは残る。


 人間だった頃に戻りたいわけではない。


 教室へ戻る道はない。


 黒瀬湊の体も、床に残ったまま死んだ。


 それでも、人の形なら、森の外へ出られる。


 人間がどこから来て、何を知り、なぜ俺を狩るのかを、自分の目で確かめられる。


 取引小屋の外で待つだけではなく、町の中へ入れるかもしれない。


 強くなる方法を、血と牙以外にも増やせる。


 俺は【下級吸血鬼】を選んだ。


 名前へ意識を触れさせる。


 最初に消えたのは、心音だった。


 黒巣の中が静かになる。


 次に、翼の感覚がなくなった。


 石へ触れている爪も、牙の間にある舌も、どこにあるのか分からない。


 腹に溜めた血だけが動く。


 取り込んできた黒爪猟犬、角兎、夜狩り梟、赤角猪、そしてガレオの血が混ざり、止まった心臓へ集まった。


 一度、大きく鳴る。


 翼の骨が肩へ押し戻された。


 左右へ伸びていた骨が折れたわけではない。


 関節ごと位置を変え、短くなりながら胴の内側へ沈んでいく。


 翼膜が縮む。


 端から裂け、血へ溶け、伸び始めた腕の皮膚へ吸い込まれた。


 前脚の爪が割れる。


 一つだった先が五つに分かれ、細い骨が押し出される。


 指。


 そう分かる前に、爪の根元から肉が伸びた。


 手のひらが開き、石を掻く。


 触れた面が広すぎる。


 今まで爪先だけで受けていた冷たさが、皮膚全体へ入ってくる。


 後脚も伸びた。


 膝が逆の向きへ折れ、腿の骨が胴を持ち上げる。


 体が黒巣の床へ倒れた。


 背中が石へ当たる。


 痛みの場所が増えすぎて、どこから動かせばいいのか分からない。


 胸が広がり、肋骨が一本ずつ組み直される。


 心臓がその中央へ収まった。


 鼓動が戻る。


 血を押し出すたび、腕と脚の先まで熱が走った。


 左の前脚にあった裂け目も形を失う。


 傷ついた肉ごとほどけ、新しい腕へ組み直された。


 首が伸びる。


 頭蓋骨が内側から押され、鼻先が短くなった。


 耳の位置が下がる。


 聞こえる音が変わり、黒巣の反響が一度崩れた。


 牙は抜けず、人間に近づいた顎の中へ収まる。


 喉の奥では、今までなかった薄い肉が震えていた。


 息が入る。


 空気が喉を擦り、胸へ落ちた。


 声を出すための器官だと、体の記憶が伝えてくる。


 黒い毛が皮膚へ沈んでいく。


 腕と胸から消え、頭の上だけに残った。


 最後に背骨が伸びた。


 体が黒巣の中央を大きく占め、足先が広げていた外套へ触れる。


 変化が止まる。


――――――――――

進化が完了しました。


種族【血牙魔蝙蝠】から【下級吸血鬼】へ進化しました。

種族ランクCを維持します。

進化段階が第4段階から第5段階へ上昇しました。

Lv30を維持します。


最大HP:224から272に上昇しました。

最大MP:96から128に上昇しました。

筋力:108から128に上昇しました。

耐久:120から144に上昇しました。

敏捷:160から172に上昇しました。

感知:168から180に上昇しました。

魔力:88から116に上昇しました。

器用:100から132に上昇しました。

精神:92から120に上昇しました。


左前脚の裂傷が修復されました。

――――――――――


――――――――――

種族特性【吸血鬼Lv1】を獲得しました。


種族特性【血液吸収Lv2】が【吸血鬼Lv1】へ統合されました。

種族特性【血牙Lv1】が【吸血鬼Lv1】へ統合されました。

種族特性【夜目Lv2】が【吸血鬼Lv1】へ統合されました。

種族特性【再生・最下位Lv1】が【吸血鬼Lv1】へ統合されました。

種族特性【人化適性・最下位Lv1】が【吸血鬼Lv1】へ統合されました。

――――――――――


――――――――――

種族特性【吸血鬼Lv1】

人型の肉体、発声器官、吸血、夜目、血液吸収、軽度再生、血への感知を内包する。

牙を立てた相手から血、生命力、微量の魔力を吸収し、蓄えた血を回復と血液操作へ使える。

十分な血とMPを消費することで、進化前の血牙魔蝙蝠に近い姿へ形態を変えられる。

短時間に形態変化を繰り返すことはできず、血が足りない場合は人型から変化できない。

――――――――――


――――――――――

因子【人間因子】の適応範囲が拡大しました。

直立歩行、手指、発声器官、道具適応に関わる領域が現在の肉体へ適応しました。


古代竜帝因子が、新しい肉体へ反応しています。

因子適応率:0.02%から0.08%へ上昇しました。

新たに解放された領域はありません。

――――――――――


 通知を最後まで読んでも、すぐには起き上がれなかった。


 手を床へつく。


 指が五本ある。


 一本ずつ動かそうとすると、三本目と四本目が一緒に曲がった。


 肘を伸ばし、上半身を持ち上げる。


 頭が天井へ近い。


 今まで高く見えていた黒巣が、急に狭くなっている。


 足を床へ置いた。


 膝が震える。


 立ち方は覚えているはずなのに、体の長さが違った。


 壁へ手をつき、外套の上へ片膝を立てる。


 胸から入った息が、喉へ戻ってきた。


 何か言おうとする。


「……あ」


 低い音が出た。


 黒瀬湊の声ではない。


 もう一度息を吸うと、喉がむず痒くなった。


 俺はその場で咳き込んだ。

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