第044話 帰らない狩人【別視点・ネラ】
ルーヴェン砦町の朝は、北門が開く音から始まる。
荷車が一台ずつ門を抜け、夜番の兵士が眠そうな顔で詰所へ戻っていく。
冒険者ギルドの受付にいたネラは、開いたばかりの帰還台帳を指でなぞった。
昨日の日付には、まだ空欄が一つ残っている。
ガレオ・ダン。
魔境外縁へ入ってから六日目だった。
予定は四日。
獲物を追って一日延びることはある。
二日遅れた時は、前の冬に一度だけあった。
その時は足を捻り、罠にかかった角兎を三匹ぶら下げて戻ってきた。
「まだ赤にしないの?」
隣の受付から、若い職員が台帳を覗き込んだ。
「今日の夕刻までは遅延」
「一人で六日だよ」
「だから遅延をつけるの」
ネラは名前の横へ黄色い印を引いた。
「捜索依頼に変えるのは、今日戻らなかったら」
「今から探しに行った方がよくない?」
「場所が分からないまま魔境へ入る人を増やしたら、探す人が増えるだけ」
若い職員は納得していない顔をしたが、口は閉じた。
ガレオが出発時に残した行き先は、北東の森と黒骨洞外縁。
狙う魔物までは書いていない。
単独の狩人は、値のつく獲物を他人へ教えたがらない。
それで帰らなければ、自分で隠した道が捜索を遅らせる。
珍しいことではなかった。
珍しくないから、慣れるわけでもない。
昼前に、赤鹿亭の主人がギルドへ来た。
片手に部屋の鍵を持っている。
「ガレオ、そっちにも顔を出してないか」
「まだです」
「宿代は次の市場日まで払ってある。追い出しはしないが、肉が悪くなる」
「肉?」
「塩漬けだよ。帰ったら豆と煮てくれって置いていった」
主人は鍵を受付へ置かなかった。
太い指の中で一度回し、そのまま握る。
「戻ったら、先に風呂へ入れろと伝えてください」
「あいつが素直に入ると思うか」
「寝台を一つ駄目にしたら、弁償です」
「それなら聞くだろ」
宿の主人は笑わなかった。
鍵を持って帰っていく。
午後には、矢作り職人の弟子が来た。
「ガレオさんの注文、できてます」
細い矢を十二本、布に包んで抱えている。
「置いていく?」
「代金は」
「半分もらってます」
「なら、そっちで預かって。戻ったら取りに行かせる」
弟子は一度だけ入口を見てから、矢を抱え直した。
「いつ戻るんですか」
「今日だと助かる」
それ以上は言えなかった。
夕刻になっても、北門からガレオは入ってこなかった。
帰還する冒険者の泥靴が床を汚し、受付では依頼札と素材袋が行き来する。
ネラは最後の精算を終え、もう一度台帳を開いた。
黄色い印の上へ、赤い線を一本引く。
帰還遅延から、消息不明へ。
捜索依頼の用紙には、行き先、装備、年齢、最後に確認された日時を書く欄がある。
特徴の欄で手が止まった。
弓を使う。
短槍を持つ。
無茶はしない。
最後の一文だけ、書いてから消した。
無茶をしない者でも、帰らない時はある。
代わりに、左の眉に古い傷と記した。
依頼を出すには、明日の朝、支部長の印が必要になる。
ネラは用紙を台帳へ挟み、灯りを落とした。
受付の向こうでは、ガレオの名前についた赤い線だけが残っていた。




