↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱コウモリ幼体に転生したので、血を吸って進化する  作者: HATENA 
第4章 血牙と地上の夜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/66

第054話 人の因子

 取引小屋へ戻ると、机の上に石の器が置かれていた。


 中には、角兎の血が溜まっている。


 まだ温かい。


 ゴルナは俺たちより先に、泥のついた縄を見た。


「開いたのかい」

「開いた」


 フィナが答え、三本爪の札を机へ置く。


「中層までつながってた。針尾オロチの道の近く」

「近くどころか、あれが通った跡が残ってた」


 レグは椅子へ座り、痛めていた脚を伸ばした。


「使わない方がいい」

「使えるようにしてきたのに?」

「集落の者は、だ」


 ゴルナが二人の間へ手を出す。


「その話は後だよ。ミナト、入口は閉じたね」


『閉じた』


「中から開けられる?」


『一匹では無理だ』


「なら、勝手に魔物が出てくることも少ない」


『小さいものは通る』


「全部は止められないさ」


 ゴルナは石の器を俺の前へ押した。


「今日、三匹目の角兎が獲れた」


 血の表面に薄い膜が張り始めている。


 俺は器へ口をつけた。


 冷えた壺の血より飲みやすい。


 喉を通るたび、脇腹に残っていた引きつりが薄くなっていく。


 全部飲んでも、傷が一度に消えるほどの量はない。


 それでも、今夜は自分で狩りへ出なくて済む。


「本当に血だけでいいんだね」


 ゴルナは空になった器を持ち上げた。


『角と皮は使えない』


「肉は?」


『食える』


「じゃあ、欲しくなった時は先に言いな。血を飲んだ後で肉まで持っていかれたら、こっちの取り分がなくなる」


『分かった』


 ゴルナが机の札を裏返す。


 血の滴が刻まれた面に、短い傷を一本入れた。


 一回目という意味らしい。


「道を開けた分は、これとは別だよ」

「別なの?」


 フィナが言う。


「崩れた道を通した代わりに、使う権利を渡した。それで終わり」

「ミナトも手伝った」

「だから使えるんだろ」

「血も少し足していいと思う」

「お前は誰の倉を分けてるんだい」


 フィナは口を閉じた。


 レグが小さく笑う。


「兄さんは昨日、何も引っ張れなくて転んだ」

「根は切れた」

「ミナトが切った」

「縄を引いたのは俺だ」


 ゴルナは二人を放っておき、別の木札を出した。


 丸い穴の周りに、浅い線が何本も刻まれている。


「これは道の札。三本爪の札を外へ向ければ、開けてほしい。内へ向ければ、使い終わった」


『誰が見る』


「夜番か、薬草採り。毎日じゃない」


『急ぐ時には使えない』


「約束しただろ」


 レグが言う。


『確認している』


「言葉が増えると面倒だな」

「前から面倒だったよ」


 フィナが木札を俺の方へ向けた。


「石を二つ積めば、危ない魔物を見た印。三つなら、人間」


『赤い杭もか』


「あれは近づかない方がいいから、杭の形も一緒に置く」


 机の端へ、小さな枝を立ててみせる。


『俺から知らせる時は』


「同じでいい。違う意味にしたら間違える」


 俺は石と枝の置き方を覚える。


 黒骨洞では、骨を鳴らして敵が来たことだけを知っていた。


 今は石の数と向きで、そこにいない相手へ意味を残そうとしている。


 小屋の外で、木の軋む音がした。


 柵の隙間から、小さなコボルトが顔を出している。


 前に一度だけ見た子供だった。


 片耳だけが折れ、鼻の上に灰がついている。


「ミナト?」


 名前を呼ばれ、そちらを見る。


 子供は引っ込まなかった。


「本当に喋る?」


『喋る』


 子供の耳が立つ。


「口、動いてない」


『口では喋れない』


「じゃあ、どこで喋るの」


 答えようとして、言葉が止まった。


 念話がどこから出ているのか、俺も知らない。


『頭だ』


「頭に口がある?」

「ティオ」


 ゴルナが名前を呼ぶと、子供の肩が跳ねた。


「寝る時間だよ」

「まだ火がついてる」

「お前が薪を入れたからね」


 ティオは柵から出ず、俺を見ている。


「逆さまで寝る?」


『寝る』


「頭に血が集まらない?」


 角兎の血を飲んだばかりの腹を見下ろす。


『集まる』


「痛くない?」


『痛くない』


 今度は、ゴルナまで少し黙った。


 フィナが口元を押さえている。


「何だ」


『何がおかしい』


「集まるんだ」


 フィナが笑いを堪えたまま言う。


「平気なら、集まらないと思ってた」


『知らない』


 自分の血が逆さまになった時にどう流れているか、考えたことはなかった。


 ティオが柵の向こうで笑う。


「ミナトも知らないことある」

「お前よりは少ないよ。戻りな」


 ゴルナに追われ、ティオはようやく柵の内側へ消えた。


 小さな足音だけが、しばらく行ったり来たりしていた。


 机には空の器と、まだ傷が一本しかない血の札が残っている。


 別の日、取引小屋の机へ、持ち歩いていた金属線を下ろした。


 爪へ巻けば飛ぶ時に揺れ、強く締めると外せない。


 口で運べば、鳴くたびに置く場所を探すことになる。


 黒巣へ置いてきた日は、必要な時に使えなかった。


 取引小屋の机へ線を下ろすと、フィナが絡まった部分を指でほどいた。


「よくなくさないね」


『二度落とした』


「なくしてる」


『拾った』


「それは見つけただけ」


 フィナは線を輪に巻き直し、机の下から細い革紐を出した。


 両端に穴があり、中央へ小さな袋が縫いつけられている。


「昨日、作ってみた」


『何だ』


「ミナトが物を運ぶためのもの」


 革紐を俺の胸へ回そうとする。


 俺は梁の上を後ろへ下がった。


「噛まないでよ」


『翼に当たる』


「当たらないところを探す。嫌ならやめる」


 フィナが手を下ろした。


 小さな袋には、金属線の輪が入る。


 血の壺は無理でも、木札や布なら運べそうだった。


 俺は梁から机へ降りる。


『つけろ』


「噛まない?」


『しつこい』


「前に兄さんへ噛みついたから」


『敵だった』


「今は?」


『取引相手だ』


 フィナは少し考えてから、革紐を持ち直した。


「じゃあ、取引相手の翼を押さえるよ」


 紐が胸の下を通る。


 翼の付け根を避け、背中で交差した。


 フィナの指が毛の間へ入るたび、体が勝手に強張る。


 首へ牙を立てれば、すぐに血を吸える距離だった。


 匂いも、心音も近い。


 それでも動かずに待つ。


「きつい?」


『少し』


「これは?」


『緩い』


「難しいな」


 外から覗いていたティオが言った。


「飛んだら落ちる」

「分かってる」

「袋を背中にした方がいい」

「枝に引っかかる」

「お腹なら邪魔」

「じゃあ、どこならいいの」


 ティオは俺の体を見回した。


「頭」


『嫌だ』


「頭に口があるから?」


『ない』


 フィナの手が止まる。


 また笑いそうになっていた。


『続けろ』


「はい」


 袋は胸の横へ移された。


 翼を畳んだ時は毛の中に収まり、広げると前脚の後ろに沿う。


 フィナが余った革を切ろうとする。


『待て』


「長いよ」


『自分で外せない』


 結び目は背中にある。


 枝へ引っかかった時、フィナがいなければ外せない。


 革紐の端を胸まで伸ばし、牙で引ける輪を作ってもらう。


 一度噛むと結び目が緩み、もう一度引けば外れた。


「逃げる時は、袋ごと捨てるんだね」


『道具より体が先だ』


「それ、兄さんにも言って」

「聞こえてるぞ」


 小屋の外からレグの声がした。


 姿は見えない。


 見張りへ向かう途中らしく、足音は止まらずに遠ざかっていく。


 革紐をつけ直し、金属線を袋へ入れる。


 机から飛び立った。


 一度目は、袋が胸の下へ回った。


 重さに引かれ、右の翼が遅れる。


 地面へ降りる。


「駄目?」


『位置を変える』


 袋を左へ寄せ、革紐を一本足す。


 二度目は飛べたが、急に曲がると線が中で跳ねた。


 乾いた音がする。


 フィナが袋の底へ毛皮の切れ端を詰めた。


 三度目は、木の間を抜けても音がしなかった。


 枝へ逆さに止まり、胸元の輪を牙で引く。


 革紐が緩み、袋が爪の先へ落ちた。


 人間だった頃なら、鞄を肩へかけるだけで済んだ。


 今は飛び方から逃げる時の外し方まで、この体に合わせなければ使えない。


 それでも、牙で線を咥え続けるよりはいい。


 もう一度、自分で革紐を引き寄せる。


 前脚の爪へ輪をかけ、頭を通そうとした時、力の入れ方が分かった。


 昨日までは、爪で押さえ、牙で引くだけだった。


 今は前脚を片方ずつ輪へ通し、胸を捻って革紐を背中へ回せる。


 フィナの手を借りずに、袋が元の位置へ収まった。


――――――――――

因子【人間因子】の適応範囲が拡大しました。


言語と道具使用に関わる一部が、現在の肉体へ適応しました。

――――――――――


――――――――――

因子【人間因子】の一部がスキル【念話・最下位Lv2】へ統合されました。

スキル【念話・最下位Lv2】が【念話・最下位Lv3】へ上昇しました。


種族特性【人化適性・最下位Lv1】を獲得しました。

――――――――――


――――――――――

スキル【念話・最下位Lv3】

近くにいる相手へ、複数の短い文を続けて送れる。

同時に多くの相手へ送ることはできず、長い説明や知らない言葉は崩れやすい。


種族特性【人化適性・最下位Lv1】

人型の骨格、発声器官、手指を持つ肉体へ再構成されるための適性。

この特性だけで現在の姿が人型へ変わることはなく、進化条件の一部として蓄積される。

――――――――――


――――――――――

進化可能種【下級吸血鬼(かきゅうきゅうけつき)】の条件が一部開示されました。


達成:人間因子/人間の血/魔力器官/言語適応/人化適性

未達:Lv30/血液吸収Lv2

――――――――――


 下級吸血鬼。


 初めて見る名前ではない。


 血牙魔蝙蝠へ進化した時から、その先にあることだけは分かっていた。


 だが、人型の骨格、発声器官、手指。


 今度は、何へ変わるのかまで書かれている。


「ミナト?」


 地面からフィナが呼ぶ。


「紐、苦しい?」


『違う。次の進化の条件が見えた』


「どんな?」


 すぐには答えなかった。


 人の形になると伝えれば、集落へ入れるかもしれない。


 逆に、今より警戒されるかもしれない。


『まだ進化できない』


「何が足りないの」


『吸血と、強さ』


 嘘ではない。


 全部でもなかった。


 袋の中で金属線が少し動いたが、今度は音がしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。